第25話 ~極道親分意地見せし~
ユースにもスマーティオにも言えることだが、双方一秒でも早く目の前の敵を仕留めたい。
チャハル商会の放った"花火"と、チータが起こしたシグナル稲妻により、街中に散開するフラックオース組の連中にも、それを捕えんとする王国陣営にも、ここスマーティオの屋敷が決戦の場であることは伝わっている。
両陣営の者達が、街全体からぞろぞろここへと集まってきているのが今の状況だ。
それらが門の外で鉢合わせになれば、戦争さながらの銃撃戦と殴り合いになるのは目に見えている。
スマーティオは一刻も早くユース達を始末し、やがて起こるその門前騒動に護衛付きで紛れ、逃亡を叶えるという、最後の希望が残っている。
ハルマは最悪スマーティオの逃亡を許し、馬の大駆けをさせてしまうことになっても、街行く人が馬に蹴られる可能性も低くなるよう、人通りの少ないこの時間を選んで作戦を組んでいる。
ただし、それはあくまで最悪時の保険。
騒動に紛れてスマーティオがこちら陣営から距離を作り、馬に跨ってしまったら終わりに近い。
そうなる前に、つまり門の外が騒がしくなるまでの短時間の間に、ユースはスマーティオを確保したと言える状況まで持っていかねばならないのだ。
「っ、く……!」
「やるな、武人様よ……!」
急ぐべき状況ながら、事はそう簡単な話ではない。
スマーティオ目がけて振り抜かれたユースの剣は、構えた脇差にはじかれる。
老いの濃いスマーティオと、連日剣を振るってきたユースの力の差は大きく、確かにそれでスマーティオの構えや体勢は崩せるが、後が続かない。
うちのボスをやらせるかと、狙撃手アルミナも恐れぬ覚悟で、屋敷の窓からユースに銃弾を放つ奴らが
いるのだ。
その銃弾を回避し、盾ではじくことを強制されるユースには、出せば決まりの次の斬撃を放つことが叶わない。
「言っただろう、大人の世界は甘くねえとな……!」
剣のエキスパートであるユースには、直接対決では明らかに劣るとスマーティオは自覚しているはずだ。
それでも退がったユースへと接近し、銃弾に翻弄されるユースの喉元めがけて、脇差を振り抜いてくる度胸を持ち合わせている。
上体を逸らすようにしてなんとかかわすユースだが、返す刃を放とうにも、斜め上方から飛んでくる銃弾の回避が優先され、側頭部狙いのそれをかわしてから、剣を振り抜くという一瞬の遅れが生じる。
高速カウンターも数瞬遅れれば、充分に心得のあるスマーティオが後方に跳んで回避する猶予を残してしまい、さらに腰元から小銃を抜いたスマーティオがユースにそれを向け、引き金を引いてくる。
二発の銃声、額狙いの弾を盾ではじき返し、腰元狙いの弾丸はサイドステップでかわすユースだが、すぐさま接近したい足取りを崩されて距離が縮まらない。剣を相手に届けようがない。
「アルミナさん、相手のボスを狙えませんか……!」
「狙っては、いるんだけどっ……!」
うごめく触手のような蔦をかわし、対処しながら、あるいはルザニアに守って貰いながら何度目かの引き金を引いているアルミナだが、スマーティオを直接狙うことが難しい。
何せアルミナと敵の大将の間には中庭があって、そこは蔦が何本もひしめく群生地だ。
それの間をかいくぐってスマーティオに弾丸を当てる軌道線はそうそう現れず、アルミナの放つ弾が目指せるのは屋敷の窓、つまりユースやハルマや自分達を狙撃するスナイパーだけ。
それすら、相手も警戒しているから敵の数を減らす結果には繋がらない。
相手が窓から手や顔を出しにくくなるから、ユースに差し向けられる銃弾は確かに減っているが。
「こちらの狙いを阻むような動きが得意な魔物だな……!」
中庭中央で無数の蔦を相手に孤軍奮闘するハルマは、滅しても次々に生えてくる鞭と、いくらか自分にも飛んでくる銃弾を捌きつつ、自身は身動きのとりづらい状況下にあった。
足払いのような蔦のスイングと低く跳んでかわし、後方斜め上方から脇腹を狙った銃弾を燃える杖先で
打ちはじき、叩き潰すように振り下ろされる太い蔦も、返す杖で焼き切って落とす。
脅威的な視野の広さと武器捌きを疲労するその実力は特筆ものだが、流石にここに全神経を遣わねばならず、魔法を得意としながら、スマーティオを直接狙撃するなどの、他のことに手を割く暇がない。
厄介な魔物の手を自身に引き付ける役目は果たしているが、それ以上のことまでは難しい状況である。
「操り手はどこにいる……?」
立ち回る中でハルマは、最も果たすべき仕事を忘れず、視野を拡大して何かを探している。
地中に本体があるであろうこの魔物が、ここまでこちらの立ち回りを阻みきるような、上手な動き方をしているのはおかしいのだ。無差別的に襲いかかってくるだけならまだしも。
どこかに間違いなく、この戦況を目で捉え、地中の魔物にこうしろああしろと指示している奴がいるはず。
ハルマはその目で、激しい攻めに対応しながらも、厄介なこの魔物を無力化する手段を探し続けている。
「しぶてぇ奴だな、正義感溢れる騎士様よ……!」
自分を狙う銃弾を後方地面に置き去りにし、スマーティオへと迫ったユースの騎士剣の振り下ろしを、
スマーティオが脇差を構えて食い止める。
初老の男には重く、指の感覚が一瞬飛ぶほど痺れる一撃だ。それでも止めている。
若い頃から喧嘩慣れしているのか、そのまま頭を突き出してユースの顔面を狙ってくるスマーティオには、ユースも退がるしかない。
距離が出来れば引いた剣を身の横に素早く振り、返す軌道でスマーティオの腕を狙うユースの一撃も放たれる。
そう来ることがわかっているのか身をかがめたスマーティオは回避を叶え、沈むと同時に脇差を両手握りにしていた片手を離し、一度収めていた腰元の銃を手にして、ユースの胸元へ銃弾を発してくる。
盾を構えて防いだユースだが、全く同じタイミングで上方斜方からユース狙いの銃弾も飛んでいて、大きめのサイドステップで回避することを強いられてしまう。
スマーティオもそれとは逆の方向へと跳び、距離を作ってまたユースに銃弾を撃つ。
盾でそれに対処するが、こうも飛び道具を他方から連射されてはユースも表情が険しい。
歴戦の彼でなければ、とうにここまでの一発か二発は防ぎ漏らしている。
敵が来ると見て、銃を腰元に素早く収め、脇差を両手持ちに切り替えるのもスマーティオは速いのだ。
接近したユースの剣撃に手首を痛めつつも、力負け気味ながらはじき返すスマーティオの根性が決着を許さない。
仕留められない苦境にユースも汗を流し、そこに降り注ぐ銃弾への対処を強いられ、決め手の一発が放てない。
「うぐうっ……!」
「よし、減ったっ!」
ユースに短期決戦を許さない銃弾の使い手も、少しずつヤマ張り、構え、狙撃のピッチを上げているアルミナが狙撃しているため、状況そのものは上向きに進みつつある。
きっちりアルミナを襲いかかる蔦から保護し、仕事をしやすい状況を作り続けるルザニアの活躍もあろう。
息が上がり始めたスマーティオと、体力お化けのユースが無傷で対峙する状況、決着は目前だと客観的には言える局面にはなってきている。
「!? ユース、来てるよ!」
「っ……!?」
地中から蔦を振り回す魔物に指示を出す何者かは、そんな状況を見て的確に配下を操っていたのだろうか。
ほんの数秒間ながら、ユースに蔦が襲いかかる時間が生じていなかったが、そのぶんスマーティオと銃弾に意識が傾いていたユースの後方から、伸びた魔物の蔦が振り下ろされている。
蔦以外への意識誘導の後、隙を突く一撃としてなら、あまりにも完成度が高くタイミングも絶妙だ。
スマーティオに向き合っていたユースも身を翻し、それを断つ剣を振るって対処する他ない。
だが、さらに側面方向から迫っていた、蔦の先端を曲げ丸めて殴り突くような蔦の一撃には、回避に至る猶予が無い。
盾を構えて防ぐユースだが、中に筋肉でも詰まっているのかというほど重い蔦の一撃に、ユースも押されて数歩ぶん吹き飛ばされる。
尻餅をついてもおかしくない衝撃でありながら、倒れず立ち保ったユースだから、続けざまに上方から脳天を狙った銃弾も、縦を掲げて防ぐことが出来た。
「う……!?」
だが、まるでその姿勢を狙い棲ましたかのように、別方面からユースに迫った蔦の一本。
それが盾を備えた方のユースの左腕、その手首に巻きついてぎちりと締めてくる。
「貰うぜ騎士様……!」
ユースを振り回す勢いで手首を引いてくる蔦に、ユースは腕の力で抗いつつ踏み止まったが、腕が蔦に引かれる横方向に伸びてぎちりと体が静止させられた。
そこへ腰元の銃を抜くと同時に駆け迫るスマーティオが、まずユースの左胸めがけて銃弾を一発発射。
すぐに身動きの取れないユースは剣を振るって打ちはじいたが、スマーティオはもう目の前に迫っている。
まずいと思ったアルミナが、意地でも当てるの想いで銃弾を放ち、ユースの手首に絡みついた蔦の先端近くを撃ち抜くが間に合わない。
スマーティオが腰元辺りから斜めに振り上げる脇差が、ユースの体を斜めにばっさりと切り裂く光景を思わせる一幕が叶えられ、まさに今それを目撃したアルミナは血も凍る想いだっただろう。
蔦にぎっしりと捕まえられたままでも、必死に体を後ろに逃がしたユースだったから、それで致命傷を負うこと"だけ"は避けられたと言える。
手応えを感じつつ、仕留めきったと思えぬスマーティオが眉をひくつかせるすぐ目の前、片目をつぶって痛みに耐えるユースが、騎士剣を持つ拳を握り締めている。
近過ぎて斬れない、だからユースは剣を持つままの拳でスマーティオの頬を思いっきりぶん殴った。
筋金入りの極道も、この拳のクリーンヒットには意識を飛ばしかけ、星を視界に散らせてよろめく。
過剰によろめくようにして距離を作るのは、喧嘩に慣れた者の本能が為す業か。
「っ、ぐう……!」
アルミナの銃弾によって損傷した蔦は、ユースの動きを制限する力を半ば失い、うめくような声と共に力任せに腕を引いたユースは、銃弾に傷つけられた場所を切断点に蔦を引きちぎる。
状況を見た屋敷からの狙撃手は、なりふり構わずユースに一斉射撃を放ってきたが、蔦の束縛から解放されたユースが大跳び気味に後方に跳んだことで、それらは地面を穴ぼこにするのみ。
「そこにいたか……!」
ユースの手首を狙うほどの、明らかに人の手による魔物への指示。
その現実できっかけを掴んだか、屋敷の屋上を見上げて何らかの確信を得たハルマは、一振りの杖とともに火球を放つ魔法を行使していた。
屋敷の屋上から顔を出すのと引っ込むのを繰り返し、上手くハルマやアルミナの目から逃れていた何者か。
スマーティオがユースに殴られた光景を目にして、逃げが遅れていたその男の顔面に、拳大のハルマの火球が激突して爆裂する。
火に包まれて後方に倒れ、もがき苦しむこの男の悲鳴はくぐもったもので、高い屋上から地上までは届かなかった。
「や、野郎、っ……!」
殴られて距離を作ってすぐ、握ったままだった銃をユースに向けていたスマーティオだが、引き金を引くと同時に放たれた銃弾は、駆け迫るユースの振り抜いた盾にはじかれる。
さらに接近したユースの動きに応じ、銃を投げ捨ててでも脇差を両手で握ったスマーティオだが、近付いたユースの振り抜いてくる剣に武器を構えるのにも遅れが出ている。
ユースの剣はスマーティオの脇差に激突し、渾身の剣撃は腰の入っていないスマーティオの握力を破り、敵の手から脇差をはじき飛ばす結果を導く。
丸腰になったスマーティオがぞっとする間も無く、剣を下方に一度素早く下ろしたユースが、相手が構え直す暇も与えぬ速度でそれを振り上げた。
「げぁ……っ!?」
剣先は敵の服を越え肉体にも食らいつき、スマーティオの腰元から腹を駆け、胸元を含めて大きな斜め傷を深々と刻む一撃を叶えたのだ。
最速を優先して踏み込みが足りず、敵の体を斜め真っ二つにすることこそ叶わなかったものの、それは間違いなく勝負ありを意味する、決定的な一撃だった。
やっと入った。苦境の末に掴んだその達成感は、どんなに油断無き武人にも一瞬の安堵をもたらす。
それが時に、命を落としかねないほどの油断だと言われる。
斬られ、体が後方に傾きかけたスマーティオが、脇差も銃も失った丸腰のまま、踏み止まった挙句に間も挟まず飛びかかってきた。
まさしく捨て身の勢いで、両手でユースの二の腕を掴み、血走った眼で大口を開いたスマーティオが、まるで吸血鬼のようにユースの首横に歯を突き立ててくるまで一秒もかからない。
みちりとスマーティオの前歯と犬歯が皮膚を破りかけたその時、ユースも二の腕を掴まれた力をも押しのけて、スマーティオの後頭部の髪を掴んでいた。
殺されてしまう、それほどの危機感と共に全力でスマーティオの頭を後方へと引くユースの力が叶うのと、ユースの首の皮膚をスマーティオの歯が傷つけたのはほぼ同時だ。
ぶちりと何かを少量ながらも持っていかれる、嫌な感覚を覚えたユースと、がちんと歯を鳴らしながら顔を後ろに逸らされるスマーティオの目が合った。ほんの一瞬だけ。
ユースの振り上げた膝がスマーティオの脇腹を強く打つ。
ぐぼ、と自分のものでない血を混ぜた唾液を吐いたスマーティオの頬を、騎士剣を握ったユースの拳の全力殴りを捉えた。
それが傷ついたスマーティオには完全に決定的な一撃となり、殴り飛ばされた彼は地面に倒れ、そのままもう立ち上がることはなくなったのだった。
大親分の完全敗北は敵陣営には相当なショックであったらしく、浅くも噛み切られた首を押さえつつも意識を周囲から切らぬユースに反し、彼へと追撃の銃弾がすぐに飛んでくることは無かった。
三秒遅れて、ユースに一斉射撃が差し向けられたが、敵のないユースがそれを跳ぶ足で回避するのは容易だ。
「お見事です、ユースどの……!」
「ハルマ様!?」
「魔物は無力化しました! 後はスマーティオが逃げぬよう、見張っておいて下さいませ!」
そう言ってハルマは、ユースを追い抜き屋敷の中へと駆け込んでいく。
恐らく後は、残党狩りといったところなのだろう。
そしてふと気付けばハルマの言うとおり、先程まで大量発生していた蔦も後が続かず、地上に残っている数々も獲物を見つけられぬかのように、うろんうろんと躍っているばかりである。
確かに先程までほど脅威的には見えぬ一方、これはこれで単に気持ちの悪い光景だが。
「ユースこっちこっち! 一回退がって!」
適切な状況判断の出来るパートナーが、ハルマの動きやスマーティオが倒れた状況を見受けて、次にどうすべきなのかをユースに発してくれた。
迷いはあったユースだが、ひとまずそんなアルミナの声に応え、地を蹴りアルミナの方へと駆け寄っていく。
「う、うわ……」
「ゆ、ユースさん、大丈夫……」
「っく、問題ない……! それより、ハルマ様は!?」
大丈夫だと思っているのは本人だけだ。周りから見れば痛々しくてたまらない。
黒のシャツごと斜めに切り裂いた、スマーティオによる脇差の一振りの跡は、ユースの右脇腹からみぞおちを通過し、左肩の下までを真っ直ぐに刻む傷を深々と描いていた。
どくどくだらだらと流れ落ちる血は、片目を開けないユースの表情からも明らかなように、相当な痛みを伴わせているはずだ。
ルザニアはそれに目を奪われて顔面蒼白だが、ユースが左手で押さえている首元からも、手で隠された下からじんわりと血が流れている。
首の傷とボディの斜め傷を交互に目にしたアルミナは、息が詰まるような想いに駆られながらも、自分達を狙撃し得る屋敷の狙撃手をユースと共に視野に入れ、状況から目を切っていない。
これもまた歴戦の経験が生む賜物で、まだルザニアには足りきらぬものだ。
敵に決定打の斬撃を与えながらも最後まで油断せず、首の肉を深く噛み千切られる結末を最速で回避したユースもそうだが、シリカに育てられたこの二人は、とにかく最後まで気を抜かない。
油断はするな。先輩に教え続けられたそれを後輩にも言う二人だけあり、師の口癖であったそれは魂にまで沁み付いている。
「……ハルマ様は多分、屋敷の中からあいつらをボコボコにしに行ったんだと思う」
「だったら……!」
「バカっ!」
殴られた。しかもグーで頭を。
流石にユースも面食らうが、理不尽なアタックにも叱られたような想いが先んじて、睨み返したりしない辺り非常に人が良い。
「無茶すんな負傷者っ!」
「うぐ……」
めちゃくちゃ怒った顔でそう言ってくるアルミナに返す言葉もなく、ばつの悪い顔でユースは視野を保つ。
ユースはシリカにもよく言われることなのだが、これを言われると弱いというのが一つあって、それはアルミナが今言った言葉の前半部分である。
「……ハルマ様強かったよ、大丈夫だってば。あの人がいけるって判断して乗り込んでるんだから、後はもう任せようよ」
「…………」
「お疲れ、ほんと」
屋敷の連中の一網打尽をハルマが一手に引き受けてくれたとあれば、一人で行かせたくない、自分も
手伝いたいと思ってしまうのがユースである。
この場でそれを、一番よく知っているアルミナは、今のユースに無茶はさせたくあるまい。
本音を言えば、今すぐにでも城に連れ帰って、止血と傷を残さぬ治癒魔法を施術して貰いたいぐらいである。
隊長職のユースが、形式上は部下である傭兵アルミナに主導権を握られているのはちょっとよろしくないが、心から自分を気遣ってくれている親友の言葉を無視する隊長職というのも、むしろ何かを捨てすぎだろう。
ぽんぽんと背中を叩き、敵将を仕留めて勝利を確定させたユースをねぎらってくれるアルミナに、ようやくユースも険の取れた顔になり、ふうーっと長い息を吐く。
「……ありがとな、色々助かった」
「へへ、どういたしまして。かっこよかったわよ、あんた」
「ルザニアもな。アルミナのこと、ずっと守っててくれてたんだよな。お疲れ様」
「えっ……あっ、はい……お、恐れ入ります……」
非戦場の優しい笑顔でそう言ってくれるユースに、ルザニアも驚いて恐縮の言葉が遅れる。
あれだけ傍から見れば厳しい戦いだったにも関わらず、ユースは視界の端にアルミナらも含め、ルザニアのはたらきも見ていたということだ。
自分のことで精一杯で、今もへとへと間際のルザニアをして、つくづくこの先輩二人は、まだまだ自分には手の届かない所にいる人達だと思わせられたものだ。
「ひゃー、やってるやってる。ハルマ様、結構暴れるねぇ」
「あー、すげえな……悪人連中なんだけど、なんか気の毒にさえ感じるよ」
屋敷の方から悲鳴が聞こえる聞こえる。
窓が内側から割れ、そこからぼふーと炎が出てくる光景もあった。
どんがらがっしゃんと家具が崩れ落ちる音も聞こえてくるが、いくら街が静かになったこの時間帯だからって、離れたこの場所までそれが聞こえるとは、ハルマもどんなに暴れているんだという話。
武器を構えたままの三人は、中庭でくねくねと動く植物の蔓を警戒しての構えだが、どうもえらいことになっているらしき屋敷内を思えば、無力化されて躍るだけの植物も、無邪気な癒し系の光景に感じるから困る。
よくよく見れば気持ち悪い光景なのだが。そういう感想の方がきっと正しい。
なのに何かの間違いでああ思ってしまう程度には、外観からもわかってしまう屋敷内の惨状に、悪人連中の無残っぷりが哀れに感じるのである。
この後、門の外では先述のとおり、あっちこっちから集まってきた連中が鉢合わせになり、けっこうな騒ぎになりかけたものである。
とうにスマーティオ邸を制圧したユース達も、その騒ぎを鎮圧する二次任務に追われるところであったが、案外そうはならなかった。
だいぶ離れたところでチャハル商会での任務を済ませてきておきながら、終わったら終わったで超ダッシュしてこっちまで来た女騎士様が、フラックオース組側の荒くれ構成員を、纏めてボコボコにしたからである。
勿論、チータは来ていなかった。あれだけ距離があって、これだけの速さで来て、騒動鎮圧に間に合っている方がおかしい。
此度の騒動に関わったフラックオース組の連中は、門外で暴れた者や屋敷内にいたものも含め、やがて来たアルバー兵らに連行され、城の牢へと導かれていった。
縄に縛られ自由を奪われた状態で意識を取り戻したスマーティオも然り。
ならびに、チャハル商会に属していた者達も同時に同じ末路を辿っていき、全てが片付く頃にはとっぷりと夜が更けていた。
傷を負ったユースは早々に医療所まで押し込まれてしまい、顛末を最後まで見届けることは出来なかったが、ハルマやシリカ、為政者のウィークが後は上手にやってくれているはずである。
一連の人攫い騒動の被害者を生存したまま救出し、諸悪の根源であるフラックオース組の捕縛も完遂した。
あとは日を経て、フラックオース組と繋がりのあった連中も獄へと導かれることになるだろうし、長い間アルバーシティに根付いていた悪も、この日を境に完全駆逐へと向かっていくことだろう。
セプトリア王国に任せられた、アルバーシティでの任務は大成功である。
アルミナが、誰も死なずに済んでよかったとちらっと言っていたとおり、それも含めての大成功だ。
深い傷を負わされてしまったユースにはちょっと耳の痛い話であったが、生きて帰れるなら傷など勲章扱いでも良い。
ユースは隊長として、この任務において最も難しく厳しい役目、スマーティオを取り押さえるという任務をきっちりと果たした。
そこに貴方がいたからこそ、この仕事は上手くいったんだよ、と評価されて然るべき活躍だ。
医療所のベッドで休む身ながら、胸の前でぎゅっぎゅっと両の拳を握るユースには、確かな達成感が
あっただろう。
慣れぬ隊長職に未だ自信を持てぬユースだが、こうした成功の積み重ねが、やがて彼が正しく自信を持てる日に繋がっていくはずだ。
ある日のゴールが明日へのスタートで、その連続がやがて、いつの間にか高く積み重ねられた人物の礎を築く。
それが一つぶん積まれたのが今日であり、長い目で見れば小さなことで、同時に大きい。




