第22話 ~作戦決行直前~
とある日の夕方。
詳細には、ハルマがユース達を夜の街に招待したあの日から三日後の夕暮れ前。
「さぁ~て、今日は走りますよ」
「ハルマ様、なんかテンション高いですね」
「久しぶりの戦場駆けですからねぇ。ちょっと緊張している部分もありますよ。その裏返しだとでも思って頂いても」
宿の玄関口の広間にて、既に武装したユースらとハルマは、作戦決行を前にして適度な緊張感を持っていた。
立ち上がり、背と腕を伸ばして体をほぐすような仕草を見せるハルマは、発言とは裏腹、あまり緊張しているようには見えない声の軽さだ。
一方、椅子に座って深呼吸を繰り返すルザニアは、四人の中においては明らかに緊張しており、表情も固い。
セプトリア王国に渡って以降、初めての大型任務は彼女にとってはやや重く、ここだけは適度以上の緊張感を持っているが、それも無理からぬ話である。
ハルマとの語らいも、まるで普段の世間話と同じようなトーンで為すアルミナなんて、緊張だなんて概念とは無縁かと思えるほど、肩の力が抜けている。
ユースもユースで、無言で盾がきっちり装備できているかを確かめつつも、表情に険はあまり無く落ち着いている。適度な緊張感を持っている、という形容に最も相応しいのはユースだろう。
「ユースどのらも準備運動は結構ですか? 今日はかなり走って貰いますよ」
「大丈夫だと思いますよ。俺達、足とスタミナにだけは自信ありますんで」
「私達、そういうのはめっちゃめちゃ鍛えられてますから♪」
「ふふ、頼もしい。私も遠慮なく先導しますから、ついて来て下さいね」
19歳のルザニアと1歳しか変わらないというのに、ユースとアルミナの落ち着き払いぶりは、ルザニアの目にも、さすが先輩方だなぁと映る。
年は近いが、ユースとアルミナが踏んできた場数と修羅場の濃さは、ルザニアが経験してきたそれを大幅に上回るのだ。
昔はユースもルザニアと同じで、任務前では結構な緊張しぃなタイプだったのだが、今の彼をそうじゃなくしたのは、偏にそのキャリアの中で積んできた経験だ。要は慣れである。
「あ、あの、ハルマ様……作戦の内容を、もう一回確認してもいいですか……?」
「ええ、いいですよ。まだ時間はありますしね」
「すみません、お手数おかけします……」
「いえいえ結構、暇潰しに確認会議というのは有意義な限りですから」
緊張してたまらないルザニアが、話に混ぜてもらってなんとかそれをほぐしたい、というのもわかるハルマは、気のいい表情で快諾するばかり。
がちがち気味のルザニアを見て、どうせなら長めにきっちり確認して、お喋りの時間を増やした方が良さそうだとさえ、ここで判断している。
「先日もお話したとおり、我々はここアルバーシティで断続的に行われてきた、女性の人攫い事件の解決に動きます。主犯と共犯者も、もう我々の長い捜査の末に判明しております。
主犯はアルバーシティを庭とする"フラックオース組"。
共犯者も、同じくこの町、アルバーシティを本拠地とする"チャハル商会"です」
「あのー、ハルマ様。前から気になってたことがあるんですけど、聞いてみていいですか?」
「はいはいアルミナどの、何でもどうぞ」
アルミナも同じで、話が短く終わらないよう、以前作戦内容を聞いた時には敢えて詮索しなかったことを、ここで尋ねて尺を取ろうとする。ルザニアのためだ。
「フラックオース組って"コレ"ですよね?」
「くふっ、そうですね」
「アルミナお前、女の子がそんなジェスチャーするか?」
「てへ」
コレ、と言いながらアルミナが自分の頬に、指で斜め傷を描くような仕草を見せるから、ハルマもユースも笑ってしまう。ユースは苦笑い寄りだが。
それって、"あっち側"の怖い人を表すジェスチャーである。あんまり女の子が見せるような隠語アクションではなく、女性のアルミナがそんなことをするのを見ると、ハルマも可笑しく感じるわけである。
「今日までにそれを取り締まったり、潰したり出来なかったってことは、結構クセのある奴らってことです?」
「ん~、まあ、クセがあるといいますか……事情が特殊な面は確かにありますかね。
そうでなければ数年前の"浄化活動"の際に、フラックオース組も纏めてぶっ潰してたわけですからなぁ」
「それって私達が詳しく聞いても大丈夫な話ですか?」
「いや別に、この国の者なら誰でも知ってることですから。じゃ、ちゃんと説明しましょうかね」
セプトリア王国側の事情あれこれは、隣国住まいのアルミナらが軽々しく詮索していいことばかりとは限らない。
アルミナも踏み込み過ぎないよう最低限の引き際を意識し、話しても構わないことだと判断したハルマが、話の続きをしてくれる。
「まずそもそも、数年前までは"アルバー帝国"というものがあったんですよ。
セプトリア王国と南北に隣接する、領地も広いそれなりに大きい国家だったんです。
ただ、四年ほど前にセプトリア王国とアルバー帝国が、どでかい戦争でぶつかり合いましてね。
その戦争でセプトリア王国側が勝利し、アルバー帝国はセプトリア王国に吸収される形となり、世界地図からアルバー帝国の名が消えた、という顛末がまずあります」
「もしかしてここ、アルバーシティっていうのは?」
「ええ、アルバー帝国が存命であった頃は、アルバー帝都と呼ばれていましたよ。
今はアルバー帝国が崩壊し、セプトリア王国の領土となりましたから、アルバーシティと名を変えました」
ユースもアルミナもルザニアも、けっこう新聞は読む方なのだが、これはちょっと知らなかったことだ。
四年ほど前と言えば、ユース達も祖国エレム王国で色々と大変だった頃で、海を隔てた隣国のことにまで目を広げる暇がなかったという事情もあるのだが。なので、これは仕方ない。
「それでまあ、アルバーシティを領土に含めたセプトリア王国ですが、いきなり他国の首都を奪ってから、風土も違うそこであれこれ自由に動かしまくるのも難しかったんですよ。
その土地にはその土地の長い風習がありますからね。支配者が変わったからって、すぐにあれやこれやと振り回すと、街そのものが著しく体力を失いかねないわけでして」
「政治って大変なんですねぇ。得た領土は新しい支配者が好きにする、ってだけでもないんだ」
「乱暴すると、後で使い物にならなくなりますから」
戦争に勝って、他国の領土を頂けば、勝者側の国には出来ることが増えるし収穫も大きいが、それを下手に使い潰すのも勿体ない話である。
勝利によって得た大いなるイニシアチブは強みだが、それに鼻を高くして乱暴な政治を元異国に下していると、いらぬ新たな火種を生みかねないというのも真実だ。
節度と折り合いは必要である。
「ただ、アルバーシティの支配権がセプトリア王国に移るに際し、"浄化活動"はきっちりやりましたよ。
帝国時代のアルバー帝都は暴力団だらけでしたからね。派閥争いやら組の抗争とか日常茶飯事で」
「わ、カオスシティだ」
「いや、本当秩序もへったくれもなかったですよ。
皇帝と裏で繋がってる組だってありましたし、ワイロやら何やらも横行しまくってたんじゃないですかねぇ。
凶悪な武器とか女とか怪しい薬とか、表沙汰でやりとりしてはいけないものが皇帝の庇護のもと、平然と権力者の間で行ったり来たりしてたのも事実ですから」
「めちゃめちゃ腐り果ててたんですね、あんまり言うと申し訳ないかもですが」
「いえいえ、仰るとおりですからお気になさらず。むしろもっと言ってもいいぐらいですよ。
ですからまあ、我々も討ち果たした皇帝と繋がりを持っていた組などは根こそぎ粛清しましたし、基本的に殆どのそういう暴力団は纏めて叩き潰したんですよ。
浄化活動、っていうのはそういう意味です。少々力ずくで行きましたが、これはアルバーシティの人々にも好評でしたよ」
「フラックオース組、っていうのは、その時の浄化活動っていうのでは裁かなかったんです?」
「唯一ね。あいつらは他の組の連中とは一風変わっていましたから」
アルバー帝国の支配下で好き勝手していた荒っぽい集団の数々を、主権がセプトリア王国に移るに際し、人々の平穏な暮らしに不安を落とす影とし滅していったのが、かつての"浄化活動"というやつらしい。
暴力団まがいの連中が昔のように闊歩していたら、民も日々を安心して暮らせまい、という発想からの大きな執政だったようだ。
支配者が変わって間もなくの、アルバーシティの民にも受け入れられた、セプトリア王国の成功の一つである。
「フラックオース組は他の組の奴らとは違って、自分から悪さをはたらく連中じゃなかったんですよ。
家長の"スマーティオ=フラックオース"が、義理と人情を重んじる奴でしてね。多くの息子を率いる立場で、下町には大きな影響力を持つ人物でありながら、他の組に喧嘩を売るだとか、あるいは皇帝との癒着に励むとか、そういう曲がったことを嫌う人物だったわけです。
むしろ庶民には、あの組この組は怖いけど、スマーティオさんは違う、下町のヒーローだって言う者さえいたぐらいですから」
「へー、人望あったんですね」
「言っても、身内が攻撃されようものなら容赦なく報復には出ますし、暴力団には違いありませんよ。
ただ、人としての道にはずれたようなことをせず、身内を守るマフィアの鑑と言いますか、庶民らにはそういうふうに認識されていた傾向の方が遥かに強かったですね。
余談ですが、十代半ばの不良少年が、俺いつかスマーティオさんの下で働くんだって言い出して、親が嘆く一幕もあったりしたとかなかったとか」
「ダークヒーロー? 極道のカリスマ?」
「ま、実際私もスマーティオには会ったことはありましたが、確かに金払いもよく、気のいい親分というふうでしたからね。カリスマはあったのかもしれません。
庶民にとっては、怒らせてはいけない相手だと肝に命じた上ではありつつ、比較的親しみやすい大旦那だったんでしょうな、とは思います」
人は強い者だとか、器の大きな者だとかには、やはり無条件で敬う目を向けやすい。
当のスマーティオという人物は、肩書きはさておいて人格も整っていたらしく、それなら庶民にも人気があったりすることもあったんだろうな、とはユースもアルミナも思う。
酒と女と遊び好きで超ちゃらんぽらん、だけど身内には優しくてやる時はやる、だから総合的には尊敬できる――という先輩が、ユースとアルミナにもいるので、理解できなくはない。
「そんなわけでかつての浄化活動では、フラックオース組を除く組連中の根絶のみ、に留めざるを得なかったのが実状だったんですよ。
罪状不足で裁くには、ちょっと庶民を敵に回しかねないだけの人物でしたからね。それだけ、フラックオース組はアルバーシティで上手くやっていた奴らだったということです」
「でも」
「はい。話を戻しますが、女の人攫いを後押ししていたのはフラックオース組です。
やっと尻尾出してくれやがりました。本当、入念に、丹念に捜査を続けて得た確信ですよ」
断言するハルマは、それだけ自信があるということなのだろう。
苦労したんですよ、とばかりの息遣いで発するその言葉には、表向きは庶民に好かれる大親分を演じていたフラックオース組を、元より本当にそうなのかと疑っていたハルマの想いが含まれていて。
ようやく、やっと、それは間違いではなかったのだと証拠を掴めた達成感を含んでいる。
「多分、フラックオース組が女の人攫いに加担していたと庶民らに知れたら、嘘だあの人がそんなことをするわけないって声も聞こえてくると思いますよ。凄いでしょう、フラックオース組」
「なんか私達の知ってる暴力団とは全然違うイメージですねぇ」
「上手いこと人の目を欺いてきたということです。はなから結構疑ってかかって捜査していた私達ですら、尻尾を掴むのにそれなりの時間がかかったわけですから」
「あー、だから今回の作戦ってこんな複雑なんですね。色々思いましたもん」
「そういうことです。
確たる証拠を突きつけて、フラックオース組の頭、スマーティオをとっ捕まえなければいけませんからね。
しくじって罪状不充分だと、裁くにしたってフラックオース組信者の庶民に、不信感を抱かれますので」
国家権力はその気になれば、強攻策をいくらでも取ることが出来る。
それに任せて、味方の多い相手を力ずくで裁くことは、長い目で見ると国家への信頼を崩すことに繋がりかねないということだ。
権力とは多くを思い通りにする力だが、過程を誤れば代わりに失うものも生まれ得るのである。
「作戦を再確認しましょう。
人攫い事件の実行犯の一角に、チャハル商会という組織が噛んでいるのは先述のとおり。
そして、その犯行が表沙汰にならぬよう、裏で糸を引き工作を施しているのがフラックオース組。
我々は、この二組を全く同時に叩き潰さなくてはなりません」
作戦を複雑化、精密化させているのはこの要点ゆえだ。
ハルマは改めて、その所以を説明してくれる。
「第一陣として、シリカどのとチータどのがチャハル商会に乗り込みます。
攫われた女性らは、チャハル商会の本館に幽閉されています。これは絶対に間違いありません。
捜査の成果、その過程は省きますが、これだけは絶対に確信して言える事実です」
場繋ぎに長話を作ったハルマだが、何ヶ月にも渡る捜査の全容を説明しようとすると、流石に話が長くなり過ぎてしまうようだ。ここではやや、省略も表れる。
「しかし、チャハル商会も黙ってはいないでしょう。
何者かが確信を持ってチャハル商会に乗り込めば、連中は真っ先に、幽閉した女性らの殺害に走ります。
口封じのために、です。
過去、チャハル商会以外にも突き止めた、攫われた女性の幽閉された場所へと突入したこともありましたが、いずれも生存したまま救出することは叶いませんでした」
「ひどい……」
ずっと黙っていたルザニアも、思わず声を発してしまうほどの残虐だ。
攫われた女性が幽閉され、どんな目に遭わされたのかは想像に難くあるまい。
しかも、悪人連中にとって都合が悪くなれば、光を見ることも叶わず殺される被害者の無念など、想像するだけで胸が詰まるというものである。
「被害者は、連中にとってはボスの正体を語りえる脅威的な証言者となります。
もう駄目だ、隠し通しきれない、となれば、人攫い連中は攫った女を皆殺しにするのが鉄則です」
「……攫われた女性を生きたまま救出することに、証言者としてもの意義を持つってことですね」
「ええ。はっきり言って、実行犯を何人捕まえたところで、フラックオース組という主犯に繋がる証拠は絶対に得られないんです。
ですから、もちろん被害者を生きたまま救出するのが最大の目的ですが、そこに証言者として生きていて貰わねばならない、という都合があるのも確かです」
「やっぱり、今までに実行犯を捕まえたこともあったにはあったんですね。
でも、それじゃフラックオース組が黒幕だっていう証拠は取れなかったんですか?」
「こんな悪行に手を染める実行犯なんて、裏の世界にどっぷり浸かりきってる奴らですよ。
フラックオース組という組織が、裏社会においてどれだけ恐ろしく、恨みを買ってはいけない奴らなのか、そいつらの価値観の中では一番よくわかってるわけです。
いくら尋問、拷問したところで、フラックオース組が黒幕だなんて絶対に白状しないんですよ。
自分から大親分の大罪がバレたと知られようものなら、一大組織のフラックオース組に多大なる恨みを買い、死よりも恐ろしい目に遭うという強迫観念が連中にはあるわけですから。
誇張抜きの話、捕えた実行犯の殆どは舌を噛むのを筆頭に、自ら命を絶っていきましたよ」
悪党にとって一番怖いのは正義の使者でなく、自分よりも大きな力を持つ悪党である。
いよいよとなれば容赦がないことを知っている、自分よりも遥かに大きな力を持つ悪人、あるいは組織。
はっきり言って捕えられた連中をして、国より身内を敵に回すことの方が怖いのだ。
「チャハル商会に捕えられている女性らを、生存したまま救出して頂く役目はシリカどのらにお任せしましょう。
私達は、フラックオース組の頭、スマーティオ=フラックオースを捕えます」
「スピード勝負って言ってましたけど……」
「はい。最初にも言いましたが、かなり走って貰いますよ」
この作戦は、高速決着が求められる。スピード勝負、という表現は本当に的を射ているのだ。
「チャハル商会の連中は、攫った女性らの居場所が割れたと判明した時点で、必ず"花火"を打ち上げます。
これは他の件で前例もあったのですが、バレた、となると連中は、親分であるスマーティオにそれを知らせるために、これ見よがしの砲台撃ちをするんですよ。
恐らく、シリカどのらがチャハル商会に乗り込んだら、スマーティオらにも"花火"によってそれが伝わる。
となると、スマーティオが逃げてしまう可能性が非常に高い」
「だから、スピード勝負なんですね」
「我々がまだ、フラックオース組の犯行であるということに気付いていない風体を装うため、我々が泊まるこの宿も、今日までの我々の行動範囲も、スマーティオの屋敷からは距離を作ってあります。
加えて、先程までにも言いましたとおり、証言者としての被害者の確保を叶えられないことには、スマーティオらを追い詰める武器が一枚足りなくなる。
女性らを生きたまま救出できたという確信を持ってからでないと、スマーティオの確保に移れないのです。
よって、女性らを生きたまま救出できたことが確定した瞬間、どうやら稲妻の魔法が使えるというチータどのに落雷一発の合図を送って貰うつもりでいるのですが……」
「あー、だから昨日は雨が降ったから中止だったんだ」
「そういうことです。雨が降ってると、自然の雷か、チータどのの合図である雷であるかが完全判別できません。本当は昨日が作戦決行予定日だったんですが、今日に順延したのはそういうわけですよ」
雨が降ったから作戦決行は見送りましょう、と昨日言われたユース達だが、おかしいとは思ったのだ。
濡れるから嫌、なんて理由で作戦決行を見送るわけがないのである。真の理由はそこにあったと。
「ただし、必然、チャハル商会の"花火"は、チータどのの合図落雷より後になるでしょうし、後手は踏むことになるでしょう。
私達はその上で、スマーティオの屋敷からは距離があるこの場所から、合図を受け取るや否や激ダッシュです。
スマーティオが逃亡する前に、奴を確保しなければいけません」
「あのー、それってフライング出撃じゃダメですか? なんか余裕なくって怖いんですが……」
「ダメです。我々がはっきりとフラックオース組に目をつけていることが連中に確信されてしまったら、次に連中が尻尾を出すようなことをするのが何年後になるかわかりません。
また長年フラックオース組が生き残ってしまいます。確実に仕留められる条件が揃ってからでないと、勝負に出ることが出来ません」
「アルバー城の兵士さん達も協力してくれますよね?」
「いやいや、あいつらが何かの役に立つと思います?」
ひどい作戦もあったものである。完全に、ユースらシリカら騎士団頼りの作戦であった。
要するに纏めると。
シリカ達がチャハル商会に乗り込んで、恐らくそれと同時に"花火"とやらが打ち上げられて、一番捕えたいスマーティオにもそれが伝わる。
スマーティオがその時点で逃亡準備に取り掛かることが想定されていて。
遅れてチータの"落雷"によるゴーサインが出てから、ユースらはこの宿から出撃してスマーティオの屋敷まで最速でダッシュ。
それで敵の親玉を捕まえなさい、と。
あまりに無茶ではないですかと言いたくなる。
ユースもルザニアも、比較的なんとかなるっしょタイプのアルミナですら。
「無理っぽく聞こえます?」
「いや~……まあ、正直……」
「案外、なんとかなりますよ。それなりに、庶民に混ぜた場所に協力者も忍ばせてますから」
「あ、一応協力してくれる人はいるんですね。よかった」
「セプトリア王国から、昨日何人かエージェントをひっそりとね。アルバー兵よりは断然頼りになります」
ハルマはよっぽどアルバー兵を信用していないらしい。ユース達もわかってしまうのが悲しいが。
武力として頼りなさそうというのもあるが、アルバー兵の皆様は(カナリアを除いて)どいつもこいつもいい加減そうで、大事な作戦の一端を担って貰うには、あまりにも信用ならない印象が強いのである。
ハルマが信頼するエージェント、要するに恐らくは庶民に混ざった兵相当の人材、あるいは財力と人員を動かす商人を装う司令役など、それが協力してくれると聞けばちょっとユースらも安心である。
「ただ、決着の要になるのは私達ですよ。
いよいよスマーティオを捕える段階に至っても、向こうも間違いなく黙ってはいないでしょうからね。
向こうも進退の懸かった局面だとはわかっているでしょうし、死に物狂いで抵抗してくると思いますよ。
フラックオース組という組織を纏める大親分と、その取り巻きが、全力でね」
数々の強大な魔物を討ち果たしてきたユース達だが、今回は勝手が違う。
敵は人間だ。それは、先日雪山で戦ったグランベナードやエビルアープと比較して、脅威的な敵でないように思えるかもしれないが、それは大きな間違いだ。
ユース自体が、強大な魔物を一人で討てる強い"人間"ではないか。
スマーティオと呼ばれる人物やその取り巻きが、魔物よりも弱い人間である保証などどこにもない。
油断はなさらぬよう、と言外に含むハルマの言葉は、ユース達にもそう伝わる言い回しを叶えられている。
「さて、作戦の全容はこんなところです。
落雷音が聞こえると同時に、この宿を出撃し、私が前を走りますのでスマーティオの屋敷までついてきて下さい。
そこで、スマーティオを確保します。全体像や事情は少々複雑でしたが、やること自体はそれだけですよ」
長く話して時間を潰してきたが、そろそろ締め括って気を引き締めにかかる。
出で立ちは普段と変わらぬ風体でこそあれ、玄関の隅に立てかけてあった、黒塗りの錫杖を左手で握ったハルマがユースに歩み寄り、空いた右手をユースに差し出してくる。
「幸運と、成功を。目的を叶えると同時に、みな無事でこの作戦を終えられるよう、努めて参らせて頂きましょう」
「はい。よろしくお願いします」
両手でハルマの手をぐっと握るユース。
ユースが手を離せば、ハルマはその手を次はアルミナに。
「実戦でのあなた達の姿を見るのが楽しみです。余すことなく、その全力をご披露下さいませ」
「お任せ下さいっ!」
両手でハルマの手を握りにいくのはアルミナも同じ。気丈な笑顔を添えるのが彼女らしい。
最後にハルマは、その手をルザニアに。緊張気味のルザニアの瞳を真っ直ぐに見据える。
「セプトリア王国参謀として、私もこの日までに全力を尽くして参りました。今日は、その総仕上げです。どうか、気高き貴女達の力を我々にお携え下さいませ」
「……はいっ」
ハルマの口が上手いのは、自らの肩書きを敢えて口にすること。それはルザニアに、自分の肩書きを彷彿とさせるはたらきを為す。
セプトリア王国に遣わされた、エレム王国騎士団に仕える騎士。自分がそうだと自覚した瞬間、怖くても、不安があっても、何事にも立ち向かうべしと思えるルザニアの人格を、ハルマはしっかり見抜いている。
両手でハルマの手を握るルザニアの握力はユースよりも弱く、騎士としては格下だ。
それでもその力から伝わる意志力は、きっとユースにも負けないぐらい強い。
それを実感できたことが、ハルマにとっては一番嬉しく、心強い。
「さあ、間もなくでしょうね。張り切って参りましょう」
舞台は整った。あらゆる計略と下準備の末、最大限周到に組み立てられた作戦の全体像の中、そこで駆ける主役らの役割は簡略化された、一世一代の作戦決行である。
あとは、果たすか、取りこぼすか。すべてはユースらに懸かっている。




