第21話 ~何の変哲もない風俗街の一夜~
「へ~、アルミナ姐さんは銃を使うんすか。近接戦闘専門のあたしとは真逆っすね」
「そうそう、だからいかにも前衛のカナリアちゃん見てると凄いなぁって……あ、ユースおかわりどーぞ♪」
「あぁもうアルミナちゃん、早いわねぇ。気付きが良すぎるわ」
「へへ~、負けませんよ?」
隣のカナリアとお喋りしながら、逆位置のユースのグラスの中身が減ってきていることにもすぐに気付くアルミナは、水差しに満ちたジュースをすぐさまユースのグラスへ注ぎにいく。
ユースの相手をしているサラサと、ユースのグラスが空っぽになったら注ぐ役目を競って遊んでいるらしい。次の一杯が近くなるよう、注ぐのはグラスの半分まで。
ちなみにユース、勝利を収めれば祝杯を上げる戦人の端くれゆえ酒も嗜めるのだが、場が場なので酔いづらいのか、飲んでいるのは酒ではない。良い酒を提供する店よろしく、果汁の濃い高級めのジュースである。
あんまり飲むと口の中が甘ったるくて仕方ないのだが、いかんせん初めて過ぎる場で緊張しているのか、口が渇いて飲みが進んでしまう模様。
「アルミナちゃん、こういうとこ慣れてるの? 手際も口回りも随分いいけど」
「私は故郷の王都でも、こういう所で働く友達が多いですからねぇ。空気は知ってるつもりですよ」
「ああ、それでか……」
「な~に、ユース。何が言いたいわけよ」
「いや別に。いやホント別に」
「こら、人の目を見て言いなさい」
来店時から落ち着き払って、あるいはうきうきしていたアルミナの態度にも少々納得がいった。
どこに行ってもすぐ友達を作れるタイプのアルミナは、王都に変えれば友達も知り合いも山ほどいるわけで、こういう世界に生きる人との付き合いも結構あるのである。
真面目一筋、剣の道に生きてきたユースやルザニアの知らない世界も、自分が踏み込んだかどうかは別として、幅広く知識としては持っているわけだ。
「ねぇねぇ、サラサさんもカナリアちゃんも、ここが健全なお店だってちゃんと説明してあげて下さいよ。
こいつも向こうのルザニアちゃんも、こういう場所に慣れてる私のこと、ヘンな目で見てくるんですよ」
「ヘンな目っすか?」
「私が女遊びする女っていう疑惑を」
「あはは、なるほどなるほど、二人が正しいかも」
「違うのに~」
「いてっ」
サラサの笑いを誘うようなことを発し、場の空気をより温め、弾ませるアルミナの語り口は、相変わらず絶好調の喋り上手である。
口をとんがらせて、誤解しないでよとユースの背中をべしんと叩くアルミナだが、何するんだよと彼女を少し見返すユースも、これで一段階緊張が緩和される。
「そりゃ女の身分でこういう所に慣れてる風を見せちゃ、色町遊び好きの女って思われても仕方ないっしょ」
「実際そういうお客さんも、こういう業界では例がないことはないのよ? 男に飽きたお嬢さんが、あるいは元からそうである人が、そういう相手と触れ合いに来たりとかね。少ないケースだけど」
「ユースこっち見るな」
「見てねえよ、思ってるけど」
世間は広いのである。ユース達の知らない世界だってある。別に知る必要まではない世界かもしれないが。
「うちのカナリアとかは多分モテるわよ? 男のお客さんよりも女性客の方が呼べそう」
「ちょっとセンパイ、何言ってるんすか」
「あ~、わかるわかる、カナリアちゃんいいですよね~、可愛いですし」
「あぁもう、くっつくなっ! お触り禁止っすよ、この店は!」
カナリアは言葉遣いも尖っているし、目つきも良くないしで、比較的近寄りづらいタイプの女の子と評価されやすい。
しかし、もっと怖いものを山ほど見てきた傭兵アルミナの目には、そんなものは敬遠する要素にはならないのである。
小顔で綺麗な金髪、引き締まった四肢は細く、全体像も小柄なカナリアは、顔立ちも整っていて可愛らしい。
きつい目つきを個性と割り切れるなら、確かに年上の女性には可愛がられそうな、お人形さんみたいな風貌だ。
同年代には怖がられがちのカナリアは、アルミナにべたあっと抱きしめられて戸惑うせいもあり反撃が弱い。
それに乗じてアルミナは、頬ずりまでして攻め込む始末。密着度が高い。
「ねーちょっとユース、ホントそんな目で見るのはやめやめ」
「誤解を呼んでるのはお前のそういう行動だろ……」
「可愛いものを可愛がりたいのは女の子として普通の行動です」
「はなれろ~!」
見た目は不良娘でも中身は乙女、みだりに触られることを好まないカナリアは徐々に力強くアルミナを押し返す。相手が女のアルミナだからこの程度で済んでいるが、男だったらもっとパワフルに突き放していたかもしれない。
嫌がられていては仕方ない、アルミナも仕方なく離れた。仕方なくである。
「カナリアちゃん、スマイルスマイル。笑顔で接客して?」
「誰のせいでこんな……」
「ほらほら、笑って見せてよ。笑うと絶対かわいいよ?」
「カナリア、スマイル。ほらスマイル。接客、接客」
「うぐぐ……」
胸の前で両手をすりすりさせ、あなたの笑顔が見たい見たいと目をきらめかせるアルミナと、それに乗っかって後輩カナリアを攻め立てるサラサに押され、カナリアも難しい顔をさせられる。
女子空間に座らされているユースは、手持ち無沙汰の口無沙汰で、黙ってグラスの中身を空にするのみ。
「き、急に笑えって言われても……こう、っすかねぇ……?」
「……んふ~!」
「ひゃわあっ!?」
あんまり普段は、可愛いだなんて言われないのか、笑うと可愛いよと言われたことにはにかみながら、なんとか不慣れな笑顔をカナリアが作った。にへら、っていう程度の笑顔である。
可愛いって言って貰えるなら……と、頑張って作った、照れ混じりの笑顔がアルミナのツボに入ったのか、満面の笑みになったアルミナがカナリアに飛びついた。
ぎゅっと抱きしめて押し倒す。さながら、けだもの。
「カナリアちゃん可愛い~! 抱きしめたい!」
「も、もう抱きしめて……っ、じゃない! はなせ~!」
「いたたたた!? スイマセン調子乗りましたっ!」
我慢できなくなったカナリアが、アルミナのポニーテールを握っての必死の抵抗だ。
たまらずアルミナが体を起こせば、起き上がったカナリアはお尻一つぶんほどアルミナから距離を作って座った。警戒されてしまった。
「ここはお触り禁止の風俗店だからねぇ。女の子を指名して、一緒にご飯食べて、お喋りして、それだけのお店。
多分、ユース君が風俗、っていう単語から想定してるような、ディープなお店じゃないのよ?」
「ボックスバーって言うんですよね、こういうお店」
「アルミナちゃんは詳しいわねぇ。あ、ユース君へのおかわりは頂いてるわよ?」
「あっしまった、見逃してた。カナリアちゃんに夢中で」
風俗店というものにも色々あって、そうした単語から多くの人が連想するのは、お金を払って男女が体を触れ合わせるようなお店のことであるのが殆ど。
娼館というのも実際に存在するわけであり、風俗と言えばその同種という捉え方がやや一般的である。
一方で、ハルマがユース達を導いたこの店のように、普通の酒場よりも少し割高なだけで価格設定を留め、その割高の対価として、客には女の子が隣につくことを約束する、というだけの店も実在する。
特にここは、客側から女の子に不埒に触れることを禁止行為とした、風俗業界の中では比較的、性的なサービスの浅い店だ。女の子に一杯ほど付き合ってもらえる店、とでも解釈すれば一番早い。
「こういうお店に来ることが多いのは、とても若いか随分と年のいった人かのどちらかね。
どちらかと言えば、四十歳超えたぐらいのお客さんが多いかな」
「若い頃にいっぱいやんちゃして、もう落ち着いた男の人が、他の風俗店よりも安くつくここで、下心も薄めに女の子とお喋りに来るってやつですよね」
「そうそう、もしかしてそういうのも地元の友達から聞いてるの?」
「みんな苦労してるみたいですしね~、愚痴めちゃめちゃ聞いてますよ。お触り禁止の店で、どこまでがギリギリオッケーかを攻めてくるベテランさんが強敵だとか」
「あはは、若いうちはそうでしょうねぇ」
「あたしは苦手っすわぁ。年配のお客さんは、それが常連だったら多少は大目に見なきゃいけないんでしょ? その見分けがねぇ……」
「わかってる客は、胸と、へそより下は触ってこないから、見分けやすい方だと思うけど」
「あ~、そうそうそんなこと私の友達も言ってましたよ。勝負したがりの常連さん多いみたいですね」
「攻めどこ見誤ったら即通報! なのに、みんなよくやるわよねぇ」
「別に風俗客に限らず、みんな本来ダメとされてることをやるのは好きでしょうけどね」
「あはは、話がわかるじゃない。みんな、ちょっとしたワルさするのはそもそも案外好きなのよね」
「ダメって言われてることこそやりたくなる、ってのはわかんねぇでもないっすけど」
「値切りでしょ? つまみ食いでしょ? それと同じなんじゃないかな。お触り禁止のお店で、口説いて許して貰える空気を作って、肩を組んだりするとか、男の人にはロマンあるんでしょうね」
「あなた女なのに男心よく知ってるじゃないの、例まで出してさ。面白すぎるわ」
「アルミナ姐さんもしかして、こういうとこで働いたことあります?」
「ないない、普通にわかることでしょ。私だってちょっとワルいことするのは好きですよ? 色恋に疎い同僚をいじったりするのは無粋だけど、よくいじってます」
「うるさいな」
女三人よく喋る、カナリアも間に所々相槌のようなものを挟んで会話に参加しているが、ユースにはなかなか自分から入っていく隙間を作れない。最後、アルミナに意地悪アシストを受けて発した一言がせいぜいである。
もっとも、女三人のべらべらマシンガントークに、男が上手く口を挟むのは、ユースでなくても難しかったかもしれないが。
「あとはそうね、逆にとっても若い男の子、特に女の子とお喋りするのに慣れてない人が、慣れて自信をつけるために来るとかが多いかな。だいたい若くて一見さんだとそういうお客さんなのよ」
「それってアレでしょ、遊び慣れた先輩に連れて来られる草食系男子とかでしょ」
「例えば?」
「こいつ」
「知ってた♪」
「も~、バレてたんでしょうけど、あんまりくっつかないでくれますかね……目のやりどころに困るんですよ……」
ハルマはユースの先輩ではないが、確かにそんな感じでユースはここに来られたわけで。
アルミナにそうだと強調された矢先、挑発的にサラサが横身を預けてくると、二の腕と二の腕が触れ合い、ユースの目の位置からサラサの胸との距離も近くなる。
せっかくおさまりかけてきた赤面も同じ色を取り戻し、ユースはその顔を逸らしてサラサを二の腕越しに、力弱く突き放す。
あんまり触れ過ぎられたくない、心臓によくない。女性的な魅力満点のサラサは、ユースにとっては刺激が強すぎる。
「真面目そうな子よね、この子。女性に慣れてないっていうのもうなずけるし、そのぶん私生活では色々きっちりしてそうじゃない」
「わかるでしょ、こいつホントいい奴ですよ。あ、おかわ……」
「残念、私の方が早かった♪」
「ユースぅ、あんたさっきから何杯飲むのよ。早い早い」
「緊張してるんだよっ。わかってるだろ、俺の性格は」
半注ぎ続きとはいえもう六杯目に至る。慣れない環境に色々落ち着かないことの表れだ。
一方で、緊張してるんだと素直に言えるようになった程度には、最初よりも緊張がほぐれてきたとも言える。
「騎士様なんですって?」
「ええ、まあ……」
「いいじゃない。そんなしっかりした肩書きをお持ちの方が来るなんて珍しいから、なんだか新鮮だわ」
「そうなんですか?」
「酔っ払い多めに下町のおっちゃんが来るのが殆どよ。城の兵士様が来られることもあるけど、あの肩書きはあんまり高尚な感じしないしねぇ」
ユースの肩の力が抜けてきたと見えれば、サラサも彼を相手に話しやすい話題を振る。
元より自前のトークでユースをそうしようとしていたサラサだったのだが、お喋りなアルミナがユースの緩和を早めてくれたことには御の字であろう。
「訓練場ではユースさんの剣の腕見れなかったけど、お強いんすかね?」
「そりゃーこいつ、ルザニアちゃんより強いもん。カナリアちゃんが見たらびっくりするぐらい最強」
「無駄にハードル上げるなよ、そこまで強くねえよ」
「へー……やっぱり上には上がいるんすね」
カナリアもカナリアで、ユースに関わるいい話の種を持っている。接客意識も半分あろうが、個人的な興味もあるのかもしれない。
問いにそうだよと答えられる自信家のユースじゃないので、正しく代弁する役目はアルミナが買ってくれた。ユースに答えさせたら謙遜が過ぎて、事実未満のことを言いかねないので、ちょっと盛ったことをアルミナが言い、ユースの反論を引き出すぐらいがちょうどいい。
「そんなに強いってことは、小さい頃からずっと剣を?」
「そんなに強いかは……いや、まあ、小さい頃からそうっていうのは、そうですけど」
「普通に答えなさいよ」
「うるさいなぁ、俺がそんなに口上手じゃないのは知ってるだろ」
ユースは強いだとか凄いだとか、そういう言葉で自分を評されると固くなる癖があるので、アルミナ辺りが横から茶化して肩の力を抜いてあげなきゃ話が鈍りやすい。
戦場では頼もしい相方でありながら、こういう場では弱いユースなので、話術に秀でるアルミナが隣にいると、ユースは本当に助かるのである。
手間がかかるわねぇ、という笑顔のアルミナには、ユースもその笑い方に少々渋めの顔をするが、善意であるのはわかるから不快感は覚えていない。
「そっかぁ、真面目な子はいいわよね、やっぱり。私はこう、それとは真逆のタイプだから魅力感じるわ」
「ちょっとサラサさん、ユースのこと口説くステップに入ってませんか~?」
「あら、バレた? 騎士様なんて高給取り、落として常連客にするのが私のお仕事だし、大目に見て?」
「逆玉!」
「それはちょっと違う。あわよくば狙いたいけど♪」
「センパイ、節操ないっすよ」
笑いながらのやりとりだし、悪意ありにしては明け透けなので、冗談なのはユースにもわかる。
だからユースも笑えるし、カナリアも先輩のサラサに駄目出しの気軽な口ぶり。複数人での話が弾んでいる。
「お若いのにしっかりしてるのねぇ。魅力的だって感じるのは本当よ?」
「あ、そうそうお二人とも。ユースって若いのはわかるでしょうけど、何歳ぐらいに見えます?」
「おい」
「はい、まずはカナリアちゃん?」
「え……う~ん、私と同じ18歳ぐらいっすかね?」
ユースの予想通りの回答が来た。
だからアルミナに、おい、の一言が挟まったのだ。こうなると思ったから。
「サラサさんは?」
「え~、もっと若いでしょ。私にはカナリアより年下に見えるわ、17か16ぐらい?」
「はいユース、正解は?」
「二十歳ですよっ」
「えっ」
「えっ」
正解を言うのに半ば困るような顔色でユースが真実を言うと、サラサもカナリアも少し固まるぐらい驚くんだから、ユースも苦笑いを誘発させられる。
別に若く見られて嫌とも思わないが、やはり実年齢よりやたら下に見られるのは、男の子としては微妙な気分である。
「へぇ~、そうかぁ。どおりで私好みなわけだ」
「サラサさん年下好き?」
「ウブだったりすると役増し。たまんないわ、この子」
「少年好きなんですね」
「否定はしない」
「俺は少年なんですか?」
「違うけど21の私からすればそのカテゴリに入れて可愛がりたい対象ではある♪」
「よかったじゃんユース、可愛がって貰えるわよ?」
「すげ~微妙」
「もしかしたら今のあんたは、モテ期を迎えているのかもしれない」
「それは無い」
「意外と浮かれないあんたで安心する」
「ユース君、おかわりどうぞ」
「あ、すいません」
「んが、またやられた、くそぅ」
「アルミナ姐さんも飲み物無くなってるっすね。どうぞ」
「わ、カナリアちゃんが注いでくれるの? やたやた♪」
いい具合にユースもリラックス出来てきた辺りからは、彼も普通程度に話せるようになり、話の弾み方も三人ぶんから四人ぶんの歓談のそれに変わってくる。こうなれば、楽しい場の空気は完成だ。
「騎士様って普段どんな仕事してるの? 異国の戦士様のお話を聞く機会なんか、私達あんまりないしね」
「うーん……多分、各国の兵士様の仕事とだいたいは一緒なんですけど……」
「カナリアちゃん、眠くないの? 朝から訓練場で色々やって、夜はここで仕事でしょ?」
「仮眠は取ってるっすよ。まあちょっと眠いとこはあるっすけど……お金は稼ぎたいっすからねぇ」
サラサと普通程度に会話できる程度にまで、ユースが冷静さを取り戻してきたところで、アルミナも自分についてくれたカナリアとの会話に集中し始める。あとはサラサさんが勝手にユースを楽しませてくれるだろうな、と信頼してだ。
逆に言えば、こういう場で緊張してしまうユースを見越していた数分前があって、彼が固まってしまうのならほぐしてあげようと、気を遣っていたということだ。
人生初の風俗店で、のびのび楽しんで帰りまで過ごすのは案外難しいものだ。
ユースと同じくそわそわしていたルザニアのフォローに回り、巧みな話術で緊張をほぐしていたハルマは、上手にユースをリードしているアルミナを常に視界の端に含め、この子やるなぁと感心していたものである。
アルミナがいなくたって、知己のサラサが上手くやってくれるだろうとは思っていたが、アルミナがここまでやってくれるのは予想外だったということだ。
密かに異国の参謀様に高評価を頂いていることなどアルミナは知る由もなく、今はただカナリアとのお喋りを楽しんでいるのだから、ある意味では大物と言えるかもしれない。
たった一時間の風俗時間だったが、ユース達は各々楽しくお喋りの時間を過ごし、やがて満足な思い出とともに店を後にすることが出来た。
接待の一環として彼らをここへ案内したハルマにとっても、満足のいく結末であったと言えよう。
「ルザニアちゃん、まつ毛いじってもらったの?」
「はい、コルメさんに少しだけ……へ、ヘンじゃないですよね?」
「いいよいいよ~、元々可愛い顔だったのが余計際立ってる。愛してる」
「お前わざと誤解深めようとしてるようにしか見えない」
「冗談よ、わかってるでしょ」
いやはや、どうやら。そんな馬鹿話を弾ませながら、ユース達は宿への帰路を歩く。
先導するハルマも、敢えて振り返ることなく口も挟まない。
本来なら、お楽しみ頂けましたかの一言ぐらいは尋ねたいところだが、三人の楽しそうな会話ぶりから答えはわかっている。
だったらむしろ、一切の口を挟まぬのも、同年代の若者同士の楽しい会話時間に水を差さない一つの選択肢だ。
後ろから沈黙の空気が漂うまでは、微笑ましく前を向いて歩くのみである。
「ルザニアちゃん、案外楽しめてたみたいでよかったじゃん。最初は偏見あった?」
「ま、まあ、あったんでしょうね……でも、お話ししてみればコルメさんも素敵な方で、いつの間にか一時間なんてあっという間でした」
「ユースも結構楽しんでたよね」
「まあ……うん」
「風俗を」
「……楽しかったよ。サラサさんのお話、面白かったしさ」
「あら、素直じゃないの」
「楽しかったからさ。うん、楽しかった」
風俗店をお楽しみでしたね、と、そういう世界に触れてこなかったであろうユースをつついてみたアルミナであったが、ユースは少し間を空けつつも笑顔でそう答えた。
楽しかったのは本当だ。偏見は良くないとはっきり割りきった回答だろう。
入店前の渋りがちだった自分を一新するかのように、ああした世界もいい所なんだなと、考えを改めたユースの言葉をきっかけに、前を行っていたハルマが敢えて歩みを遅らせる。
ユース達が追いついてきて、ハルマと横並びになる。
「ユースどのもお気に入ってくれたようで何よりです。どうです? 今度はもっと、ディープなお店にでも」
「いや~……これ以上は、ちょっと……」
「いいものですよ、この世界。最初は敬遠する人も、通ううちに魅力に目覚める世界なのですから」
「まあ、それはそうなんでしょうけど……」
「……ふふふ、まだお早いですかね。まあ、無理には誘いませんが」
さっきの店ならユースも楽しめたようだが、これ以上のどっぷりな風俗はなんだかな、という予想通りの反応を見て、ハルマもこれ以上深追いしない。
童貞の割には、がっつくよりも堅い貞操観念が勝つタイプなのは、元より見てとれているのである。
ちょっと冗談で持ちかけてみただけに過ぎず、しつこく誘うつもりはなかったのだから。
もっとも、ハルマが笑ったのはユースの反応が予想通りだったからではない。
ユースの向こう側、ハルマとでユースを挟んで歩く形のアルミナが、ダメダメと手を小さく振ってNGサインを出していたからである。ユースからは見えない角度で、ハルマだけに伝わるように。
無いとはわかっていつつも、まかり間違っても、ユースに風俗に通うような人間にはなっては欲しくないと、ユースに見えない位置からシグナルを送ってくるアルミナの姿を見れば、ハルマも微笑ましいというものである。
「改めてお尋ねします。皆様、楽しんで頂けましたか?」
「楽しかったですよ」
「はい、とっても!」
「はい、楽しかったです」
「ありがとうございます。それを聞けただけでも、私は嬉しく思います」
接待が上手くいったから。そう解釈するのは簡単であることを含んだ返答だ。
しかし、ユースとアルミナにはそれだけには見えなかった。
風俗街で楽しむことが出来た、という言葉を聞けたことを喜ぶ、ハルマの柔らかい笑顔の奥にある真意は、接待役のそれではなく、個人的な感情からくる嬉しさを明らかに含んでいる。
「あまり想像には及ばぬかもしれませんが、ああした場所で働いている女の子達とて、個々さまざまな人生の末に辿り着き、今を必死で生きているわけですから。
そうした彼女達が、訪れた人々を楽しませ、お金を受け取るに値するだけの仕事をしているということだけでも、もっと正しく周知されればと私は思っていますのでね」
「ハルマさん?」
ユース達がハルマの言葉に、一瞬の深みを読み取った顔を、ハルマも胸の内をほんの少しだけ晒した。
それだけで全てが語られたわけではない。もっと聞きたくて、アルミナは名を呼び尋ねてみる。
「軍人、商人、風俗嬢。すべて社会人です。誰しも必死でこの世界を生きています。今を、必死にね。
貴方達、騎士団の皆様は、そうした人々が悪辣な思想や魔の手にかかり、人生を傷つけられ、あるいは奪われることを忌み、悪を憎むことの出来る皆様であると私は信じています」
「…………」
「……はい」
少し間が開いたが、ユースもアルミナも、若いルザニアもその言葉の意図は、うっすらとながら読み取れた。
敵地であるアルバーシティ、どこで誰が見ているかわからない場所で、ハルマが言葉を選んでいる。
ハルマの言い回しが抽象的なものになったのはそのせいだ。
ああした世界で働く人々も含め、多くの女性が幾たびも、アルバーシティに蔓延る人攫いの犠牲になってきたのだ。
今一度ハルマは、その巨悪を穿つべく我々はここに来たということを、ユース達に訴えている。
「また、ご一緒しましょう。皆様とは、良き関係になれそうです」
「……そうですね」
また一緒に風俗に行きましょう、という表面上の言葉尻に騙されず、ユースは意志強き笑顔とともに返答した。
文面どおりの言葉とするには、あまりにも文脈が噛み合っていない。
アルバーシティに潜伏する人攫いども許すまじ、共にその悪を討つ戦いに手を結んで臨みましょう。
ハルマが述べたことの全言の真意はただそれにあり、目を見て語らうユース達にはそれも伝わっていた。
ハルマによって導かれた、風俗街への夜遊び紀行。
ユースやルザニアにとっては、触れたこともない、自分がいつか踏み入れるとも思っていなかった世界への踏み込みだった。
傍目にもそれは、一国の参謀格が異国からの客人に、良きプレイスポットを案内しだたけにしか見えぬ一幕である。
これが、アルバーシティを訪れた真の目的への、意志のさらなる統合のための政治活動であったとは流石に言い難い。
あらゆる行動を、後のための何かであったとするか否かは、すべて後から定められることだ。
計略的に行なったことが無意味にすべることもあれば、思わぬことが糧となる日もある。全ては結果論。
決戦は、この日の二日後に訪れる予定だ。
まだ訪れぬその日を前にして、ユースが既にハルマの熱い想いを感じ取り、それを自分も共有せんと眼差しに意志力を宿してくれた姿には、ハルマも嬉しく感じるばかりである。
こじつけた美談と言われても構わない。
きっと今日のこれには大きな意味があったのだと、ハルマは心の奥底で信じたいと思っている。
あわよくばの期待を抱いてユース達を誘った末、彼らがより強く繋がりを持とうとしてくれているこの事実が、ただただハルマにはこの上なく嬉しかったのだから。




