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第16話  ~アルバーシティのユースとルザニア~



「さて、到着です。皆様、長旅お疲れ様でした」


 セプトリア王都を、二頭立ての馬車に乗って発し、実に四日かけての長い旅。

 御者台のハルマが目的地への到達を示すのは、馬車に乗る騎士団の三人に、下車を促すことを兼ねている。

 元気な足取りでひょこっと馬車を降りるアルミナと、それに続くルザニア。レディファーストだったのか、隊長であるはずのユースが一番最後に降りてくる。


 少々お待ちを、と言ってハルマが馬車を近場の馬小屋のそばまで導いていき、その厩舎の管理人に馬と馬車を預ける。立ち戻ったハルマが、お待たせ致しましたとユースに一礼し、お気になさらずと返すユースの姿まで様式美。


 セプトリア王都から南に大きく離れた、アルバーシティに到着である。

 ユース達にとっては初めて訪れる街、見るものすべてが新鮮だ。仕事で来たので観光気分ではいられないが、やはり祖国やセプトリア王都とは趣の異なる大きな街、視界に入るものすべてに退屈しない。


「おっきな街ですねー。流石セプトリア王国第二の都って感じです」

「よく栄えており、近隣の町村との関わりも良好です。廃れる未来は私も想像できませんな」


 社交辞令ではなく見たままのことを口にするアルミナだが、仰るとおりここアルバーシティ、なかなか大きく栄えた都である。

 乱立する建物の高さも、それらの密度も、道幅の広さも、それがきっちり舗装された清潔感ぶりも、誰の目にもわかりやすく華やかなる都のそれ。お金持ちがお住まいと思しき豪邸も、ハルマを先頭に街を歩く中でいくつか視界の端に入るし、それもこの街が、富裕層が好んで住まう都であると物語る要素である。


 はっきり言ってユースには、ぱっと見た印象では、セプトリア王都よりも広くて華やかなんじゃないかって思う。

 道すがらに通った市場の、安息日でもないのにこの活況ぶりといい、なんとなくセプトリア王都より人口も多いんじゃないかと想像することさえ出来てしまう。


 実際、そうなのだ。

 アルバーシティはセプトリア王都よりもその領地は倍ほどあり、人口はセプトリア王都の二倍半。

 王都よりも第二の都の方が大きくて人も多い、という国家は案外珍しくないが、セプトリア王国国土内における王都とアルバーシティの比較は、まさしくその例に漏れない。


「さて、着きましたよ。こちらがアルバー城です」

「……それは見るからにわかるんですけど」

「ふふ、何を言いたいのかはわかりますよ。ま、お気になさらずに」


 ハルマに案内される形で、当面の目的地であったアルバーシティの中心に根差す城、アルバー城に辿り着いたユース達。アルミナが首をかしげ、含みのある言葉を発したのも無理はない。


 でかい。せいぜい富豪の豪邸級の、城と呼ぶには頼りないセプトリア城とははっきり異なり、こちらは立派なお城だこと。

 外敵の侵入を阻むための外堀、高い城壁、頑強な作りが遠目からもわかるがっしりした建造ぶりの本城、という美しい三段構えだ。仮に戦争でここまで外敵が侵入してきても、最後の篭城戦を計るには実に頼もしいお城である。


 本来、女王様おわすセプトリア王都の城こそが、これぐらい立派なものであるべきじゃないのって思うのが普通の感性。この立派な城にナナリーが住まわず、あの小さな城に玉座を構えているという現実は、少々の違和感として異国のユースらに映るのが自然なことだ。


 さておき、お気になさらずにと仰るハルマに倣い、誰もそこまでは口にすることなく、一向はハルマを先頭にアルバー城へと進んでいく。

 城門をくぐり、中庭を通り、城の中へ。内装も立派だ、まさしくお城。

 王女様を差し置いて、何者がこの城の君主として最奥にいるのだろうと、やはり引っ掛かるものはある。


「ルザニアちゃんは、こういう所に来るのは初めて?」

「は、はい……なんだか、中に入れて貰えるだけでも畏れ多いですね……」


 ユースやアルミナも、決してこうした荘厳な城を訪れる経験は多くないが、まったくのゼロではないのでまだ落ち着いている方。少々、そわそわしそうなところを我慢してはいるが。


 こんな場所は初体験であるルザニアは、肩を狭めて借りてきた猫のように縮こまって歩いている。初めてのお城、やはり庶民上がりにはとっても緊張する環境だ。

 足音を立てすぎることすら、もしかしたらマナー違反になったりしないかって、金属ブーツを履くルザニアの足取りが、おっかなびっくりで初々しい。


「……大丈夫だよ、そんなに緊張しなくたって。俺も、初めてこういうとこに来た時は緊張したけど、周りの人がカバーしてくれたし」

「あ……そ、そうなんですね、ユースさんも……」

「緊張するよなぁ、やっぱ。立派なお城だもんなぁ」


 お、とアルミナが思わずユースの方を振り向いた。

 何気ない事象だが、ユースとの付き合いの長いアルミナにとっては、今のユースの行動はちょっと意外。


「ユースが後輩の子を気遣ってる」

「……なに、なんだよその目」

「ユースが後輩の子を気遣ってる」

「だから何」


 口元を指の先数本で隠し、にんまりした目のアルミナが、いかにも自分をいじってくる時の顔で、ユースは警戒せずにいられない。急にアルミナがそんなことを言い出すから、ルザニアも歩きながらユース越しに、アルミナの方を見てしまう。


「あんた私と初めて同じ隊になった時は、口も利いてくれなかったくせに」

「うぐ……いや、それは……」


「そうなんですか?」

「そうなのよ~、ルザニアちゃん。こいつ、初見の時はすっごい怖い奴だったんだから」

「おい待て、言葉が違う、誤解されるからやめろ」


 事実なのだがちょっと誇張が入っているというか。ユースの反撃が弱いのも、ちょっとはそれを認める部分があるからである。


「なに話しかけても、"うん"か"ああ"しか返してくれない奴だったじゃん、あんた。も~私、こんな怖い同い年のいる隊に入っちゃって、この後大丈夫なのかなって凄く不安だったんだぞ?」

「うるさいなぁ、何を話せばいいのかわかんなくて上手く返事できなかっただけだよ。つーかそういうことだって後でしっかり話し合ったろ、知ってるだろ当時の俺の性格」

「知ってるけどねぇ、あんたの奥手っぷりは。別に今でも直ってないし」

「うるさい」


 小さい頃から騎士としての道、剣の道を歩み続けてきたユースは、女性に対する免疫がかなり薄い。女性と話すのは、好きとか嫌いとかじゃなく、何を話せばいいのかわからなくなってしまうのだ。


 アルミナと初めて出会った時のユースは17歳、今よりもそれがもっと如実であった頃。

 ユースが同い年だと知ったアルミナが、仲良くしたいなと思って話しかけても、ユースは緊張して何を返せばいいかわからず、素っ気無い返事を堅い表情で返すことしか出来なかったのである。

 当時のアルミナからすれば怖い同い年だ。いくらか時間をかけて、シリカを含む先輩らがその誤解を解いて、やがて今のように話せる二人の関係も出来ていったというもので、今となってはいい思い出である。


「そんなユースが今や、慣れない世界に困惑する年下の女の子を気遣って、緊張をほぐそうと話しかけるようになってるっていうね。んふふふ」

「その笑い方すっげーヤだ。なんだよ、お前の中で俺どういうキャラなんだよ」

「いや~別に? ただ、慣れないこと頑張ってるな~、って。んふふふふふ」

「んふふやめろ、こら」

「ひゃ~、怖い怖い。あんまり睨まないで? 前のあんたを思い出してトラウマになっちゃう♪」


 しっしっと振り払う手でアルミナを黙らせようとするユースだが、威嚇的なその目もアルミナにとっては怖くもなんともない。昔と違って仲良くなった今なら、怖くなんかない。


「ほらほら、私のことなんかほっといてルザニアちゃんとの続きどうぞ? うちの可愛い女の子との楽しいお喋りを、ほら?」

「勝手に割り込んできて勝手に……むぅ」


 呆れる声と共にアルミナから目を切り、改めてルザニアの方を見るユース。

 二人のやりとりを、仲がいいんですねと微笑ましく見守っていたルザニアと目が合うが、ユースは目線を少し落としてルザニアの顔を直視できなくなる。


 変に強調されるから、ルザニアが女の子であることを改めて意識してしまい、すっかり調子が狂ってしまった。

 全部アルミナのせい。あと、ルザニアの顔立ちが可愛い女の子のそれであるのもちょっと罪。


「お~? なんでユース、ルザニアちゃんの胸元見てるの?」

「えっ!?」

「違っ……!? アルミナ、お前っ……!」


 びっくりして顔を赤くして片手で胸元を隠すルザニアだが、ユースもぼふんと顔を真っ赤っ赤にして、今度はかなりきつい目でアルミナを振り向いた。

 やばっ、と思ったアルミナは距離を取ろうとしたが、ユースの伸ばした手の方が早く、肩を掴んだユースがアルミナを引き寄せ、腕を首に巻きつけてがっちり捕まえる。


「ちょっと~、セクハラ~! けだもの~!」

「心外なこと言うなっ! 今のは流石に見過ごせるかっ!」


 ルザニアの顔を見た途端、女の子であることを意識してしまって目線を落とし、たまたま目の向く先がルザニアの胸元であっただけで、別にスケベな意図の目ではなかったのだが。そういう風に解釈され、ルザニアに誤解されてはたまらんと、ユースがむきになってアルミナに乱暴するのも無理からぬことである。


 ばたばた暴れるアルミナと、反省したかと腕に力を込めるユースの行動で、城内を歩く足取りも一旦止まってしまう。それを見守るルザニアも、昔は話も出来なかった二人であったなんて、今のお二人を見る限りじゃ想像も出来ないなぁなんて思って、小さく笑みをこぼしてしまう。

 勿論、ユースが自分の胸を見ていたなんて誤解はもう解けている。さっきは思わず慌てたが、冷静な頭で考えれば、ユースさんがそんな人じゃないのはすぐわかる話。


「心外じゃないもんっ! あんただってスケベなとこあるって私知っ……もががっ……!」

「う~る~さ~い~!」


「仲良しですなぁ」

「あはは……本当、そうですよね」


 おかげ様でルザニアの緊張もいくらかほぐれ、異国のお偉い様であるハルマと自然に話せるぐらいまで気を持ち直したのだから、ユースとアルミナの絡みはいい効果をもたらした方だと言える。今も立ったまま組んずほぐれつして、城内を行く人々の目線と笑いを誘う辺り、ちょっと行き過ぎている部分もあるが。


 悪乗りしたアルミナの行動が後に続いたとはいえ、そのきっかけを作ったのはユースである。

 昔は女の子と話すのも苦手だった彼が、たいしたことは喋っていないとはいえ、緊張した女の子の後輩に声をかけ、少しは肩の力が抜けるようにとはたらきかけたんだから、よく頑張っている方だ。

 騎士として最も求められるのは剣術の腕に違いないが、先輩騎士としてあった方がいい器のようなものを、彼も歳月と共に養っているという証拠である。


 隊長として、先輩として、ユースは良い方向に進んでいる。

 一方で、人目もはばからずむきになって、アルミナに掴みかかってしまう子供っぽさは、まだまだ少し未熟な面である。











「お待ちしておりましたぞ。お話には聞き及んでおります、エレム王国騎士団第14分隊隊長、ユーステット=クロニクス様」

「は、初めまして、以後お見知りおきを……ウィーク=セッティマン様……」


 城の最奥まで進んだユース達を待っていたのは、これまた大きな謁見の間。

 ナナリー王女が玉座を構える、王都の城の謁見の間にも劣らぬ、あるいはそれ以上に大きな謁見の間にて、玉座から腰を上げて歩み寄ってきてくれた老人と、ユースはご挨拶を交わしている。相変わらず、ちょっと緊張気味。


 法衣を身に纏うこの好々爺、ハルマから既にどういう人物かは聞いているが、ここアルバーシティの市政を一手に担う町長様、ウィーク老という名で呼ばれるお方である。

 城にて玉座にお座りで、朗らかな表情からもどことなく溢れ出る気品と威厳、これで王族の服を着ていれば、一国の王様と名乗っても疑われまい貫禄だ。実際、この街においては王様みたいなものだが。


 こんな失敬なことは絶対に言えないが、あの風貌のナナリー女王の代わりにこの人物が、セプトリア城の玉座に座っていても違和感はなさそう。ユースは一瞬そう考えて、さっさとそんな思考は締め出した。


「皆様、長い旅でお疲れでしょう。宿はもう確保させておりますゆえ、後に使いを出して案内させましょう」

「いえいえご老公、結構ですよ。そんなことに人員を割かせてはあまりに申し訳ない、場所さえ教えて頂ければ私が案内しますゆえ」

「おお、そういえばハルマ様はこの町に詳しゅうございましたな。それでは、そう致しましょうか」


 ハルマはセプトリア女王様の側近に近い立場、ウィーク老はセプトリア王国第二の都の運営を一手に任される重要な役職者。もっと言えば、そんな仕事を任せられた女王様直々の人選の上でその地位に就くお偉い様。

 ハルマとウィークのどちらが立場としては上なのか、傍から見ていてもちょっとわかりにくい。とりあえず、ユースにとってはウィークのことがかなりのお偉い様だとわかる光景で、やっぱり失礼は出来ないなと緊張する。


「……あの」

「ん? どうされましたかな、ユーステットどの」


 だが、敢えてユースはアクションを起こしてみる。挨拶だけして終わり、後は宿まで行きましょうという空気には違いなかったが、少々勇気を出して動いてみるのも積極的な決断である。


「……お伺いした作戦ですが、決行はいつになりそうですか?」


 彼なりに考えてやってみた、協力者なりのアピールだ。

 何のためにここまで来たのか、それを忘れていないことを口にして、協力的であることを少しでも強調しておくことは悪くない。

 商人様を護送する任務などでも、何が来ても私達にお任せ下さいとあらかじめ言うのと同じで、任せられたことに前向きであることを言い表しておくことは、相手方に少なからず好印象である。


 無くても別に、やる気があるのかと疑われたりするわけじゃない。

 ただ、あった方が相手方に対し、あぁこの方は自分達に協力することに前向きでいてくれるんだなと、信頼関係を築く一歩目となる感情を抱かせられる。

 小仕事も含め、騎士として沢山の仕事をこなしてきた経験則から、ユースもこんな時はこういう口を動かしておいた方がいいと学んできているのだ。

 緊張して、挨拶以外はだんまりで帰っては勿体ない。


「ひとまずは見合わせも含め、準備期間を設けるつもりです。それでも、一週間以内にはなるでしょうな」

「その間、俺……私達に協力できそうなことはありますか?」

「何かあればお願いすることはあるかもございません。しかし、基本的には作戦決行の日まで、皆様の手を煩わせることはしないつもりですよ」


 ユースの熱意は伝わったのか、返答するウィークの笑顔も、朗らかさより作戦成功を決意する力強さを含んだものになっている。

 これを見られたことも、ユース達には大きいだろう。ご挨拶だけの会話では漠然としていた、アルバーシティを統括するウィークという人物の持つ風格が、無法者を何としても討伐せんという意志強さに基づいて、よりよく表れた表情だ。

 悪を討つ者にとって、悪を憎む同志の存在は、ただそれだけで頼もしい。こうした顔も見せてくれるウィーク老の存在そのものが、ささやかながらもユース達の勇気を後押ししてくれる。


「苦しい戦いも予想されますが、やがてはどうか我々にお力添えを。エレム王国の皆様、どうかよろしくお願い致しますぞ」

「……はいっ。こちらこそ、よろしくお願いします」


 両手を差し出すウィークに、ユースも両手を差し出して、合わせて4つの手がぎゅうと握り合う。

 相手に敬意を抱いてしまえば、自然と片手での握手なんか出来ない。傍目にもわかりやすい、エレム王国の若き勇士と、清純なる都を望む老公の敬意の交換は、共に目指す平穏なる街への前進を同時に踏み出している。


 決して歴史には残らぬであろう、ある日のささやかな顔合わせだ。そんな日々の中にも、重要な言葉や意思のやりとりがあり、それが未来を拓く第一歩になっていることが多い。

 それがそうであるか否かは、永き歴史の中では刹那に過ぎぬその瞬間、その者がどのように価値ある行動を起こしたかによる。ユースの行動がそうであったかは、やがて歴史が正否を定めるだろう。

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