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第15話  ~作戦会議~



 遡って、二日前の昼。


「では、此度の作戦についてはハルマに一任するとしよう。皆の者もそれでよいな?」

「異論ありません」

「仰せのままに」


 セプトリア城の会議室では、一つの結論が導き出されていた。

 老いた古株や、やや若くして気品に満ちた貴族的な出で立ちの者など、この輪に集う面々の顔ぶれは様々だ。

 そんな中において、10歳未満の女の子にしか見えない者が混じっているのは、浮いて見えがちの姿。


 しかし、彼女こそがこの国において、すべての最終決定権を持つ主君である。

 見た目は幼子、年の程も17歳の、若くして女王の地位を関するナナリーが、最終確認を要人らに問いかける中、すべての者が厳かにうなずく。敬いを込めた言葉遣いでだ。


「それではハルマ、ぬしにすべてを一存する。アルバーシティのウィークと上手く連携を取り、不届き者を炙り出し、裁きの場に引き出してくれることを期待するぞ」

「かしこまりました」


 その場には、比較的若い層のうちに含まれるハルマも混ざっており、ナナリーからの勅命を受け取ったハルマも快諾の声を返す。胸に手を当て、深々と頭を下げ、大きな任を授かった栄誉を態度に表すハルマの姿には、彼よりずっと年上の政治的重役らも、彼になら任せてよしと素直に思えるほど威風に満ちていた。


 これで、今日の会議の一番の議題は終了。この結論を導くための会議だったので、あとは解散でもいいところ、だが。


「……ところでな。せっかく皆が集まってくれた場じゃ、ついでに一つ進めておきたい話が……」

「異議あり」

「なんじゃハルマ、まだ何も言うておらんじゃろうに」


 要人らのそこそこ集ったこの機会、新しい話題を振ろうとしたナナリー女王に、ハルマがいきなり異論を唱えた。さっきまでの、女王様に従順な忠臣らしきお姿はどこへやら。


「アルバー地方の風営法の見直しについてでしょう。絶対そうでしょう」

「む……まあ、そうじゃけど」

「反対です。絶対反対です」


 彼の名誉のために言っておくが、ハルマは実にナナリー女王に忠実な男として知られている。それは一応、事実である。

 しかし彼は、ある一件に対してのみは、ナナリー女王が相手であっても譲らない。


「ナナリー様。全ての最終決定権は貴女にありますし、あなたが決行されるというのであれば私は逆らいません。下される如何様な命にも従いますことは、忠臣たる者としてかつて誓ったとおりです」

「あの、ハルマ……」

「ですからナナリー様が決定を下されるまでは、私は渋り続けます。あの地方にはあの地方の風習があります。風営法の見直し、政治的介入は絶対に駄目です」


 ナナリーが政治的"決定"を下してしまうと、ハルマはそれに従うしかなくなってしまう。だって部下ですもの。

 なので、ナナリーに政治的決定を下される前に、ハルマはそれに抗い続けるのだ。異を唱えるなら、女王様が決断を下される前の、今しかないのである。


「ハルマ様、口が過ぎ……」

「うるさいですよ、童貞様」

「ど、っ……!?」


 ナナリーの衛兵としてそばに立つニトロが、僭越ながらもという顔でハルマにブレーキをかけようとしたところ、これがまあ痛烈な鎮圧反論。

 かあっと顔を赤くして口をぱくぱくさせるニトロの姿に、周囲の重役らも苦笑いである。普段背伸びして突っ張っているニトロだが、それがこんなおぼこい顔をしていると、身内の大人達から見て実に微笑ましい。


「ナナリー様、どうかお考え直しを。というか、何もしない方向でよろしくお願いしたく存じます。変化をもたらすことは進展を招くこともありますが、不変のままであった方が良いこともございます」

「むむむむ……」


「はっ、ハルマ様っ、口をお慎み下さい! ナナリー女王様に説法とは、あまりにも分を……」

「童貞様、お静かに」

「うるさいっ!」


 厳粛であるべき会議室の場で、ニトロも衛兵口調を失うほど激昂してしまい、会議としての空気はわやくちゃに。

 周りの大人達は楽しんでおられる。ニトロ君、若いねえって。別に全然いいじゃないか、二十歳で童貞でも別に、って。


 結局この後、ハルマが何を話そうとしてもニトロが遮るわ、ナナリーも考え込むわで話は進まず、特に進展もないまま会議の延長戦は幕を閉じた。

 ちょっと無駄な時間を使ったように見られる事象であったが、元々求められていた結論はしっかり導いた後のお戯れだし、良い意味での団欒にはなったのかもしれない。ニトロはとばっちりだが。











「――とまあ、こんな感じで作戦決行が決まりましてね」

「はぁ」


 セプトリア城に一人招かれたユースは、ハルマの個室で一対一、そんな話を聞かされていた。


 内容自体は仕事の話、それもちょっと大掛かりな仕事の話なので、ハルマがこうした軽い話を踏まえているのは、あまり会話の空気そのものが暗くならないための計らいなのだろう。

 へーそんな感じだったんですか、ニトロ様もそういう一面あるんですねとでも笑っておけばいい場面なのだが、いまいちユースは笑いにくかった。だって彼も童貞だし。


「ふむ。その反応を見るに、ユースどのも童貞様ですかな」

「んぐっ……や、まあ……」

「そうですか、そうですか、よしよし。ああいえ、何でもありませんよ?」


 なんだか笑われた気がする。でも、ハルマの笑い方は、どちらかといえば蔑んだり見下したりするそれではなく、何か別の良からぬことを考え付いてのものにも見える。


 未経験であることをからかわれているわけではなさそうなのだが、これはこれで何だかなっていう気持ち。

 ユースもチータを始め、祖国の先輩など、悪いことを考え付いた後には結構びっくりするようなことをしてくる知り合いが多いから、それと同種のハルマの笑顔はなんだか警戒する。何がよしよしなんだろうと。


「さて、それはさておき」


 さておいて欲しくはないが、仕事の話をしましょうっという空気を醸し出されるとユースは逆らえない。真面目な子は、こういう時に抗う力に乏しいから苦労する。


「ここセプトリア王都の遥か南には、アルバーシティという都があります。ここ王都よりも大きく栄える、セプトリア王国内では王都に次ぐ、第二の都と言えるでしょう。我が国においては大きな利用価値(・・・・)を持つ、重要な都の一つです」


 もっと他に穏やかな言いようもあるはずなのに、敢えて"利用"価値という言葉を用いるハルマに違和感を覚えつつ、ユースは拝聴を継続する。彼はあまり詮索などはせず、まずは授けられる仕事に忠実な性格である。


「アルバーシティは我が国の領地内にありながら、少々この王都とは異なる趣と条例、しきたりで成立している、特別な地区の一角です。ですのでこの王都とは空気も違いますし、こちらの王都では違法としていることでも、アルバーシティでは少々甘く見咎めずに放置することもございます。とまあ、前置きを置きまして」


 君主制の王国でも、時にそうした地域や区画が成立することは少なくない。別にそれは、国の統制が取れていないということではなく、事情次第では風土に合わせた、柔軟な執政が必要となることもある。


「しかし近年、そのアルバーシティでは、女性が攫われ行方不明になる事件が散発しておりました。

 比較的多い行方不明者は十代後半から二十代前半。そうした行方不明者が後に発見されるケースも実在はしましたが、その場合においては例外なく命はありません。

 人攫いの対象が女性に限られているということからも、姿を消した彼女らがどのような目的で誘拐されたと思しきは、貴方にも想像に難くありませんね?」


 話を聞くにつれ、細かいことは気にせず話を聞こうと耳を傾けていたユースも、ふつふつと嫌な気持ちを覚えて真剣にハルマの話を聞く心境に移る。

 "被害者"の尊厳を重んじてか、包んで口にするハルマの言葉の選び方は、かえってその事件がいかに被害者に対して残虐なものであるのかを物語っている。命よりも大切なものを傷つけられる女性の末路を想像で補うだけで、既にユースは顔も知らぬ悪人に対して憤慨を抱いている。


「いかに王都とは異なるしきたりで回るアルバーシティとはいえ、そのような非道は許されません。セプトリア王国も、憎むべきこの事件には長らく向き合い、そうした事件に関わった悪人を数名捕らえることに成功してきました」

「……それでも、解決には至っていないということですか」


 いかにも反語だった。犯人を捕らえた実績はある、しかし――という文脈が想像できたのだ。

 話はどうやらそう簡単なものではないと、ユースも察して積極的に口を開く。


「はい。そもそもそうした人攫いとは、安易に行なえば簡単に目撃者の存在などから足のつく悪行です。そうした事件が、それも連続、あるいは断続して起こるという時は、徒党を組んだ悪人どもの犯行であるのが殆どで、だからこそ私達が誘拐の実行犯を捕えても、その大元にまで我々司法の手は届かない」


「……組織ぐるみの犯行であることが見込まれてて、末端構成員を捕えても解決しないってことですね」

「その通りです。我々が苦心して捕えた者達も決して口を割らず、あるいは舌を噛んだ者さえいます。元より予想されていたことではありますが、今のアルバーシティには、数々の悪党を束ね、人攫いを行なうような潜伏した悪意が、未だ我々の手から逃れて生き永らえているのが実状です」


 セプトリア王国の司法の目も、決してそれそのものが無能というわけではない。

 考えなしに悪行を行なうような者ならば、しっかり調べ上げて尾を追いかけ、ひっ捕らえることが出来るはずだ。国家の名を背負い、総力を挙げて悪人を捕えんとする法の番人らというのは、決して生温い手で悪人を追っていない。

 それでもハルマが言う、アルバーシティに巣食うという癌の大元に手が届かないのは、遺憾ながら向こうの方が一枚上手ということだ。


 そしてその現状をそうあらせるのは、敵が単体ではなく、人と金を操ることで悪行を隠蔽する力のある、組織と呼んで差し支えない存在であるからに他ならない。

 そうでなければこんな事件、とうの昔に片付いている。


「しかし、我々はこの事件に決着をつける目処を立てました。長らく確信を掴むには時間を要しましたが、我々は斯様な人攫いを手引く組織の黒幕、その当たりをつけています」


 逆に言えば、その組織の頭を叩き潰せば、アルバーシティでそのようなことをしている悪人どもを駆逐できる実状でもあるということ。

 ハルマが口にする事件の核心に、ざわりとユースも全身の鳥肌を立てる。

 なぜ、自分がこの場に呼ばれ、このような話を聞かされているのか。関わるからに決まっている。


「敵は長らく我々の目をくらましてきた組織であり、安易に踏み込んでも決定的な尻尾を出さないでしょう。しかし我々は、連中に逃れる隙を与えず、決定的な証拠とともにそれらを捕える策を練り上げています。間もなく我々は、アルバーシティに潜伏する病巣の駆除のため、作戦決行に踏み切ろうという段階に至っております」


 ユースはもう、うなずく準備が出来ている。その目と向き合うハルマにも、次の言葉が発しやすかろう。


「危険を伴う作戦ではございます。その上でユーステットどの、並びにエレム王国騎士団の方々に、心苦しくも依頼させて頂きたい。

 我々と共に、アルバーシティの悪を討つ戦いへと乗り出しては頂けぬか」

「わかりました。謹んで、お引き受けさせて頂きます」

「恐れ入ります」


 決して、単に模範回答の綺麗な言葉を並べたわけではない。

 悪を憎み、危険を省みずその討伐に乗り出さんとするセプトリア王国に、敬意を払うがゆえの"謹んで"。

 そんな誇るべき戦いに、自分達の力を求めてくれたハルマには、引き受けさせて"頂く"という謙譲語。


 己の想いと相手の気高さ、それを併せて気高く臨めば、自然と堅苦しくも聞こえる言葉が溢れることもある。


「では、作戦についてのお話をさせて頂きたいのですが、よろしいですか?」

「はい」


 さあ、本題。異なる故郷を持つ者同士ながら、ハルマとユースは昔ながらの知己のように、共通する想いを胸に未来を見据えた対話を継続する。

 正義を共有できる者達が、一蓮托生となるにおいて出自は関係ない。結束とはそういうものだ。











「――そんなわけで、明後日ここセプトリア王都を出発して、アルバーシティに向かうことになりました」

「なんかユース、学校の発表会みたいよ? 私達に敬語で、そんな」

「いいだろ別に、シリカさんも相手に含んでなんだから」


 ハルマから聞いた作戦の全容を持ち帰ったユースは、夕食後の居間で一同にそれを明かしていた。

 かなり大事な話にも関わらず茶化してくるアルミナだが、現時点ではまだそう重い気分で臨むようなことではないから、こうした彼女の態度も正解の一つ。ユース達と一緒に働くようになってから、初めてこのような大きな仕事に携わるルザニアもいるし、ある程度の空気の緩和はあっていい。


「ふふ、ユース、私のことは気にしなくていいぞ。私もなんだか、アルミナやチータを含む相手に敬語で話しているお前を見てると、変な気分になる」

「そ、そうですか? じゃあ、普通に話しますけど」


「ユースはほんっと、シリカさんの言うことなら何でも素直に聞くのよね~」

「お前にだけは言われたくない」


 こないだ居間のインテリアの一貫として、アルミナが窓に造花を飾ったことがあった。

 それを見たユースが、へー綺麗だなって褒めてもちょっと得意顔しただけのくせに、シリカに同じ事を言われたらめちゃくちゃ嬉しそうに、そうでしょそうでしょって喜んでいたアルミナである。彼女も彼女でシリカにはべったりである。


「えーと、気を取り直して……ハルマ様の作戦では、俺達が二班に分かれてアルバーシティ入りすることになってるんだ。向こうに到着するのも、ちょっと時間差を作るらしい」

「それも含めて作戦の一環なんだ?」

「うん。そもそも俺達は、アルバーシティで活動する悪党には顔の割れてない、隠し玉みたいな一員として作戦に加わる形らしいんだ。だから少しでも、俺達の素性が割れにくい形を作ろうってさ」


「だろうな。アルバーシティとやらで、長らく王国の目から隠れ潜み続けてきたダニどもだ。恐らくここ、王国の指針の根幹たる王都にも、連中の鷹の目を担う諜報員は潜伏していてもおかしくない」


 頭の回転が早いチータは流石なもので、ユースから作戦の一部を聞いただけで、それを提唱したハルマの真意を推察しきっている。武術に秀でぬ彼ながら、参謀脳には、人生経験豊富なシリカに並ぶほど富んでいる。


 そもそもアルバーシティには現地にて作戦を引率するハルマも入都するわけで、ハルマの姿を見ただけでも向こうの連中は警戒するだろう。王国の手先、それもお偉い様がわざわざ来たぞ、って。

 アルバーシティは件の悪党どもにとっては庭だ。どう動いても連中の目からは逃れられず、それは避けられない。


「ハルマ様と、俺達のうち数人がアルバーシティに入る。

 この班がアルバーシティを手広く監視する連中の目を引き付けている間に、翌日もう一組が、王都の商人様に付き添う傭兵みたいな感じで、素性を明かさずアルバーシティに入る。

 作戦決行は、この二班が別の角度から同時に動いて、相手が決定的に逃げだす前に組織の親玉を捕えるって作戦だよ」


「確認させてくれ。既にこの王都に、アルバーシティから遣わされた監視用の連中がいるのだと仮定すれば、僕達は全員"エレム王国騎士団"と顔が割れている可能性は見過ごせない。その上で班を二分化することに意義があると、ハルマ様は仰ってるのか?」

「問題ないって仰ってたよ。むしろ、そうであるならそれが却って利点にすらなる、とも」

「そうか、流石セプトリア王国の軍師様だな。いつか、お話を伺ってみたいところだよ」


 アルミナやルザニアでは思い及ばぬところまで素早く想定し、チータは作戦に粗がないかを確かめる。

 後見人に近い立場として、色々思い至っても今は敢えて沈黙を貫いているシリカだが、彼女は抱いた疑問点については、ユースが話し終わってから確かめようという心積もり。

 それも、チータがいる限り、後から自分があれこれ口を挟む必要は無さそうだと思える。頼もしい。


「話はわかった。班の分け方は、僕達に一存されているんだな?」

「うん。ただし俺は、ハルマ様と一緒にアルバーシティに行く班、こっちに加わって欲しいらしい。向こうから提示された条件はそれだけだよ」


「班分けにおいての適正にはどういう指針がある?」

「……ハルマ様とは別の班、商人様と一緒に入都する班は、全員乗馬能力が必須」

「じゃあ元々ユースはそっちダメじゃん」

「わ、わかってるよ……別にそれで、ハルマ様と一緒に行動するように言われたわけじゃないけど……」


 速攻でアルミナに突っ込まれると思ったから、ユースはあまり言いたくなかったご様子。ユースは乗馬がかなり不得意なのである。


「ルザニアちゃんは乗馬どう?」

「一応は……第44小隊に所属していた時は、けっこう練習していましたので」


 騎士団に3年以上属していたら、だいたい誰でも、よく調教された馬にはそつなく乗れるのである。後輩のルザニアにも出来ることを自分が不得意というのは、やっぱりユースの胸にちょっと刺さる。

 人間誰しも得手不得手はあるので、そんなに気にしなくていいことではあるのだが。ユースよりも強くて経験豊富なシリカさんだって、凶悪な魔物と対峙しても恐れない肝が必要な騎士様でありながら、犬に吠えられるとそれだけで結構びびってしまうという、ちょっと特別な弱点を持っていたりするのである。


「他にも……」

「ユース、もういいぞ。後は、お前が決めることだ」


 あまり口を開くまいとしてきたシリカだが、ユースの言葉を遮ってまでの発言だ。

 彼女の言葉を一番重く受け止めるユースにとって、これは驚いて閉口するに値する。ただ、シリカの声はさほど厳しいものではなく、優しく諭すような声使い。


「今はお前が隊長だ。私も含め、私達はお前の指示に従って、与えられた任務に全力で臨む"部下"。お前の決定にどのような意図があっても関係ないし、私達に相談しようとしたって大きな意味は持たない」


 全くの無意味かと言えば、厳密には異なるだろう。

 ただ、敢えてそう言いきるぐらいには、シリカは今のユースを制することに意義を持っている。班分けに求められる判断基準を提示して、相談しようとしてきたユースに、敢えてそうさせないのも彼女の判断だ。


「自分で考えて、自分で決めてみろ。それが隊長だぞ」

「でも、あの……」

「お前は、私が決めてきたことにたとえ疑問を感じたことがあっても、全力で従ってきてくれただろ?」

「それはその、シリカさんならって……」

「今は私達がそういう立場なんだ。お前は、お前の決めた事を私達に伝え、私達はそれに従うだけだよ」

「お、俺そんな……」


 以前は長らく隊長として、ユースを導き続けてくれた人が、矢継ぎ早にユースに決断を促そうとする。

 付き合いの長いシリカは、ユースが自分に自信がない性格の持ち主であるのは当然知っているし、こうして迫られるとユースが苦しむのはわかっている。敢えてそうしている。


「自信がないから無理です、なんて通用しないぞ? 今のお前は隊長なんだからな」

「うぅ……」


 笑みを含んで優しい声色ながら、今のユースには厳しい言葉だ。

 シリカにリードして貰えていた時は、その中で多少の選択肢に迷っても、心のどこかで安心感があった。別にわざわざそんなつもりはなくても、いよいよとなればシリカさんがいる、という意識が、必ず無意識の底でユースの勇気と決断力に繋がっていたことだろう。


 今はそうじゃない。ユースの決断、命令が、それを課される者の命運をも定め、ユースは今までのような形では誰かを頼れない。

 だって、自分の決断が開始点なのだ。他人の行動まで自分で決めるとなれば、その責任には一切の逃がし所が無い。すべて、自分が背負わなければならないのだ。


 人は一日後のことなんてわからないのに、一時間後のことすら、一秒後のことすらわからないのに、先を見据えて決断して、他者の行動にまで責任を持つ。まして戦事に関わる立場で、要するに他人の命も己の決断で以って背負うということ。この新境地は、かなり恐ろしい。


 何か優しい言葉を発しかけたように、アルミナの頭が前に動きそうになったが、素早く彼女を一瞥したシリカは、目を合わせると同時に首を振った。

 今は、何も言わないで欲しい。アルミナも察して口を閉ざす。


「やってみろ。大事な任務、だけどお前が全部決めるんだ」


 ユースを少しでも安心させられよう言葉なら、いくらでも紡げよう。

 "私達がついている"でもいいし、"何か間違いがあっても正してやる"でもいい。

 実際、アルミナがユースを気遣って発しかけた言葉も、"ユースがよく考えて決めたことなら、私達も信じてついていくよ"である。


 勿論、シリカもチータもアルミナもルザニアも、はなからそのつもりだ。ユースの判断がまずいと思ったら優しく箴言するし、たとえ無茶を命じられてもやれるだけやる覚悟がある。

 みんな戦場で命を張ることになんか慣れっこだし、そもそも強大な魔物にも立ち向かい続けてきた経験を持つこの面々なんて、昔から無茶には慣れまくっている。


 それを努めて誰にも口にさせず、ユースに救いとして与えないのも、シリカの厳しさであって優しさだ。

 甘えや逃げ道を許さぬことは、確かに厳しさでしかないように見える。

 しかし、その上で成功を収められた時にこそ、人は本当の意味で自信を持つことに繋がっていける。そこに甘えられる余地をあらかじめ与えることは、真の意味でのその妙味を薄れさせ得ることでもある。


「出来るな? エレム王国騎士団第14分隊隊長、騎士ユーステット」

「は、はい……わかりました……」


 この自信のない返答っぷり。この殻を破り、真の意味でユースが人の上に立つ日が訪れるためには、超えねばならない試練だって今後いくつもあろう。

 その一つが今日、ここで訪れただけだ。それをなあなあな空気に任せ、日常生活に紛れるなだらかな坂道とするか、超えて成し遂げしと思える山とするかを、今のシリカが導いている。


「出発は明後日だろ。明日までに、じっくり考えて決めるんだぞ」

「……はいっ」


 別に顔色は悪くなったりしてないが、口元を押さえて考え込むユースの姿は、吐きそうなんですかって周りが思い得る挙動。別にそうではないけれど、相談して知恵を借りようとしていた矢先、その橋を取り払われ、目の前が決断の崖に変わったユースの心情を思えば、頭が真っ白になるのも無理からぬこと。


 ユースの目が周りのことなど意識できない様子になったのに乗じ、アルミナとチータはシリカを見て、小さく笑っていた。

 相変わらず厳しい一面は残ってますねぇ、と。

 最近丸くはなってきたように見えてましたけど、と。

 本当ユースのことが大好きで、大成して欲しくてたまらないんですねぇ、とも。


 ユースに対しては厳しく育ててきた記憶がまだ新しいシリカは、前半の二つしかアルミナとチータの顔から読みきれなかったか、なんだか気まずそうな笑みを返すので精一杯。

 やっぱり私は厳しすぎるのかな、お前達でも引いちゃうかな、って。案外彼女も、過去の自分がかなりきつい育て方をしていたことに負い目があるのか、案外ユースないし後輩への接し方には自信を持ちきれてはいない。


 そんな周囲4人の姿を見渡すだけのルザニアは終始無言の中、漠然とした憧れを抱いていたりもしたものだ。

 言葉無く、信を以って通じ合っている先人達の輪の中にいると、いつまでも仲間はずれではいたくない。

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