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「―――――ってわけで、<言霊>と<言分>がこの世界には存在するんです! OK?」
「OK…だけど、それがどう関係するの?」
ただいま私と琴音さんは狭山先生に許可を得て学校の廊下を大爆走中。普段は走っては行けない廊下だ。今も本当は走ってはいけないんだけど。
あ、許可ってのは、廊下を大爆走するってことについての許可じゃないからね? 授業をちょっと抜けるってことの許可だからね?
香さんを探さないと。
琴音さんの言葉を聞いて私はパニック状態に陥った。
それで気持ちが落ち着いてから思ったのがこれ。当たり前といえば当たり前のことだ。
もうこの際、<言霊>と<言分>のことを話しちゃった方が早いかなーと思い、先生とか祐樹さんに許可を得ずに琴音さんに話している。
いいもん。後でめいっぱい怒られてやる。
優先事項→香さんを探すこと。
「香さんが先にいじめようって言い始めて、琴音さんはやる気が出たんでしょ!? やりたくなかったのに! 矛盾してるけど、そういうことなら一つだけわかることがあるでしょ!?」
「わかること…。……あ、もしかして、香が<言霊>なの!?」
「…私の予想がただしければ、そう!」
校内を走り回って、香さんを捜し回る。
今は授業中だから、廊下には先生もいない。
いても、たぶんわかってくれるはずだ。てかわかってほしい。
あ、でも職員寮に住んでいない先生もいるしな…。
「――――君たち!」
ふと、後ろから声がかけられた。
「「ひぃっ!?」」
私の願いもむなしく、見つかったか!?
おそるおそる振り返り、私はその場で脱力した。
「ゆ、祐樹さん…!?」
こんな状況なのに、祐樹さんは思いっきり笑っている。
そりゃぁ、こっちの状況知らないかもしれないけどさ?
でもねぇ、前にも思ったけど、腹立つ!
「さ、皐月さん? 知り合い?」
未だに驚いている琴音さんが私に聞く。
「知り合い知り合い。<言霊>・<言分>を知ってる人。ちなみに<言分>ね」
「そ、そうなの…?」
「あんたが、琴音? 俺は祐樹な。」
祐樹さんが面白そうに目を細めて琴音さんに声をかける。
「…………はい。」
消え入りそうな小さい声だった。
「…あ、あの!」
それでも琴音さんはできるだけ大きな声を出そうとしているよう。
顔を上げた。
「何?」
祐樹さんが不思議そうな顔をする。
私にとっても不思議だ。あの、って、何を言うつもりなんだろう…。
「か、香の能力を分けてやってください!」
…え?
こ、琴音さん…なんていい人なんだろ…。
祐樹さんの答えは…………
「…そんなの必要ねぇよ」
そう、言った。
「…は、い?」
琴音さんの目が点になる。
そして、私は他人事のように考える祐樹さんに、思わずかっとなった。
確かに、他人事ではあるけど!
早歩きで祐樹さんの元へ向かい、下から睨む。
祐樹さんは若干びびったような顔をして、少し顔をのけぞらせた。
私は、片手を大きく振りかぶって。
ぱぁん!
たくさんの力を込めた、平手打ちを祐樹さんに見舞った。
「さ、皐月さん!?」
「……ツキ……?」
祐樹さんと琴音さんが呆然と私の名前を呼ぶ。
大きく息を吸って、言った。
「他人事みたいに考えないでくださいっ!! 確かに祐樹さんにとっては香さん達のことは他人事かもしれませんが、琴音さんは本気で友達のことを想っていっているんですよ!? それなのにっ、それなのに…そんな意味のわからない返答しないでください! 残り時間があるかどうかさえわからないんです! いつもみたいなあやふやな返事でなく! ちゃんと、真面目にやってくれませんか!?」
いつもいつもいつも、そうやってあやふやな返事ばかりして。
こっちが重要で真面目にやらなければならないときもそういう態度で。
耐えきれなくなった私は、思わずそういう行動を起こしてしまったのだ。
睨み続けている私を驚いた顔で見下ろした祐樹さんは、無表情になって手を伸ばした。
言いたいことを言って、やりたいことをやって少し冷静さが戻ってきた私は真っ青になった。
ついかっと来て、年上の人に手を挙げてしまった。
名前を呼び捨てにしたときは怒られなかったが、それとこれとは違う。今度は、怒られるかもしれない…!
首をすくめた私に、だんだん祐樹さんの手が近付いてくる。
ぎゅっと目をつぶった。
「………悪かったよ」
衝撃が訪れることはなく、来たのは頭に預けられた祐樹さんの手の心地よい重さ。
「………祐樹さん?」
「悪かったって」
そのままわしわしと頭をなでている。
私が顔を上げると、祐樹さんは苦笑していた。
「あの……怒らないんですか」
「怒る要素がねぇよ。今のは俺が悪かった。ツキが言ったことは正しいことだったしな」
そういうけれど…。
納得しないでいると、祐樹さんは「いいから」と言って琴音さんに向き直り、さっきのセリフのやり直しをした。
「で、琴音。俺が出る幕はないんだ。紫香楽宮を助けられる<言分>は、他にいるからさ」
「他に、いる…?」
訝しげに眉をひそめた琴音さんは、不思議そうに繰り返した。
私も首を傾げる。
というか、意味のわからないあやふやな答えであることに代わりはないと思うんだが…。
少しヒントが増えたぐらい?
祐樹さんを軽く睨むと、また苦笑してこっそり耳打ちした。
「これは、最後まで俺が教えたらダメなんだよ」
やっぱり意味がわからないが、もう面倒になってきたので私も耳打ちでこう返した。
「そういうことにしておきます」
そして、もう一度祐樹さんは首を傾げる琴音さんを見て笑った。
気分を切り替えるように明るめの声で言う。
「さて、探そうぜ。紫香楽宮。<言分>の話はその後だ」
訳のわからないまま、私と琴音さんは顔を見合わせて頷いた。
「あー、そうそう。琴音!」
「はい?」
「紫香楽宮の名付け親、知ってるか?」
「はぁ、まぁ…。祖母だったと思います。一ヶ月前ほど前に、亡くなりましたが…」
「…そっか」
祐樹さんはそれだけ言って、走り出した。
「祐樹さん!」
呼び止める。不思議そうな顔をして振り返った。
本当に、叩いたことは気にしてないみたいだ。
だけど、言わなきゃいけないと思うから。
「叩いたりして、ごめんなさい」
祐樹さんは軽くため息をついて、微笑んだ。
「いいって言ったろ」
短く言うと、素早く身を翻した。
今の微笑みは、すごく綺麗だった。不覚にもかっこいいと思ってしまうぐらい。
私と琴音さんも慌てて足の速い祐樹さんを追いかける。
…ふと思ったことだけど、琴音さんは『紫香楽宮』について疑問に思わないんだろうか?
* * * * * * * * * *
「香!」
屋上に出たところで、琴音さんが叫んだ。
屋上のフェンスに腰掛けて、空を見ている。
あれが…香さん?
私にちょっかいを出してきたときとは遙かに違う。
まるで、これから自殺する人みたいだった。
香さんが琴音さんの声に反応して振り返る。
目がうつろだ…。
「あぁ、琴音…。あたし、どうしよっか…」
薄く悲しそうに微笑みながら、香さんは小さな声で言った。
小さな声のはずなのに、はっきりと耳に届く。
「か、香…危ないよ? そこ…降りた方がいいよ…?」
琴音さんが気遣いの声をかける。
フェンスから屋上の方に戻ればいいという意味だったんだけど。
香さんは、違う意味で受け取った。
「…琴音…あんた、あたしがここから降りればいいって言ってるの?」
うつろな瞳が、鏡のように琴音さんを映す。
琴音さんは香さんがそう言い出す理由がわからずに、もう一度言った。
「そうだよ! 降りて。危ないか」
「あたしがおばあちゃんのとこに行けばいいって思ってるの!?」
香の叫んだ言葉に、琴音さんが目を見開く。
意味がわかって、何度か口を開閉して。
「ち、ちが―――」
琴音さんの否定の言葉を、香さんがすぐに遮る。
「何が違うって言うの!? そうなんでしょ? そうよ、あたしがここから降りれば終わり…いじめることもなくなる…」
…香さん?
今…今、なんて…?
「…いじめることもなくなるって…」
「香も、いじめたくなかったのか…?」
祐樹さんも訝しげに眉をひそめる。
こんなときばかりはちゃんと香って呼んでいるんだ…。とか思ってる私も不謹慎か?
「あ…だめ!」
琴音さんが、ひときわ大きな声を張り上げた。
「…琴音…?」
「死んだら…だめ…! 私は、香に死んでほしくない! なんで死ぬとか言うの!? 香は、おばあちゃんの葬式の日言ってたじゃない! おばあちゃんよりも長く生きてやるって! あの言葉は嘘だったの!?」
涙が、あふれて。
琴音さんは泣き叫んだ。
そうだ、香さんは<言霊>…言ったことで『運命の道』をずらしてしまう…。
「…祐樹さん!」
「…ツキ?」
「香さんの、<言霊>…分けてください…!」
祐樹さんが困ったように顔をしかめる。
何か、問題でもあるの…?
「ツキ、出る幕がどうたらこうたらとかいう話じゃなくて、あれは本当に俺じゃぁむりなんだ…!」
「…なんで!?」
「<言霊>の能力が暴走している…。ああなったら、ずっと近くにいた<言分>しか分けられねぇぞ…!」
ずっと近くにいた…<言分>…? そんなの、いるの?
私が眉をひそめたその時、風が強く吹いた。




