第2章 第4話:スクラップ・ウォール(前編)
ズズズズズ……と、地下世界の頑強な岩盤をも震わせる地鳴りが、ダークセクターの四方から響き渡っていた。
「おいおい、冗談だろ……。あいつら、本気でこのエリアを更地にする気かよ」
工房の鉄扉にしがみつき、覗き窓を覗いていたロックが苦々しく吐き捨てた。
テオがすかさずノイズフィルタリングゴーグルを装着し、その背後から外の光景をスキャンする。
緑色のワイヤーフレームに切り替わった視界の先、路地を埋め尽くしていたのは、異常なまでの「数」だった。
上空をハエの群れのように埋め尽くす、自律型無人索敵ドローンの大群。その眼下の舗道からは、地上の聖騎士のアーマーをさらに無骨に、かつ重装甲に仕立て直したような、量産型重警備ゴーレム『アイアン・ウォール』の軍勢が、一糸乱れぬ足取りで進軍してきていた。
逃げ惑うダークセクターの住人たちを、ドローンから放たれる機械的な警告音が容赦なく追い詰めていく。
『警告。当区画は現在、システム最適化パッチの適用対象に指定されました。生産性ゼロのノイズは直ちに排除されます』
「ジレット……。効率のために、何十万の命をただの『誤差』として消去する男」
テオはワイヤーフレームの視界の中で、迫り来る鉄の軍勢の数値を計算し、背筋に冷たいものを覚えた。
個々の術式は、アルフレッドのそれと比べればシンプルで、遊び(バッファ)もそれなりにある。しかし、その「数」が絶望的だった。一機の歪みを突いて暴発させても、残りの数百機がそのエラーを即座に補正して圧殺してくる。まさに論理の物量。
「テオ! 突っ立って計算してんじゃねえ! 敵の先遣隊がこの路地に入り込むまで、あと二分もねえぞ!」
ロックが工房の奥へ走り、巨大なレバーを引き絞った。
ガガガガ、とチェーンが軋む重々しい音が響き、工房の中央に鎮座していた「ゴミの巨塊」がゆっくりと身を震わせる。
それは、ロックが何ヶ月もかけてダークセクターの廃棄部品をツギハギして組み上げた、不格好極まりない巨躯――『ジャンク・ゴーレム』だった。
胸部には大型ドローンのジャンクローター、腕部には油圧プレスのシリンダー、脚部には装甲車の無限軌道。地上の洗練された幾何学的な美しさは微塵もない、醜悪で、しかし圧倒的に泥臭いハードウェアの塊。
「動けよ、俺の可愛い最高傑作!」
ロックが叫ぶと同時に、ジャンク・ゴーレムの頭部に仕込まれた古い魔導ランプが、不規則にチカチカと赤く点滅を始めた。
ズドン、と巨躯が一歩を踏み出し、工房の床を揺らす。
「テオ、俺のハードが前線を支える! お前はそのクソ高い解像度の眼で、敵のド真ん中に一番デカい『バグ』を叩き込む算段を立てろ!」
「……分かった。一分、いや三十秒だけ持ちこたえてくれ」
テオはゴーグルの倍率を最大まで引き上げ、ジャンクの砦の隙間から、押し寄せるアイアン・ウォールの先頭集団へと視線を固定した。
鉄扉が内側から乱暴に蹴り開けられる。
ダークセクターの命運をかけた、エンジニアたちの防衛戦が、今激突の瞬間を迎えた。




