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0.01度の特異点 ―計算不能な未来へ―  作者: 最後に残った形


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第2章 第3話:監査役ジレットの冷徹なる巡回


魔導都市アルカナ・ハイヴ、中央管理塔。

地下の混沌とは対照的に、そこは静謐な白の光と、数百万の演算コードが流れる冷却水の音だけが支配する極限の最適化空間だった。


「聖騎士アルフレッドの敗北。および中央管理塔基部への食い違い(エラー)の発生。これらによる今期の都市総利益の損失は――マイナス4.2%」


ホログラムで投影された膨大な損益グラフを見つめながら、一人の男が淡々と数値を読み上げていた。


ジレット。

都市のあらゆるノイズを監視し、修正するシステムの番人であり、最高監査役。

仕立ての良い白い衣服に身を包み、冷徹なガラス細工のような眼鏡の奥で、彼の瞳は一切の感情を排して明滅する数式だけを追っている。


「アルフレッドは強大でしたが、完璧すぎました」

ジレットの背後で、控えていた下級監査官が恐怖に声を震わせながら報告を続ける。

「対象テオ・アルカディアは、その完璧さの隙間、計算のバッファがない箇所を突いて術式を暴発させた模様です。現在、対象は下層の管理外領域ダークセクターへ逃亡。現地で廃棄物を用いた未認可の潜伏を行っていると推測されます」


「アルフレッドの敗北は、単なる確率論的なイレギュラーに過ぎない」

ジレットは振り返ることもなく、冷たい声で遮った。

「問題は、テオ・アルカディアという存在が、システムの外側で『予測不能な数値の変動』を起こし続けている点だ。彼は都市の調和を乱すウイルスであり、速やかにデリートされなければならない。ダークセクターごとな」


「ダークセクターごと、ですか……!? あそこにはまだ、数十万の廃棄された登録市民ノイズが――」


「彼らはすでに『生産性ゼロ』と判定され、資産価値を失った存在だ」

ジレットの細い指先が、空中に浮かぶキーボードを叩く。画面には、テオが潜伏しているとされるダークセクターの区画マップが、冷酷な赤色で塗りつぶされていく。


「ウイルスの駆除において、周囲の汚染組織への配慮は非効率だ。一度、対象区画の『総間引き』を行う。自律型無人索敵ドローン、および重装甲の量産型警備ゴーレム『アイアン・ウォール』の全基を投入せよ。作戦名――『初期物量作戦(毒親パッチ)』」


ジレットの眼鏡に、真っ赤な実行承認コード(EXECUTE)が映り込む。


「彼の戦法が『0.01度の狂い』を利用するものなら、その狂いすらも圧殺する圧倒的な質量と計算量で埋め尽くせばいい。エラーを吐き出す隙すら与えず、論理的に圧殺する」


その頃、地下の薄暗い工房では、テオがハハウンドの残骸から引き抜いた魔導コアを凝視していた。

ロックのデバイスによって拡張されたワイヤーフレームの視界が、コアの内部で暴走しかけている微細な電流を捉える。


「ロック、さっきのハウンドのデータから逆算した。地上のシステムが、俺たちの排除に向けて次の演算を終えたぞ」

テオがゴーグルを外し、冷たい汗を拭った。


「へっ、さすがは『神の声』のお役人様だ。バグを見つけたら、すぐにパッチを当てに来るってわけか」

ロックは巨大なレンチをポンと肩に叩きつけ、不敵に笑う。


「いや、次はパッチなんて生易しいものじゃない。エラーの出ている『階層セクター』そのものを、丸ごと初期化フォーマットしに来る」


遠く、ダークセクターの天井を走る巨大な配管の向こうから、地鳴りのような機械の駆動音が響き始めていた。ジレットの命じた、情け容赦のない「論理の物量」が、地下世界へとなだれ込もうとしていた。

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