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0.01度の特異点 ―計算不能な未来へ―  作者: 最後に残った形


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第2章 第2話:魔力ゼロの設計思想


「隠れろ、新入り。挨拶代わりの斥候スカウトがお出ましだ」


ロックが鉄扉の覗き窓から外を睨みつけながら、低く鋭い声を出した。


テオはロックから渡されたばかりのゴーグルを位置づけ、覗き窓へと並ぶ。ワイヤーフレームに分解された視界の先、ゴミの山が連なる路地を、不気味な四足歩行の機械獣が徘徊していた。都市の末端を守る自律型警備ゴーレム『ハウンド』。その装甲には、地上で見た聖騎士のものと同質の、強固な防護術式が刻まれている。


「チッ、中央管理塔メインサーバーの奴ら、ずいぶんと仕事が早いじゃねえか。俺たちの居場所を完全に特定しちゃいねえようだが、ローラー作戦でこの区画を潰す気だ」


ロックが腰のホルダーから、ずっしりと重い超大型のレンチを引き抜く。

魔力を伝導させるためのルーンも、術式を組み込むための触媒も一切ない、ただの無骨な鋼鉄の塊だ。


「ロック、まともに戦う気か? あいつの装甲は下級魔導の一撃程度じゃ傷一つつかないぞ。お前の魔力出力は――」


「ゼロだ。かすりもしねえよ」

ロックは不敵に笑い、自分の機械義手をガチリと鳴らした。

「地上のエリートどもは、何でもかんでも魔力と術式ソフトで解決しようとする。だがな、どれだけ高度な魔法で強化しようが、そいつを支えてる根底にあるのは『物理法則ハード』だ。いくら強固な障壁を張ろうが、骨組みを物理的にヘシ折れば、システムごと自壊する。それが俺の設計思想ロジックさ」


鉄扉が静かに開け放たれる。ロックは一切の足音を立てず、ゴミの影へと滑り込んだ。


ハウンドがその気配を察知し、頭部の光学センサーを真っ赤に発光させる。

駆動音と共に、ハウンドが地面のジャンク品を跳ね飛ばしながら、ロックに向かって一直線に跳躍した。鋭い鉄爪には、触れたものを分子レベルで切り裂く魔導エンチャントの光が宿っている。


「――物理演算開始」


テオはゴーグルのレバーを回し、ハウンドの突進をスキャンした。

魔力の障壁は完璧。術式による軌道修正も狂いがない。生身の人間がまともに受ければ、一瞬で肉塊に変えられる質量兵器だ。


だが、ロックは動かない。

ハウンドの爪が彼の鼻先に届くかというその瞬間、ロックは超大型レンチをハウンドではなく――その足元の「傾いた鉄板」へと叩きつけた。


ガギィィィン――ッ!!


強烈な打撃音が響く。

ロックが叩いたのは、ただのゴミの鉄板ではない。ハウンドが着地する瞬間に、その自重と突進のエネルギーが最も集中する「支点」だった。


テオのワイヤーフレーム視界の中で、エネルギーのベクトルが劇的に書き換わる。

鉄板がテコの原理で跳ね上がり、ハウンドの左前脚の着地位置を、ほんのわずかに突き上げた。


「ギ、ガガガ……ッ!?」


ハウンドの防護障壁は、前方からの攻撃に対しては無敵だった。しかし、足元から加わった「純粋な力学の突き上げ」は想定していない。完璧に最適化されたハウンドの姿勢制御システムが、突如として発生した不均一なG(重力加速度)を処理しきれず、狂いを生じる。


「仕上げだ!」


ロックが地を蹴り、ハウンドの懐へと潜り込んだ。

彼が狙ったのは、ハウンドの首関節。装甲の合わせ目であり、最も強固な防護術式が重なり合う中枢だ。しかし、先ほどの姿勢の崩れにより、その関節の「歯車」が物理的な限界を超えて噛み合っていた。


そこへ、ロックの機械義手による全力の打撃が炸裂する。

魔力など一切乗っていない。純粋な質量と、レバー比を極限まで高めた wrench の構造が、ハウンドの首関節の「軸」へと正確に叩き込まれた。


バキィィィィン――ッ!!


防護術式は何の反応も示さなかった。なぜなら、術式が防御すべき「魔力的な攻撃」ではなく、ただの「構造力学的な過負荷」によって、内側の歯車の軸が物理的にヘシ折られたからだ。


頭部をへし折られたハウンドは、激しいスパークを散らしながら、一歩も進めずにその場に崩れ落ちた。


「ふぅ……。見たかよ新入り。術式がどれだけ完璧でも、ネジ一本、歯車一枚の限界数値を越えりゃ、ハードウェアはただの鉄クズだ」

ロックはレンチを肩に担ぎ、フッと息を吹きかけた。


テオは呆然と、破壊されたハウンドとロックの姿を交互に見つめていた。

彼の脳内では、今の一連の攻防が数式として完全に再構築されていた。


(魔力を使わない、純粋な物理構造への干渉……。そうか、俺の能力は『術式のベクトル』だけじゃなく、ロックが作った『物理的な力学のベクトル』にだって適用できる)


100の魔力を持たずとも、ロックが設計した物理トラップの角度を、俺が「0.01度」だけ偏向させれば――それは地上のどんな高度な魔法をも凌駕する、最悪の『物理ハック』になる。


二人のエンジニアの思想が、この深いゴミ溜めで、静かに、そして完璧に噛み合った瞬間だった。

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