第2章 第5話:スクラップ・ウォール(後編)
「オラァッ! 耐えやがれ、俺のスクラップ!」
ロックが咆哮し、機械義手のレバーを血相変えて引き絞る。
工房の入り口で、ジャンク・ゴーレムが両腕の油圧シリンダーを軋ませ、文字通り「鉄の壁」となって路地を塞いでいた。その正面からは、十数機のアイアン・ウォールが隊列を組んだまま、機械的な質量でゴリゴリと押し寄せてきている。
ギギギギ、とジャンク・ゴーレムの無限軌道が悲鳴を上げ、後方へとミリ単位で削り押されていく。
地上の量産型ゴーレムの術式は一機一機が寸分の狂いもなく同調しており、個々の出力を完全に一本の「巨大なベクトルの矢」へと収束させていた。無駄を排除した、軍隊としての完璧な最適化。
バキッ、とジャンク・ゴーレムの右肩の溶接が弾け、黒い作動油が激しく噴き出した。
「クソッ、ハードの出力上限を完全に越えてやがる! テオ、まだか!? 制御弁が焼き切れるまであと十秒もねえぞ!」
ロックの顔に焦りの色が浮かぶ。
「……見えた。いや、計算は終わっている」
テオはゴーグルの奥の瞳を限界まで見開き、路地の全景を緑色のワイヤーフレームとして凝視していた。
彼の視界には、押し寄せる敵ゴーレムの軍勢だけでなく、彼らが踏みしめている「路地の構造」そのものが数式としてオーバーレイされている。
ダークセクターの路地は、地上から投棄された巨大な鉄骨やコンクリートの塊が複雑に噛み合って形成された、不安定な「バランスの山」だ。その頭上、左右の壁面には、何トンものジャンク品が奇跡的な摩擦力だけで静止している。
(敵の突進ベクトルは完全に直線。彼らは効率を最優先するがゆえに、足元の振動が周囲の構造物にどう影響するかを演算から除外している。『神の声』にとって、ダークセクターのゴミの山は単なる『背景』に過ぎないからだ)
だが、エンジニアであるテオとロックにとっては、このゴミの山こそが巨大な回路だった。
「ロック、ゴーレムの出力を一瞬だけ『左下方』に切り替えろ!」
テオが叫ぶ。
「左下だと!? そんなことをしたら押し切られ――」
「俺を信じろ! 物理法則のレバー比を最大化する!」
「――応よ! 融けちまいな、俺の最高傑作!」
ロックは覚悟を決め、義手の全リミッターを解除。ジャンク・ゴーレムの左脚の無限軌道を逆転させ、泥臭い巨躯の重心を、あえて左側へと大きく傾かせた。
ズシン、とジャンク・ゴーレムが大きく傾く。
それまで正面から拮抗していたアイアン・ウォールの軍勢の突進エネルギーが、支えを失って一気に左前方へと強烈に流れた。
テオのワイヤーフレーム視界の中で、巨大なエネルギーの矢が歪む。
『敵軍の総衝突ベクトル:左方へ偏角0.01度』
「そこだ」
テオは手にしたスパナを、ジャンク・ゴーレムが踏み潰していた路地の「一本の錆びた鉄骨」のボルトへと叩き込んだ。
魔力ではない。ロックが歪ませた重心の移動(G)を利用し、テコの原理でそのボルトを完璧なタイミングで弾き飛ばす。
カァン――ッ!!
それは、世界を崩壊させる引き金だった。
ボルトが外れた鉄骨が跳ね上がり、アイアン・ウォールの足元の鉄板を狂わせる。ほんの0.01度だけ左に傾いて突進していたゴーレムたちの巨大な質量エネルギーが、その足元の狂いによって、路地の左側にある「ジャンクの支持壁」へと100%の力で激突した。
ドゴォォォォォン――ッ!!
激しい地鳴り。
ゴーレムたちが自ら放った突進の破壊力が、支持壁の根元を粉砕。結果として、頭上に奇跡的なバランスで積み重なっていた、何十トンもの鉄骨や廃棄車両の山が一気に雪崩となって崩れ落ちてきた。
「ギ、ガガガ……警告、構造物の落下……演算領域、外――」
アイアン・ウォールたちの電子音声が、頭上から降り注ぐ圧倒的な「物理的な質量」によって、次々と圧殺されていく。
彼らの強固な防護術式は、正面からの敵の攻撃を防ぐためのもの。上空から無差別に降り注ぐ、システムが「背景」と切り捨てていたゴミの雪崩を防御するようにはプログラムされていなかった。
路地を埋め尽くしていたジレットの軍勢は、自らの突進によって引き起こされた「スクラップの壁」の底へと、一瞬にして生き埋めになった。
静寂が戻った路地には、文字通り鉄クズの山と、排熱の白煙だけが立ち込めていた。
「……ハッ、ハハハ! 冗談だろおい!」
ロックが愛機から飛び降り、煙を上げる鉄クズの山を見上げて大笑いした。
「俺のハードの限界出力を、お前が0.01度ずらしただけで、敵の全戦力を自滅のエネルギーに変えちまいやがった! おいテオ、これが、お前の言う『物理ハック』かよ!」
テオはゴーグルを額へと上げ、荒い息を整えながら不敵に微笑んだ。
「ああ。どんなに圧倒的な物量だろうが、物理のロジック(法則)からは逃れられない。ジレット……お前のパッチは、この地下のバッファには届かない」
しかし、二人が勝利の余韻に浸る間もなく、崩れ落ちたスクラップの山の向こうから、生き残った無数のドローンたちが、再び不気味な赤い眼を光らせて浮上してくるのが見えた。ジレットの「論理の連鎖」は、まだ止まってはいなかった。




