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0.01度の特異点 ―計算不能な未来へ―  作者: 最後に残った形


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第5章 第10話:泥だらけのレジスタンス


――世界崩壊システム・ダウンまで、あと――480秒。


中央管理塔の最上階で『アルカナ・コア』が漆黒の魔力放電を撒き散らして暴走するその余波は、魔導都市アルカナ・ハイヴの全階層を根底から揺るがす「物理構造の完全瓦解」となって吹き荒れていた。


地上の中枢区画。

つい数分前まで、ジレットの『完璧な調和』の下で洗練された幾何学模様を誇っていた白磁の超高層ビル群や、一等市民たちが優雅に行き交っていた空中回廊。その絶対のインフラが、いまやOSの基底破損(カーネル・ロック喪失)によって存在定義を失い、まるで乾いた砂の城のように、音を立ててボロボロと崩落を始めていた。


「う、わあああ!? 壁が……ビルが融けていくぞ!?」

「神の声はどこへ行った!? 救済のスコア(仕様)はどうなったんだッ!?」


ジレットの精神統合パッチ(ラスト・パッチ)から解放され、個の意志を取り戻した地上の市民たちは、パニックを起こして白磁の瓦礫が降り注ぐ大通りへと逃げ惑っていた。彼らはこれまで「システムに管理される」という綺麗で無菌室のような仕様ルールの中に守られて生きてきたため、物理法則そのものが崩壊する不確実な天災バグを前に、ただ絶望して立ちすくむことしかできなかった。


その、白磁の街並みが完全に崩壊デリートする寸前の、絶望の淵だった。


ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!


地上の割れたコンクリートの隙間、地下セクターへと続く巨大な搬入用スロープの奥から、凄まじい鉄の駆動音と、地響きのような「人間の足音」が湧き上がってきた。


「へっ、地上の綺麗なお役人どもが、バグ一つで情けねえ声を上げてんじゃねえぞッ!!」


先頭を切って瓦礫の山を突き崩し、地上の眩い光の中へと躍り出てきたのは、バッファ・ノードの残存戦力を率いるレジスタンスの指導者たち、そして、テオが「初期パッキングから除外」し、ロックが命がけで旧地下鉄トンネルへと避難させた、あの8万人の下層市民の老人、子供、労働者たちの泥だらけの大群勢だった。


彼らの手には、洗練された魔導兵器など1つもなかった。あるのは、地下のゴミ溜めから拾い集めてきたツギハギの油圧ジャッキ、鉄骨、そして壊れかけた重機の残骸。


「おい、地上の腑抜けども! 突っ立ってりゃあ、そのままデータごとゴミディレクトリ行きだぞ!」

地下の頑固な老技術者が、錆びついた大型レンチを天に突き上げて怒鳴った。

「あの上層階で、俺たちの若いエンジニア(テオたち)が世界をシステム・リブートさせるために、命を削ってコードを叩いてるんだ! そのハックが終わるまで……このクソッタレな世界のハードウェア(骨組み)を、物理的に支え落とさないのが、俺たち現場の職人の『ロジック』だろォッ!!」


その泥臭い執念の叫びが、絶望していた地上の市民たちの胸の奥に、かつてない強烈なノイズ(意志)を叩き込んだ。


「……建物の、構造データを……補強するんだ! 物理的な『支点』さえ作れば、システムのデリート処理をミリ秒単位で遅らせられる!」

地上の若き一等技術者が、泥に塗れた下層の住人の手を掴み、叫び返した。


思想の同期リンク

これまでランクという目に見えない壁によって完全に隔離セグメントされていた地上の一等市民と、地下の廃棄オブジェクト(下層市民)たちが、世界の崩壊という最悪のタイムリミットの中で、いま初めて「人間」として物理的に手を取り合ったのだ。


「オラァッ! 鉄骨をそこへねじ込め! 油圧プレス、最大出力ォッ!」

「重力変化がくるぞ、10秒間、全員でその柱をロープで引き締めろッ!」


ズウゥゥゥゥン!! と、崩壊しかけた超高層ビルのメインフレームに、地下の巨大な油圧ジャッキが物理的なクサビとして強引に打ち込まれた。

ジレットの暴走コアが放つ「結合定数の消去パッチ」に対し、人間たちは、純粋な鉄の質量と、汗と泥にまみれた筋肉の力学ハードウェアだけで、システムが建造物を消去する処理を「物理的」に力技で押し留め、スタックさせていた。


システムが「消去」を命じても、人間の意志が、鉄の強度が、それを物理的に拒絶スタンドアロンする。


その、泥だらけのレジスタンス(人間賛歌)の波形は、中央管理塔の最上階で暴走コンソールに向かおうとしていたテオのゴーグルにも、圧倒的な『構造維持ログ』としてリアルタイムで流れ込んできた。


『検知:地上セクター全域において、未定義の物理補強オブジェクトが急増中』

『崩壊予測速度が、設計値の14.5%まで大幅に減速しています』


「……ロック、カイン、みんな……下層のみんなが、現実世界ハードを支えてくれている」

テオは、激しい魔力放電の嵐の中で、傷だらけの身体を起こし、不敵に笑った。

みんなが時間を稼いでくれている。480秒だったカウントダウンの減少速度が、人間の泥臭い抵抗によって、数秒、数十秒という貴重な「バッファ(猶予)」となって、テオの手元へと還元されていた。


「へっ……。言ったろ、新入り」

テオの背後、完全大破した機体から這い出たロックが、生身の左腕でセレナを護りながら、床の瓦礫に背を預けて不敵に笑った。

「綺麗に動く数式がどれほど偉かろうがなぁ、最期に世界を物理的に支えるのは、俺たちの泥だらけの『ハードウェアの意地』なんだよ。……さあ、バッファは十分に稼いでやった。ジレットのクソみたいなOSを、お前のプロトコルで完璧にリブート(書き換え)してきやがれ、テオ!」


(テオ、行って。……私も、世界のすべての周波数を、あなたのスパナの先端へ集中(同期)させるから!)


声を失った歌姫セレナのライトブルーの瞳が、テオのハックルートを鮮烈に照らし出す。


「――了解サクセス。これより、アルカナ・コアのルート権限(最上位権限)の掌握ハックを開始する」


テオは両手に真鍮のスパナとロックのレンチを強く握り直し、漆黒のデリート放電が荒れ狂う大階段の頂上、世界の心臓部(制御コンソール)へ向かって、猛烈なスピードで突撃を開始した。

地上と地下、すべての人間たちの意志がツギハギとなって繋いだ最後の1秒。その極限のバッファの中で、不条理なディストピアのOSを根底から書き換えるための、テオの孤独にして最高のコンパイルが、いま本格的に始まろうとしていた。

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