第4章 第10話:カインの警告と論理の銃弾
「――警告だ、テオ。ジレットの演算プロセスの走査線が、完全に『臨界点』を越えようとしている」
中央管理塔の内郭へと続く広大な白磁の大階段。
ハイスピードで階段を駆け上がるテオのインカムに、本隊の指揮を一時的に預かっていたカインの、ひどく掠れたシリアスな声が飛び込んできた。
カインがバッファ・ノードの残存サーバーから遠隔でスキャンしたデータログ。それは、地上の『神の声(OS)』のメインコアが、もはや世界の物理法則を改変するだけにとどまらない、未知の最終アップデート・シークエンスへと移行しつつあることを示していた。
「ジレットの野郎、世界の物理定数を0.01秒毎に書き換える『環境パッチ』の維持コスト(魔力)が、一等市民の精神を燃料にしてもなお、底を突きかけていることに気づきやがった。だから、計算式の帳尻を合わせるために、最終段階である『ラスト・パッチ(全精神の統合)』の実行コードをアンロックし始めただ」
「全精神の統合……? どういう仕様だ、カイン」
テオは走りながらゴーグルを叩き、管理塔の中枢から放たれる不気味な黒い魔力パケットの波動を凝視した。
「地上も、地下も、この都市に生きるすべてのノイズ(人間)の脳をサーバーへ強制同期させ、個人の精神(意志)を完全に消去して一つの巨大な『都市統治OS』へとアップロード(一元化)するプログラムさ」
カインの声が、怒りと恐怖で激しく震える。
「これが完了すれば、人間は一人残らず、個としての思考能力を失った『ただの生体パーツ』になる。ジレットは、バグ(不確実性)を生み出し続ける人間の意志そのものを、世界のソースコードから完全に『コメントアウト(抹殺)』する気なんだ。適用までのタイムリミットは、あと一時間もねえ!」
「効率の極致、というわけか」
テオはポケットの中のスパナを限界まで強く握りしめた。
人間の意志をバグと切り捨て、世界を一つの完璧な、狂いなき硝子細工のプログラムへと硬化させる。それが、最高監査役ジレットが導き出した、都市の「調和」のための最終回答。
「ヘッ、そんなクソみたいな仕様変更、俺たちのハードウェア(肉体)が受け付けるかってんだよ!」
テオのすぐ後ろを、ロックのジャンク・ゴーレムが、残された唯一の油圧プレスシリンダーをガチリと鳴らしながら、白磁の階段を爆音と共に踏み鳴らして追従していた。
ロックが殿で救出した8万人の避難民たちは、カインの先導によって旧地下鉄トンネルのブラックボックスへと無事に収容された。しかし、彼らが生き残るためにも、この管理塔の心臓部をハックし、ジレットの権限を剥奪する以外に道はない。
(テオ、正面にくるよ……! ジレットが配置した、最強の動的防御陣面――『論理の銃弾』の集中豪雨!)
テオの隣を、声を失ったセレナが寸分の遅れもなく並走していた。彼女のライトブルーの瞳から、テオの脳内へと、階段の踊り場に展開したジレットの直属抹殺部隊の「射撃ベクトル」の三次元モデルが超高速で転送される。
大階段の頂上に整然と並ぶ、白銀の魔導アーマー部隊。
彼らの手にした大型の論理銃が一斉に火を噴いた。放たれたのは、熱線ではない。空間の構造データを物理的に書き換え、触れたオブジェクトの存在定義をゼロにする『論理の銃弾』。
「ロック、左前方へ3度傾け! 15ミリ秒後に空間の結合定数が最大化する、その瞬間に装甲の『支点』を銃弾の軌道へねじ込め!」
「おうよッ! ハードの頑丈さを見せつけてやるぜ!」
ロックはセレナの先読みデータとテオの執行命令のままに、ジャンク・ゴーレムの破損した盾を左前方へと突き立てた。
ドゴォォォォォン――ッ!!
凄まじい大音響。
通常であれば、装甲ごとデータとして分解されるはずの論理の銃弾。しかし、テオが算出した「空間の結合定数が最大化する15ミリ秒の瞬間」に、ロックが力学的に最も強固なアングル(3度)で装甲を衝突させたため、銃弾の解体プログラムは鉄の質量を相殺しきれず、火花を散らして斜め上方へと激しく弾け飛んだ。
「ハック、コンパイル、実行!!」
テオはその跳ね返った論理弾のエネルギーの残響を、手にしたスパナで完璧に変調した。5ミリ秒毎に変わる世界の流体摩擦を味方につけ、弾道をジレットの抹殺部隊の足元の魔力供給パイプへと正確に逆流させる。
ドグゥゥゥゥォォォン――ッ!!
白銀の魔導アーマー部隊の足元が内側から大爆発を起こし、完璧に最適化されていた彼らの動的パッチ防御陣面が、一瞬にして自滅の煙の中に崩れ落ちていく。
「予定時間通りの突破だ。タイムラグは……ゼロ!」
テオは煙を切り裂き、ついに中央管理塔の最上階、ジレットの待つ『統制室』の巨大な鉄扉の前へとたどり着いた。
しかし、勝利の予感に震える一同の耳に、世界そのものが拒絶の悲鳴を上げるような、最悪のシステム起動音が響き渡った。
ウゥゥゥゥ――ーーーーーーッ!!
大階段の全域、そして都市全体の空間が、見たこともない漆黒の「強制アップデート画面」へと暗転していく。網膜の隅で、血のような赤色のカウントダウンが、ミリ秒単位で超高速にその数字を削り始め、テオたちの脳へ、これまでにない猛烈な「例外エラー(激痛)」が走り始めた。
『世界最終アップデート:ラスト・パッチ(精神統合)。これより強制執行を開始します』
ジレットの放った最後の論理の銃弾――世界を一つのバグなき回路へ変える破滅のプログラムが、ついに起動してしまったのだ。




