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0.01度の特異点 ―計算不能な未来へ―  作者: 最後に残った形


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第1章 第3話:硝子細工の都市に、響く足音


「抵抗は無意味だ、バグ(イレギュラー)」


聖騎士の足元が白く爆ぜた。

次の瞬間、重厚な金属の質量が物理法則を無視した速度でテオの眼前に肉薄する。アーマーの出力を限界まで引き出した、音速に近い突撃。凡百の労働者であれば、何が起きたか理解できぬまま圧殺されている間合いだ。


だが、テオの『ワイヤーフレーム視界』は、その一挙手一投足を数十倍に引き伸ばされたスローモーションとして捉えていた。


(右拳による直線殴打。予測軌道、ブレなし。だが――)


テオの瞳が、聖騎士の肩口を走る緑色の魔力伝導ラインに固定される。

アーマーが最高速度に達した瞬間、胸部の冷却弁が開き、ほんのわずかに全体の重心がブレた。


『軸重のブレ:右方へ0.01度』


「遅い」


テオは避けない。ただ、右手に握った鉄のスパナを、聖騎士の突進の軌道上へ「置いておく」ように突き出した。


狙いは聖騎士の強固な胸部装甲ではない。その下、装甲の隙間からわずかに露出している、魔力カートリッジの「固定用ピン」だ。


キン、と軽妙な金属音が地下区画に響いた。

人間の力で突き出されたスパナなど、聖騎士のアーマーにとっては羽毛に触れたようなもの。しかし、テオがピンを「0.01度」だけ内側に歪ませたことで、アーマーの内部構造は致命的な矛盾を抱えることになる。


最高出力で流れる莫大な魔力が、歪んだピンによってわずかに指向性を変え、本来流れるべきではない冷却回路へと逆流デバッグした。


「な、に――!?」


聖騎士の拳がテオの鼻先数センチでピタリと止まった。

直後、純白のアーマーの各部からプシューッと激しい高圧蒸気が噴き出し、関節部が完全にロックされる。完璧すぎる制御システムが、想定外の回路への魔力流入を「致命的なエラー」と判断し、強制シャットダウン(安全装置)を起動させたのだ。


「システムが完璧なら、その安全装置も完璧に作動する。お前たちの『神の声』が、お前自身の動きを止めたんだ」


テオは冷ややかに言い放ち、機能を失ってただの重い鉄塊と化した聖騎士の横をすり抜けた。呆然とそれを見送ることしかできない同僚にも視線を向けず、破壊された防壁の向こう――地上へと続く階段を駆け上がる。


「……ハァ、ハァ、ハァ……!」


薄暗い地下から、眩い光が満ちる地上へと飛び出す。

そこは、魔導都市アルカナ・ハイヴの象徴である中央広場だった。


見上げるほどに巨大な白磁の塔が中央にそびえ立ち、その表面には都市の全住民の「生存ランク」がリアルタイムで明滅している。幾何学的に配置された美しい街並み、ゴミ一つ落ちていない舗道。すべてが計算され尽くした、文字通りのディストピア。


だが、その美しい広場は今、異様な熱気に包まれていた。


「おい、見ろ……中央広場に、聖騎士団の本隊が……」

「またパージ(間引き)が始まるのか?」


行き交う住人たちが、恐怖の混じった囁き声を交わしている。

群衆の視線の先。広場の中央には、十数騎の純白の魔導アーマーが整然と隊列を組んでいた。地下に現れた個体とは放つ威圧感が桁違いだ。その中心に、一際巨大な大剣を背負い、ヘルメットを外した一人の男が立っていた。


聖騎士アルフレッド。


非の打ち所がない端正な容姿に、冷徹なまでに澄んだ青い瞳。彼の網膜に投影されているであろう社会貢献度ランクは、おそらくこの都市の頂点に近い。


「『神の声』より、今期の最適化命令が下った」


アルフレッドの声は、魔法によって広場全体へ、そして都市の隅々へと響き渡った。


「本日期限を迎えた下層区画のエネルギー配給効率、および労働生産性は、許容誤差を下回った。よって、これよりランク1.5以下のノイズ(人間)を排除し、都市のバッファを強制的に確保する」


アルフレッドの背後で、聖騎士たちが機械的に武器を構える。

その向こうでは、ランク不足を告げられた老人や子供たちが、泣き叫びながら防護障壁の向こう側――「外の世界」へと引きずられていく光景があった。


住人たちは、それをただ怯えながら見守っている。逆らえば自分のランクが下がり、次のパージ対象になるからだ。


(誰も、何も疑わない。あのシステムが、人間を数字でしか見ていないことに)


テオは群衆に紛れながら、ポケットの中のスパナを限界まで強く握り締めた。

彼のワイヤーフレーム視界が、アルフレッドを捉える。その強大な魔力の輝きは、まるで一つの太陽のようだった。だが、完璧に見えるその光の球体にも、確かに、微細な歪みが混じっている。


「0.01度の傾きで、その完璧な鎧を粉々に叩き割ってやる」


理不尽な世界への静かな殺意を胸に、テオは一歩、前へと踏み出した。

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