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0.01度の特異点 ―計算不能な未来へ―  作者: 最後に残った形


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第1章 第2話:0.01のバグ・デバッグ


吹き飛んだ防壁の破片が、硬いコンクリートの床に転がり、甲高い音を立てて弾けた。

立ち込める白煙を割って進み出てきたのは、一尊の彫像を思わせるほどに洗練された、純白の魔導アーマーだった。


聖騎士。

この都市の最上位クラスにのみ着用を許される最高峰のハードウェアであり、武装だ。アーマーの隙間から漏れ出る魔力の残滓が、周囲の空気をピリピリと震わせている。


「術式不整合を検知。対象、テオ・アルカディア」


重低音のスピーカーを介したような無機質な声が、聖騎士のヘルメットから響く。


「お前が今行った行為は、『神の声』が排出した最適解への明白な違反であり、攪乱行為だ。直ちに拘束し、再教育施設への移送、および社会貢献度ランクの剥奪を行う」


テオの隣で、同僚の作業員がその場にへたり込んだ。聖騎士の放つ圧倒的な威圧感――「高ランク保持者」という絶対的な強者の前に、低ランクの歯車は立ち上がる自由すら奪われる。


だが、テオだけは、真っ直ぐに聖騎士を見据えていた。

彼の右手に握られた古びたスパナが、微かに冷たい汗で滲む。


「……マニュアル通りに部品を換え続けていたら、今頃この区画は爆発していた。俺はエラーを止めたんだ。それのどこが攪乱行為だ」


「都市のインフラが破壊された場合、その損失はあらかじめ計算の範囲内にある」

聖騎士は冷酷に言い放った。

「区画の爆発に伴う経済的・人的損失、およびそれを補填するための代替人員の確保まで、すべてはシステムによって織り込み済みだ。お前が勝手なデバッグを行うことによる『予測不能な数値の変動』こそが、最も排除されるべきノイズなのだ」


(――織り込み済み、か)


テオの奥歯が、ギリリと音を立てた。

その言葉が、テオの胸の奥深く、決して消えない凍土の下に埋もれていた記憶を、乱暴に掘り返す。


――五年前。同じように冷酷な声を、テオは聞いた。


当時、テオの妹であるミアは、原因不明の魔力石化症に侵されていた。

治療のための医療用魔導パッチは高価であり、配給を管理する「神の声」の承認が不可欠だった。


毎日、テオはミアの細くなっていく手を握りながら、端末の画面を見つめ続けた。

あと少し。あと少し、自分の社会貢献度ランクが上がれば、承認が降りるはずだった。必死に働き、他人の倍以上のタスクをこなし、ランクを必死に押し上げた。


AND、ミアの呼吸が止まりかけたその日の朝、画面に表示された数値は――


『医療パッチ申請:却下』

『理由:対象者の社会貢献度、および回復後の生存期待値が、基準値に【0.01】不足しています』


わずか、0.01。

その数字が足りないというだけで、システムは自動的にミアを「不要なコスト」と切り捨てた。窓口の役人は、目の前で泣き崩れるテオに、今日聖騎士が言ったのと全く同じ言葉を口にしたのだ。


『彼女の死亡による労働力の損失は、今期の人口統計の誤差の範囲内です。システムは間違えません』


システムにとっては、ただの「誤差」。

だが、テオにとっては、世界そのものの喪失だった。


(完璧なシステムなど、この世に存在しない。存在してはならないんだ)


テオは、ゆっくりと息を吐き出した。

過去の怒りを、悲しみを、すべて冷徹な計算のエネルギーへと変換していく。脳細胞の隅々までが、冷たく、冴え渡っていくのを感じる。


「……マニュアルを盲信するお前たちには、見えていないんだろうな」


テオは静かに、再び自身の固有能力を起動した。

視界から色彩が剥ぎ取られ、緑色のワイヤーフレームの世界が展開する。


聖騎士が纏う純白のアーマー。それは「神の声」がデザインした、完璧な防御術式の塊だった。流れる魔力の配線は美しく、一点の隙もないように見える。


だが、テオの瞳は、そのアーマーの関節部、魔力の制御弁が集中する一点を正確に捉えていた。


「どんなに堅牢なシステムにも、遊び(バッファ)がないなら、そこが致命的な脆弱性バグになる」


聖騎士が、警告のために一歩を踏み出す。その瞬間、アーマーの右膝のサーボモーターが駆動し、魔力のベクトルが、ほんの一瞬だけ変化した。


『右膝関節部、魔力圧の偏向:0.01度』


「見つけたぞ」


テオの口元が、不敵に歪んだ。

手にした鉄のスパナを、彼は構え直す。力で勝てないのなら、ロジックでハックするまでだ。

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