第4章 第6話:非情の進撃戦
「第1外縁門視認――これより、最短最適突破シークエンスへと移行する」
テオの冷徹な声が、選別部隊のインカムへと一斉に割り込んだ。
目の前に立ち塞がるのは、中央管理塔を囲む白磁の巨大な防壁『第1外縁門』。しかし、その門へと至る約300メートルの直線路は、地上の一等市民たちの脳を焼き切って得た膨大な演算力により、ジレットの『環境パッチ』が最も狂暴に変質させた「絶対防衛領域」と化していた。
ビキビキ、と空間が歪むたび、地面のコンクリートが突如として「気体」のように流動し、次の瞬間にはダイヤモンド以上の「超高密度な結晶」へと硬化する。重力定数は8Gからマイナス2Gへと0.01秒未満のサイクルで往復し、大気中の魔力は触れただけで肉体を内側から爆破する「高電圧の論理パケット」へと変質を繰り返していた。
「テオ! 敵の先遣ゴーレム『アイアン・ウォール・改』が突入してくるぞ! 奴らの予測ベクトル、補正速度がさっきの倍だ!」
ロックがジャンク・ゴーレムのコックピットから叫ぶ。
門の奥から現れた重装ゴーレムの軍勢は、地上の市民から強制徴収された並列処理能力の加護を受け、変化し続ける物理法則のシード値を完璧に先読みして進軍してきていた。
(テオ、くるよ……! 次の5ミリ秒、左方10メートルから発生する空間歪みが、前衛の進行ルートを完全に塞ぐ。その直後、中央の重力が10Gへ跳ね上がる……!)
声を失ったセレナの脳内リンクが、テオの演算領域へと凄まじい密度の時空間ログを送り込んでくる。
「――計算完了」
テオのゴーグルの奥の瞳が、冷酷なライトグリーンの幾何学模様を映し出す。
「第1前衛小隊、そのまま直進しろ。速度を秒速4.5メートルへ固定。一切のステップ(回避)を禁止する」
「な……ッ!?」
指示を受けた前衛の武装兵たちが息を呑んだ。テオの指示したルートの先には、セレナの予測した「空間歪みのトラップ」が確実に口を開けている。
「テオ! 何を考えてやがる! そこへ突っ込んだら、あいつらは空間ごと圧殺されるぞ!」
ロックがインカム越しに怒号を上げた。
「直進させろ」
テオの声には、微塵の揺らぎもなかった。
「彼らが突入し、肉体が分解される瞬間に発生する『生体エラーログ』を利用する。システムが彼らのデリート処理(例外処理)に0.02秒の演算リソースを割いた瞬間、ジレットの動的パッチに致命的な『割り込みの隙間』が生じる。そこが、本隊がノーダメージで突破できる唯一の最適ルートだ」
生存確率を最大化するために、前衛を文字通りの「使い捨てのデバッグ(肉の盾)」として消費する戦術。
「てめえ……!!」
ロックが制止の声を上げるよりも早く、テオの絶対的な執行命令に盲従した第1前衛小隊の兵士たちが、変質世界の歪みへと突っ込んだ。
「ガ、アアアアアアアアッ!?」
凄まじい絶叫。
空間歪みに触れた兵士たちの肉体が、結合定数の乱れによって一瞬にして青白い電子ノイズの霧へと分解されていく。しかし、テオのゴーグルはその惨劇を「数値」として冷徹にスキャンしていた。
『前衛個体のデリート処理を検知。メインサーバーの演算スレッドに0.018秒の遅延フラグを視認』
「今だ。本隊、中央突破! 3ミリ秒後に重力が反転する、全員跳べ!」
テオはスパナを振り下ろし、自ら先頭を切って地を蹴った。
前衛の犠牲によって生じた、わずか数十ミリ秒の「システムのスタック(隙間)」。テオ率いる反逆軍の本隊は、その計算された一瞬を突いて、空間歪みのトラップを完全に無傷で、かつ圧倒的なスピードで駆け抜けていく。
「第2前衛小隊、右方のゴーレムの銃口の前に整列しろ。弾道を物理的に固定させる」
テオの非情なコマンドは止まらない。
次々と肉の盾として消費されていく地下の戦士たち。彼らが消滅するたびに、反逆軍はジレットの完璧な防衛線を確実に、ミリ単位の狂いもなく切り崩していった。軍の内部には、テオに対する圧倒的な恐怖と、吐き気を催すほどの不信感が急速にコンパイル(蓄積)されていく。
「これが、てめえの言う『生存戦略』かよ、テオ!」
ロックのジャンク・ゴーレムが、迫り来る重装ゴーレムの腕を油圧プレスシリンダーで叩き折りながら、血を吐くように叫んだ。
「ジレットと同じじゃねえか! 綺麗な数式のために、仲間をただの使い捨てのオブジェクト(部品)として扱いやがって! 俺たちの命は、てめえのハックを成功させるための燃料じゃねえんだぞ!」
「うるさい、ロック。前を見ろ」
テオは一瞬たりとも足を止めず、返り血と電子ノイズの煙の中を突き進む。
「お前が感情というバグで足を止めれば、彼らの犠牲は本当にただのエラー(無駄死に)になる。到達確率42.1%を維持しろ。俺がすべてのノイズ(怨嗟)を背負って、ジレットを殺す」
テオの横を走るセレナの瞳から、一筋の青い涙がこぼれ落ち、世界の歪みの中へと蒸発していった。
彼女の高度な環境センサーは、テオの脳内が、仲間を殺すたびに張り裂けんばかりの自己嫌悪と絶望のエラーコードで埋め尽くされていることを完全に受信していた。テオは冷酷な悪魔を演じながら、その実、自らの精神を限界まで削ってこの非情な進撃戦を統率していたのだ。
「第1外縁門、正面――ハック、コンパイル、実行!!」
前衛部隊の最後の犠牲によって生じた、最大の大穴。
テオは跳躍し、第1外縁門の巨大な術式制御盤へとスパナを力任せに突き立てた。セレナから転送された時空間シード値を全出力で流し込み、門の防護術式を内側から完全に暴発させる。
ドグゥゥゥゥォォォン――ッ!!
絶対の防御を誇っていた白磁の巨門が、凄まじい大音響と共に内側から粉砕され、地上の最上層へと続く道が完全にこじ開けられた。
選別部隊は、凄まじいスピードでジレットの本陣へと肉薄していく。しかし、その突破の代償として、軍の足元には無数の仲間の残骸と、決して修復することのできない「信頼のクラッシュ(崩壊)」が冷たく転がっていた。




