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0.01度の特異点 ―計算不能な未来へ―  作者: 最後に残った形


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第3章 第9話:声を失った歌姫


「プライマリ・データコアの強奪、完了したぞ!」

カインがコンソールから引き抜いた輝く結晶ストレージを掲げ、叫んだ。これこそが世界の初期ソースコード、都市の理不尽な「仕様」を暴くための唯一の鍵だ。


ドゴォォォォン――ッ!!


テオが仕掛けたロジックボムの余波により、白磁の天井が大きくひび割れ、巨大な破片が轟音と共に崩落し始めていた。管理塔の地下深くが、システムのエラーの連鎖によって物理的な崩壊を開始している。


「脱出するぞ! セレナ、聞こえるか、今からバックアップルートへ――」

テオがインカムを叩き、中継ノードで待つセレナへ通信を繋ごうとした。


「……ハァ……テ、オ……逃げ……て……!」

通信の向こうから返ってきたのは、息も絶え絶えな、今にも消え入りそうなセレナの掠れた声だった。すでに彼女のノードにも、エラーを検知した地上の防衛プログラムが迫っているのだろう。


「バグ(ノイズ)どもめ……。タダで、行かせると思うな……!」


背後から、血を吐くような執念の声が響いた。

見れば、ロジックボムの直撃を受け、眼鏡を叩き割られたジレットが、狂気に満ちた目でコンソールにしがみついていた。彼の指先は血に塗れながらも、最終確定キー(エンター)を力任せに叩きつける。


『緊急システム:起動。例外抹殺用、絶対追尾式・術式レーザー、照射』


天井の崩落の隙間から、中央管理塔のメインジェネレーターが放つ、血のように赤い一本のレーザー光線が放たれた。

それは先ほどのアルフレッドの直線的な光弾とは違う。システムのエラーが直るまで、標的の座標をどこまでも自動追尾チェイスし、確実に消滅させるまで軌道を変え続ける「死のプログラム」。


「チッ、あいつ完全にイカれてやがる! 追尾式だ、0.01度ずらしたところで、即座に軌道を再計算して追ってくるぞ!」

ロックが叫び、テオを突き飛ばして前に出ようとするが、そのレーザーの圧倒的な熱量を前に、ジャンクの装甲すら近づく前に蒸発し始めていた。


予測軌道、無限。

ハックによる変調、不可能。

迫り来る赤い死の光が、テオの瞳を赤く染め上げる。


その、絶望の瞬間だった。


インカムの向こうから、耳を聾するほどの強烈な「絶叫」が響き渡った。


「――ーーーーーーーーーーーッ!!!!」


それは歌ではなかった。メロディすらも置き去りにした、セレナが自身の命、その声帯のすべての細胞を爆縮させて放った、文字通りの『命の逆位相』。


アンプの真空管が限界を超えて爆発し、通信回路が悲鳴を上げる。

しかし、その絶叫が放った超高密度の逆位相波形は、通信回線を通じて管理塔の地下全域へ、そしてテオたちの目の前へ迫っていた赤いレーザーへと物理的な「音波の壁」となって激突した。


ジリジリ、と空間が歪む。

どれだけ軌道を再計算しようが、レーザーを構成する魔導数式そのものが、セレナの絶叫がもたらした「完全な空間の矛盾ジャミング」に包まれ、その存在の定義を失っていく。


「バ、ガな……システムが、相殺デリートされて……」

ジレットが呆然と呟く中、執念の自動追尾レーザーは、テオの鼻先数センチのところで、完全に光の霧となって霧散した。


「今だ、走れッ!!」

テオは叫び、カインとロックの腕を引いて、崩落する禁書図書館の非常ダクトへと飛び込んだ。


背後で、完全に崩壊したデータコアの部屋が、ジレットの絶望の叫びと共に、大量の瓦礫の底へと埋もれていく。


暗いダクトを滑り落ち、命からがら廃棄区画の中継ノードへと舞い戻ったテオたちが、真っ先に向かったのはアンプの設置された中央だった。


「セレナ……!」


テオが駆け寄ると、そこには、粉々に砕け散った指向性増幅器の前に、力なく横たわる少女の姿があった。

彼女の首元からは、過負荷によって焼き切れた魔導回路のような、痛々しい紫色の火花が微かに漏れ出ている。


テオは彼女の身体を抱き起こした。

セレナはゆっくりと、微かにその瞳を開き、テオの顔を見て、安心したようにその小さな口元を綻ばせた。何かを伝えようと、その唇が動く。


「……、……、……」


しかし、彼女の喉からは、もう何の音も、微かな吐息の音すらも、響くことはなかった。

世界を欺き、テオたちを救ったあの美しい歌声は、世界の冷酷な仕様の代償として、永遠に失われてしまったのだ。

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