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0.01度の特異点 ―計算不能な未来へ―  作者: 最後に残った形


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第3章 第5話:静寂の潜入ミッション


「――システム・同調シンクロ、開始」


廃棄区画の薄暗い中継ノードで、ロックが自作の指向性音響増幅器の大型スイッチを静かに押し下げた。

アンプの真空管がじわりと熱を帯び、淡い橙色の光を放ち始める。その中心に立つセレナは、痛む首元を片手で押さえながら、覚悟を決めたようにそっと瞳を閉じた。


「……ふぅ……。――ぅ、……」


掠れた吐息が、増幅器を介して「不可視の音波」へとコンパイルされる。

次の瞬間、テオのノイズフィルタリングゴーグルの画面を埋め尽くしていた、廃棄区画の猛烈な空間ノイズが一斉に凪いだ。凪いだだけではない。都市の中枢から伸びる『神の声(OS)』の鋭い監視電波の走査線までもが、彼女の紡ぐ逆位相のメロディに触れた瞬間、ガラスが溶けるようにその輪郭を失っていく。


「今だ、新入り。センサーが『完璧な静寂』という未定義のエラーを吐き出し、処理をスタックさせている。タイムリミットはセレナの喉が持つまでだ。行くぞ」


カインの低く張り詰めた声を合図に、テオ、ロック、カインの三者は、中央管理塔へと繋がる地下インフラの隔壁を静かに潜り抜けた。


そこは、地下のゴミ溜めとは完全に切り離された、冷徹な「白」の世界だった。

どこまでも幾何学的に真っ直ぐ伸びる廊下。壁面は曇り一つない白磁の装甲板で覆われ、その内側を流れる超高濃度の魔力冷却水の不気味な重低音だけが響いている。1ミリのバッファも、1度たる傾きもない、極限まで最適化されたディストピアの心臓部。


テオたちが進む先々には、無数の光学センサーや魔力探知陣が配置されていた。

本来なら、ランク『2.14』以下の下級労働者が足を踏み入れた瞬間に、数十の自動警備ゴーレムが起動して肉塊に変えられているはずの絶対防衛圏。


しかし、今は違う。

頭上のセンサー群は、彼らの姿を確かに捉えているはずだった。しかし、セレナの命がけのジャミングによって空間全体の魔導情報が「完全なゼロ(ノイズレス)」に固定されているため、警備システムは『侵入者あり』というフラグを立てることすらできず、ただ沈黙を保っている。


「検知できないことへの異常を検知するプログラムが働いていない」

テオはワイヤーフレームの視界を走らせながら、静かに息を呑んだ。

「ジレットの設計思想は『完璧に稼働するシステム』だ。だからこそ、システムそのものが『何も起きていない(正常)』と報告し続けている限り、それが最大の嘘であることを見抜けない」


「だから言ったろ。遊び(バッファ)のない設計は、こういう想定外の例外処理エクセプションを喰らうと一発で盲目になるのさ」

カインが古びたノートを開きながら、白磁の壁の特定のパネルを指さした。

「この先が、世界の初期ソースコードが眠る『禁書図書館アーカイブ』の入り口だ」


ロックが大型のレンチをパネルの隙間に差し込み、物理的な力学だけでロック機構を静かにこじ開ける。プシューッという減圧音と共に、重厚な自動扉が左右に割れた。


だが、その通信の向こう。

中継ノードに残ったセレナの呼吸は、既に限界を迎えつつあった。

増幅器のインジケーターは、彼女の声帯にかかっている負荷が危険域レッドゾーンに達していることを、血のような赤色で点滅して告げていた。

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