第3章 第4話:禁書図書館へのインバース
バッファ・ノードの最奥に置かれた、十数台のジャンクモニターが怪しく緑色の光を放っていた。
カインがコンソールを叩くたび、古いブラウン管の画面に、地上のアルカナ・ハイヴの幾何学的な三次元構造マップが逆コンパイル(逆探知)されて浮かび上がる。
「時間がねえぞ、天才ども」
ロックが大型のモニターの枠を叩きながら、シリアスな声を上げた。
「ダークセクターの偵察ドローンから拾ったログだ。最高監査役ジレットの野郎、第一次部隊が全滅したのを受けて、この廃棄区画をピンポイントで焼き払う高熱パッチ(熱核焼却)のエネルギー充填を始めてやがる。適用までのタイムリミットは、あと四十八時間ってところだ」
ジレットは、バグの潜む「階層」そのものを物理的に消去する算段を整えつつあった。
「ならば、パッチが当たる前に本丸のソースコード(設計図)を書き換えるまでだ」
カインが不敵に笑い、中央の画面を指さした。
「『神の声』の初期設計図が保管されているのは、中央管理塔の地下深くに存在する『禁書図書館』だ。そこへ侵入し、世界の根底にある矛盾の証明データを強奪する」
テオはゴーグルを装着し、カインが展開した管理塔の警備術式マップをじっと凝視した。
「……無茶を言うな。管理塔の地下は、地上でも最もセキュリティ(障壁)が強固なエリアだ。1ミリのバッファもなく最適化された静的な論理の檻。俺のゴーグルでスキャンする隙すら与えられないぞ」
「普通に行けばな」
カインは片目の拡大鏡をギラリと光らせた。
「だが、お前たちの隣には、世界で最も美しい『ジャミング回路』がいるだろう?」
カインの視線の先、魔導ランタンの傍らで、セレナが小さく息を呑んだ。
彼女の喉の腫れは引いておらず、今も呼吸のたびに微かな喘鳴が混ざっている。
「セレナの逆位相の歌声……あれを、私の設計したインバース(逆探知)ルートと同調させ、ロックのハードウェアで指向性を極限まで高めて管理塔へ放射する。完璧に最適化された警備センサーは、『完全な静寂』という異常事態を処理できるように作られていない。システムが『何も検知できない』という、最大の例外エラーを引き起こすんだ」
テオはカインの言葉を脳内で急速にコンパイルし、そのロジックの美しさに息を呑んだ。
敵の完璧な検知システムを、あえて「完璧すぎる静寂」で盲目にする。これこそが、このチームでしか成し得ない最高峰のクラッキング作戦だった。
「セレナ、できるか?」
テオが静かに問いかけると、少女は痛む喉を愛おしむようにそっと手で触れ、しかしその瞳に強い決意の光を宿して、しっかりと頷いた。
「……うん、やる。私の声が、まだ出せるうちに……世界の本当の姿を、見にいく」
「決まりだな」
ロックが機械義手の指先を力強く鳴らし、作業台から自作の指向性音響増幅器を引き上げた。
「ハードウェアの出力は俺が保証する。ジレットのクソ野郎の網膜に、特大のシステムエラー(クソ食らえ)を叩き込んでやろうじゃねえか」
タイムリミットまで、あと三十六時間。
冷徹なディストピアの心臓部へ向け、世界のバグを証明するための「逆探知潜入作戦」のコードが、いま実行に移されようとしていた。




