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0.01度の特異点 ―計算不能な未来へ―  作者: 最後に残った形


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第3章 第3話:論理の異端者・カイン


「お前が地上で聖騎士の術式を暴発させたという、うわさの『バグ』か」


カインと呼ばれた老人は、片目の拡大鏡をパチパチと鳴らしながらテオの周囲を品定めするように歩き回った。その手には、色褪せた数式の羅列がびっしりと書き込まれた、今や地上では見ることのない物理的な「紙のノート」が握られている。


「挨拶代わりにお前の脳みそ(ロジック)をテストさせろ、新入り。お前がアルフレッドの光弾を曲げたのは、魔導の出力差ではないな。何を変調させた?」


テオはゴーグルをゆっくりと上げ、老人の無礼な視線を正面から受け止めた。

「光弾の指向性ベクトルだ。完璧に最適化された直線に対し、外縁の空間歪みを突いて、左方へ『0.01度』だけ偏向パッチを当てた。距離による増幅を利用して、中央管理塔の冷却パイプへ直撃させた」


テオの答えを聞いたカインの動きが、ピタリと止まる。

数秒の静寂の後、老人は狂ったようにシワだらけの顔を歪めて笑い出した。


「ハハハハ! 0.01度! やはりそうだ! 計算の隙間にこぼれ落ちる『丸め誤差フローティング・エラー』、切り捨てられた端数ノイズの顕現だ!」

カインは持っていたノートを机に叩きつけ、テオの鼻先に顔を近づけた。

「だが、お前がやっていることは所詮、動いているプログラムのメモリを書き換えるだけの『その場しのぎのデバッグ(悪あがき)』に過ぎん。システムの根底にある基幹設計アーキテクチャそのものを書き換えない限り、お前というバグは、いずれ『神の声』のガベージコレクション(自動ゴミ清掃)によって完全に消去されるぞ」


「……悪あがきだと?」

テオの冷徹な声に、一瞬で緊迫感が走る。隣で見ていたロックが「おいおい、天才同士で喧嘩始めるなよ」と苦笑いして割って入ろうとするが、二人の視線は交わったまま動かない。


「お前はシステムの番人であるジレットを甘く見ている」

カインは冷酷に言い放った。

「奴は完璧主義の塊だ。お前が0.01度をずらしてくるなら、次は0.01度の歪みすら発生させない静的な論理の檻で世界を埋め尽くす。そうなれば、現場のデバッガーでしかないお前のスパナなど、ただの鉄クズに成り下がる」


テオは一歩も引かなかった。ポケットの中のスパナに指をかけ、脳内のワイヤーフレーム視界をカインの机の上に広げる。そこにある旧時代の数式が一瞬でテオの脳内でコンパイルされていく。


「なら、その前にシステム全体の例外処理エクセプションを発生させる。どれだけ静的な檻を作ろうが、『神の声』の根底に設計矛盾があるなら、そこを突けばシステム全体が無限ループでハングアップするはずだ。あんたがそのノートに書き殴っている『初期設計の歪み』のように」


カインの目が、驚愕に大きく見開かれた。

テオがカインの複雑な数式を一瞬で理解し、その設計思想の根底にある「矛盾」を見抜いたことに気づいたからだ。


「……ほう。ただの現場作業員かと思えば、ソースコードを読めるギークだったか」

カインは口元を歪め、不敵な笑みを浮かべながら、テオに向かって右手を差し出した。


「認めよう。お前はただのノイズではない。世界という巨大なバグを修正するための、最高のコンポーネント(部品)だ」


テオはその手を冷ややかに見つめ、ゆっくりと握り返した。

現場のデバッガー(テオ)と、伝説のアーキテクト(カイン)。交わらないはずの二つの才能が、世界を再起動リブートさせるために、この暗黒の底で完全に同期した瞬間だった。

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