表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
0.01度の特異点 ―計算不能な未来へ―  作者: 最後に残った形


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/52

第3章 第2話:バグの温床(レジスタンス)


「……こっち、だよ」


セレナは掠れた声を絞り出すようにして、旧地下鉄の巨大な転轍機ポイントの裏にある、錆びついたハッチを指さした。

ロックが力任せにそのハッチを押し開けると、地下の冷気とは異なる、人の営みが放つ湿った熱気と、焦げた回路の匂いが一気に這い上がってきた。


梯子を下りたテオたちの眼前に広がっていたのは、地上のアルカナ・ハイヴとは対極にある「バグの温床」だった。


地下レジスタンスの隠れ家――通称『バッファ・ノード』。


大昔の巨大な地下貯水槽を改造して作られたその空間には、無数のジャンクベッドや、ツギハギのテントが幾何学性を完全に無視して乱雑に並んでいた。壁には剥き出しの太い光ケーブルがのたうち回り、廃棄されたサーバーラックから漏れる冷却ファンの重低音が絶え間なく響いている。


そこを行き交うのは、地上の「効率主義」に馴染めず、ランクが基準値を下回ってパージされた元技術者、研究者、そして労働者たちだった。


「おいおい、想像以上のギークどもの吹き溜まりだな」

ロックが呆れ半分、感心半分といった様子で、むき出しの基板をハンダ付けしている老人や、古いオシロスコープに噛み付くように画面を見つめる若者たちを見渡した。


地上のような絶対的な「社会貢献度ランク」の提示はどこにもない。

誰がどれだけ優れているか、誰が何をどれだけ所有しているかという数値化スコアが存在しない世界。ここでは皆、不均一で、不確実で、そして自分の意志で泥臭く生きていた。


「驚いたか、新入り」

テオが周囲を観察していると、セレナがその華奢な肩を小さくすくめた。

「ここには、私たちを縛る『正しい数値』なんてない。みんな、システムから見ればただの『ゴミ(ノイズ)』だけど……ここでは、ただの人間として息ができるの」


テオはゴーグルの奥の瞳を静かに細めた。

完璧に管理されたディストピアで生まれ育ったテオにとって、このバッファに満ちた混沌は、かつてないほどに不気味で、そして――奇妙なほどに人間らしく思えた。


「数値化されないということは、明日生き残る確率すら計算できないということだ。不合理極まりない空間だな」

テオは冷淡に言葉を返したが、その手はポケットの中のスパナをそっと緩めていた。


「ふん、不合理だからこそ、人間は面白い回路を組めるのさ」


突如として、貯水槽の奥に置かれた巨大なジャンクコンソールの影から、低く掠れた、しかし酷く存在感のある老人おきなの声が響いた。


テオが視線を向けると、そこには、ボロ布のような作業着を纏い、片目に骨董品のような拡大鏡を嵌めた老人が、大量の古い数式が書かれた紙の束を撒き散らしながら、不敵な笑みを浮かべてこちらを睨みつけていた。


世界の設計図を紐解き、システムの根底を覆す知の巨人――カインが、その姿を現した瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ