第2章 第7話:地下世界の境界線
ドローンの残骸が放つ無数の火柱が、ダークセクターの闇を赤々と照らしていた。
ジレットの誇る「初期物量作戦」を完全に瓦解させたテオとロックは、煙を上げるジャンクの山の頂に立ち、静まり返った路地を見下ろしていた。
「やった……本当に、あの数を全滅させちまったんだな」
ロックが驚嘆と歓喜の混じった声を上げ、テオの肩を無造作に叩いた。
しかし、テオの表情は晴れなかった。額のゴーグルを上げ、色彩の戻った世界を見渡した彼の目に飛び込んできたのは、勝利を祝う歓声ではなかった。
ジャンクの物陰や、ひび割れた防空壕の隙間から、ダークセクターの住人たちが這い出てくる。
彼らはテオとロックを見るや否や、一斉に「強烈な恐怖」と「敵意」が混ざり合った視線をぶつけてきた。
「おい……お前たちのせいで、街がめちゃくちゃだ!」
一人の男が、震える指で破壊された路地を指さした。
「そうだ! お前たちが地上に逆らったりするから、あんな大軍が降りてきたんだ! お前たちがここへ来る前は、配給こそ少なかったが、私たちは静かに暮らせていたんだ!」
「出て行け! ウイルスどもめ! これ以上、私たちを巻き込むな!」
罵声が次々と浴びせられる。住人たちは、テオたちが自分たちを間引き(パージ)から救ったことなど理解しようとしない。彼らにとって、システムに逆らう者は「さらなる過酷な報復」を呼び込む災厄の種でしかなかった。地上でも地下でも、人々は「神の声」が植え付けた恐怖というバグに支配され、思考を放棄している。
「……フン、どこに行っても同じか」
テオは冷たく吐き捨て、踵を返した。彼らのために戦ったつもりは毛頭ない。それでも、この徹底された盲従の光景は、テオの心をいっそう凍りつかせた。
「おいおい、手厳しいねえ」
ロックは頭を掻きむしりながらも、どこか諦めたように苦笑した。
「気にするな、テオ。あいつらの脳みそ(演算回路)も、恐怖っていう致命的なバグのせいでバッファが埋まりきってんだ。マニュアルにない生き方を選ぶ俺たちが、異物に見えるのさ」
ロックは肩に担いだレンチを弄びながら、テオの隣に並び、路地のさらに奥――ダークセクターの最深部へと続く、分厚い鉄扉を指さした。
「あいつらがそこまで言うなら、これ以上この階層に長居する理由はねえ。この先は、完全な『廃棄区画』だ。大昔の地下鉄の跡地で、流石の『神の声』も完全にデータの同期を諦めた、文字通りの暗黒街さ。行くか、相棒」
「ああ。ジレットも、これだけの損失を出せば、次の最適化パッチ(追撃)を組み立てるまでに時間がかかるはずだ」
テオとロックは、住人たちの冷ややかな視線を背に受けながら、巨大な鉄扉を押し開けた。
ギィィィ……と不吉な金属音が響き、二人の身体は、完全な光なき闇の中へと吸い込まれていく。
どれほど歩いただろうか。
地上の洗練された電子音も、ダークセクターのジャンクの摩擦音すらも聞こえない、完全な無音の静寂が広がる旧地下鉄のトンネル。
歩を進めていたテオが、突如として足を止めた。
「……ロック、静かに」
「あ? どうした、新入り」
「何か、聞こえないか?」
テオは耳を澄ませた。
暗黒のトンネルの奥深く。反響する湿った風の音の向こうから、信じられないほどに澄んだ、しかしどこか物悲しい「歌声」が微かに響いてきていた。
魔力を用いた拡声術式ではない。喉の振動だけで紡がれる、純粋なアコースティックのメロディ。
だが、その歌声がトンネルの壁に反響するたび、テオのゴーグルが不思議な反応を示した。ワイヤーフレームの視界の中に走る細かなノイズが、その歌声の波形と重なった瞬間、まるで波が打ち消し合うように「完全に消失」していくのだ。
(歌声が……システムの空間ノイズを消去している……?)
テオの瞳が、驚愕に引き絞られる。
それは、彼らがこれから出会うことになる、世界の真実を感知する新たなコンポーネント――「歌姫セレナ」の覚醒を告げる旋律だった。
(第2巻:ジャンク・コンパイラ ・完)




