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兵の風と鐘の音にさらわれた少年  作者: 炭酸水
第二部 鐘が響く前に

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第99話 戦後処理

回収作業が完了してから、俺たちはヴァルケンの中へと足を踏み入れた。


外から見ていた印象よりも、内部は広い。

町と拠点が混ざり合ったような構造で、全体の半分ほどが軍事用に改修されかけているのが分かる。


防壁の内側には、未完成の柵や積まれた資材。

連合が、ここを拠点として本格的に使おうとしていたことは明らかだった。


戦闘は本当に鮮やかだったのだろう。

建物そのものへの損害は驚くほど少なく、壁に数本の矢が刺さっているだけだった。

作戦がどれほど綺麗に決まったかを、雄弁に物語っている。


辺りを見渡すと、すでに兵士たちが死体の片付けを始めていた。

引きずられ、運ばれ、まとめられていく身体。


中には、武器すら持っていない者もいる。

鎧を着ていない死体も、少なくなかった。


……兵士、なのか?


一瞬、胸の奥がざわつく。


もし、これが兵士ではなく、ここに残っていた一般人、もしくは手伝いにきていた職人だったとしたら。


考えたくない想像が、頭をよぎる。


エドリックは、無意識に歩調を落としながら、先を行くレナードの背中を見る。

今は、考えすぎるな。そう自分に言い聞かせるしかなかった。


その時だった。


「おーい!レナード!」


場違いなほど大きな声が響く。


振り向くと、腕を振り上げている男がいた。

クラウスだ。その隣には、落ち着いた様子で周囲を見渡すヴィルクの姿もある。


「来ましたね」


ヴィルクが、静かに声をかけてくる。


「レナード、オズワル。これから戦果と今後について話し合います。自身の小隊に任務を与えてから、こちらへ集めてください」


「分かった」


レナードは短く答えると、すぐに振り返った。


「お前たちは、他の部隊と一緒に死体の後片付けをしてくれ」

視線を巡らせながら、的確に指示を飛ばす。


「片付けをしながら、ロランと合流しろ。多分、この中にいるはずだ」


続けて、ミロを見る。


「ミロ。お前は、基本は皆と一緒に作業でいい。だが、斥候部隊の連中に呼ばれたら、そちらを優先しろ」


「了解」


最後に、オズワルへ視線を向ける。


「……オズワル。お前はどうする?」


オズワルは、少しだけ肩をすくめた。


「俺は、ここで片付けをやる。話し合いは……お前がいれば十分だろ?お前の判断に任せるさ」


一瞬の沈黙。


レナードは、オズワルを見つめてから、ゆっくりと頷いた。


「……分かった。それなら、こちらは任せる」


「了解」


全員が揃って返事をする。


レナードはもう一度頷くと、クラウスやヴィルク、そして王都から来ているらしい数人の兵士と共に、少し離れた場所へ向かっていった。


背中が遠ざかっていくのを見届けてから、オズワルが振り返る。


「んじゃ、やるか」


低く言って、顎で示す。


「とりあえず、どこから手を付けるか聞いてくる。付いて来い」


そう言って歩き出すオズワルの後を、俺たちは黙って追った。


ヴァルケンの中では、まだ戦いの名残が色濃く残っている。

血の匂い。土に残る足跡。倒れたままの荷車。


勝利の直後だというのに、浮かれた空気はどこにもない。

俺たちは、その中へ踏み込みながら、戦後処理という名の次の仕事を始めようとしていた。


***


俺たちに任された作業は、死体をまとめるための穴掘りだった。


いつもなら重労働で、不満の一つも出る仕事だ。

だが今回は違う。


死体を運ばなくていい。ただ黙って掘り、土を運べばいい。

戦後のこの作業に限って言えば、それはありがたいことだった。


戦死者の数が多いため、必要になる穴も大きくなる。

戦後処理の中でも、この穴掘りに回された兵士は特に多かった。三百人はいるだろう。

いくつかの区画と作業に分かれ、皆で分担して進めていた。


シャベルが土に突き刺さる音が、規則的に続く。


エドリックとトマは、言葉を交わさず、黙々と手を動かしていた。

周囲を見ても、無駄口を叩く者はいない。


ただ掘る。腕を動かし、土を上へ投げる。


この瞬間だけは、余計なことを考えずに済んだ。

頭の中を空にして、ただ作業に没頭できる。


「おい、そろそろだ。お前らは交代」


上から声がかかる。


見上げると、穴の縁に立った兵士がこちらを覗き込んでいた。

気づけば、もう一人なら入れそうな深さまで掘り進んでいる。

その穴が、横にも広がっている。


エドリックたちは梯子を使い、地上へと上がった。

ほんの短い時間だったはずなのに、地面に足をつけた瞬間、妙な安心感がある。


「お疲れ。少し休め」


声をかけてきた兵士が続ける。


「休んだら、すぐ次の作業だ。どんどん進めるぞ。明日までには死体処理を始めていくって話だ」


そう言って、顎で井戸の方を示した。


「水を配ってる。飲んでおいた方がいい」


「分かった。少し休ませてもらうよ」


教えてくれた兵士にそう返し、トマと並んでその場を離れる。


井戸の周囲には、水を求める兵士たちが列を作っていた。

俺たちも最後尾に並び、順番を待つ。


渡された水は、ほんの少し。

だが、それだけで身体が生き返るような気がした。


喉を潤しながら、トマがぽつりと呟く。


「なんかさ……戦ってる時間より、戦後処理の方が長いの、変な感じだよね」


「……うん」


エドリックも頷く。

「俺たちは、最初の陽動と逃走兵の排除だったしな。正直……あんまり戦ってない気もする」


二人で、そんな取り留めのない話を交わす。


ふと視線を巡らせると、ミロとオズワルが掘り出した土を別の場所へ運んでいるのが見えた。

そして――


「あ、ダリルだ」


今度は、ダリルが穴の中へ降りていく。

どうやら、次は彼の番らしい。


ヴァルケンの中では、至る所で戦後処理が進められている。

それを、ぼんやりと眺めていた時だった。


ヴァルケンから、数人の兵士が薪を抱えて運んでくるのが見えた。


エドリックとトマは、顔を見合わせる。

気になって、近くで休んでいた兵士に声をかけた。


「なあ、ちょっといいか?」


兵士は顔を上げる。


「あれ……何をやってるんだ?」


「ああ、あれか」


兵士は、薪の方を見て肩をすくめた。


「掘った穴に薪を入れて、死体を燃やすんだろうさ。燃やしたらな、この辺、すげぇ臭くなるから気をつけろよ」


一瞬、言葉が詰まる。


トマが、少し驚いたように言った。

「……死体を燃やすのかい?どうして?」


兵士は、当たり前のことのように答える。

「そのままにしてりゃ、絶対に匂いがひどくなる。それに、獣も寄ってくる」


そう言って、土の方を指さした。


「燃やせば骨になるだろ? そうすりゃ、埋めるのも簡単だ。完全に骨になるまでには時間は結構かかるがな」


その言葉を聞きながら、エドリックは、掘ったばかりの穴の方へ視線を向けた。

そういえば、以前の任務でレナードが盗賊の死体処理について似たようなことを言っていたのを思い出す。

後でテルティアの兵士にあの時の盗賊の死体はどうしたのか聞いてみよう。

そんな場違いなことをエドリックは思っていた。


作業はまだ終わりそうにない。


***


穴を掘り進めながら、完成した穴の中へと、次々に薪が投げ込まれていく。

その上に、いずれ死体が入れられるのだろう。


エドリックは、土を運びながら、薪を運び入れている兵士たちの動きをつい目で追っていた。


「おい」


一緒に土を運んでいた兵士が、土籠を地面に下ろしながら声をかけてくる。


「あっちが気になるのは分かるが、早くやろう。終わらなくなるぞ。もう夜だ」


「ごめん、ごめん。どうしても気になっちゃって」


そう答えると、兵士は小さくため息をついた。


「……まあ、しょうがねぇか」


それだけ言って、再び土籠を持ち上げ、黙って歩き出す。


エドリックも視線を戻し、作業を続けながら、今日一日を振り返っていた。


朝は、村に来た補給兵を始末した。

夕方には、ヴァルケンでの戦闘。

そして今は、こうして戦後処理のために穴を掘っている。


冷静に考えれば、あまりにも濃密な一日だ。

それだけのことが起きたにもかかわらず、作業は順調に進んでいる。


――出来すぎている。

そんな感覚すら、胸の奥に残っていた。


指定された場所に土を捨て、再び穴の方へ戻ろうとした、その時だった。


「お疲れ、エドリック」

レナードがこちらへ歩いてきていた。


「お前以外はもう作業を終えている。今日はここまでだ。休め。お前もだ」


その言葉に、隣で作業していた兵士がほっとしたように頷く。

「了解しました」


そう言って、自分の隊の方へ戻っていった。


レナードは、エドリックに視線を戻す。


「皆のところに戻ったら、これからのことを説明する」


一拍置いて、少し声を落とした。


「……それと、完成した穴には火を入れる。燃やすから臭いぞ。覚悟しておけ」


「分かった。ちなみに、俺たちはその近くで待機なのか?」


レナードは首を横に振る。


「いや、処理は必要最低限の人数でおこなう。人間を燃やすんだ。煙が流れてきただけでも本当に耐えられない臭いになる。近くで作業するやつは後で特別報酬を出す予定だ」


淡々と、だがはっきりと言い切る。


「一回で終わるわけでもない。何度も燃やす。そのたびに嫌になるだろうな。」


「……夜通し、燃やすのか?」


「その予定だ」


レナードは、少し遠くで積まれている薪の山を見た。


「死体の数と確認作業は、すでに全部終わっている。あとは処分するだけだが……数が多い。当面終わらない可能性もある」


「でも、皆かなり穴を掘ってた。足りるんじゃないか?」


その問いに、レナードは小さく息を吐く。


「穴は足りるかもしれん。だが、薪が足りない」


「薪が?」


「ああ。今、ヴィルクがテルティアにある薪を回すよう指示を出している。状況次第では、プライマやセクンダにも取りに行くことになるだろう」


そうなれば、と前置きして続ける。


「すべて燃やし尽くすまでかなりの時間がかかるだろうな……」


エドリックは、再び掘られた穴と、積み上げられつつある薪に視線を向けた。


まだ、終わりは見えそうにない。


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