↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兵の風と鐘の音にさらわれた少年  作者: 炭酸水
第二部 鐘が響く前に

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

100/106

第100話 名も残らぬ戦果

100話いきました!


レナードに促され、俺は歩き出した。

向かった先は、ヴァルケンの外れ――拠点から少し距離を取った場所だった。


そこには、いくつもの天幕が張られていた。

簡易的なものだが、布はしっかりと張られ、骨組みも安定している。

雨風をしのぐには十分だろう。


「ここだ」


レナードがそう言って、天幕の一つをくぐる。


中に入ると、すでに全員が揃っていた。

俺を除いた、いつもの顔ぶれだ。


「おう、エドリック。お疲れ。先に休ませてもらってるぜ」


ダリルが、先に腰を下ろしたまま声をかけてくる。


天幕の中は狭い。

俺たち七人が入れば、もう身動きが取れないほどだった。


「ああ、お疲れ。みんな、もう作業を終えてたんだな」


そう言うと、トマが少し申し訳なさそうに笑う。


「先に戻ってきてごめんね。俺たちも、ほんの少し前に戻ったところなんだ」


「気にしなくていいよ」


そう返すと、ロランが静かに口を開いた。


「今日はここで待機だ。簡単な天幕だが、雨風がしのげれば十分だろう?」


「それはありがたいんだけど……占拠した建物は、使わないのか?」


その問いに答えたのは、レナードだった。

「ああ、それは考えた。だがな」


少しだけ言葉を選ぶようにして続ける。


「ヴィルクが言っていた。この町は、いずれ元いた人間が戻ってくる可能性がある、と。だから今日は全軍、拠点の外で寝泊まりだ。できるだけ戻ってくる人のことを考えてだな」


オズワルが鼻で笑う。

「真面目だよな、ヴィルクは。一応、今回の総大将なんだから、自分たちは建物を使ってもいいはずだろ? それに、死体の焼却もヴィルクはずっと指揮するんだろ?」


「ああ」


レナードも苦笑しながら頷いた。

「総大将としての責任を果たす、ってことだろうな。まったく……真面目すぎる」


そう言いながらも、二人の顔はどこか楽しそうだった。


少し間を置いて、レナードが表情を改める。


「それとだ。焼却作業だが――俺とオズワルが行く。悪いが、あと二人決めてくれ」


一瞬、天幕の中が静まる。


オズワルが肩をすくめる。

「まあ、隊長と副隊長だからな。しょうがねぇか。……他は誰でもいいぜ。俺が決めてもいいが?」


その言葉に、ミロがすっと手を挙げた。

「それなら、僕がやるよ。戦後処理も、正直三人に比べてそこまで大変な作業はしてないし」


「なら、俺も行こう」


ロランが続く。

「俺は天幕を張ったくらいだ。お前たちは穴掘りで一番きつい作業をしていたはずだ。少し休んでおけ」


「……それなら、休ませてもらうよ。オズワル、疲れてるのに悪いね」

トマが小さく息を吐いた。


「気にするな」

オズワルは軽く手を振る。


ダリルも頭を掻きながら言う。

「悪いな。俺たち休ませてもらってよ」


レナードが立ち上がる。

「俺は、少しヴィルクのところに行ってくる。俺たちの番になったら、また来る。それまでは休んでいろ」


そう言い残し、レナードは天幕を出ていった。

外から、夜の気配が静かに流れ込んでくる。


「やっぱり、さみぃな。春とはいえ、夜は冷えるもんだ」

オズワルが腕を組み、肩をすくめる。


「まあ、仕方ないだろう」

ロランが静かに応じる。


「それに俺たちは、拠点での生活に慣れすぎていた。こういう夜も、悪くない」


トマも頷いた。

「仕方がないって言えば仕方がない。これから、どんな任務が来るか分からないし」


「間違いなく、戦争は激しくなるだろうな。今回で終わり、ってわけじゃねぇだろ」

ダリルが天幕の天井を見上げる。


「……僕、どうなるんだろう?テルティアで工作を続けるのかな。それとも、小隊に合流するのかな」

ミロが、少し考え込むように呟いた。


俺は思ったままを口にした。

「それかさ。俺たち全員で、テルティアの工作を手伝うんじゃないか?」


「やめてくれよ!プライマで散々、木を伐り続けたんだぞ!また工兵に逆戻りか?」

即座にダリルが声を上げる。


「はは……」


天幕の中に、小さな笑いが広がる。


それぞれが思い思いのことを話し始める。

次の任務のこと。行き先のこと。はっきりしない未来の話ばかりだったが、不思議と重くはなかった。


こんなふうに、全員で言葉を交わす時間は久しぶりだった。


しばらくして、オズワルが軽く咳払いをする。


「……と、そういえばだ」

空気が、少しだけ引き締まった。


「お前たちには、まだ伝えてなかったな。レナードから、戦果の報告を受けている」

全員の視線が、自然とオズワルに集まる。


オズワルは、ゆっくりと言葉を選ぶように続けた。

「正式な報告は、明日ヴィルクからあるだろうが……先に伝えておこう」


天幕の中が、静まる。

オズワルは、淡々と告げる。

「まず――敵兵の総数は、四百六十三人だった。その中で十九人は捕虜として捕らえている」


「対してこちらの損害は、二十六人だ」

オズワルの声が、天幕の中に静かに響いた。


「テルティアの兵士が十三人。セクンダが八人。王都の部隊が五人と報告が来ている」

一瞬、誰も言葉を発しなかった。


敵軍は四百六十三人。

それに対して、こちらの損害は二十六人。


数字だけを見れば、疑いようもない圧倒的勝利だった。

だが、その数字が示す重さを、全員が同時に噛みしめていた。


「……なお」


オズワルは淡々と続ける。


「その二十六人は、すでにテルティアへ送ってある。ここが落ち着き次第ヴィルクたちが葬儀を済ませるそうだ」


一瞬、視線が伏せられる。


「王都の五人についても、それでいいと許可を受けている」


誰も反論しなかった。

それが最も角の立たないやり方だということは、全員が分かっていた。


「それとだ」


オズワルは、少し姿勢を正す。

「現在、王都からの援軍はすでにテルティアに戻っている。だから、今後の戦後処理はセクンダとテルティア、それに――俺たちで行う」


「……王都の兵士は、手伝ってくれないのか?」

思わず、エドリックが問いかける。


オズワルは首を横に振った。


「ヴィルクが断った。あいつらはこのままアーレン峡谷へ戻るらしい」


その言葉に、少しだけ間を置いて続ける。

「それなら、後始末はこちらでやるのが筋だろう、ってな」


ロランが、静かに頷いた。

「なるほど……確かに、その方がいいかもしれないな」


オズワルも小さく頷き返す。

「そっちの方が後腐れなくて済む。何かあった時に面倒なだけだ」


そして、少し言いづらそうに頭をかいた。

「……それから、これは明日以降の話になるが」


一瞬、言葉を探すように視線を彷徨わせる。

「今、俺たちが保護しているヴァルケン――元の名前は……えっと……」


「ハルツだろ?」

ダリルが、すぐに口を挟む。


「そうだ、それだ!」

オズワルは指を鳴らした。


「交易町ハルツ。そこの人たちに話を聞いて、町に戻るか、それとも俺たちの拠点で保護を受けるか、選んでもらうらしい」


「その場合……ハルツの人たちに、すべて返すのか?」


「……それは、まだ分からねぇ」


そう前置きして、低い声で続ける。

「最終的には、ヴィルクの判断次第だな。ただ……多分だが」


一度、天幕の天井を見上げる。

「王国の拠点として再編するんじゃねぇか。町と拠点を一体化させる形でな。……そうしなきゃ、ヴァルケンを落とした意味がねぇだろ?」


オズワルは、はっきりと言い切った。


「町の人間に全部返して、また連合に奪われたら

――今回の戦いで命を落とした兵士に申し訳が立たねぇ。ただの無駄死になっちまう」


天幕の中に、重い沈黙が落ちる。

勝利の先にあるのは、安堵だけではない。

選択と責任が、これから待っている。


誰もが、それを感じ取りながら、言葉を失っていた。


しばらく、天幕の中には誰も言葉を発さなかった。

勝利の後に残る現実を、全員がそれぞれのやり方で噛みしめている。


その沈黙を破ったのは、エドリックだった。

「……ちょっと疑問に思ったんだけどさ」


皆の視線が、ゆっくりと彼に集まる。


「今回は、どの隊が一番功績を挙げたんだ?」


その問いに、オズワルは一瞬だけ眉をひそめ、頭の後ろを掻いた。

「あー……すまん。それは俺には分からねぇな」


オズワルは言葉を探すように少し間を置いた。

「ヴィルクは、王都の兵に一番功績を与えたと言ってたが……実際のところ、どこが一番って話じゃねぇと思う」


「どういうこと?」


ミロが首を傾げる。


オズワルは、ゆっくりと視線を一人ひとりに向けた。

「陽動がなきゃ、本隊はあそこまで綺麗に突っ込めなかった。斥候がいなきゃ、敵の動きも分からなかった。」


低い声で、淡々と続ける。

「第一斥候部隊や暗殺部隊が逃走兵や連絡兵を止めてなきゃ、本国に逃げ延びてすぐに援軍が来ていた可能性もある。……つまりだ」


一拍置いて、はっきりと言った。

「全部だ。全部の隊が、それぞれの場所で役目を果たした」


ロランが、静かに頷く。

「功績を一つに決める方が、むしろ不自然だな」


「だろ?」

オズワルは、少しだけ口角を上げた。


「ヴィルクが王都の兵に功績を付けたがるのも分からなくはねぇ。そうすればあっちの面子が立つしな」


その言葉に、トマが小さく苦笑する。

「……大人の事情、ってやつだね」


「そういうことだ。それにクラウス隊長もそれでいいって言っている。あの人がそういうならば俺たちは従うのみだ」


オズワルは肩をすくめた。


「だが、現場を知ってる俺たちは分かってりゃいい。誰が欠けても、今回の大勝利はなかった」

天幕の中に、静かな納得が広がっていく。


エドリックは、胸の奥に溜まっていたものが、少しだけ軽くなるのを感じていた。


(……そうだよな)


派手な功績も、名前に残る評価もないかもしれない。

それでも、確かに自分たちはここにいた。


「それに俺たちが一番だったとしても何ももらえねぇからな。もらえて風呂に入れる権利か少しばかりの金か飯だろ?お前ら使う機会でもあんのか?」

オズワルがにやりと笑う。


そしてすぐさまロランが反応する。

「風呂に入れる権利ならばもらいたいな。冬場は水での行水はきつすぎた。最後の方は汚れや匂いなど気になったが行水は控えていたからな」


「その権利ならばあとでヴィルクにでも聞いてこい。風呂がテルティアにあるかは知らないがな。交渉はお前がしろよ」


そのやり取りで全員が笑う。

こんな軽いやり取りができて生きていることに幸せを感じる。


「ま、評価なんてのは後から付いてくるもんだ。今は生き残った。それで十分だろ」

オズワルはそう締めくくるように言った。

その言葉に、誰も反論しなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。