第100話 名も残らぬ戦果
100話いきました!
レナードに促され、俺は歩き出した。
向かった先は、ヴァルケンの外れ――拠点から少し距離を取った場所だった。
そこには、いくつもの天幕が張られていた。
簡易的なものだが、布はしっかりと張られ、骨組みも安定している。
雨風をしのぐには十分だろう。
「ここだ」
レナードがそう言って、天幕の一つをくぐる。
中に入ると、すでに全員が揃っていた。
俺を除いた、いつもの顔ぶれだ。
「おう、エドリック。お疲れ。先に休ませてもらってるぜ」
ダリルが、先に腰を下ろしたまま声をかけてくる。
天幕の中は狭い。
俺たち七人が入れば、もう身動きが取れないほどだった。
「ああ、お疲れ。みんな、もう作業を終えてたんだな」
そう言うと、トマが少し申し訳なさそうに笑う。
「先に戻ってきてごめんね。俺たちも、ほんの少し前に戻ったところなんだ」
「気にしなくていいよ」
そう返すと、ロランが静かに口を開いた。
「今日はここで待機だ。簡単な天幕だが、雨風がしのげれば十分だろう?」
「それはありがたいんだけど……占拠した建物は、使わないのか?」
その問いに答えたのは、レナードだった。
「ああ、それは考えた。だがな」
少しだけ言葉を選ぶようにして続ける。
「ヴィルクが言っていた。この町は、いずれ元いた人間が戻ってくる可能性がある、と。だから今日は全軍、拠点の外で寝泊まりだ。できるだけ戻ってくる人のことを考えてだな」
オズワルが鼻で笑う。
「真面目だよな、ヴィルクは。一応、今回の総大将なんだから、自分たちは建物を使ってもいいはずだろ? それに、死体の焼却もヴィルクはずっと指揮するんだろ?」
「ああ」
レナードも苦笑しながら頷いた。
「総大将としての責任を果たす、ってことだろうな。まったく……真面目すぎる」
そう言いながらも、二人の顔はどこか楽しそうだった。
少し間を置いて、レナードが表情を改める。
「それとだ。焼却作業だが――俺とオズワルが行く。悪いが、あと二人決めてくれ」
一瞬、天幕の中が静まる。
オズワルが肩をすくめる。
「まあ、隊長と副隊長だからな。しょうがねぇか。……他は誰でもいいぜ。俺が決めてもいいが?」
その言葉に、ミロがすっと手を挙げた。
「それなら、僕がやるよ。戦後処理も、正直三人に比べてそこまで大変な作業はしてないし」
「なら、俺も行こう」
ロランが続く。
「俺は天幕を張ったくらいだ。お前たちは穴掘りで一番きつい作業をしていたはずだ。少し休んでおけ」
「……それなら、休ませてもらうよ。オズワル、疲れてるのに悪いね」
トマが小さく息を吐いた。
「気にするな」
オズワルは軽く手を振る。
ダリルも頭を掻きながら言う。
「悪いな。俺たち休ませてもらってよ」
レナードが立ち上がる。
「俺は、少しヴィルクのところに行ってくる。俺たちの番になったら、また来る。それまでは休んでいろ」
そう言い残し、レナードは天幕を出ていった。
外から、夜の気配が静かに流れ込んでくる。
「やっぱり、さみぃな。春とはいえ、夜は冷えるもんだ」
オズワルが腕を組み、肩をすくめる。
「まあ、仕方ないだろう」
ロランが静かに応じる。
「それに俺たちは、拠点での生活に慣れすぎていた。こういう夜も、悪くない」
トマも頷いた。
「仕方がないって言えば仕方がない。これから、どんな任務が来るか分からないし」
「間違いなく、戦争は激しくなるだろうな。今回で終わり、ってわけじゃねぇだろ」
ダリルが天幕の天井を見上げる。
「……僕、どうなるんだろう?テルティアで工作を続けるのかな。それとも、小隊に合流するのかな」
ミロが、少し考え込むように呟いた。
俺は思ったままを口にした。
「それかさ。俺たち全員で、テルティアの工作を手伝うんじゃないか?」
「やめてくれよ!プライマで散々、木を伐り続けたんだぞ!また工兵に逆戻りか?」
即座にダリルが声を上げる。
「はは……」
天幕の中に、小さな笑いが広がる。
それぞれが思い思いのことを話し始める。
次の任務のこと。行き先のこと。はっきりしない未来の話ばかりだったが、不思議と重くはなかった。
こんなふうに、全員で言葉を交わす時間は久しぶりだった。
しばらくして、オズワルが軽く咳払いをする。
「……と、そういえばだ」
空気が、少しだけ引き締まった。
「お前たちには、まだ伝えてなかったな。レナードから、戦果の報告を受けている」
全員の視線が、自然とオズワルに集まる。
オズワルは、ゆっくりと言葉を選ぶように続けた。
「正式な報告は、明日ヴィルクからあるだろうが……先に伝えておこう」
天幕の中が、静まる。
オズワルは、淡々と告げる。
「まず――敵兵の総数は、四百六十三人だった。その中で十九人は捕虜として捕らえている」
「対してこちらの損害は、二十六人だ」
オズワルの声が、天幕の中に静かに響いた。
「テルティアの兵士が十三人。セクンダが八人。王都の部隊が五人と報告が来ている」
一瞬、誰も言葉を発しなかった。
敵軍は四百六十三人。
それに対して、こちらの損害は二十六人。
数字だけを見れば、疑いようもない圧倒的勝利だった。
だが、その数字が示す重さを、全員が同時に噛みしめていた。
「……なお」
オズワルは淡々と続ける。
「その二十六人は、すでにテルティアへ送ってある。ここが落ち着き次第ヴィルクたちが葬儀を済ませるそうだ」
一瞬、視線が伏せられる。
「王都の五人についても、それでいいと許可を受けている」
誰も反論しなかった。
それが最も角の立たないやり方だということは、全員が分かっていた。
「それとだ」
オズワルは、少し姿勢を正す。
「現在、王都からの援軍はすでにテルティアに戻っている。だから、今後の戦後処理はセクンダとテルティア、それに――俺たちで行う」
「……王都の兵士は、手伝ってくれないのか?」
思わず、エドリックが問いかける。
オズワルは首を横に振った。
「ヴィルクが断った。あいつらはこのままアーレン峡谷へ戻るらしい」
その言葉に、少しだけ間を置いて続ける。
「それなら、後始末はこちらでやるのが筋だろう、ってな」
ロランが、静かに頷いた。
「なるほど……確かに、その方がいいかもしれないな」
オズワルも小さく頷き返す。
「そっちの方が後腐れなくて済む。何かあった時に面倒なだけだ」
そして、少し言いづらそうに頭をかいた。
「……それから、これは明日以降の話になるが」
一瞬、言葉を探すように視線を彷徨わせる。
「今、俺たちが保護しているヴァルケン――元の名前は……えっと……」
「ハルツだろ?」
ダリルが、すぐに口を挟む。
「そうだ、それだ!」
オズワルは指を鳴らした。
「交易町ハルツ。そこの人たちに話を聞いて、町に戻るか、それとも俺たちの拠点で保護を受けるか、選んでもらうらしい」
「その場合……ハルツの人たちに、すべて返すのか?」
「……それは、まだ分からねぇ」
そう前置きして、低い声で続ける。
「最終的には、ヴィルクの判断次第だな。ただ……多分だが」
一度、天幕の天井を見上げる。
「王国の拠点として再編するんじゃねぇか。町と拠点を一体化させる形でな。……そうしなきゃ、ヴァルケンを落とした意味がねぇだろ?」
オズワルは、はっきりと言い切った。
「町の人間に全部返して、また連合に奪われたら
――今回の戦いで命を落とした兵士に申し訳が立たねぇ。ただの無駄死になっちまう」
天幕の中に、重い沈黙が落ちる。
勝利の先にあるのは、安堵だけではない。
選択と責任が、これから待っている。
誰もが、それを感じ取りながら、言葉を失っていた。
しばらく、天幕の中には誰も言葉を発さなかった。
勝利の後に残る現実を、全員がそれぞれのやり方で噛みしめている。
その沈黙を破ったのは、エドリックだった。
「……ちょっと疑問に思ったんだけどさ」
皆の視線が、ゆっくりと彼に集まる。
「今回は、どの隊が一番功績を挙げたんだ?」
その問いに、オズワルは一瞬だけ眉をひそめ、頭の後ろを掻いた。
「あー……すまん。それは俺には分からねぇな」
オズワルは言葉を探すように少し間を置いた。
「ヴィルクは、王都の兵に一番功績を与えたと言ってたが……実際のところ、どこが一番って話じゃねぇと思う」
「どういうこと?」
ミロが首を傾げる。
オズワルは、ゆっくりと視線を一人ひとりに向けた。
「陽動がなきゃ、本隊はあそこまで綺麗に突っ込めなかった。斥候がいなきゃ、敵の動きも分からなかった。」
低い声で、淡々と続ける。
「第一斥候部隊や暗殺部隊が逃走兵や連絡兵を止めてなきゃ、本国に逃げ延びてすぐに援軍が来ていた可能性もある。……つまりだ」
一拍置いて、はっきりと言った。
「全部だ。全部の隊が、それぞれの場所で役目を果たした」
ロランが、静かに頷く。
「功績を一つに決める方が、むしろ不自然だな」
「だろ?」
オズワルは、少しだけ口角を上げた。
「ヴィルクが王都の兵に功績を付けたがるのも分からなくはねぇ。そうすればあっちの面子が立つしな」
その言葉に、トマが小さく苦笑する。
「……大人の事情、ってやつだね」
「そういうことだ。それにクラウス隊長もそれでいいって言っている。あの人がそういうならば俺たちは従うのみだ」
オズワルは肩をすくめた。
「だが、現場を知ってる俺たちは分かってりゃいい。誰が欠けても、今回の大勝利はなかった」
天幕の中に、静かな納得が広がっていく。
エドリックは、胸の奥に溜まっていたものが、少しだけ軽くなるのを感じていた。
(……そうだよな)
派手な功績も、名前に残る評価もないかもしれない。
それでも、確かに自分たちはここにいた。
「それに俺たちが一番だったとしても何ももらえねぇからな。もらえて風呂に入れる権利か少しばかりの金か飯だろ?お前ら使う機会でもあんのか?」
オズワルがにやりと笑う。
そしてすぐさまロランが反応する。
「風呂に入れる権利ならばもらいたいな。冬場は水での行水はきつすぎた。最後の方は汚れや匂いなど気になったが行水は控えていたからな」
「その権利ならばあとでヴィルクにでも聞いてこい。風呂がテルティアにあるかは知らないがな。交渉はお前がしろよ」
そのやり取りで全員が笑う。
こんな軽いやり取りができて生きていることに幸せを感じる。
「ま、評価なんてのは後から付いてくるもんだ。今は生き残った。それで十分だろ」
オズワルはそう締めくくるように言った。
その言葉に、誰も反論しなかった。




