↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兵の風と鐘の音にさらわれた少年  作者: 炭酸水
第二部 鐘が響く前に

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/106

第97話 誤認の戦闘 

雷筒の爆音が、ヴァルケンの一角に鳴り響いた。


ドンッ――!


空気を引き裂くような爆音。知っていても、身体が反射的に強張るほどの衝撃だ。

ましてや、何も知らない連合兵にとっては恐怖そのものだろう。


間を置かず、煙幕が放り込まれる。

白い煙が一気に広がり、防壁の内側を覆い尽くした。


視界は、完全に奪われた。


「……合図だ!矢を射ろ!」


その号令と同時に、全員が立ち上がった。


弦が鳴る。矢が放たれる。


狙いは敵ではない。防壁の向こう煙の中だ。

当たらなくていい。だが、防壁を越えなければ意味がない。


俺たちは、やや高めに狙いを定め、煙の中へと矢を打ち込んだ。


ドンッ!


再び雷筒の爆音が響く。


矢の風切り音と、爆音と、叫び声。

それらが入り混じり、ヴァルケンの中は完全な混乱に包まれていく。


煙の向こうから、断片的に声が聞こえてきた。


「うあぁぁ! 何だこの音は!」

「ヒィッ! なんだ、これは!?」

「こ、攻撃だ! 王国兵どもが近くにいるぞ!」

「全員来い! 早く来い!!」


悲鳴。怒鳴り声。命令とも、叫びともつかない声。

連中は、何が起きているのか分かっていない。


どこから攻撃されているのか。

何人いるのか。そもそも、敵が誰なのか。


分からないまま、ただ恐怖だけが増幅していく。


別方向でも、斥候部隊が動いているのだろう。

さらに煙幕が投入され、ヴァルケンは完全に煙に飲み込まれた。


こちらから見ても、拠点の様子はまったく分からない。

見えるのは、煙と音だけだ。


それでも、俺たちは矢を射続ける。


見えなくても構わない。当たらなくてもいい。

偶然当たれば、それで十分だ。


「ぎゃあっ!」

「いてぇ!」


煙の奥から、確かに悲鳴が上がる。

どこかに、矢は届いている。


ドンッ!


三度目の雷筒が鳴り響いた。


爆音が重なり、悲鳴が増え、怒鳴り声がさらに混線する。

ヴァルケン全体が、巨大な混乱の塊になったようだった。


こちらからでも分かる。

完全に、崩れている。


「……よし」


レナードが、はっきりと告げる。


「ここで引くぞ。俺とオズワルが殿を務める」

一瞬の間もなく、続けた。


「装備を整えろ。次は側面から攻撃だ」


「了解!」


全員が、あえて大きな声で返事をする。


それだけで、敵には「まだ攻めが続く」と錯覚させられる。

混乱の中では、声の数=兵の数だ。


俺たちは、指示通りに動き始めた。一斉に後退しながら、最後まで矢を放つ。

煙の中に、音と恐怖だけを残していく。


走りながら、後方を振り返る。


そこには、斥候部隊が見えた。

彼らもまた、大量の矢を放ちながら、少しずつ距離を取っている。


秩序だった撤退。恐怖だけを押し付ける動き。


この時点で、ヴァルケンの連中は勘違いはずだ。

自分たちが、大人数に奇襲をかけられていることに。


そして、その混乱の中で本隊が、静かに、確実に、牙を剥こうとしている。


俺たちは、次の持ち場へと走った。


***


――なんだ!?何が起きている!?


胸騒ぎは、朝からあった。


今日は部下からの報告が、どこかおかしかった。

税の徴収に向かわせた班が、定刻を過ぎても戻らない。

王国側の拠点を監視させていた斥候も、連絡を絶っている。


王国兵が近くいると判断して警戒を強め、本国にも連絡を入れたばかりだった。

兵士たちを展開しようと作戦を考えていたところに、外から聞き慣れない爆音が響いた。


ドンッ!


「っ!?どうした!何事だ!!」


思わず怒鳴り、建物の外へ出る。


その瞬間、視界に飛び込んできたのは白い煙。

防壁の内側で、もくもくと立ち上る濃い煙が、風に流されながら広がっている。

あの煙の広がり方は…もしや


「……煙幕弾か!」


歯噛みする。

「うろたえるな!敵の奇襲だ!全員、武器を持て!落ち着け!」

怒鳴り声を張り上げる。


近くの兵士たちは、はっとしたように動き出す。

だが全体には、まるで届いていない。


指示が、途中でかき消されている。


ドンッ!


再び、爆音。


さっきよりも近い。

地面が揺れ、兵士たちが思わず身をすくめる。


「……っ!」


あれは軍部からも情報を共有されていた王国軍の兵器。

そう考えた瞬間だった。


ヒュッ――

ヒュヒュヒュッ!


風を裂く音。


次の瞬間、周囲に矢が降り注いだ。


「なっ……攻撃を受けているのか!?」


軍は、まだ展開していない。それどころか装備を整えていない兵士も多数いる。

こちらは完全に守勢だ。


それなのに、矢は確実にこちらを狙っている。


「王国兵も、煙で見えていないはずだぞ……!?」


理解が追いつかない。


視界は煙に遮られ、敵の姿は一切見えない。

それでも、矢だけは正確に降ってくる。


「中へ入れ!遮蔽物を使え!」

そう指示をだして慌てて建物の中へ飛び込む。


しかしすでに遅かった。


音と煙に混乱した兵士たちが、外で次々と倒れていく。

悲鳴。怒鳴り声。

何が起きているのか分からないまま、命を落としていく。


さらに、煙幕がこちらの建物付近まで流れ込んできた。


視界が、完全に奪われる。


「くそっ……!」


拳を握り締める。


――どれだけの兵に囲まれている?


三十か。

五十か。

それとも、もっとか。


矢の数、爆音、叫び声。

どれも、実際の数より多く感じさせる。


矢が一旦止むまで、室内で耐えるしかなかった。


だが外がどうなっているのか、まったく分からない。


このままでは、部隊の再編成が間に合わない。

指揮が、完全に遅れる。


焦りが、喉元までせり上がる。


その時だった。


煙の向こうから、かすかに。だが、はっきりと。

複数の、大きな声が聞こえてくる。


怒鳴り声。号令のような声。

何人もの兵が、連携して動いているような響き。


「……一体、どうなっているんだ……」


混乱の中、指揮官は唇を噛み締めた。

正面から突入してくる敵が、すでにすぐそこまで迫っているとは、思ってもいなかった。


***


ヴァルケンの方角から、腹の底を揺さぶるような爆音が響いた。


雷筒。


それは単なる兵器の音ではない。

約束された、合図だった。


「――合図です!」


ヴィルクが、即座に声を張り上げる。


「突撃!!」


その号令と同時に、先陣の兵たちが一斉に動き出した。

地を蹴り、武器を構え、迷いなくヴァルケンへと走り出す。


先陣隊は、あらかじめヴァルケンからほど近い位置に配置してあった。

煙幕が完全に晴れる前、混乱が最高潮に達している今こそが、最適の突入タイミングだ。


そう判断した直後、隣でクラウスの豪快な声が響いた。

「始まったか!俺たちも乗り込むぞ!いいな!?」


振り向くと、すでに戦意は全身から溢れ出ている。

その表情には、一切の躊躇がなかった。


「どうぞ」


ヴィルクは短く答え、それから一言、付け加える。

「しかし……正直、意外でした。クラウス隊長は連合との正面衝突を想定していたのですが。まさか、軍全体で強襲を仕掛ける形に切り替えるとは……」


その言葉に、クラウスは豪快に笑った。


「当たり前だろう!」


そして、吐き捨てるように言う。

「被害が少なくて済むなら、強襲一択だ!俺は貴族に任命されちゃいるが騎士じゃない!」


走りながら、振り返りもせずに続ける。


「兵の命を無駄にする戦い方なんぞ、最初から選ぶ気はねぇ!行くぞ!」

そう言い残し、クラウスは凄まじい勢いで部下と共にヴァルケンへと駆けていった。


「……やれやれ」


ヴィルクは、小さく肩をすくめる。


確かに、レナードに最初に伝えた作戦とは大きく異なる。

だが結果として、こちらの被害を最小限に抑えられる。


それなら、何の問題もない。


「惜しまれるとすれば……」


ヴィルクは、ふと独り言のように呟く。

「自分の手で、連合兵を倒す機会がなかったこと、でしょうか」


視線をヴァルケンへ向ける。


すでに、こちらの兵士たちが次々と拠点内へと流れ込んでいるのが見えた。

驚くほど、抵抗が薄い。


――あまりにも、無防備だ。


混乱の最中だ。

武器すら満足に手に取れていない兵士もいるだろう。


「……この戦いは、すぐに終わりますね」


静かに、確信を込めて言う。


「あとは……どう報告をまとめるか、ですか」


作戦は、あまりにも鮮やかに決まりすぎている。

敵は翻弄され、こちらは主導権を完全に握っている。


だがヴィルクは歩みを緩めない。

万が一というものは、いつだって油断した瞬間に起きる。


やがて、少し高くなった丘へと差しかかる。

そこからは、ヴァルケンのほとんどが見渡せる場所のはずだ。


その時――


ヒュッ。

矢が、空を切る音。

続けて、何本もの矢が、ヴァルケン内部へと降り注ぎ始めた。


「……上も、取ったようですね」


弓兵部隊や奇襲小隊のロランだろう。

高所からの射撃。退路を断ち、混乱をさらに深める配置だ。


ヴィルクは、静かに息を吐いた。


「作戦が、ここまで綺麗に決まるとは……」


独立奇襲小隊。

第三斥候部隊。

そして雷筒。


「感謝すべきものが、多いですね」


そう呟きながら、ヴィルクは周囲の兵士たちに視線を走らせる。


「各隊、予定通り前進を維持。無理に追い過ぎるな。混乱に乗じて逃げる敵を優先して叩け。一人も逃がすな。降伏してきた兵士は縄でしばりつけろ。自由にさせることは禁止だ」


冷静な指示が、次々と飛ぶ。

戦場は、すでにこちらの掌の上にあった。


あとは、終わらせるだけだ。


ヴィルクはそう確信しながら、戦場全体を見据え続けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。