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兵の風と鐘の音にさらわれた少年  作者: 炭酸水
第二部 鐘が響く前に

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第91話 小隊の任務

ヴィルクは地図の一点を指で押さえた。


「敵の拠点の名はヴァルケンです」


その名を、淡々と口にする。

「連合側住民の話によると、元は交易町ハルツと呼ばれていたそうです」


その言葉に、室内の空気がわずかに揺れた。

「小隊の皆様には、このヴァルケンに奇襲をかけていただきたい」


そう言って、ヴィルクは地図全体へ視線を落とす。

作戦の説明に入ろうとした、そのときだった。


「……すみません」


不意に、ダリルが手を上げた。


「今の話なんですが。元は交易町ハルツって言いましたよね?」


ヴィルクが視線を上げる。


「はい」


「でも、それなら敵の拠点の名前は、交易町ハルツじゃないんですか?」


素朴だが、もっともな疑問だった。俺も、同じことを考えていた。


ヴィルクは一拍置いてから、静かに答える。

「言葉の通りです」


そして、はっきりと告げた。

「そこは、連合軍によって無理やり拠点へと作り変えられた町です」


「……なっ!?」


思わず、声が漏れた。

住民が暮らしていた町を――軍事拠点に?


「す、すみません!そこに住んでいた人たちは……どうなったんですか?」

エドリックは我に返り、慌てて口を開く。


ヴィルクは、すぐには答えなかった。一度だけ視線を落とし、机の端に指先を置く。


「……何人かは逃げ延びたようです」


低い声で続ける。

「ですが、大多数は財産を没収され、町から追い出されたとのことです」


室内が、静まり返った。

「この情報は、こちらで保護できた住民の証言によるものです」


ヴィルクは顔を上げ、俺たちを見る。

「暮らしていた方から直接聞いています。ですので、信憑性は高いでしょう」


喉の奥が、ひりつく。

連合はそこまでひどいことをするのか。関係ない人の財産を奪い、土地も奪ってそのまま追い出す。


「そんなの人間じゃない……鬼畜がやることだ」

エドリックは拳を握りしめる。爪が肉に食い込む。そのまま握り続ければ血が出るかもしれない。


「エドリック……気持ちはわかるが落ち着け。話が進まねぇ」

オズワルが声をかけてくる。


感情のない言葉にオズワルに対して文句を言おうと口を開きかけるが、オズワルも怒っていた。本当に怒っている時の顔つきだ。感情が一切なく淡々と地図を見ている。


周囲を見ると全員が怒りを露わにしている。作戦の進行をしているヴィルクもだ。説明をしながら耐えているのだろう。


「……進行を中断させてしまいすみませんでした」


「いえ。大丈夫です。続けます」

ヴィルクは地図を指さしながら続けだす。


「これまで、ヴァルケン周辺には何度か偵察を行っています。当然拠点の弱点も把握済みです」


淡々とした口調だが、その言葉には確信があった。


「皆様には、作戦当日、ここで騒ぎを起こしていただきたい」

ヴィルクの指が、地図上の一角をなぞる。


「敵兵をおびき出し、そのまま……この広場で殲滅を図ります」


彼は地図中央に描かれた、大きな空白部分を指し示した。

「この広場には、正式な名称はありません。ですが、それでは呼びにくい」


一拍置き、続ける。

「今は仮ですが『国境防衛広場』と呼ぶことにしましょう」


その名が、静かに室内に落ちた。


説明を続けようとした、その時だった。

レナードが口を開く。

「質問がある。これまで、なぜヴァルケンを攻めなかった?」


ヴィルクは即答しなかった。ほんの一瞬、視線を地図から外し、そして答える。


「理由は二つあります」


「一つ目は近隣住民の避難が完了していなかったこと」

淡々とした声が続く。


「もう一つは、純粋に兵力が足りていなかった」

そして、さらに説明を重ねる。


「かなり前から、セクンダのクラウス隊長には相談していました。ですが、彼の部下を集めても、人員が不足していた」


地図の端を指で叩きながら言う。


「しかし、少し前に王都から連絡が入りました。兵士がこちらに向かっているとのことです。クラウス隊長にも確認は取っています」


ヴィルクは視線を上げる。

「彼らがテルティアへ到着するのは、予定では三日から四日後」


「そこから、戦場予定地である広場に展開するまでに、さらに二日」

言葉を区切り、はっきりと言った。


「そのため作戦実行は、独立奇襲小隊がテルティアに到着してから、一週間後というわけです。……予定よりも早く到着してしまったので一日余分ができてしまいましたが」


「……なるほど」

レナードが低く頷く。


「広場に展開する兵力は?」


「王都から派遣される兵士は四百人」

ヴィルクは即答した。


「戦闘に参加させる兵士は、合計で六百人を予定しています」


六百人。


その数に、思わず息を呑む。

これまで、自分たちが直接関わってきた戦闘とは、規模がまるで違う。


「……なぜ、全軍で配置しない?兵士はまだ二百人以上いるだろう?」


レナードが続けて問う。

「残りは、拠点の護衛兵として配置します」


ヴィルクは地図の左右を指で示す。


「正面に立たせるのは予定では五百人。そのほうが、敵を広場へ引き込みやすい。残りは遊撃兵として設置する予定です」


そして、現実的な理由も付け加えた。

「また、王都の兵士だけを前面に出せば、不満が出ます。ですので、配置は半々。テルティアとセクンダ。王都の兵を混成で展開します。そしてここ。テルティアの防衛責任者は、クラウス隊長の副官を配置する予定です」


一瞬の沈黙。


「……お前は、どうする?」

レナードの問いに、ヴィルクは一切迷わなかった。


「もちろん、前線に出ます。そして、連合の獣を駆逐します」

その言葉に、室内の空気が引き締まった。


「最後の質問だ。プライマの兵士はどうする?」

張り詰めた空気の中で、レナードが口を開いた。


ヴィルクは即座に答えた。

「プライマの兵士は、今回の戦いには参加させません」


言い切りだった。迷いも、含みもない。


「プライマの代理隊長ガレス、ロルフ、ヴァルター……でしたね」

名を確認するように並べる。


「彼らにも、この作戦の詳細は伝えていません」


一同が黙って耳を傾ける。


「彼らの主な任務は、新兵の教育と食料や物資の生産です。現状で作戦に参加させれば、指揮系統が乱れる可能性が高い」


ヴィルクは淡々と続けた。

「ガレスは指揮官として優秀です。しかし、新兵を抱えた状態で、この規模の戦闘を指揮するには荷が重い」


視線が、地図上のヴァルケンへと落ちる。

「今回の相手は、無秩序な盗賊ではありません。訓練を受けた正規兵です」


その言葉が、重く響いた。


「それに相手の兵力も、ある程度は把握しています」


ヴィルクはゆっくりと顔を上げる。


「仮に、こちらが敗れ、敵が攻め込んできたとしても……」


一瞬の間。


「テルティアを防衛している兵士たちで、迎撃は可能だと判断しています」


その言葉に、誰もすぐには反応できなかった。

辺りに、静かな沈黙が流れる。


それは不安からではない。

ヴィルクの言葉が、あまりにも冷静で、現実的で、そして覚悟に満ちていたからだ。


誰もが理解していた。この男は、勝つつもりでいる。

だが同時に最悪の事態も、すでに織り込んでいる。


会議室に漂う沈黙は、重く、しかし確かな決意を帯びていた。


「独立奇襲小隊の作戦内容に、話を戻します」


ヴィルクは地図から視線を上げ、淡々と告げた。

「作戦当日は、第三斥候部隊の人員と共同で行動してください」


一同が姿勢を正す。


「それまでの間、彼らの案内で周辺を確認し、自分たちが使いやすいルートを調べておくといいでしょう」


全員が黙って頷いた。


「……確か、現在こちらで工兵として任務にあたっているミロも、あなた方の部隊の一人でしたね。彼も本日中に合流させます」

その名に、エドリックの胸がわずかに高鳴る。


ヴィルクは続ける。


「ミロは、すでに何度か斥候任務にも就いています。彼から直接情報を得た方が、より正確でしょう」


再び、全員が頷いた。


「作戦決行日まで、独立奇襲小隊の行動は自由とします」


一拍置いてから、付け加える。


「工兵作業を手伝っていただければ助かりますが……強制ではありません」


「……まあ、それは考えておく」

レナードが短く答えた。


「そうしてください」

ヴィルクは頷く。


「また、これから拠点にいる兵士たちには、私から作戦概要を伝えます。それまでは――誰にも、この内容を伝えないようお願いします」


声音が、わずかに強くなる。

「場合によっては、情報が漏れる可能性も否定できません」


そして、ヴィルクは地図へと手を伸ばした。

「それとレナード。この地図は、あなたに預けます」


そう言って、机の上の地図を指で示す。

「作戦立案に役立ててください」


「……ありがたいが、本当にいいのか?こちらでも必要だろう?」

レナードが問い返す。


「問題ありません。要点は、すでに頭に入っています。こちらは広場の位置さえ把握していれば支障はありません」

ヴィルクは即答した。


地図を見下ろしながら続ける。

「それに、この地図には細かな道や裏ルートも記載されています。小隊の皆様が持っていた方が、有効に使えるでしょう」


そう言って、地図を丁寧に丸め、レナードへと差し出した。

レナードは一瞬だけそれを見つめ、静かに受け取る。


「……了解した」


「以上で、皆様にお願いする任務の説明は終わりです」


ヴィルクは一度、場を見渡した。


「レナードとオズワルは、ここに残ってください。細かな打ち合わせを行います」


視線が、他の隊員たちへと移る。

「それ以外の方は、これより自由行動とします」


そして、最後に付け加えた。

「訓練を行いたい場合は、少し離れた場所に洞窟があります。そこがテルティアの訓練場です。場所は当然ですが以前と変わっていません。自由に使ってください」


そう告げて、ヴィルクは一度、会議を締めた。

その静けさの中で、俺たちはそれぞれの任務の重さを噛みしめていた。



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