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兵の風と鐘の音にさらわれた少年  作者: 炭酸水
第二部 鐘が響く前に

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第89話 変貌した前線拠点・テルティア

深夜。


俺たちは、以前の任務で簡易的な拠点として使っていた森に到着していた。

木々の間を抜ける冷えた夜気が、肌を刺す。足音を抑えながら進むと、やがて視界の先に緩やかな上りが見えてきた。


その先には、高台がある。


「……もう少しだな」


誰にともなく呟く。


ここに来るのは、約半年ぶりだった。

独立奇襲小隊として動き始めた頃、何度も行き来し、夜を越した場所。


「久しぶりだな、ここ」

ダリルが低く言った。


「ああ……」

ロランも短く応じる。


二人とも、それ以上は言葉を続けなかった。

ここから、数多くの盗賊を討った。血の匂いと緊張が染みついた場所だ。思うところがないはずがない。


「確かに、懐かしいね……」

トマが周囲を見回しながら言う。


「もう少し先で、休んでいたよね」


「ああ」

俺は頷いた。


「あの時は、不安と恐怖で頭がいっぱいだった。

でも……今となっては、それも薄れてきている」


自分の口から出た言葉に、少しだけ驚いた。あの夜の緊張を、今は冷静に思い返している。


(……変わったのは、場所だけじゃない)


「そろそろだ。高台に到着するぞ」

オズワルが前方を見据えて言った。


森を抜けると、視界が一気に開けた。

俺たちが拠点として使っていた高台に出る。


地面の起伏も、木々の配置も、記憶の中と大きくは変わっていない。

あの頃と同じ場所に、同じように立っているはずなのに――


「……そろそろ、テルティアが見えるぞ」

レナードの声に、自然と視線が前へ向く。


高台の縁に近づき、眼下を見下ろした瞬間、俺は息を呑んだ。


(……なんだ、これは)

そこに、廃村の影はなかった。


かつては、蹴り飛ばせば崩れ落ちそうだった防壁。

木と土で形だけ整えられていた囲い。


それが今は、レンガと石で組まれた防壁へと変わっている。

特に、遠目でもはっきり分かる連合国側の出入り口。


(でかい!バルデ砦と同じぐらいあるんじゃないか?!)


ここからでも、防壁の大きさと厚みが分かる。

近くで見れば、圧倒されるのは間違いない。


壁の中には、規則正しく並ぶ建物の影が見える。

ボロボロの柱と壁で寝たことのある放棄された家は宿舎になっていた。

灯りは控えめだが、完全に眠っているわけではない。

生きている拠点の気配が、夜の中に確かに存在していた。


高台の入り口付近に視線を戻すと、無造作に積まれたレンガが目に入る。

つい先ほど、セクンダから送られてきたものだろう。


(……これで、まだ完成じゃないのか)


胸の奥が、静かに震えた。


ここは、俺たちが最初の任務で踏み込んだ元廃村だ。

それが今、前線拠点――テルティアとして、確かにそこにある。


「……これは、凄いね……プライマとは、全然違う」

トマが、思わずといった様子で呟いた。


「ああ……」

オズワルも、低く息を吐く。


「俺もテルティアを初めて見たが……これは凄いな。本当に、前線基地になってやがる」


「暗闇の中でも、それが分かる。明るくなれば……もっと凄く感じるんだろうな」

ロランが、目を細めたまま言った。


ダリルが、顎に手を当てる。

「俺が連合の人間だったら、ここに攻め込むのは諦めるかもしれねぇ。こりゃ、ちょっとやそっとじゃ落とせねぇよ。千人以上は必要じゃないか?」


誰もすぐには否定しなかった。それぞれが、眼下の防壁と建物の配置を見つめながら、自分なりに計算しているのが分かる。


「……でもさ。王国は、それだけ脅威を感じているってことだよね?だから、ここまで拠点を強化しているんだよね?」

俺は、胸に浮かんだ疑問を口にした。


「そうだな……」

レナードが、ゆっくりとうなずく。


「王国の上層部が、どんな情報を持っているのかは分からん。だが、何か理由があって、連合との国境に最も近いテルティアを強化しているんだろう」


「それにしてもさ。……凄すぎねぇか?」

ダリルが、もう一度眼下を見下ろす。


「なぜここまで強化しているのか…それは俺に聞かれても分からん」

レナードは淡々と答えた。


「ルガン隊長や、カディン参謀……もしくは、クラウス隊長なら知っているかもしれんな」


「で……」

トマが、小さく声を落として切り出した。

「これから、どうする?一応、二日かけて来る予定だったよね。それが、一日で到着した」


高台の縁から、もう一度テルティアを見下ろす。

「ここに長くいるのは……少し危険なんじゃないかな」


「……そうだな。とりあえず、話をしてこよう。敵に間違えられることはないと思うが……今日は、テルティアに入れない可能性もある。その場合は、野宿だな」

それだけ言うと、レナードは踵を返し、下へと続く坂道の方へ歩き出した。


俺たちは装備を確かめ直し、足音を抑えてレナードの後に続いた。夜の坂道は暗く、視界も限られている。だが、下方からは微かな灯りが見え始めていた。


坂道を下り、見張りとの確認を経て、俺たちは問題なくテルティアへ入ることができた。

ただし、出迎えた兵士は俺たちの到着が早かったことに目を丸くしていた。

驚かれつつも、手続きは滞りなく済み、俺たちは兵士の案内で宿舎へ向かった。


「ここだ」


兵士が足を止め、扉を押し開く。

「すまないな。外壁を中心に作業をしているから、宿舎はまだ完全には出来上がっていないんだ」

申し訳なさそうに肩をすくめる。


「そんなことはない。テルティアに入れてくれただけでも感謝している。入れなかったら野宿だったからな」

レナードが静かに言った。


その言葉に、兵士はほっと息をついた。


「そう言ってくれて助かるよ」


レナードが続けて尋ねる。

「明日はどうすればいい?」


「ああ……明日は昼頃までに……そうだな、カイ隊長のところに行ってくれればいい。隊長から話を聞いてくれ」


「了解した。ありがとう」


「いいよ。じゃあ、おやすみ」

そう言い残して、兵士は足早に戻っていった。


扉が閉じられ、室内だけが静かになる。


宿舎の中は整ってはいるが、必要最低限、といったところだった。

寝台、炉、小さな棚。どこか、バルデ砦の部屋を思い出させる。


「なんか……こんな感じの部屋、久しぶりだね。バルデ砦を思い出すよ」

トマが寝台に触れながら言う。


「兵士の部屋としては十分だ。寝台と炉があれば、それでいい」

ロランは荷をほどき、近くの寝台に腰を下ろした。


「そうだな。バルデ砦にいた時は三人部屋だったが……六人で一つの部屋は初めてだな」

オズワルも荷を置きながら言った。


少し面白がるようにダリルを見る。

「いびきかくんじゃねぇぞ。ダリル」


「それはお前もだよ、オズワル」


いつもの調子で軽口を交わしながら、オズワルもダリルも荷をほどいていく。

レナードは炉の近くに装備を置き、こちらを振り返った。


「とりあえず……明日、俺はカイのところへ行ってくる。お前たちは待機だ」


「了解」

全員が頷く。


ふと、俺はレナードに声を向けた。

「早く起きたら……少し散策してもいいかな?レナード」


「やめておいた方がいいだろうな」

レナードは即答した。


「どのみち、この拠点にはある程度滞在するんだ。その時にでもいいだろう?」


「……まあ、そうだけど」


横からオズワルが言ってくる。

「エドリック。見物に来たわけじゃないんだからな」


「分かってるよ……」


「どうだか?」

オズワルがわざとらしく疑いの目を向ける。俺は返す言葉に困りながら寝台に荷物を置いた。だがそのやり取りすら、どこか安心する空気があった。


初めて来る前線拠点、テルティア。

だが、仲間の声があるだけで、不思議と不安は薄れていく。


トマが荷を置き終えると、手を叩いて言った。

「とりあえず……食事をしよう。昼から何も食べていないしね」

そう言って、袋の中からパンや干し肉を取り出し始める。


「おっ!トマ、スープ作ってくれよ。久しぶりにお前のスープが飲みてぇ」

ダリルが身を乗り出した。


「俺も飲みたい」

エドリックもつい口にしてしまう。


二人が期待の眼差しを向けると、トマは呆れたように眉をひそめた。

「いや……どう考えてもダメだろ」

トマは周囲を手で指し示す。


「いくら炉があるとはいえ、夜遅い時間だよ。他の兵士に迷惑がかかる。

ほら、これで我慢しろ」

そう言うや否や、パンを二つ投げてよこした。


「当たり前だろ?」

オズワルが受け取ったパンを片手に言う。


「トマだって疲れているんだ。スープが飲みたきゃ、トマが暇で、時間に余裕があるときにしろ」

レナードも続ける。


「……まあ。気持ちは分からなくはないがな」

ロランが小声で言った。

その言葉は、聞こえるか聞こえないかの小さな声だった。


「ちぇっ」


ダリルはパンをかじりながら口を尖らせる。

「せっかく久しぶりにトマのスープが飲めると思ったのによ」


「黙って食え」

オズワルが短く言うと、ダリルは渋々パンにかじりついた。


自然と笑いがこぼれそうな、懐かしい空気が部屋に流れる。


旅路の疲れと、未知の前線に足を踏み入れた緊張。

それを少しだけ和らげるように、仲間たちの声が響いていた。


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