第88話 元廃村現テルティアへ
食事を終えたあと、俺たちはテルティアへ向かうための準備を進めていた。
装備を整え、背負い袋の紐を締め直していると、ふと視界の端に大きな影が入った。視線を向けると、多くの荷を積み込んだ馬車が、食堂の外で止まっている。馬は二頭立て。荷台には布がかけられているが、その下にあるものの重さは見ただけで分かった。
「なあ……あれは、なんだい?」
俺は近くにいた兵士に声をかけた。
「ああ、あれか」
兵士は馬車の方を一瞥してから答えた。
「あれはテルティアに送るレンガだよ」
レンガ。その言葉に、思わず馬車を見つめ直す。
「テルティアは、ここ以上に頑丈に作られている」
兵士は続けた。
「防壁は全部、レンガと石だ。かなり堅牢だぞ。バルデ砦を想像すればいい」
バルデ砦。
俺たちが訓練を受け、グレイウォール山脈周辺の要として機能している拠点だ。その名を聞いただけで、あの高い防壁と、容易には崩れない堅さが思い浮かぶ。
(そこに近い拠点……なのか)
「テルティアは、まだ完成には至っていない。だから俺たちも手伝いに行くんだ。主に道の伐採と伐根だがな」
兵士は肩をすくめた。
「でもさ」
別の兵士が会話に加わる。
「あれだけのレンガなんて、すぐになくなっちまうよ。テルティアの兵士も言ってた。レンガ職人たちには、足を向けて寝られないってな」
確かに、馬車一台分のレンガがあったところで、防壁全体を賄えるわけがない。それだけ、あの拠点が本気で作られているということなのだろう。
「……なら。この馬車についていけば、テルティアに着くのか?」
ロランが静かに口を開いた。
「そうだよ」
兵士はうなずいた。
「大体、半日ちょっとってところだな。今はだいぶ楽になった」
少し笑って、続ける。
「前は大変だったんだぜ。途中で馬車が通れなくなって、そこから先はみんなで担いで運んだんだからな」
「そうそう」
別の兵士も思い出したように言う。
「あんときは地獄みたいな時間だった。だから隊長の指示もあって、先にこことテルティアの道をつなげたんだ」
ちらりと、こちらを見る。
「プライマの連中には悪かったけどな」
「いや、まあ……」
兵士は苦笑しながら言った。
「プライマとここをつなげる道は、ほとんどお前らがやってくれたみたいなもんだよ」
なるほど。そういう理由だったのか。
どうにも俺たちが、やけに大変な作業を任されている気がしていたが……理由を知ってしまえば、仕方がないとしか言いようがない。
ダリルも、トマも、納得したような表情をしている。
「……そろそろ行くぞ」
レナードが声をかけてきた。
「途中までは馬車と同じルートを使う。ただし、周辺の状況も確認したい。途中から別ルートに入る」
「了解」
トマが短く答えたあと、兵士たちの方を向く。
「それじゃあ……またね。食事、ありがとう」
「おうよ」
兵士の一人が手を振った。
「また、どっかの戦場でな」
その言葉に軽くうなずき、兵士たちはそれぞれの仕事へ戻っていった。
「行くか。…テルティアという名前の元廃村へ」
オズワルが言う。
その言葉に、胸の奥がわずかに揺れた。
オズワルの言う通り、今のテルティアは、俺たちが独立奇襲小隊として初めて任務を行った場所――元廃村だ。盗賊を討ち、血の匂いが残っていた村。忘れたわけじゃない。今でも、はっきり覚えている。
(……思うところは、ある)
だが同時に、別の感情も湧いてくる。あの場所は、今どうなっているのだろうか。
拠点として整えられ、兵が集まり、防壁が築かれつつある場所。
俺たちが初めて踏み込んだ、あの廃村は――どれほど変わったのか。
そんなことを考えながら、俺は仲間たちとともに歩き出した。
次の拠点へ向かう道は、もう繋がっている。
***
テルティアへと続く道を歩きながら、自然とまた会話が始まった。
「セクンダ、すごかったね」
トマが、前を見据えたまま言う。
「プライマも負けてないと思うけどさ。他の拠点を見ると、その違いにびっくりするよ」
「確かにな」
ダリルも同意する。
「それに……クラウス隊長も凄かったな。いろんな意味で」
二人は顔を見合わせ、思わず苦笑いを浮かべた。
俺はその様子を見ながら、ふと気になっていたことを口にする。
「なあ、ロラン」
「なんだ?」
「砦にいた頃から、クラウス隊長はあんな感じだったのか?」
ロランは少しだけ懐かしむように目を細めた。
「ああ。まったく同じだ」
そして、淡々と続ける。
「いきなり話しかけてきてな。『お前が弓兵隊期待の新人か!』って言われた」
「うわ……」
トマが思わず声を漏らす。
「そのときは、俺もぽかんとしてしまったよ」
ロランは肩をすくめた。
「まさか、隊長本人が来るとは思っていなかったからな」
「俺の時もそうだ」
今度はオズワルが口を開く。
「『聞いたぞ!お前がオズワルだろ!?かなりの強さと聞いている。一度手合わせしよう!』ってな」
思い出したのか、オズワルは小さく笑った。
「そのときは、『何言ってんだあんた?』って、思わず口に出ちまった」
「オズワル……」
俺は思わず言った。
「それ、まずいんじゃないのか?」
「しょうがないだろ。初対面でいきなり手合わせを申し込まれたんだぞ?
それも相手の立場も知らなかったんだ」
オズワルは悪びれもせず言う。
一拍置いて、付け加えた。
「……もちろん、やったがな」
「やったのかよ」
ダリルが呆れたように言う。
「で、どうだったんだ?」
俺も思わず身を乗り出す。
「勝てるわけないだろ」
あっさりとした答えだった。
「最初はな、手を抜いてたのか稽古みたいな感じだった。動きも読みやすかったし、正直、余裕もあった」
だが、と言葉を区切る。
「あっちが本気を出した瞬間、空気が変わった。圧力が、まるで別物になってな……気づいたら、負けてた」
その場に、短い沈黙が落ちる。
「それでも、凄いと思うぞ」
ロランが静かに言った。
「クラウス隊長の部下たちも、お前の力量に驚いていた」
少し間を置いて、言葉を続ける。
「『隊長とあそこまで打ち合えるなんて……』ってな」
オズワルは、わずかに視線を逸らした。
「……それでも、負けは負けだ」
その声は低く、だが悔しさよりも、どこか納得が混じっているように聞こえた。
その沈黙を、今度はレナードが破った。
「……そういえばだ」
少し面白がるような声音で言う。
「あの後、負けてふてくされていたお前は、何度も勝負を挑んでいたよな」
くくっと、喉の奥で笑う。
「おい!レナード!」
オズワルが即座に噛みついた。
「それは言うなよ!」
「確かにな」
今度はロランが、あっさりと追撃する。
「あの後、オズワルは何度もクラウス隊長に勝負を挑んでいた。……全敗だったが」
「お前も黙ってろ!ロラン!」
オズワルの声が、少しだけ大きくなる。
それでも、レナードとロランは気にした様子もなく、どこか懐かしむように話を続けた。
「ただな」
レナードが言う。
「クラウス隊長は、オズワルのことをかなり気に入っているぞ」
オズワルが、わずかに顔をしかめる。
「最終的にはな、『俺の部隊に入れ!お前なら俺の後ろを任せられる!』なんて言われていたしな」
「……さすがに、引き抜きの話は冗談だったがな」
オズワルが、少し照れたように言った。
「だがな」
ロランが静かに続ける。
「『後ろを任せられる』と言ったのは本当らしいぞ。クラウス隊長の部下に直接聞いた。間違いない」
オズワルは、ほんの一瞬だけ視線を逸らした。
「……そうか」
今度はレナードが口を開く。
「あの後、俺にも言ってきたからな。『あいつが不要になったら、すぐに言え!俺が引き抜くから!』ってな」
その言い方を思い出したのか、レナードは小さく息を吐いた。
「まあ……」
オズワルが、肩をすくめる。
「貴族サマに言われて、嫌な気分はしねぇよ」
その言葉に、今度はダリルが目を見開いた。
「えっ!?クラウス隊長って、貴族なのか!?オズワル、お前……やばいんじゃないか!?不敬罪とかにならないのか!」
「大丈夫だと思うぞ。貴族といっても、戦果を国から認められた功績貴族だ。俺も知った時は、本当に慌てたがな…」
ロランも静かにうなずいた。
「クラウス隊長自身が貴族と呼ばれることを嫌っているようにも思える」
「そうそう。『さっきまでのように接しろ!』って、俺たちは言われている」
ロランは前を見たまま言った。
「多分だが、アーレン峡谷で昔からの貴族と、何かトラブルがあったんだろう」
「…セクンダに入る前に話しただろ?それが原因で、バルデ砦に来た噂があるって」
レナードが、低く言葉を継ぐ。
「クラウス隊長の過去は……まあ、いいだろ。豪快な人だってことを覚えておけばいい」
振り返らずに続ける。
「それに、この辺りで大きな戦いになったら――間違いなく、あの人が大将だ」
一拍置いて、言い切る。
「功績だけを見れば、ルガン隊長よりも……上だ」
その言葉が、胸に落ちる。
(……そんなに凄い人だったのか)
豪快で、少し騒がしくて、兵から慕われている隊長。
それだけじゃない。
(まさか、貴族に任命されていたなんて)
考えが追いつかないまま歩いていると、前方から声が飛んできた。
「おい。歩く速度、落ちてるぞ。もうすぐ日が暮れる。馬車は、もう見えなくなっちまった」
オズワルは声をかけてくる。
少しだけ声を強める。
「場合によっては、テルティアの手前で野宿だぞ」
そう言うと、オズワルは歩調を上げた。その後を、レナードとロランが黙って追う。
俺たちは一瞬、呆然として立ち尽くしかけたが
「……まずい」
誰ともなくそう呟き、慌てて足を動かした。前線は、もうすぐそこだ。




