表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兵の風と鐘の音にさらわれた少年  作者: 炭酸水
第二部 鐘が響く前に

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/91

第83話 名が与えられる午後

正午を告げる鐘の音が、拠点に響いた。


その音を合図にするように、工兵たちが広場へと集まり始める。

眠そうに目をこする者。腰を伸ばしながら談笑する者。

次の任務を待つように、黙って立つ者もいた。


それぞれの表情は違っていたが、共通しているのは――

この拠点での大きな仕事が、ひと区切りついたという実感だった。


エドリックも人の流れに混じり、広場の一角に立つ。

ざわざわとした空気が、少しずつ広がっていく。


やがて、何人かの上官が姿を見せた。

自然と声が落ち、私語が減っていく。


そして最後に――拠点の隊長であるレナードが現れた。

その姿を見た瞬間、広場は一気に静まり返る。誰もが視線を向け、言葉を待った。


レナードは全員を見渡し、一歩前に出る。

「……お疲れさま」

低く、しかしよく通る声だった。


「まずは、お前たちのおかげで道がつながり、この拠点は完成に近づいた。

 まだ完成とは言えないが……大きな仕事は、終わったと見ていいだろう」


ざわめきは起きない。誰もが、その言葉を噛みしめるように聞いていた。


「先ほどまで、俺はバルデ砦に行っていた」


レナードは続ける。

「この拠点だけでなく、周囲の拠点の状況、役割についても確認してきた。……そして、砦の上層部と話し合い、決まったことがある」


わずかに、空気が張り詰める。


「拠点の名前だ」


その一言で、広場のあちこちに小さなざわめきが走った。

名前――決まったのか。


レナードははっきりと言った。


「今日から、この拠点の正式名称は――プライマだ」


一瞬の静寂。

そして、低く抑えたどよめきが広がる。


「プライマは、食料生産と補給、新兵の育成を主に担う後方拠点となる。戦力を前に出す場所ではない。だが、前線を支える要だ」


エドリックの胸に、これまでの光景が浮かぶ。

伐採、伐根、畑、粉挽き場、倉庫――

すべてが、その言葉につながっていた。


「隣の拠点の名称は、セクンダ」


レナードは間を置かず続ける。

「セクンダは、兵士の駐屯・待機を主な役割とする。プライマと、次に話すテルティアをつなぐ中継点だ」


視線が、自然と森の向こうを思い描く。


「そして――連合国と最も隣接する拠点が、テルティアだ」


その名を聞いた瞬間、空気が変わった。


「テルティアは戦闘を主目的とする前線拠点だ。敵が侵攻してきた場合、最初の防壁となる。……そして、攻める場合も、テルティアが起点になる」


広場がざわめく。

誰もが、これから先を思い浮かべていた。


そのときだった。


訓練場の方から、足音が近づいてくる。

やがて、ガレスを先頭に、数名の上官が合流した。


「レナード隊長。遅れてすまない」


「構わない」

レナードは短く答える。

「ガレス、他の者も整列しろ。それから――新兵たちもだ。話を聞け」


号令とともに、上官たちが列に加わる。

その後ろに、新兵たちが並んだ。


誰一人、口を開かない。広場は完全な静寂に包まれていた。


プライマ。

セクンダ。

テルティア。


三つの名が与えられたことで、この場所はもう拠点という名前ではなくなった。


エドリックは、無意識のうちに足元の地面を踏みしめる。

自分たちが削り、均し、つないだ場所。


ここは、プライマだ。その事実が、静かに胸に落ちていった。


レナードは一度、広場を見渡してから続けた。


「これから、俺たち上層部は――誰をプライマに残すか。誰を他の拠点へ移すか。その話し合いに入る」


その言葉が落ちた瞬間、抑えきれなかったざわめきが広がった。


当然だ。

配置ひとつで、これからの立場も、危険も、役割も変わる。

ここに立つ兵士たちの運命は、今から決まるのだから。


レナードは、その反応を咎めることなく、静かに言葉を続ける。

「……不安になるのは分かっている」


ざわめきが、少しだけ収まる。

「だが安心しろ。基本的に前線拠点であるテルティアへ送ることはない。

場合によっては配置転換はしない可能性も大いにある。現在他の拠点も問題なく回っているしな」

その一言で、広場の空気がわずかに緩んだ。


「現在、テルティアは第三斥候部隊が中心となって、開拓と防衛を進めている。無理に人を増やす必要はない。それにお前たちの中には実践経験が少ないものもいる。無駄死にさせるつもりはない」


あちこちから、安堵の息が漏れるのが分かった。


だが――

レナードは、そこで一拍置いた。


「……ただし」

その間が、嫌に長く感じられた。


「隊長である俺が率いる、独立奇襲小隊は別だ」

ざわめきが、再び走る。


「俺たちは、テルティアへ派遣されることが決定した」

その言葉に、広場の視線が一斉に集まる。


「ここにいるだろう?」

レナードの視線が、真っ直ぐこちらを捉えた。


「エドリック。ダリル。トマ」


名を呼ばれた瞬間、周囲の兵士たちがこちらを見る。

驚き、納得、羨望、そして心配――さまざまな感情が入り混じった視線だった。


エドリックたちは顔を見合わせ、無言でうなずく。


「前へ出ろ」

言われるまでもなかった。

三人が動き出すと、人の波が自然と割れ、道ができる。


静まり返った広場の中を歩き、レナードたちの前に立つ。


レナードは、三人を見て小さくうなずいた。


「この拠点を、明後日出る」


短く、しかし重い言葉だった。

「明日は、戦闘準備に専念しろ。この場にいないオズワルとロランには、後で俺から伝える」


「了解!」

三人は揃って答えた。


その声を合図にしたかのように、再び広場がざわつく。


レナードは構わず、続けた。

「当然だが、俺もテルティアへ向かう。つまり――その間、プライマには隊長が不在となる」


一瞬、空気が張り詰めた。


「そのため……」

レナードは、後ろに並ぶ上官たちに視線を向ける。


「俺が不在の間、プライマの指揮は――ガレス、ロルフ、ヴァルター。この三名が、隊長代理として担う」


名を呼ばれた三人は、一瞬だけ目を見開いた。だが、すぐに表情を引き締め、前へ一歩出る。


「これは、バルデ砦の隊長ルガン、参謀カディンと話し合い決定したことだ」


ガレス、ロルフ、ヴァルターは、互いに一瞬だけ視線を交わし――

揃って答えた。


「了解しました!」

その声には、迷いはなかった。レナードは満足そうにうなずく。


プライマは守られる。

そして――独立奇襲小隊は、次の戦場へ向かう。


広場に集まった全員が、それを理解していた。

自分たちの立場が、役割が、そして――これから進む先が。


レナードは一度だけ全体を見渡し、短く息を吐いた。


「連絡は以上だ」

その一言で、空気が少し緩む。


「午後からの任務だが、まずは食事を取れ。その後、上層部は話し合いに入る」

視線を横に流し、続ける。

「ただし、ガレスは新兵の訓練を続行しろ。それ以外は、プライマの建築作業と畑の拡張、それに伴う伐採の準備だ」


そこで、にやりと口元を歪めた。

「工兵も午前は休んだんだ。……いけるだろ?」


その瞬間だった。


「ブーッ!!」

広場の一角から、はっきりとしたブーイングが上がる。

すぐに、それは新兵以外の全体に広がった。


「おい、レナード!」

声を張り上げたのはダリルだった。

「昨日、やっと終わったばかりだぞ!それに俺たち、明後日にはここを出るんだろ!?今日は休ませろよ!」


さらに畳みかける。

「それに、拠点の名前が決まっためでたい日じゃねぇか!!」


「そうだ!」「そうだ!!」


同意の声が次々と重なり、広場は一気に騒がしくなった。

前に出ようとした上官がいたが、レナードは軽く手を上げてそれを制した。


「……うるせぇぞ、ダリル」

低い声だったが、よく通る。


「明後日にここを出るのは事実だ。だが、それまではここでの任務だ」

そして、少しだけ間を置く。

「名前が決まった、めでたい日だってことも……分かってる」


その言葉に、工兵たちが一瞬だけ黙る。

レナードは、背後にいる上官たちへ視線を向けた。


「おい。あれ、持ってこい」

短い指示だった。


何人かの上官が顔を見合わせ、すぐに動き出す。

突然のことに、広場には戸惑いが広がった。


(……何だ?)


ざわめきの中、やがて上官たちが戻ってくる。

肩に担がれていたのは――


大きな樽が、三つ。


「……仕事が終わったらだ」

レナードが、はっきりと言った。

「今日は酒を飲むぞ!カディン参謀が、労いによこしてくれた!」


一瞬の沈黙。


次の瞬間――


「おおおおおっ!!」


大歓声が、爆発した。


広場が揺れるほどの声。

拳を突き上げる者、仲間の肩を叩く者、思わず笑い出す者。


酒を飲んだことのない兵士たちは、何が起きたのか分からない様子で周囲を見回している。もちろん、エドリックもその一人だった。


(……酒?)


だが、ついさっきまで文句を言っていたダリルや工兵たちは、態度を一変させていた。


「隊長、最高!!」

「仕事なんて、すぐ終わらせるぞ!!」


ダリルは、両手を合わせる勢いで叫ぶ。

「レナード隊長!さっきはすいませんでした!!そうですよね!俺たちプライマの兵士は、隊長の指示に従います!!」


「切り替え早すぎだろ……」

エドリックが呟いたが、かき消される。


トマまで、珍しく声を張り上げていた。

「早く昼飯を食べよう!仕事を始めるぞ!!」


その顔は、普段の落ち着きからは想像できないほど上気している。


レナードは苦笑しつつ、最後に声を張った。

「よし、解散!昼食後、各自持ち場に戻れ!」


だが、興奮はなかなか収まらなかった。

笑い声と騒ぎ声が、しばらく広場に残り続ける。


やがて解散となり、エドリックも流れに押されるように食事を取った。


だが――

何を食べているのか、正直よく分からなかった。


(……酒、か)


さっきまでの騒ぎが、頭の中で何度も再生される。

めでたい日。仕事。別れ。そして、これから向かう場所。


よく分からない感情のまま、エドリックは黙々と昼食を口に運んでいた。

午後が、静かに――いや、どこか落ち着かない気配を伴って、始まろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ