第70話 冬の新しい拠点
お久しぶりです。
本日より二章を投稿させていただきます。
季節は静かに巡り、砦に戻ったあの日から、いつの間にか半年が過ぎていた。
レナード隊の七人は治療を終えた後、鍛錬を繰り返しながら、何度か斥候任務や小規模な奇襲任務に就いた。あの廃村での戦い以降、周辺の盗賊団は姿を潜め、森は徐々に静けさを取り戻していった。
秋が深まるにつれ、森の色も少しずつ褪せ、空気には冷たい針のような気配が混じり始めた。
レナード隊も、その頃から工兵作業にも加わることになった。
斧をふるい、森の道を広げる。
倒木を運び、廃村に残された建物を補強し、杭を打って防壁を作る。
もっとも俺たちは工兵仕事などやったことがない。
斧の角度が悪いと伐採師に怒鳴られ、杭の打ち方が浅いと大工に注意をされた。
それでも同じ作業を何度も繰り返すうちに、手が覚え、体が覚え、気づけば職人たちに文句を言われる回数も減っていた。
気づけば、周辺の廃村は、ゆっくりとだが確実に拠点へと姿を変えつつあった。
やがて冬が訪れ、グレイウォール山脈から吹き下ろす風は肌を刺すほど冷たくなった。
それでも工事は止まらない。凍る土を砕き、積雪をどけ、最低限の作業を続ける。
凍てつく空気の中、王都から派遣された工兵たちや、周辺の町や村から集められた職人たちと肩を並べ、俺たちは震えながら作業を続けた。
斧を振るう手はすぐにかじかみ、吐く息は白く、耳は痛むほど冷たかった。
それでも現場には常に人の声があった。
ガレスや他の上官たちも現場へ足を運び、斧を振るい、杭を運び、凍った土を砕いた。
新兵も上官も関係なく、皆が黙々と作業に没頭するその光景に、不思議な一体感すらあった。
新年を迎えても作業は止まらなかった。
凍える朝に起き、凍った地面を掘り返し、夕暮れの鐘が響くころには手足の感覚がなくなるほど疲れ果てる。
そんなある日、焚き火を囲みながら、思わず仲間と漏らした言葉がある。
――任務してる方が楽だった。
誰かが言えば、別の誰かが苦笑して頷いた。
そんな冗談めいた言葉すら、当時の本音だった。
それでもやり続けた。
廃村を拠点に変えるという目に見える成果が、少しずつ積み重なっていくから。
確かに進んでいると分かるから。
そして、この作業が必ずこれからの戦いを支えると、誰もが感じていたからだ。
そしてついに廃村の一つが拠点として息を吹き返した。
砦の兵と、周辺から集まった職人たちが力を合わせて、一つの村を作り上げたのだ。
新兵も、上官も関係なく、皆で肩を抱き合って喜び合った。
やり抜いてきた努力が、ようやく形になった瞬間だった。
冬の終わりには、また一つ拠点が完成する。
そしてそのさらにもう一つ。
それでも作業は止まらない。
兵士が森を切り開き、伐採師が木を倒し、大工が建物を補強し、工兵が防壁を築く。
兵と職人たちが協力し、道を広げていく。
そして耕し、種をまく作業を担ったのは、徴募された農民だった新兵たちだった。
まだ実戦には出ていない彼らが、慣れた手つきで土をならし、畝を作り、種や苗を落としていく。
土の匂いと、冬の終わりの冷たい風。
彼らの作業が、この土地の未来を育てていくように思えた。
誰もが、自分の持ち場で汗を流し、積み重ねた働きが拠点へと息を与えていく。
もうすぐ春が来る。
***
――カン……カン……。
鐘が乾いた音を響かせ、拠点の薄暗い空気を震わせた。
(……もう朝か)
寝台に沈み込んでいた意識がゆっくり浮かび上がる。
ここは砦の寝台ではない。冬のあいだに皆で作り上げた、新しい前線拠点の一つだ。
まだ外は刺すように冷たい。
家の中でも息を吐けば白くなりそうなほどで――だが、もうこの寒さにも慣れた。
寝返りを打つと、すぐ隣でオズワルとトマがすでに身支度をしていた。
「おう、起きたか」
オズワルが振り返る。
「おはよう、エドリック」
トマは手袋を引っ張りながら微笑んだ。
「……おはよう。みんなは?」
寝台から半身を起こしながら尋ねる。
「レナードは夜の見張りだ。それと、さっきの鐘はあいつの当番だな」
オズワルが肩を回しながら答える。
「ダリルはさっき、水汲みに行ったぞ」
(もうみんな動いてるのか……)
寝台の上で軽く伸びをすると、背筋がぱきぱきと鳴り、眠気がようやく抜け始めた。
「俺はそろそろ行く。昨日仕掛けた罠がどうなってるか楽しみだ」
オズワルはやけに機嫌よく、道具袋を肩にかけて外へ出ていった。
本当に楽しそうで、少し笑ってしまう。
「最近のオズワル、楽しんでるよね」
トマが苦笑しながら言う。
「まあ……俺たちも助かるけどさ」
そう、俺たちはこの半年、工兵として森を切り開き、廃村を起こし、拠点を作る作業を続けてきた。だがその中でいつも問題になるのが食料だった。
小隊で動いていた頃とは違い、今は大人数で作業をする。
当然、消費は増え、備蓄も少しずつ減っていく。
そんな時に大きく貢献したのが元漁師であるオズワルたちと、元狩人であるロランたちだ。
彼らは手際よく森へ入り、川へ向かい、獲物を確保した。
その腕前は本物で、一緒にいた工兵たちや俺たちも驚くほどだった。
そのため今、元漁師や元狩人の面々は工兵作業から外され、拠点のために本来の専門職として働いている。
「食料が足りないときほど、あいつらのありがたさがわかるな……」
俺は寒さで少しこわばった手をこすり合わせながら、ゆっくりと寝台から立ち上がった。
腰にぶら下げてあったベルトを締め直しながら、俺は近くにいたトマへ声をかけた。
「トマ。今日の担当はどこになるの?」
トマはブーツを履きながら、記憶をたぐるように首を傾けた。
「えっとね……俺とエドリック、それからダリルは森の開拓と薪作りだったと思う。詳しい作業は現場で判断されるけど、だいたいそのへんで間違いないよ」
それを聞いて、思わず肩の力が抜けた。
「森の開拓がいいな。木が倒れる時は危ないけど……延々と薪ばっかり割るよりはマシだ」
「それは俺もだよ」
トマは笑って頷く。
「薪作りは単純なんだけど、あれは腕が死ぬからね。あとで相談しよ」
俺は準備を終えながら、ふとレナードの姿を探してしまった。
「そういえばレナードは?」
トマは苦笑しながら肩を竦めた。
「さっきオズワルが言ってたでしょ?レナードは夜の見張りを担当してたから、これから休みだよ。それで休んでから砦に行って現状報告……隊長は大変だね」
「……そうだね」
寝ぼけていたことは黙っておいて、俺も黙々と準備を進める。
腰帯を締め、外套を羽織りながら、ふとレナードの背中を思い出した。
今、レナードは拠点の隊長だ。
あの廃村戦の功績を評価され、この新しい拠点──百人規模の部隊をまとめる隊長に抜擢された。
七人だけの隊ではなく、百人規模の全体を動かす隊長。
とんでもない昇格だ。
けれど不思議なことに、独立奇襲小隊としての俺たち七人の関係は、あの時のまま続いている。
むしろ──それが必要だと判断されたのだ。
あの後、別の上官が隊長役を務めて任務に出たことがある。
だがその時は、俺たちの動きはどこか噛み合わず、上層部が期待しているような成果は出せなかった。
逆に、レナードが隊長で部下側が他の兵士に変わったときも同じだった。
どうにも歯車が回らず、ぎこちない動きになってしまう。
結局──
『彼らはそのままの方がいいだろう』
カディン参謀がそう発言したらしい。
それに、ルガン隊長も深く頷いたと聞いた。
おそらく、俺たち七人の奇妙なまとまり方を、上層部は気づいていたのだろう。
奇襲、偵察、罠、射撃、救護、そして判断。七人がそろっていた時だけ、噛み合う。
そんな評価が、今でも続いている。
トマが外套の紐を引き締めながら言った。
「そろそろ行こう。今日も忙しいと思うよ」
「……うん」
俺も装備を整え、冷え切った家屋の扉を押し開けた。
外に出た瞬間、刺すような寒さが頬を打った。
吐く息は白く、足元の雪は端に寄せられて固く凍っている。
風が吹くたびに、積もった雪がさらさらと舞い上がり、服の隙間から容赦なく冷気が入り込んできた。
思わず肩をすくめながら、トマと並んで歩き出す。
目的地へ向かう途中――
前方から、大きな桶を抱えてこちらへ歩いてくる姿が見えた。
「あれ……ダリル?ずいぶんとゆっくりだな。」
近づいてくる彼は、水を汲んできたらしく、袖口まで濡れている。
「おっ……!?もう行く時間か?早くねぇか?」
トマがすぐに突っ込む。
「お疲れ、ダリル。早くないよ。どうせ水場で誰かと喋ってたんだろ?」
「……そんなことねぇよ!」
言葉とは裏腹に、耳まで赤くなっている。
そのままバツが悪そうに視線を逸らし、慌ただしく家に向かっていった。
「先に行っててくれ!すぐ行くからよ!」
そんな背中を見送りながら、トマは小さくため息をついた。
「……しょうがないなぁ」
その声には呆れ半分、優しさ半分が混じっていた。
歩きながら、改めて思う。
ダリルは元から明るい性格だが、ここでの共同作業を通じて、いつの間にか拠点の人気者になっていた。
道すがら、顔見知りになった兵士や職人たちが次々と声をかけてくる。
「おはよう」「おはようございます!」
「今日も寒いな。また現場でな」「気をつけて行けよ。俺はこれから寝る」
最初は互いに距離があって、年下だというだけで高圧的に話してくる者もいた。
知らない場所、知らない人間ばかりの拠点だったからだ。
けれど
同じ寒さに震え、同じ作業に汗を流し、同じ目標を目指して働いているうちに、いつの間にか、みんな仲間になっていた。
肩を並べて伐採をし、凍った水瓶を割り、道を切り開き、防壁を作ってきた。
その積み重ねが、今の空気を作ったのだ。
白い息を吐きながら、俺はふと胸の奥が温かくなるのを感じた。




