第69話 広がる戦略図
この話で一部が終了です。
リアルが忙しいの次の投稿には少し時間がかかるかと思いますが待っていていただけたら嬉しいです。
ガレス、レナード、そしてオズワルが深く頭を下げた。
「失礼しました!」
その言葉とともに、三人は作戦会議室から退室していく。
扉が閉まる音が、静まり返った部屋に鈍く響いた。
残されたのは四人。
バルデ砦隊長のルガン。
参謀のカディン。
その補佐役の一人。
そして、王都から久しぶりに砦へ戻ってきたバルデ砦副隊長――ヴィルク。
ルガンだけが椅子に腰を下ろしており、他の三人は直立のまま、まだ余韻の冷めぬ空気をまとっていた。
重苦しい沈黙を破ったのは、ヴィルクだった。
「……報告書を何度読み返しても、この戦果は信じがたいものがありますね」
その声音には、驚きよりも戸惑いが濃かった。
「合計百名の盗賊の討伐。そして一名の捕虜。それを――初任務の七人が成し遂げた」
手元の報告書を指で軽く叩きながら、ヴィルクは続ける。
「これは大戦果というより……異常という表現の方がしっくりきます」
隣で立っていたカディンが、静かに口を開いた。
「……だが、これは事実だ。第三斥候部隊の報告にも、ほとんど同じ内容が記されている。レナード隊が虚偽を述べている可能性は極めて低い。受け入れるしかないだろう」
参謀補佐が、不安げに視線を落としたまま言葉を添える。
「しかし……これほどの戦果を上げた小隊は、これまで存在しません。それも、初任務の新兵の部隊が、です。
……失礼ながら、私もヴィルク副隊長と同じく、喜びより恐れの方が先に来ております」
その言葉が落ちると、会議室には再び沈黙が落ちた。
本来ならば――祝福し、誇るべき結果だ。
だが、あまりにも桁外れで、現実味が薄い。
この場にいる誰一人として、素直に喜べていなかった。
その空気を断ち切るように、ルガンが低く呟いた。
「……これは、俺たちが独立奇襲小隊を見くびっていたとしか言いようがないな」
椅子に座ったまま、ゆっくりと背もたれへ体を預ける。
「第一斥候部隊のランデル。第三斥候部隊のカイ。それに、弓兵部隊副隊長のヴァーナル。そして……奴ら七人の上官であるガレス」
その名を挙げながら、ルガンは静かに目を閉じる。
「奴らから隊の編成申請が上がってきたときは、特に深く考えなかった……。
まさか――これほどの戦果を挙げるとはな」
言い終えると、ルガンは天井を見上げた。
その視線には、驚愕でも歓喜でもなく――
判断を誤っていたかもしれないという自省が滲んでいた。
ルガンは、胸の奥に溜まった息をゆっくり吐き出し、重く言葉を続けた。
「……だが、これで連合からの脅威を未然に防いだことは確かだ」
参謀補佐がすぐに頷き、手元の書類を軽く持ち上げる。
「それは間違いありません。第三斥候部隊と同任務を行っていた暗殺部隊サンスイの報告によれば、今回殲滅した盗賊団より大規模な集団は、周辺には存在しないとのことです。
情報の再確認のため、捕虜にした盗賊への尋問もこれから開始される予定です」
その言葉に、ヴィルクが少し肩をすくめながら呟いた。
「レナード隊が敵でなくてよかったですね。彼らが敵だった場合、正面戦闘なら押しつぶせるでしょうが……それなりの被害が出る可能性が出てくる。
他の部隊からは不満の声が上がるかもしれませんが、今回の戦果に対しては適切な報酬を与えるべきでしょう。さっき言ったもの以外にも」
カディンが資料から目を離し、静かに同意する。
「……そうだな。改めて考えると、浴場の解放と特別報酬だけでは十分とは言えないかもしれん」
ルガンは軽く首を振った。
「それについては改めて案を練ればいい。それより占拠した廃村をどう活用するか、だ」
そこから、会議は次々と案が飛び交う。
防衛線の構築、物資拠点としての活用、斥候の常駐、補給路の安全確保……
多くの提案が上がり、議論は長く静かに続いた。
***
やがて外の空は暗くなり、灯された燭台の揺れる光が会議室に影を作り始めていた。
会議も終盤。
話題は再び――レナード率いる独立奇襲小隊へと戻る。
カディンが席を離れて少し歩き、静かに問いかけた。
「……それで、レナード隊はどうする?」
ルガンは腕を組み、深く考えてから答えた。
「まず、奴らにはケガの治療を含めた休暇を与える。ただしケガが軽い者から順に復帰させろ。
特にロランとミロは弓兵部隊と斥候部隊に早急に組み込む」
参謀補佐が眉を寄せて尋ねた。
「それは……隊をいったん解散させる、ということでしょうか?」
ルガンは腕を組みながら続ける。
「そうだ。報告によれば、早期復帰が難しい者が四人。残る三人は、早々に部隊行動が可能な状態だ。ならば、その三人を別部隊に組み込む方が戦力になる。任務が必要な時に、改めて小隊として再編すればいい」
ルガンは、机の上の報告書に指先を軽く置きながら続けた。
「四人が復帰できる状況になったとしても、弓兵部隊や斥候部隊に組み込んでいた二人はそのままだ。
もう一人の……ダリルか。こいつもだ」
カディンやヴィルクが静かに耳を傾ける中、ルガンは淡々と指示を重ねる。
「こいつはガレスの隊に戻して任務に当たらせろ。報告では、スリングの扱いも相当なものらしい。これだけの戦果を上げた七人だ。
戦力として眠らせておくのはもったいない。それに残りの三人も復帰したら同様だ」
その言葉には、ただの評価ではなく、戦力の再構成を見据える冷静な判断があった。
ヴィルクが一歩前に出て、静かに賛同した。
「……そうですね。その方がよいでしょう。いつアーレン峡谷から援軍要請が来るか分からない。戦力は温存せず、動かすべきときに動かせる状態にしておくべきです」
その言葉に続いて、カディンも小さく頷く。
「そうだな。今回の戦果により、盗賊を使った進軍はしばらく遅れると見ていい。連合もアーレン峡谷に兵力を割いている以上、こちらへ正規兵を送ってくる可能性は低い。今のうちにこちらは戦力を立て直すべきだ」
会議室に、落ち着いた空気が満ちていった。
だが、その静けさの下には、確かな決断の重さが沈んでいた。
ルガンは静かに立ち上がり、手を一度だけ叩いた。
乾いた音が会議室に響き、漂っていた緊張をまとめて断ち切る。
「――独立奇襲小隊と第三斥候部隊、そして暗殺部隊のおかげで、砦周辺の戦力を整える時間は確保できた」
低く、だが確かな力を持つ声が室内に広がる。
「これから、占拠した廃村や周辺地域の再編を進める。時間を無駄にはできん」
その言葉に、三人はわずかに姿勢を正した。
ルガンは続ける。
「――ヴィルク」
名を呼ばれた副隊長が、一歩前に出る。
「こちらに着任して早々で悪いが、王都へ行き、工兵の援軍を要請してこい。各部隊には工兵の役割を割り振り、周辺の廃村までの道を整備させろ。訓練兵にも手伝わせて構わん。場合によっては、周辺の村や町にいる大工や職人にも依頼を出せ」
ルガンの視線が鋭くなる。
「速やかに進めるぞ!」
ヴィルクは迷いのない動作で胸に手を当て、深く頷いた。
「……はっ。すぐに王都へ向かいます」
そのやり取りを見守りながら、カディンと参謀補佐も静かに息を整える。
会議室には、先ほどまでの混乱した空気ではなく、決意の熱がじわりと満ち始めていた。
ヴィルクが敬礼し、足を軽く鳴らして一歩下がると、参謀補佐が控えめに口を開いた。
「それならば、こちらで周辺の村や町の職人への交渉を進めます。……給金は、どういたしましょうか?」
ルガンは即答した。
「正規以上の金額を出して構わん。それよりも――早さの方が重要だ」
砦の隊長としての判断が、言葉の端々に力を含んでいた。
続けて、ルガンは背筋を伸ばしながら広範囲を見据えるように語る。
「これから冬が来れば、一旦戦局は落ち着く。それまでに拠点を広げ、グレイウォール山脈周辺を掌握することが……今後の戦局で優位に立つ鍵となる」
その言葉に、カディンが資料を見下ろしながらゆっくりと口を開いた。
「拠点を広げるのであれば……農村地を作るのも一つの手だろう。幸いにも、ここには徴募された農民が多くいる。農作の知識を持つ者たちに作業を割り当てれば、すぐに成果は出なくとも……いずれは食糧問題を砦周辺で自給できる」
カディンは視線を上げ、確信を持って言い切った。
「そうなれば、戦局をさらに有利に進められる」
それは、いまの砦にとって極めて現実的で力強い提案だった。
屯田兵に近い制度――兵と農を兼ねる形は、この状況を打開する最適解に思えた。
ルガンは深く頷く。
「……いい案だ、カディン。これからの指揮は我々の仕事だ。このチャンスを生かすも潰すも――我々次第だ!」
そして力強く場を締めた。
「速やかに行動するぞ!」
カディンは静かに頷き、ヴィルクと参謀補佐は胸に手を当てて敬礼した。
揺れる燭台の光が、四人の影を長く伸ばす。
その影は――砦の未来を担う者たちの決意そのもののように見えた。




