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兵の風と鐘の音にさらわれた少年  作者: 炭酸水
第一部 兵の風の中で
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第67話 静かな帰路

昼の光が森を斜めから照らし始めたころ、俺たちはようやく高台の拠点を出発した。

体にはまだ切り傷の痛みが残っているのに、歩き始めるとどこか軽く感じた。


その少し前――


レナードとオズワル、そしてミロはカイ隊長の元へ出向き、最後の挨拶をしていた。

報告書の控えや、砦へ伝えるべき情報のまとめ。それらを受け取っている横で、斥候部隊の兵たちが次々と後処理の準備を進めていた。


捕虜にした盗賊の姿は、もう高台にはなかった。

第三斥候部隊がすでに連行していったと聞かされる。


「あいつは殺さないそうだ」


戻ってきたレナードが、短くそう言った。


理由はすぐに分かった。

盗賊とはいえ、こちらに嘘をつかずに情報を出してくれたこと。

そして、彼が連合国の出身であることが大きかったらしい。


国の事情。食糧事情はどうなっているのか。

そして――なぜ盗賊に堕ちたのか。


それらは軍にとって、ただの一兵士が知り得ない情報とは違う「生の声」だ。

価値がある、と判断された。


(……戦争って、こういうところがあるんだな)


敵か味方かではなく、使える情報かどうか。

その割り切りに、胸が少しだけざわついた。


***


昼過ぎ。

木々の隙間から漏れる光が、戦い終わりの森を静かに照らしていた。


オズワルは包帯を巻いた腕を確かめ、トマは槍の柄を握り直し、ロランは矢筒に補充された矢の重さを静かに調整していた。

ダリルは腰につけているスリングを軽く叩き、ミロは全員の動きを確認するように見回して頷く。


「よし、行くぞ」

レナードの声に、俺たちは荷物を背負い直す。


森へ踏み出した瞬間、第三斥候部隊から護衛として同行してくれる二人も、無言で隊の後ろに位置を取った。

彼らが横にいるだけで、背中の緊張がわずかに和らぐ。


一日目


高台を離れてしばらくすると、歩くたびに体の傷がじわりと疼いた。

それでも進み続けられたのは、焦る必要がまったくなかったからだ。

砦には、すでに第三斥候部隊の先遣組と捕虜の盗賊が向かっている。

俺たちはただ、無理なく歩ける速度で森を抜けるだけだった。


途中、護衛の一人が素早く森の奥へ入り、小動物を仕留めていた。

焚き火を起こした夕暮れ、肉の匂いが漂い始めたとき、ようやく空腹を思い出すほど疲れていた。


俺たちは黙って座り、裂いた肉を串に刺して焼いた。

焚き火のはぜる音と、遠くの川のせせらぎだけが夜の森に混ざっていた。


二日目


朝の冷気が骨に染みる。

全員の動きは一日目よりもさらに鈍く、荷物を背負うだけで小さく息が漏れた。


護衛の斥候の二人は先に進んだり後ろについたり、状況に合わせて静かに動いている。

その足取りは軽く、疲労の色がまったく見えなかった。


昼前、再び小動物を仕留めてくれた。

捌く姿は慣れたもので、俺たちが休んでいる間に昼飯の準備が整う。

食事のたびに体力がわずかに戻り、歩調も少しだけ軽くなった。


午後はほとんど森の中を無言で進んだ。

風に揺れる木々の音と、足元の枝が折れる乾いた音。

その単調さが心地よく、戦いの日々からようやく離れられた気がした。


日暮れ前、段々と地形が緩やかになり、砦への道が近づいていることを感じながら、二度目の野営に入った。


焚き火に照らされた仲間の影は、どれも疲れていたが――

どこか、安堵が滲んでいた。


三日目


森の空気が少しずつ澄みはじめ、砦がそう遠くない場所に戻ってきたと実感するころだった。隊列の後ろにいた護衛の一人が、足を止めてこちらへ歩み寄ってきた。


「ここまでくれば問題はないだろう。俺はここで隊に戻る」


短くそう告げると、彼はレナードへ敬意を示すように軽く頷いた。

二日間、何も言わずにずっと後方を守ってくれていた男――ノール。

あまり喋らなかったが、焚き火のそばで肉を配ってくれたり、道の状況を手で示してくれたりと、気づけば仲間のような空気を纏っていた。


ミロがノールと何か話している。

どうやら、斥候部隊にいた頃に何度か顔を合わせていたらしい。


ノールはそのまま身軽に森の奥へ消え、廃村へ戻っていった。


そのすぐあと、前方の茂みから三つの影が姿を現した。

先に捕虜を連れて砦へ向かっていた斥候の兵たちだ。


報告を済ませた彼らは、「これから部隊に合流する」とだけ告げると、再び森の奥へ消えていった。


三人の背中が木々に紛れて見えなくなるまで、俺たちは静かに見送った。


残ったもう一人の護衛――サンスイはその様子を横目で見ながら淡々と前を歩き出す。


「俺は最後まで護衛を言い渡されている。それに砦が近くなったら先に行き、お前らの帰還を伝える」

そう言うと、再び無言に戻り、一定の距離を保って先頭近くを歩いた。


森の木々がまばらになり、風の匂いが変わる。

足元の土も固く締まり、踏みしめた音が少しだけ乾いた。


もうすぐ森を抜ける。

砦は――もうすぐそこだ。


***


森を抜け、固く踏み固められた砦へ続く道へ入った途端空気が変わった気がした。

木々のざわめきではなく、遠くの人声が風に混じって聞こえる。


そのとき、前を歩いていたサンスイが足を止め、こちらへ振り返った。


「ここまでくれば護衛はいらないだろう。先に行き、お前らの帰還を伝えてくる」


それだけ言うと、軽く手を上げて続けた。


「……ゆっくり休めよ」

背中は大きくも小さくもない。ただ、頼もしさだけは最後まで変わらなかった。

サンスイはそのまま軽い足取りで砦に向かい、やがて姿が見えなくなる。


気づけば――

砦を出てから、まだそれほど経っていない。


だというのに、まるでずっと任務に出続けていたような重さが胸に残っていた。

戦いと緊張の連続で、どれほどの日が流れたのかさえ曖昧だ。

時間が伸びたり縮んだりするような、妙な感覚だった。


そんな中、前を歩くレナードが立ち止まり、こちらへ声を掛けた。


「もうすぐだ。さすがに敵の心配はないと思うが……油断はするなよ」


それから、少しだけ肩の力を抜いて続ける。

「ガレスに怒られても知らんぞ」

その言葉に、全員から小さく笑いが漏れた。


ガレス――

俺たち七人の徴募兵を最初に導いてくれた上官。

怒りながらも気にかけてくれる不器用な兄のような存在だ。


(……ガレス、どうするんだろうな)


初任務でこれだけの功績を残してしまった。

これから俺たちは、どんな立場になるのだろう。

ガレスは上官のままいてくれるのか。それとも、離れてしまうのか。


たった数日の任務なのに、気づけば自分たちの進む未来が変わってしまったようで、胸の奥がそわそわして落ち着かなかった。


それでも――


道の先に砦の石壁が見えた瞬間、その感情もすべて、ゆっくり溶けていく。


見慣れた見張り台。

風にたなびく王国旗。

高い壁の陰に、温かい人の気配。


(……帰ってきた)


その光景を見ただけで、理由のない安心が胸に満ちた。


俺たちは歩き続け、ゆっくりと砦の門へと近づいていく。


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