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兵の風と鐘の音にさらわれた少年  作者: 炭酸水
第一部 兵の風の中で
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第66話 任務完了

廃村から離れ、俺たちは重い足取りで高台へ戻った。


息は整っているはずなのに、胸の奥だけがまだざわついている。

坂を上り切ったころ――


「おい、大丈夫か!?」


ロランが駆け寄り、俺たちの姿を見て目を見開いた。


レナードがゆっくり答える。

「大丈夫だ。大きなケガはない……ただ、死ぬほど疲れたがな」


少しだけ乾いた笑いも混じっていたが、声には確かに疲労の色が滲んでいた。


俺たち四人――

レナード、トマ、オズワル、そして俺。


腕には細かな切り傷、皮膚がめくれた痕、青黒い痣が無数についていた。

防いだ斬撃の数、受け流せなかった衝撃の数、そのまま刻まれているようだった。


(……疲れた。なんて無茶をしたんだ)


あいつら――盗賊たちは、最初から味方の部隊に追われて負傷していた。

だからこそ俺たち四人でも踏みとどまれた。

それでも正面から十数人と切り結んだ事実は変わらない。


その実感が、今になって全身を重くしていく。

視線を落とすと、自分の腕が小刻みに震えていた。


(……緊張が、解けたんだな)


レナードが全員を見回し、低く言う。

「……まずは手当だ。切り傷は放っておけば化膿する。早く水で洗い流すぞ」


オズワルが頷く。

「……そうだな。ミロ、水を頼めるか」


「わかった!少しだけど、薬もあるよ!」

ミロがすぐ動き出す。携帯用の塗り薬――斥候だけが持つものだ。


「助かる……」

オズワルの声も、ほっと緩んでいた。


遠くの廃村では――もう叫び声はほとんど聞こえない。

戦いはもう終わりかけている。


***


廃村の方角に漂っていた怒号は、いつの間にか完全に消えていた。

俺たちは高台の開けた場所で腕の傷を洗い流し、ミロが持っていた薬を塗り合っていた。


その最中――


ザッ、ザッ、ザッ……。


規則正しい足音が、森の奥からこちらへ近づいてくる。


顔を上げると、木々の間から現れたのは――

カイを先頭にした、斥候部隊の面々だった。


最初の数人だけだと思っていたが、列は途切れない。

十人……二十人……四十人近くいる。


(……こんなにいたのか)


漠然とした驚きが胸を満たす。

この規模で挟撃をしたのなら、弱っている盗賊団が蹂躙されるのも納得がいった。


カイは周囲を見渡し、俺たち四人の傷だらけの姿に目を細めた。


「……情報を共有する前に、まずは手当だ」

短くそう言うと、後ろの部下に声を飛ばす。


「おい、薬と包帯を分けてやれ」


数名が即座に動き、慣れた手つきで包帯や薬草を取り出し始める。

手当の手際は早く、まるで戦場で慣れきっているかのようだった。

それだけでなく、さらに指示を出しており、廃村や洞窟に向かっている斥候もいる。


その様子を漠然と見ていると、一人が俺の前にしゃがみ込んだ。


「大丈夫か?相当無茶したな」


声は荒っぽいが、手つきは丁寧だ。

エドリックは素直に頭を下げる。

「……ありがとうございます。無茶をしました」


その兵はほんの少しだけ口元を緩めた。

「素直でいい。だがまあ……よく生きてたよ、お前ら」


肩の力が抜け、思わず息が漏れた。

斥候の兵士たちが次々と手当をしてくれる音が、どこか心地よく感じられた。


手当てが終わる頃――

ようやく、「戦いが終わった」という実感が、胸の底からじわじわと湧き上がってきた。


周囲では、カイの部隊が絶え間なく動き続けていた。

廃村の見張りや盗賊の遺体処理。洞窟の監視、近くの警戒線の構築……。

俺たちが疲れで動けなくなっている間にも、戦場はまだ整えられていた。


オズワルも、トマも、ようやく肩の力を抜いていた。

二人とも座り込むと、じわっと汗が滲むのが見える。緊張が解けた証拠だ。


少し離れた場所では、ダリルとロランも地面に腰を下ろしていた。

特にロランは息が荒く、肩で大きく呼吸をしている。


(……あの距離で、ずっと撃ち続けてたんだからな)


高台での遠距離援護。

俺たちが斜面を戻ってくる途中も、矢を放ち続けていたロランの疲労は当然だ。

それでも彼は最後まで弓を離さなかった。


そんなことを考えていると――

ミロがこちらへ歩いてきて、少し不安そうに声を掛けてきた。


「エド、大丈夫かい?カイ隊長たちと一緒に来たら戦ってるんだもん……びっくりしたよ。それも廃村のど真ん中で」


俺は小さく笑い、肩を落とした。

「大丈夫だよ。ただ……本当に疲れた。レナードの読みが当たったとはいえ、無茶をしたって――今になって思ってる」


そう言いながらレナードへ目を向ける。


レナードは、少し離れた場所でカイと話していた。

今日までの任務報告。戦闘の推移やなぜ四人だけで廃村に突入していたのか――

その経緯を淡々と説明している。


カイの部隊の斥候たちも、その説明に耳を傾けていた。

「盗賊の状況をみて瞬時に……?」という驚きが、彼らの顔に浮かんでいる。


カイ自身も黙って頷きながら話を聞いていた。


(……レナードって、本当にすごいな)

自然とそんな言葉が心の中へ浮かんだ。


朝はミロを見捨てるのか?

そんな煮え切らない感情が胸の中に渦巻いていた。


でも今は違う。


無茶だと思う判断も言葉もすべてこの結果に繋がっていた。

仲間を救い、仲間を守り、そして生き延びるための判断だった。


その事実が、胸を静かに温めていた。


ぼんやりとレナードの背中を眺めていると、廃村で作業をしていた斥候の一人が駆け足で戻ってきて、カイへ何かを報告した。


カイは短く頷き、報告を受け取ると、すぐにレナードへ歩み寄って何事かを伝える。

レナードもそれを聞いて深く頷き、仲間全員へ声を張った。


「集合!」


その声に、俺は立ち上がろうとするが――

疲れのせいか足に力が入らず、ふらついてしまった。


「エド、大丈夫?肩貸すよ」


ミロが慌てて支えてくれ、俺はようやく立ち上がることができた。

ミロの肩を借りながら、レナードのもとへ向かう。

さっきまで廃村の中で戦っていた三人――オズワル、トマ、そして俺。

そこに遠距離で援護してくれたロラン、ダリル。援軍を率いて戻ってきてくれたミロも集まり、レナード隊全員が揃った。


全員が揃ったのを確認すると、カイが一歩前へ出る。


「戦後だから、楽にしてくれて構わない」


その一言で、場の緊張が少し和らぐ。

カイは淡々と、しかしはっきりと状況を話し始めた。


「今回、廃村で討ち取った盗賊は――94名」


空気が一瞬止まった。


「そのうち、レナード隊が討伐したと見られる人数は……52名だ」


「……は?」

誰かの小さな声が漏れた。

それは俺かもしれないし、トマやダリルかもしれない。

ざわっ、と全員の間に驚きの波が走る。


(52……?あの短時間で、俺たちが……?)


夢中で戦っていたせいで、まるで実感がない。

ただ、腕の痛みと呼吸の荒さが――それを真実だと教えていた。


カイは続ける。

「独立奇襲小隊隊長レナードの報告によれば、今日までに仕留めた盗賊の数は48名。一名捕虜。そして先ほどの戦闘での52名。……合計で100人だ」


息をのむ音が周囲から聞こえた。


「お前たちは盗賊とはいえ――軍でいえば中隊を殲滅したほどの戦果を上げた」


再びざわつきが広がる。レナードですら、わずかに目を見開いていた。


カイは周囲を見渡し、静かに続けた。

「連合からの脅威を未然に防いだ。それだけじゃない。情報共有も迅速で、状況判断も的確だった。上層部はこの廃村を新たな拠点にすることも検討している」


そして一呼吸置いて――カイは深く頭を下げた。


「それに……レナード隊が囮となり盗賊と戦ってくれたおかげで、俺たち第三斥候部隊は誰一人欠けることなく盗賊を討伐できた。隊を代表して感謝する」


その光景に、思わず息が詰まる。

レナードも、オズワルも、一瞬言葉を失っていた。


(……俺たちの戦いは、本当に意味があったんだ)


胸の奥にじわりと熱いものが広がる。


カイは顔を上げ、次の指示を告げる。

「ここからの見張りは、こちらの部隊が引き継ぐ。お前たちは砦へ戻り、戦果を報告しろ。報告書はこちらで準備する。証言人として護衛を二人つける」


「ミロ、お前はレナード隊に合流し、そのまま砦へ戻れ」


「了解!」

ミロがしっかりと返事をした。


「以上だ。少し休んだのち行動に移れ!」


カイが敬礼。

近くにいる第三斥候部隊も一斉に敬礼する。


レナードもそれに合わせ敬礼し、俺たちも続いて手を上げた。


「解散!」


カイの短い号令が響き、空気がゆっくりと解きほぐされていく。


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