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兵の風と鐘の音にさらわれた少年  作者: 炭酸水
第一部 兵の風の中で
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第44話 陽の下の再起

陽の光が頬を刺した。

「……ハッ!」

ミロは跳ね起きた。息が荒く、額に汗が滲んでいる。

目を瞬かせると、崩れた屋根の隙間から光が差し込み、埃の粒が白く揺れていた。

(……昼ごろかな?…さっきまで何やっていたんだっけ?)

頭がまだ重い。喉が乾き、全身が少し硬い。


「よう。起きたか」

低い声がした。オズワルがすぐそばにいた。

納屋の入口の影に腰を下ろし、短槍を膝に乗せたまま、こちらを見ている。

ミロはオズワルをみてさっきまで盗賊を見張っていて、みんなに報告をしたことを一気に思い出した。


「ご、ごめん!完全に寝ちゃってた。盗賊はどうなった!?」

ミロは慌てて身を起こす。体の節々が軋み、土埃が服にまとわりつく。


オズワルは首を横に振った。

「大丈夫だ。俺もあとから聞いたが、こっちに向かってた盗賊四人はもう仕留めた。

そのあと三人が来たみたいだが、それも片付いていると報告を聞いている」


言葉を区切り、視線を森の方に向ける。

「今はエドリックとダリルとトマが、洞窟と廃村をつなぐ小道を見張ってる。

レナードは仮眠中だ。ロランは連合側を見てる」


ミロはすぐに立ち上がり、納屋の陰から外をのぞいた。

陽はすでに高く、森の影が短くなっている。

(……みんな、もう動いてるんだ)


小道の先――連合側の入り口に目を凝らす。

朝の光とは違う強い白さの中に、弓を構えたロランの姿が見えた。

その立ち姿が、まるでまだ戦いが終わっていないかのように、張りつめていた。


「……ごめん。肝心な時に寝ちゃって。みんなが戦ってるのに、僕だけ……」

ミロは肩を落とした。拳を膝の上で握りしめ、視線を落とす。

藁の間から差し込む陽の光が、彼の頬を照らしている。

顔を上げることができなかった。

(僕が起きていれば、もっと手伝えたのに……)


オズワルは小さくため息をついた。

その音には呆れよりも、どこか柔らかい響きがあった。

「お前は馬鹿か?」


ミロは思わず顔を上げた。驚きというより、叱られた子供のような反応だった。

オズワルは腕を組み、少しだけ笑みを浮かべて続けた。

「お前、一人で洞窟の様子をずっと見張ってたんだろ?敵のすぐ近くで、夜通し動かずに情報を集めてたんだろう。そんなもん、誰だって神経がすり減るに決まってる」


彼は軽く首をかしげて、遠くの森を見た。

「それに、お前の情報があったから奇襲ができたんだ。あの報告がなかったら、こっちは動きようがなかった。……むしろ感謝しなきゃならないぐらいだ」


ミロはぽかんと口を開けた。

馬鹿にされたと思って身構えたが、返ってきたのは想定外の言葉だった。


オズワルは苦笑して、槍の石突きを軽く地面に打ちつけた。

「それに俺たちが奇襲訓練や斥候訓練を受けている時にも、斥候部隊のランデル副隊長からも聞いてる。

お前は斥候能力が高いけど、戦闘力は俺たちの中で一番低いってな」


ミロは思わずむっとして眉を寄せたが、オズワルはその表情を見て笑った。

「別に悪い意味じゃねえさ。もしそれで戦闘力まで高かったら、俺たちの立場がなくなるだろ?お前は見つける役目、俺たちは戦う役目。それぞれの強みがあるから隊が成り立つんだ」


言いながら、彼は自分の短槍を軽く掲げた。

「俺なんて中距離攻撃ができない。短槍は投げられるけど、投げたら武器がなくなる。

……不便だろ?」

冗談めかした口調だったが、その声の奥には穏やかな優しさがあった。


ミロは俯いたまま、小さく笑った。

肩の力が抜け、胸の奥にあった重い塊が少しだけ軽くなる。

(……僕にできることを、やればいいんだ)


オズワルは彼の表情を見て、満足げに頷いた。


ミロはふっと顔を上げ、恥ずかしそうに笑った。

「ありがとう、オズワル。あのさ——オズワルってあんまり喋らない印象だったんだけど、結構喋るんだね。それに何かと漁とか魚に例えるから意外だったよ」


オズワルは一瞬きょとんとした表情を見せ、それからにわかに柔らかな笑みを浮かべた。

「……お前も、口がよう動くな」

そう言いつつ、彼は何ともいい顔をしてミロの頭をぐしゃりと撫でた。手のひらの温かさが、まだ眠気の残るミロの髪を乱す。


「やめてよ、オズワル」

ミロは抗議するように身をよじるが、口元は緩んで笑ってしまう。

その様子を見て、オズワルはにやりと笑った。短い笑い声が納屋の陰にこだました。


「お前も生意気だな。エドリックもそうだった」

オズワルの声には苛立ちよりも、どこか誇らしげな響きがあった。仲間をからかう者だけが持つ安心感が滲む。


「そろそろ行くぞ。お前が起きたらレナードに『起こせ』って言われてるんだ」

彼は短槍を膝に押し戻し、立ち上がる仕草を見せる。陽の光が鎧や皮革に反射して、動きが際立った。

「盗賊ももう人数は少ないはずだ。これから合流して作戦会議だ」


ミロはゆっくりと体を起こした。背筋に冷たい風が走るのを感じる。まだ重い頭を振りながらも、胸の奥に小さな覚悟が芽生えた。

「わかった。確かに、七人も戻ってこなかったら向こうも異変に気づくはずだよね。」


オズワルは頷き、短く息をついた。

「そうだ。いいか、焦るな。お前は情報を持ち帰ってみんなにそれを共有させた。それだけでも十分に価値がある。戦うのはお前だけじゃない。みんなでやるんだ。お前の仕事は情報を生かすことだ」


ミロはその言葉を胸に、もう一度周囲を見渡した。崩れかけた納屋、割れた石畳、遠くで揺れる樹影——昼の光は変わらずに強かった。


彼は深呼吸をし、オズワルとともに納屋を出る準備を始めた。足取りはまだ重いが、確かに前へ進む力が戻ってきているのを感じていた。


***


オズワルとミロは、静まり返った廃村の一角を抜け、レナードが仮眠を取っていた場所へ向かった。


オズワルは

「ロランを呼んでくる。レナードがいる場所で集合しよう。レナードは…あそこだ」

といって連合側入り口の方へ向かう。


オズワルに教えられた場所にミロは歩きレナードを見つけた。

崩れた壁の影にしゃがんでいたレナードは、体を丸めたまま眠りに落ちている。冷気をわずかに残す風が、彼の肩にかけられた布を揺らした。


ミロがそっと近づき、ためらいながら肩に触れる。

「レナード、起きて。……その、ごめんよ。寝てしまって――」


レナードはゆっくりと目を開け、薄く笑みを浮かべた。

「気にするな。俺も今まで寝ていた。お前が寝てた間も状況は悪化していない。大丈夫だ」


その言葉にミロは息を詰め、少しだけ肩の力を抜いた。レナードはゆっくりと立ち上がり、鎧の留め具を確かめながら周囲を見回す。


そこへ、ロランを呼びに行っていたオズワルが戻ってきた。木立の影を抜けて現れたロランは、相変わらず落ち着いた様子だったが、眼差しには緊張の色が宿っている。


「ミロ、大丈夫なのか?」

ロランの問いに、ミロは小さく笑って頷いた。

「大丈夫。もう回復したよ」


その言葉にオズワルがすかさず茶化すように口を挟む。

「そりゃそうだろうな。いびきまでかいてたんだからな」


「もう!やめてよ!」

ミロがむっとした表情を見せると、小さな笑いが広がった。緊張していた空気がわずかに緩み、戦場とは思えない静かな一瞬が流れる。


笑いが落ち着いた頃、レナードが表情を引き締めた。

「さて――これから全員で洞窟の盗賊を討伐する。そのため一度ここを離れる」


その言葉にオズワルが眉を寄せる。

「それはいいが、ここはどうするんだ?」


レナードは一拍おき、淡々と説明を続けた。

「ここに見張りを残す案も考えたが、もし援軍が来た場合、少人数では対応できない可能性が高い。突破されれば洞窟側と挟み撃ちにされる危険がある。それなら、先に洞窟を制圧した方が安全だ。全滅の可能性を下げられる」


理にかなった判断だった。全員が頷く。


「洞窟を占拠した後は、連合との証拠を探したのち別の道を使って移動する」

レナードの視線が地図を描くように動く。

「当初、俺たちが廃村に来たときに先任斥候が陣取っていた高台――廃村を見下ろせる場所だ。そこに移動して、再び斥候を続ける。」


オズワルが確認するように頷く。

「つまり、洞窟を叩いてから上に戻るということか」


「そうだ。そして洞窟を制圧したら、ミロに砦へ戻ってもらう」

レナードは確固たる口調で続けた。

「上官たちに報告をして、これからを判断してもらう。それが最も合理的だ」


ミロは短く頷いた。夜明けから続く疲労がまだ残っていたが、その目には確かな意志が宿っていた。


「レナード」とオズワルが問う。「その高台へは洞窟側からも行けるのか?」


レナードが視線を向ける前に、ミロが即座に答えた。

「大丈夫。そこらの道は調べてあるよ」


「よし」レナードは深く頷き、視線を全員に巡らせる。

「行くぞ。ここには戻ってこない可能性が高い。だから――俺たちの痕跡を残すな。

集めた死体に関しては……時間がない。隠しておくだけにする」


短い命令に全員の表情が引き締まる。

「了解」と三つの声が重なった。


各々が装備を整え始める。ロランは矢を束ね、オズワルは短槍の紐を締め直し、エドリックとトマの分の補助具を確かめる。レナードは地面に落ちた足跡を一瞥し、それを踏み消すように踵を動かした。


全員が準備を終えると、死体を配置してある場所に行き、草を使って偽装する。

すぐに気が付かれる可能性もあるが何もしないよりはいいという判断だ。


やがてレナードが低く声を上げた。

「出発だ。三人と合流するぞ。ロラン先導を頼む」


ロランは頷き、弓の弦を指で軽く確かめた。

一瞬、誰も動かない。風が止まり、鎧の金具が小さく鳴った。

その静けさの中で、全員の呼吸がひとつに揃う。

ロランが前に出て、先導を開始した。古びた家々の間を抜け、森の縁へと足音を消す。


――戦いの舞台は、洞窟へと移ろうとしていた。


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