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28.成長しない by柴公

 ハンカチを差し出した俺の右手を振り払い、涙で光る黄金色の瞳を持つ長い赤髪の少女は、逃げるようにして走り去っていった。


「アレキサンダー様に不敬を働くなんて……」

「あのならず者は万死に値するわね……」

 

 俺の背中でそんな囁きを受け止める。

 うん……如何にもモブっぽい言葉の数々だ。

 それに比べてあの華奢な赤髪の少女はヒロインになれるポテンシャルがあるな。

 少なくとも、ギャルゲーの攻略対象ではあるな。

 小動物系のロリ、特殊性癖持ちにはドストライクだな。


 俺はそんな妄想をしながら学園の外に出る。

 そこには……

「げっ……」

「姉の顔を見て何よその反応は」

 馬車を背にした、俺と同じ金髪碧眼の背の高い女──俺の実の姉、パトラ · アルフレッドが仁王立ちしていた。

「ほら、ぼさっと立ってないで、行くわよ、アレク」

「うわっ……!」

 姉上は俺の腕を掴み、馬車へ無理矢理乗せる。

 そして、姉上は御者に声を掛け、それに合わせて馬車は動き出す。

 

 馬車の広いとは言えないこの空間に二人きり。

 それも気の強い姉上と。

 なんて居苦しいんだ。

「……何でそんなにつまらなさそうにするのよ。折角愛しの姉上が迎えに来たって言うのに」

「何が愛しの姉上だ。口煩い姉上の間違いでは?」

「随分口が達者になったものね」

 俺も姉上も顔は笑っているけど、心は全く笑っていない。

 

「……そんなことより、今日の試験はどうだったの?」

「言わなくても分かるだろ?」

「全く出来なかったのね?」

「逆だバカ」

「……そう言う口の悪い所を治しなさいよ。成長しない弟ね」

「はいはい、俺は成長しないんですよ」

 成長しない、か。

 それで良いんだよ。むしろ、それが良い。


 大抵のラノベの主人公は成長していく。

 過去の自分の弱さを受け入れ、乗り越えていくんだ。

 そして、そんな姿が読者にヒットする。

 だが、俺はそんな成長していく主人公が嫌いだ。

 そんな姿を見ると、何も成長しない、過去から逃げ続けている自分が嫌になるからだ。


 俺は異世界に転生した。

 今の俺は柴光太郎じゃなくて、アレキサンダー·アルフレッドだ。

 柴公とは、全くの別人なんだ。だけど……

 中身はあれから全く成長していない、醜い柴公のままだ。

 当然だ。だって過去に向き合うなんてこと、一度もしたことが無いのだから。

 

 俺はふと、あの赤髪の少女のことを思い出す。

 泣いていたのは、問題が全然解けなかったからだろうか。

 それで辛くて泣いていたのか?

 だが、俺には赤髪の少女が何処か羨ましく感じてしまう。

 何故だろう。彼女のことなんて、俺は全く知らない。

 なのに、何故あんなにも美しく見えたのだろう。

 あの場にいた時は妄想ばかりして、こんな疑問は妄想に埋めつくされて隠されていた。


『逃げるなよ、柴公』


『成長しない弟ね』


 また、逃げてたのか、俺は。

 それも、無意識に。


「………ア…ク……………?」

 ……ん?

「アレク、聞いてるの?もう着いたんだけど」

「あ、あぁ」

「はぁ、どうしたのよ、さっきからずっと上の空で」

「いや、次の剣術試験のために鍛練しないと、って。だから、俺、素振りしてくるっ……!」

「ちょっ、アレク……!」

 

 俺は走ってこの場を去る。

 そして、着替えもせずに木剣を手に取り、城の中庭で素振りをし続ける。

 何回も何回も何回も。







 鍛練と称した、鬱憤晴らしのために。


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