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第2話

それからの八年は、とても短かった。いや、本当は長い年月がたっていたのだが、アデルにはとても短く感じられたのだ。それこそまるで、「魔法」のように。

 アデルはアルに使った魔法以外、この八年間、魔術は一度も使ったことがない。しかもその魔法は自分では自覚のないものだった。ただでさえ、アデルが近くに居ると皆逃げ回るのに、魔術なんか使ったら袋だたきだ。十六歳になる前に、死んでしまう。

 十六歳になったアデルは、再びあの遠い王宮へ向かったのだった。




 「母さん、じゃあ行ってきます」

アデルは心なしか弱々しい声で言うと、母親の小さな身体を、ギュッと抱きしめた。それから戸口へ向かいもう一度振り返ると、クラリスは励ますように、優しく微笑みかけてくれた。アデルはそれでほんの少し元気を取り戻し、自分も微かに微笑むと、また不安に押しつぶされ、無様に母のもとへ戻ることになる前に急いで外へ出た。そして深く溜め息をついてから、陰鬱な表情のまま、重い足を前に進め始めた。

 十六歳になったといっても、アデルはそれほど変わらなかった。身長も、百六十センチちょっとしかないし、体格もまだひょろりとしている。顔つきは、よく大人っぽくなった言われるけれど、くりくりの大きな青い瞳や、肌が白いせいですぐに紅く染まる頬のおかげで、まだまだ子供っぽい。それに比べて、アルテミスはものすごく成長した。まだ十二歳なのに、兄よりも数センチほど背が高いし、声も早々と声変わりして、大人っぽくなってきた。体格なんか、八年前、アデルが見たあの衛兵と互角なほどだ。しかし残念なことに、アルのあの小生意気で意地っ張りな性格は、まったく変わらなかった。

アデルは重い足を引きずるようにして歩きながら、この八年間、考えに考え、それでもまだ答えの出せないあの“問題”のことを思った。

 その“問題”とは、八年前、あの王宮で国王に言われた「探し物」のことだ。 

国王のわざとらしいほどの茶目っ気たっぷりな笑顔。八歳のころ、アルに魔術をせがまれたときの笑顔にそっくりだった。何か怪しい・・・・。アデルは最近から胸の奥で、もやもやと胸やけがする。これは、八年間の中でもあった。この感じがすると、必ず近いうちに不運がやってくるのだ。

 アデルはぼんやりと物思いにふけりながら「待ち合わせ場所」まで行った。待ち合わせ場所は、このイースタンビレッジで一番大きく、村の中心にあるイースト広場だ。

 アデルの住んでいるところは村外れで、静かなところだった。イースト広場は村の中心部にあるので村外れから行くと、少なくとも三十分はかかる。しばらく待つと、道の奥のほうから、馬の軽快な足音が聞こえてきた。すぐに、立派な白い馬に引かれた、大きな馬車が見えてきた、なんとなく、懐かしい感じがする。

このときアデルは、いつも賑やかなはずのイースト広場が、なぜかガランとしていて人気がないことに、気づかなかった。今思えば、最初にこのことに気づいておけばよかったのだ。これがあの人が仕掛けた、最初のトラップだったのだから。

 それからアデルは、まだ物思いにふけりながら上の空で馬車に乗り込んだ。考えが、不思議なほど頭のなかでグルグル回っていた。次々に新しい考えが浮かび、他の事に気をつける暇が全くない。

 衛兵や御者の様子がおかしかったことにも、アデルは気づかなかった。衛兵はしっかりはしているが何かしょんぼりとしていて、馬車が揺れると、まるで人形のようにされるがままになっているのだ。御者も衛兵とまったく同じだった。ただ馬を操っているだけで、一言もしゃべらない。しかも馬の足音さえしないのだ。白馬は空を走っているように、ぬれている地面に触れていない。アデルがこのことに気づいたのは、もう何時間もたったあとだった。

 はっとして顔を上げると、辺りはシーンとして、自分の呼吸の音しか聞こえない。アデルは一瞬、僕の耳はおかしくなったのかと思った。鳥が鳴く声もしない。王宮のある村プロテマは、国中の村の中で一番賑やかで、一番美しい村と評判なだけあってここら辺にくれば、思わず耳を塞ぐくらい騒がしいのに。アデルは急いで、馬車の外をみてみた。

―――誰も居ない。

 道を歩く娘達の喋り声も、学校へ向かう子供達のはしゃぐ声も、家の前を箒で掃くリズムのいい音も、家にもぐりこんでいたねずみを追い払う、数人のおばさんが喚く声も、道端で、果物や布生地を売る威勢のいいおじさんの声もしない。道の両側にたつ木々のざわめく優しい音も、小鳥が紡ぎだす、美しいメロディも―――!

言葉通り、人っ子一人、いないのだ。静か過ぎる。アデルはブルっと身震いをした。

 王宮はもう、目の前だった。

不意にアデルの頭のなかで、八年前の王宮での記憶が蘇った。国王の茶目っ気たっぷりな笑顔、温かく大きな手。よく響く印象的な声に最後にちらっと見た少し意地悪そうな微笑まで。そして、アデルの頭の中で「気をつけろ・・・警告だ」の文字がガンガン響いた。アデルはこの文字の意味と記憶に蘇ったあの光景で、これも魔術師の能力なのか、直感的にわかった。

僕がこれから行くところは、危険だ。

 アデルはごくりと生唾を飲んだ。大きく、飲み込まれそうな王宮は容赦なく、じわじわとアデルに近づいてきた。

 「カタン・・・」

 静かに馬車が止まった。衛兵は無表情のまま扉を開け、恭しくお辞儀をした。アデルは用心しながら馬車を降り、無表情の衛兵たちの案内に従った。

 八年前来たときは、まだ皆いろいろな表情をしていて、いろいろな動きをしていたが、今は無表情。腕だけを動かし、道を示している。

 何時間も経ったように思える。同じ所をグルグル通った気がする。そろそろ、気が変になってしまうんじゃないか? アデルの目が回ってくるころになって、やっと国王の部屋の前についた。そこで衛兵はお辞儀をして、さっさと去っていった。アデルはしばらく呆気に取られて去っていく衛兵の背中を見ていたが、ゆっくりと扉のほうに目を向けた。

なるほどね。一番嫌な仕事は、僕に任せるって訳だ。

この扉を開けるのがどれほど大きな仕事か、あの衛兵は知ってか知らずか、アデル一人を残して去っていった。今、押しつぶされそうな程大きな不安を胸に秘めたアデルが、不安の種である張本人のいる扉を、威勢よく開け放し、入っていけるだろうか? 

 アデルは深く溜め息をついて、案内をした衛兵を小さく恨みながら、扉の取ってを掴んだ。ありったけの勇気を出して、勢いよく捻る――

 八年前の部屋と、少し変わっていた。大きなシャンデリアは見覚えがあったし、国王自身もそれほど変わったところはない。しかし、大きく変わったところが、所々見受けられた。まず、壁紙の色が、真っ赤ではなく濃い灰色になっていた。趣味が変わったんだろうか?それに、たくさん掛かっていた歴代国王の肖像画も今は姿を消し、代わりに趣味の悪い、白黒の薄汚い絵が、散り散りに掛けてあった。そして、一番大きく変わったところは、肘掛のついた椅子に深々と腰掛けた、国王の右隣に立つ、美しい女性だった。


 女性の、長く美しい、艶やかな金髪の上には、銀色に光るティアラが乗り、肌は驚くほど白い。あまりに白すぎて、灰色の部屋の中でやけに輪郭がはっきりと見える。ほっそりとした首もとには、銀色に輝く宝石がはめ込まれた、ゴージャスなネックレスをしていた。ドレスはすべて真っ白。シンプルだが、よく見ると高級そうで、胸のところには大きな銀色のリボンがついていた。そして、形の良い顔の、その大きな緑色の瞳は、アデルを真っ直ぐと、冷ややかに見つめている。

「やぁ、久しぶりだ。さすが、成長したな。アデル・ノードリー」

国王の、今も変わらない、あの印象的な響く声で、女性に見惚れていたアデルは、ハッと我に返った。

「約束の時期が来た。――よく来たな、まぁ座りたまえ。よく話合おう」

国王は目の前の椅子を指した。アデルが動くと、女性の目もそれを追って一緒に動く。

 アデルはその視線を気にしてちらちらと女性のほうを盗み見た。国王はそれに気づくと女性のほうを向いていった。

「やめなさいティーナ。アデルが気にしているだろう」

ティーナと呼ばれた女性は、ちらりと国王を見て、それからアデルに無理矢理ぎこちない微笑を送ると、もう一度国王を見て今度は愛想よく微笑みながら謝った。

「ごめんなさい、お父様」

とても静かで、鈴でもなるような美しい声だったが、すこしきつい感じもあった。アデルはそのとき、ティーナと呼ばれた女性の目の色が、国王と瓜二つなのに気づいた。国王は軽くうなずくと、女性のほうを指してアデルに視線を向けた。

「紹介しておこう。こちら私の娘、ティーナ・エリン・ヴィリアンだ。妹もいるのだが、奥の部屋にこもっていてな・・・・。次の世代の女王だ」

ティーナはアデルに向かって形だけのお辞儀をして、顔をあげるとまたアデルのことをじろじろと眺め始めた。アデルはまさか、王族にお辞儀をされるとは思わなかったので、戸惑いながらもお辞儀を返した。

国王は次にアデルの方を指してティーナ王女に言った。

「そしてこちらが、呪われし子ども、アデル・ノードリーだ。約束のときまで、イースタンビレッジに住んでいた」

アデルはぎこちなくお辞儀をしながら、そのとき、国王がちらりとティーナ王女の方を見て意味ありげな視線を向けているのを、見逃しはしなかった。

 アデルの不安な気持ちは限界を超え、自分でも思いもよらないことに、ずっと心にしまっていたことを、叫ぶように訴えかけていた。

「あ、あの・・・・国王陛下、僕はこれからいったい何処へ・・・・何処へ何を探しに行かなければならないんでしょうか。僕を生かしてまで手に入れたかった物とは、一体なんなのでしょうか――ずっとそれが気がかりで・・・・教えてください!」

 二人は驚いて呆気にとられ、しばらく顔を見合わせて沈黙していた。気まずい沈黙のあと、ティーナが怒りでギラギラと目を光らせながらずんずんと前に出てきた。アデルはそれを見て、しまったと思ったが、もう遅い。ティーナは、国王が止めに入る隙もなく真っ白い顔を真っ赤に染め、早口で喚き散らしはじめていた。

「アデル・ノードリー! あなた、今誰と話していると思ってるの? 目の前のお方はトゥーマリア国王と、その娘ティーナよ。なんて口の聞き方なの・・・・! 自分がどんな物言いをしてるか、解って口を開いてるのかしら。いったいどんな暮らしをしてきたの?  きっと礼儀というものを両親から教えてもらってないんでしょね。・・・・・まあそれもそうだわ、イースタンビレッジですって? この国で一番薄汚い所じゃない! ・・・それにしても失礼な言い方だわ。あなた、自分がどんな身分かもわかってないのね。私たちと同じ部族だって聞いたから少しはできるものだと思っていたけど・・・。ちっとも礼儀がなっていないじゃない! こんな人にあんな大事なものを――」

「ティーナ! 言いすぎだぞ!」

アデルはびくりと身を震わし、反射的に国王の方を見た。国王はものすごい剣幕でティーナを睨みつけている。ティーナはハッと口を押さえ、いまだアデルを睨みつけながら静かに言った。

「ご・・・ごめんなさい。言い過ぎましたわ。――お父様、私部屋に戻ります」

 ティーナは国王の返事も待たずにカッカッと靴音をたてながら急いで部屋を出て行った。アデルはなんだかほっとしたような、悪いことをして気まずいようなおかしな気分になった。ティーナがいると、周りの空気が張り詰められているような感じがするので、居心地が悪かったのだ。それにしてもさっきの国王の剣幕には驚いた。優しい印象のあった国王があんな大声を出すなんて・・・。アデルは改めて国王を見た。

 国王はやれやれと首を振ると以前見たことのある、あの茶目っ気たっぷりな笑顔をアデルに目いっぱい見せてから、口を開いた。

「ティーナのことは気にしなくていいぞ。いつもカリカリしていてな。すぐに忘れてくれ。ところでお前がさっき言った探し物ことだが・・・これは非常に危険なことなんだ。並の人間じゃあ、出来ない。だから、お前が大きくなるまで待った――」

アデルは国王の顔を見つめながら、やっぱりだと思った。

「お前はまだ小さかったから、わからないだろうが、この国の大きな五つの村――お前が住んでいるイースタンビレッジも入る。ノーザンビレッジ、サザンビレッジ、ウェスタンビレッジ、そしてこの王宮がある一番大きな村、プロテマビレッジ。この五つの村には一つずつ宝石がある。いずれもこの国の宝だ。ところが何百年か前に、その宝石を悪の鳥――巨大なカラスのような怪物が飛んできて、その宝石をどこか遠いところへ投げ捨ててしまった。別々のところへな。巨大な鳥がなぜこの地に来たのか、どうして宝石を盗んだのか、理由は解らないが、その伝説が描かれた古い書物には、とても興味深いものが描かれていた。――地図だ。宝石の捨てられた位置を推測して作られた――。あくまで推測だが、そこにある可能性が高いことが最近になって明らかになった。その五つの宝石のうち少なくとも、三つの居場所はこの地図でわかる。が、いずれもとてつもなく危険な場所だ。しかも後の二つはまだ行方がわからんときている。そこで、魔術師のお前が、死刑のかわりに行くことになる。伝説によると、その五つの宝石がすべてそろうと、強大な力を発揮するといわれているのだ。――いずれにせよ国の宝だ。一刻も早く見つけ出し、元の場所に戻さなければ――」

国王はここで言葉を切り、呆然としているアデルにあの笑顔を向けた。

「驚くのも解るが・・・・大丈夫、お前は悪魔から力を得ている。その力があれば、宝石は取り戻すことができるだろう。並の人間なら、できない事だってできる。魔法の使い方は、道中で嫌でも自然と覚えられるだろう。魔力が無くては通れない道が、幾つもあるからな。しかし、これは本当に危険な旅になるはずだ」

国王は、感情の読めない翡翠の瞳で、アデルをひたと見据えた。アデルの瞳が、その視線を受け止めるのを見て、ゆっくりと続ける。

「死を・・・・・・・覚悟でなければできない。―――良いな?」

アデルは黙って国王の話を聞いていたが、次第に身体がぶるぶると震えだし、止まらなくなってしまった。

 こんな旅、無理だ。いくら僕が魔術師だって、魔法なんか一度もやったことがないのに・・・。国の宝だなんてそんな大変なもの、探し当てることなんてできない。ましてや死を覚悟の上なんて・・・こんな急に言われたって。

アデルは必死で震えを抑えながら国王を真っ直ぐに見つめ、声を絞り出すようにしてやっとの思いで口を開いた。

「国王陛下。大変失礼ですが、その旅は到底僕の手には負えません。まだ一度も魔法を使ったことがないのです・・・・それに―――」

「ほう、ではお前は死刑で良いのだな? この旅に行かないとすると、お前を生かしてはおけん。国の恥だ。・・・・・私は約束を守った。お前が十六歳になるまでこの国にとどまらせ、普通の生活を保障した。そうだろう、違うか? 今度はお前が、約束を果たすときだ。それにお前がこの旅を拒絶するなら――当然家族もお前と同罪とみなし、死刑を執行することになる」

 国王はアデルの言葉を遮って、今まで一度もアデルに見せなかった、氷のように冷たい目を向けながら吐き捨てるように言い放った。

 アデルは少しの間、国王の言った意味が理解できなかった。

そして、次第に身体の奥底から湧き出る怒りに肩を震わせ、国王を睨むように見つめた。憤慨で頭がおかしくなってしまいそうだ。国王は、依然冷淡な顔つきのまま、アデルの返答を待っている。その表情には、アデルの反応を楽しむかのような余裕が漲っている。アデルはそれにも腹が立ち、もう少しで国王に飛び掛りそうになった。

 酷い―――結局は、無理矢理でも僕を旅に行かせるつもりだったんだ。今までの態度は、僕を騙すため? あの優しい笑顔も温かい手も全てまがい物だったのか? ――それに僕が行かなかったら、母さんや父さん・・・アルが

 アデルは顔を上げ、真正面から睨むように国王を見た。国王はうろたえる様子も見せず、感情の無い冷たい陰が覆うその視線をアデルに注いだ。その視線からは、何の思いも読み取れない。表情も青白く、なんの感情も表さなかった。 

 少年は、覚悟を決めた。

「・・・・・分かりました。行きましょう、宝探しの旅へ」





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