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リビエラとローリエ



国に戻っていたローエン様が婚約者を連れて帰ってきた。アリシア様と私はさぞかし幸せそうにしているであろうローエン様をからかいに…ではなく、出迎えに行った。


「医者を貸してください」


ローエン様はアリシア様を見るなりそう言って頭を下げた。腕の中には、ガリガリに痩せ細った女性が眠っている。


「好きに使え」


アリシア様はそう言って、女性を覗き込んだ。おそらくリビエラ殿下だ。王族らしい気品に満ちた儚げな女性は、位を失っても殿下と呼ぶに相応しかった。肖像画では非常に美しい姫だったが、多分あの肖像画は誇張でも何でもなく、リビエラ殿下をありのままに描いたのだろう。痩せ細っても尚リビエラ殿下は美しかった。


私とアリシア様はリビエラ殿下が目を覚ますまで、2日に1回くらいは見舞いに行った。いつ行ってもローエン様が隣にいる。アリシア様はローエン様に冷たくなった。


「まあこうなったのはローエン様が悪いのですしね」


見舞いの帰りにアリシア様と、庭の東屋でお茶を飲みながら話す。アリシア様はリビエラ殿下の状態に珍しく心を痛めていた。


「私がたまに良いことをしようとすると逆に不幸にさせてしまう」

「そっちですか」


リビエラ殿下を助けたつもりが逆に2人とも救われない方向に転がってしまったようだ。


「これ以上あの2人を一緒に置いておくのは良くないかもしれませんね。ローエン様は今回の一件で完全にリビエラ殿下に歪んだ愛情を持ってしまったようですし」

「私はもう関知しない」

「でしたら私が動きます。なんだかルースを見ているようで放っておけません」


未だに細いサミュエルの義理の妹は、私にとっても可愛い妹。お姉さま、お姉さま、と無邪気に後ろを付いてくる姿が可愛い。同い年なんだけどね。リビエラ殿下もそんな気配がする。


「リビエラ、ねえ」

「何か思うことが?」


アリシア様はため息を吐き出した。


「リビエラは多分甘えん坊の末っ子だから、マリアも手を焼くことになると思う」

「私は人から頼られるのが好きですから大丈夫ですよ」

「それなら良いけど、私の相手もしてね」


リゼリア様やジェシカが仕事をするようになって、アリシア様は妙に寂しがるようになった。私も今は頻繁に会いにきているが、領の経営やダリアの活動を本格的にやり始めるとこうはいかない。大丈夫かな…アリシア様が女王になったことで、リゼリア様もジェシカも、アルフォンスお兄様もみんな立場ががらっと変わって忙しくなってしまっている。唯一私は変わらずにいるけれど、それもいつまで保つか。レイモンド様ですら、常にはアリシア様のそばにはいられなくなっている。


「ローリエのことはどうお考えですか」


ふと思い出して私はアリシア様に問うた。アリシア様は眉を寄せて難しい顔をしながら慎重に答える。


「価値を測りかねている」


アリシア様はそれ以上何も言わなかった。



アリシア様と別れて自宅に帰ろうと、城を歩いていると、憔悴しきったローエン様に鉢合わせした。私は立ち止まって咳払いをする。ローエン様は私に気付いて浅く頭を下げた。


「リビエラ殿下の容体は?」

「…いつも通りです。…もうそろそろ起きてもおかしくないかと」

「ふうん」


私は冷たく視線を逸らして歩き始めた。

ローエン様は私と逆方向に俯きながら歩き去った。






正式にローズを降り、ミッシェルがプレ・ローズから正式なローズとなった。私はローズの代わりに新設のダリアを名乗ることとなり、その為の宣伝や顔見せの為に何度かパーティを開いた。ついでにミッシェルの顔見せの意味もある。エマは引き続き私の専属デザイナーで居てくれるし、万事順調。ただ、王都のローズヒルズの屋敷は今後ミッシェルのクローゼットになるので、私は別の屋敷を購入した。ジョシュア様が頻繁に通ってくるのに、家族がいるのは気がひけるというのもある。アリシア様によって王都から追い落とされた貴族達は多いので、王都には貴族が住むに相応しい空き家が沢山出ている。そのうち1番綺麗で大きくて庭の広い屋敷を買った。私の金払いの良さにジョシュア様が引いていたが、そのくらいの稼ぎはある。

ダリアとしての地ならしができるまではサミュエルと、エディお兄様に領の経営を任せた。


それから、サミュエルとの婚約を正式に破棄した。もう上から下まで大騒ぎだった。エディお兄様なんて燃え尽きたように真っ白になって4日くらい呆然としていた。


「ジョシュア様!」

「危ないから走るなよ」


語り部の一族にはならないけれど、語り部を理解するのは私の務め。ここ数日ジョシュア様から語り部のルーツや役目、日課を少しずつ教わっていた。

ジョシュア様に抱き付いて、匂いを堪能してから離れる。


語り部は想像以上に制約の多い役目だ。


進んでその役目を引き受けるような人間はいないのではないだろうか。彼らは歴史の光にも闇にも触れることができず、ただひたすらに記録する。それがどう民衆に伝えられるかは、その時の語り部の長の匙加減1つで決まる。人生をかけて記録してきたことも、長の目に止まらなかったら、その努力はただの紙くずでしかない。先王が死んだことで、今まさに先王の時代の歴史が世間の目に露わになる。ジョシュア様が記録してきた諸々のことは本に載るのだけれど、マシューが記録してきたことはほんの1行も載らないらしい。報われない仕事だ。しかも未来永劫同じ地に縛り付けられる。私は真っ平御免だ。


「話聞いてる?」

「ジョシュア様に見惚れていました」


ジョシュア様の説明を右から左に聞き流していると、ジョシュア様は溜息を吐き出してガシガシ頭を掻いた。


「怒りたいのに怒れない」

「怒った顔も好きです」

「からかうなよ」


そう言われても、本当のことだもの。

愛しさを自覚すると余計に好きになる。それがもう公式に私のものだと思うと頬も緩む。世間一般にお披露目してお祝いしてほしい気持ちは山々だが、そうはいかない以上、私がどうにか満足できるように環境を整えないと。


「もう一度説明するけど」

「それより聞きたいことが」

「なに?」

「ローリエのことです」

「また?」


ジョシュア様は呆れた顔をした。あんなことを言われて私が大人しく引き下がるとでも?…家の権力を使ってでも全力で潰す。


「昨日も今日もアルフォンスにべったりしてるよ。アリシアの側にはあんまり行っていないな。アリシアも扱いに困って嫌がるし、アルフォンスもちゃんとその辺りは分かっている」

「ジョシュア様の周りには?」

「意味深な事を言われるな」

「それはどのような?」

「エミリアのこととか。どういうわけか、エミリアは死んだことになっているけど」


ローリエはどこからか偏った情報を得ているらしい。今更エミリアの話を持ち出されても、ジョシュア様からするとまさにどうでも良い話になってしまうのだろうけれど。なんでも知っているように得意げに話すローリエの小憎たらしい顔が目に浮かぶ。


「ジェシカはどう思っているのですか?」

「怖がっているな」

「…あのジェシカが?」

「肩書きよりずっと小物だからな、色んな意味で」

「私ならあんな屈辱耐えられないです」


あんな女に盗られるなんて…!半裸のローリエを思い出してちょっと気分が悪くなる。というか、そのローリエに付随する兄が気持ち悪い。恋愛するのは自由だけど趣味が悪すぎる…


「それよりローエン・カドガンにちょっかい出してるって?」

「ちょっかいだなんて!彼の婚約者を助けてあげたいだけですよ。うちで引き取ろうかと考えています」

「…何故?」

「ルースを見てるみたいで放っておけなくて…構わないでしょう?」


ジョシュア様は唸った。悩んだ末に、小さく頷いた。


「兄妹って似るもんだな」


私に兄の何を見たんだろう…ジョシュア様はよしよしと私の頭を撫でて、私に課題の本を渡した。私はそれをそのまま床に置いてジョシュア様に抱きつく。ジョシュア様は私に課題をさせるのを諦めてもう一度私の頭を撫でた。


「お前はそのまま良い人でいろよ」

「は、ってどういうことですか。ジョシュア様もそうでしょう?」

「友達見捨てる男だ、俺は」


ヒンバルク領の時のことか…多分他にも色々隠しているんだろうな。アリシア様とは悪い関係ではないけれど、仕事の上では一線引いているところもある。


「…そういう系で私に黙っていることあります?」

「ある」


あるんだ!じとっとジョシュア様を見上げると、ケロッとした顔で言った。


「ラインラルドの地下にも麻薬ルートがある」

「なんですって!…というかそれ私が聞いて良いのですか?」

「聞いておいてそれは言うな。サミュエルが気付いていたから問題ない。お前が気付く前に閉鎖してるよ」

「サミュエルすごい…」


普通に尊敬してしまった。本当に貴族として、実業家として、領の経営者として有能なんだよね。人間性に問題があるけれど。


サミュエルに麻薬ルートの件はどうもありがとうと手紙を書いて、ルースには会いたいと手紙を出した。




リビエラ殿下が目を覚ましたとアリシア様から聞いて、私はリビエラ殿下を見舞いに行った。

しかしリビエラ殿下はまた眠りについていた。どうやら食事の時以外は殆ど眠っているらしい。


「まあ、やっと目が覚めたのですね。安心しました」

「マリア嬢」


ローエン様は非常に鬱陶しそうな顔をした。私が度々訪れては嫌味を言って帰るからだろう。私はリビエラ殿下の窶れた顔を覗き込む。


「余程お辛い目に遭ったのですね」

「…全て僕のせいです」

「ええもちろん。宜しければ彼女は我が家で預かりますが?」

「…貴女が?」


ローエン様は険しい顔で言った。


「貴方達、別に好きで一緒にいるわけではありませんのよね。王女も婚約者に国を売られて牢獄に叩き込まれて死にかけたのですし、貴方をさぞかし恨むことでしょうね。貴方も別に好きでもない王女を押し付けられて、それが嫌で反逆したわけですし」

「僕は」

「妹と思っていたから可哀想で救出したのでしたね。まあ、彼女からすれば、貴方に救われるくらいなら死んだほうがマシだったと思われるかもしれませんね」


もしここで彼が「リビエラを愛しているから」と言えば、私は素直に笑って身を引いたかもしれない。だけど彼は唇を噛んで、不可解そうに眉を寄せた。ゆっくりと言葉を選ぶように、認められないと言うように眉を寄せながら話し始める。


「…陛下のお言葉を借りれば、彼女は僕への褒美です。これは僕の物。…貴女に差し上げるつもりは毛頭ありません」


ローエン様は愛おしそうにリビエラ殿下の色あせて白んだ髪を撫でる。愛していると言わんばかりの行動と態度なのに、ローエン様は絶対に認めない。私は意地悪く返した。


「殿下が納得なさるとでも」

「…立場を分からせますから、ご心配なく」


そんなの心配しかない。ローエン様は言い募る私の背を乱暴に押して外に追い出した。ちょっと!と怒るが視線も合わせてくれなかった。余程癇に障ったらしい。

もう一度部屋に突撃しようかと拳を振り上げた瞬間に腕を誰かに絡め取られる。振り返るとジョシュア様が笑っていた。


「やめとけ」

「で、でも」


ジョシュア様には中での会話が聞こえていたらしい。


「リビエラの方もローエンに囚われるのを望むだろうから」

「そんなの、不幸じゃないですか」

「マリアはどうなれば満足?」


リビエラ殿下が納得できる形で幸せになれば、それで満足だと思う。具体的な形を考えるのは難しくて、私は押し黙った。それでも絞り出すように一言だけ告げる。


「ローエン様が好きだと認めれば、それで」

「うん、そうだな」


ジョシュア様は朗らかに笑って、私の頭を撫でた。


「だったらお節介はあまりするな」


つ、冷たい…!



凍りついた上で傷付いた私は、ジョシュア様を振り切ってアリシア様の執務室に逃げ込んだ。アリシア様は私の話を聞いてゲラゲラ笑った。執務室ではジェシカとリゼリア様も一緒に仕事をしていて、私の話を聞いていた2人も笑った。アリシア様ほどは笑わなかったけれど私は傷付いた。澄んだ薔薇の香りを胸いっぱい吸い込んでため息を吐き出す。


「『リビエラも囚われるのを望む』というのは真だと思うな」

「あの2人そんなことで大丈夫なのですか」

「ベクトルが違うけれど、同じくらい歪んでいるからあの2人はあれで良い」


アリシア様は笑いすぎて出た涙を拭いながら言った。


「起きているリビエラを私達は殆ど知らない。だから余計なことをするとリビエラが望まない結果になるかもしれない」

「良く知りもしない人に入れ込まないようにしないとね」


アリシア様に続いてリゼリア様が私に忠告した。くっ、勝てない。でも放って置けないし…!


「マリアが面倒見の良い人なのはよく分かっている。程々に構っておやり」

「承知致しました」


アリシア様にそう言われると、気持ちくらいは引くしかない。私は納得しきらないまま諦めた。でもうっかりすれ違ったりしたら嫌味くらい言っても良いよね?


「それより、ローリエのことはもう聞いた?」


リゼリア様が表情を険しくして言った。


「ええ、少し」

「あの女、私のお兄様にもちょっかいかけるのよ!許せないわ」

「宰相閣下にも?」


リゼリア様が悔しそうに拳を握った。私が何でもないように答えたせいでリゼリア様は私を睨んだ。


「言っておくけど、ジョシュアにも擦り寄ってるわよ」

「あの淫乱女、絶対に許さなくってよ!」


私は立ち上がって拳を握った。


「アルフォンスお兄様はそれで良いと思っているのですか?」

「アルフォンスが見てない所でやってるんじゃない?」

「もう一度兄と話し合ってきます!」


リゼリア様が冷めた目をした。私が扉めがけて歩き出すと、慌ててジェシカが立ち上がって私の手を掴んだ。


「待って!」

「何をです?」

「あ、アルフォンスのこと…」


ジェシカの目には涙。後ろのリゼリア様が、ジェシカの机に置いてある花瓶を指差した。花瓶には美しい繊細な黄色の薔薇が一輪だけ飾ってある。あれはアルフォンスお兄様の傑作の愛し姫だ。道理ですごく良い匂いがすると思った。


「何故庇うのです?」

「アルフォンスとのことは私が悪いのですし、」

「は?貴方、愚兄に何か吹き込まれてますね?」


私がジェシカにずしずしと近寄ると、ジェシカは一歩後ろに引いた。


「次はジェシカの方が浮気相手ってことだな」


アリシア様がそれはそれは楽しそうに言った。私は般若の顔でジェシカに詰め寄る。


「ちょっと!それで良いのですか!」

「良いじゃないの、ジェシカの気が済むまで一緒にいたら」

「アリシア様ったら!」


思わず地団駄を踏んで怒ると、アリシア様はケラケラ笑った。私の反応を見て楽しんでいるな…


「もう駄目、アルフォンスお兄様が許せない。ちょっと絶縁叩きつけてくるのでお待ちください」

「おやめください!マリア様にそんなこと言われたらショックで死んじゃうかもしれません!」

「死ねば良いのよ!」


不能にして男としての人生終わらせてやる…私は恐ろしい計画を心の中で立てた。アリシア様がおもむろに立ち上がり、私に言った。


「それじゃ、私は行く」

「どこへです?」

「アルフォンス達の報告会」

「私も行きます」

「仕事だから駄目。でも、終わったらアルフォンスをここまで連れてくるから待っていて」


アリシア様は美しく微笑んで、私を置き去りにして部屋から出て行ってしまった。ジェシカはアルフォンスが来ると聞いて嬉しそうに頬を緩める。リゼリア様は無表情に書類にペンを走らせた。


「ジェシカ、貴女は本当にそれで良いのですね?」

「今はただ、アルフォンスを信じて待ちます」

「信じるに値するか考えてくださいね」

「マリア様にとってのジョシュア様が、私のアルフォンスなのです」


う、そう言われたら何も言えない…私は黙ってソファに座った。


1時間くらい黙って座っていると、ジェシカがそわそわし始めた。言うまでもなく会議の終了時間だ。


部屋の外から複数の足音がして、ノックもなしに扉が開く。アリシア様が不機嫌そうに眉を寄せたまま入室、続いてそれを追いかける微妙な表情のアルフォンスお兄様、そして最後にアルフォンスお兄様にくっ付いたままのローリエが入った。無遠慮に執務室に入ったローリエにアリシア様は冷たく言った。


「ここは部外者は立ち入り禁止だ。アルフォンス」

「ローリエ、外で待っていてくれますか」


アルフォンスお兄様が優しく言ったが、ローリエは目にいっぱい涙を溜めて首を横に振った。


「嫌よ、私を1人にしないで!」

「ここは機密事項が多いから、君がいると都合が悪いのです」

「でもマリアがいるのに」


呼び捨てで名指しされた私はローリエを睨んだ。…確かに私も部外者だ。結構入り浸っているけど。見かねたアリシア様が口を出す。


「マリアもここで特別な仕事をしている」


してないけれど、ありがとうございます。心の中でお礼を言って、真面目くさった顔をした。


「でも私がとっても役に立つのは知っているでしょ?レーヴェ、私がここにいても問題ないわよね」

「…それに貴族のマリアを呼び捨てにするのは相応しくない」

「私の信念を知っているでしょ!」

「時と場合を弁えなさい」


アリシア様は極めて冷たくあしらったが、ローリエは引かなかった。


「人は皆平等よ、身分なんて馬鹿馬鹿しい考えだわ。レーヴェもそう思っているのに、どうしてそんなことを言うの?」

「ローリエ」

「まだ秘密だったわね、ごめんなさい」


ぺろっと舌を出して、ローリエは自分で自分の頭を軽く叩いた。私は猛烈に不快感を感じた。アリシア様も眉を寄せて、それ以上話さなくなった。私はここでは何も話せないことを察した。


「アルフォンスお兄様、近々私の屋敷に来ませんか?新しく屋敷を買い取ったのはご存知でしょう」

「良いですよ。週末にでも」

「積もる話もありますしね。ジェシカもどうです?」

「えっ」

「来るでしょう?」


嫌とは言わせない。ジェシカは渋々首を縦に振った。


「じゃあ私も行く」


ローリエが当然のように言い放つ。


「呼んでません」


絶対に来させない。来てもらいたくない、呼んでない。


「後ろ暗いことがあるから呼べないんでしょ」


確かにジョシュア様が通って来てるし、そのことバレるのは困るし…私は黙って微笑んだ。


「ローリエは用事があるでしょう。僕のお願い、忘れた?」

「…そうだったわね。残念だわ。アルフォンス、今度一緒に見に行きましょうね」

「そーですね」


アルフォンスお兄様は興味無さそうに、見事なまでの棒読みで答えた。何にせよ、ローリエが今週末は来ないことが決定して安心する。ジェシカもほっと胸を撫で下ろした。

というか何故そんなに私の屋敷に来たがるのか分からない。


「ちょっと!人の運命の王子様に色目使わないで!」


ローリエがジェシカにいちゃもんを付け始めた所でアルフォンスお兄様は諦めた顔をした。ジェシカは顔色を悪くして一歩下がり、アルフォンスお兄様から目を逸らす。アルフォンスお兄様はローリエの肩を抱いて挨拶もなしに部屋から出て行った。


私は落ち込んでいるジェシカの肩を叩く。


「大変ですね…」

「私にも責任がありますから」

「どこに?あの勘違い女が難癖付けてるだけじゃありませんか」

「私は人の幸せを横取りしていたようなものです。私は幸せになってはいけない」


ジェシカは唇を噛んで、大きな目に涙を溜めた。


「幸せになって何が悪いのです。それを言うなら私もこの地位を手に入れるために何人もの令嬢を叩き落として来ましたし、それで勝ち得た幸せだからこそ価値があると思っています」

「価値…」

「追い落とされたなら這い上がってこれば良いのです」


負けたことをいちいち文句つけてくるような人、放っておけば良いのに。私は面倒見が良いけれど、決して善人ではないので自分の為に他人を陥れることはする。それくらいしないとローズにはなれない。そうでないと欲しいもの全てを手に入れられない。


「貴女も全て忘れるなり、切るなりしてもう這い上がるべきです」

「そう…ですね」


ジェシカは指で涙を拭って、私に微笑む。力強い微笑みだった。もう大丈夫、ジェシカは1人でも生きていける。後はアホな兄をどうにかするだけ。


「じゃ、週末の予定はお忘れにならないように!」


兄と話すしジェシカにも決着付けさせる。






それまではリビエラ殿下の服やアクセサリー、それから生活用品あれこれを揃えて回った。採寸をしていないので、服は一度手直しが必要だ。私が城に行かない間はジョシュア様が私の屋敷に来ていた。私が拗ねていると思ったらしい。…まあ、拗ねてたけど。相変わらずちょろい私はジョシュア様にあっさり機嫌を取られて、2人で仲良くリビエラ殿下の物を選んだ。


「語り部にも腐敗があるのですか?」

「例えばラインラルド領だな」

「耳が痛い」


ラインラルド領、探せば探すほど後ろ暗い物が出てくる…麻薬ルート閉鎖の件だけではなくて、ここ数日で麻薬の保管庫や生成室まで見つけてしまった。全部サミュエルによって完璧に潰されている。こんなものが外部に知られてしまうと不味い。本当に手が後ろに回ってしまうかもしれない。


「…元々、あの領に出入りすること自体が難しかった。交易ルートも地下のみ、または細い人参ルートのみ。道もほとんど整備されていない。そんな中で語り部を紛れ込ませるのが難しかったから、あの領がどうなっているのか俺たちはほとんど知らなかった」

「つまり、あの領の歴史は残っていないと?」

「そ。俺たち実はラインラルド領については何も知らない。ラインラルド家の執事を買収して資料提出させていたんだが、改竄が多いということがこの前視察に行って良く分かった」

「…偽の情報はたくさん持っているのですね?資料の上ではラインラルド領はどのような所なのです?」

「非常に豊か」


どこがだ!


「ラインラルド領は単純に語り部がいないというのが理由だが、その隣のヘンデー領は酷かった。あそこの語り部は領主と組んで改竄していたな。領主から都合の良いことを記録する見返りに金銭を受け取っていた」

「まあ」

「組織も長く続けばどこか腐るもんだ。ローズも人のこと言えないだろ」

「痛いところを突きますね」


私の代はとりあえず一旦一掃しているけどね…人を蹴落とすのはともかく、手が後ろに回るようなことはしたくない。勝負は正々堂々、そして勝利して叩き落とす。家を守る為には色々辞さない構えだけど。


「組織が大きい分、腐敗も大きいし根深い。どうするかは大きな課題だな。じっさまは容認してる節があるし」

「どうしてです?」

「さあ、俺にはじっさまが何を考えているのかさっぱり。俺もじっさまには何考えてるのかさっぱり分からんと思われているだろうけどな」

「私と一緒になりますしね」

「あとはアリシアと仲良くしてるからだな。王族とは基本的に仲が悪いから」

「ああ」


アリシア様も語り部様には苦手意識あるようだった。王族としても公式に権力が通じない特権階級があるのは都合が悪いだろう。歴史を辿れば何度か語り部を排除しようとした動きがあるし、デズモンドですらこの国の王になったら語り部は廃止すると言っていた。他国から見ても不思議で鬱陶しい存在なのだろう。


「俺は、お前がこのままローズを抜けたら、ローズの悪しき習慣がまた復活する気がしてならないけどな」

「まさか。ミッシェルには色々伝授してますから。それに、エディお兄様もあれには反対してますもの。それに万が一ローズの売り上げが落ちても私のダリアがありますから、トータルでは変わりません」

「そうだといいけどな」


懸念はしているけれど。

私もエディお兄様もミッシェルの可能性を信じている。ミッシェルも気合十分だ。だから大丈夫。


言い知れない不安はあるけれど。

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