パーティのおわり
片時もジョシュア様と離れたくない私を、サミュエルが引き剝がしに来た。サミュエルは正式に…とはいかずとも、とりあえずジョシュア様に私との婚約は問題なく解消されることを報告し、私ではなくジョシュア様を引きずってどこかへ消えた。人の婚約者を取るのだから相応の話し合いは必要とのことだった。…絶対ジョシュア様で遊ぶつもりだ。私は可哀想なジョシュア様を見送った。巻き込まれたくないし。
私の方は、ニヤニヤしたアリシア様と悲壮な顔をしているリゼリア様とジェシカがやってきた。3人に連れられてアリシア様の馬鹿でかい部屋でシャンパンを開けた。
「まあとにかくおめでとう」
アリシア様はグラスを傾けて笑った。
馬鹿広いベッドの上でお行儀悪くグラスを傾ける。
「ありがとうございます」
「それで?会わない間になにがどうなってこうなった?」
「話しても良いのですが、リゼリア様とジェシカが…」
2人は顔色を悪くしたまま、ベッドの縁に腰掛けて項垂れていた。アリシア様はふん、と鼻で笑う。
「リゼは告白して『妹としか思えない』と当たり前のことを言われて玉砕、ジェシカは幼馴染に見事に奪われて終了」
アリシア様の短い説明に2人は項垂れた。か、可哀想…!私が幸せ一杯なのもあって余計に可哀想…
「…幼馴染?」
「アルフォンスは私の田舎に寄った時に、私の幼馴染に出会って電撃的に恋に落ちたそうです」
ジェシカはぼろっと涙を溢しながら言った。それはなんというか…前にジェシカに言った自分の浅はかな言葉を呪う。
「まさかそんなことになるとは」
「分かって、いたこと…ですから。き、気にもなりません…!」
ジェシカは気丈に振る舞いながらぼろぼろ涙を溢した。リゼリア様がジェシカの肩を抱いて慰める。
「アルフォンスお兄様には私から一言文句つけてやりますから」
「いいえ…結構、です」
そういうわけにもいかない。女の子を泣かせた罪は重い。私は基本的に女性を苦しめる男性は相応の罰を受けて当然だと思っているので、アルフォンスお兄様は絶対に許さない。恋人ではなかったとはいえ、お互い好き合っているのが見え見えの状態で浮気…というか新しい人にちょっかいかけるのは、良い行いではないと思う。
「ああ楽しい。人のあれこれ、悲喜交々を見るのが私の今の生き甲斐」
アリシア様の不穏な言葉を、全員が聞かなかったフリでやり過ごした。全力で遊ばれている…私たち全員がアリシア様の玩具扱いだ…ジェシカがゾッとした顔でアリシア様を見たのを、私は見逃さなかった。リゼリア様ですらアリシア様から目を逸らしている。アリシア様、王位について以来人間として駄目な方に全速力で転がり落ちているようだ。別に悪い人ではない、けど、その分タチが悪い。
アリシア様は私たちのあれこれを聞きたがって、結局断りきれず全員が色々持ち寄った話を披露した。
ほ、本当に寝かせて貰えなかった…
根掘り葉掘り聞かれて、それに答えているだけで夜が明けた。そんなアホな…寝てないぞ…お肌に悪い…
「ローエン、まだ国に帰ってなかったのか」
「…マリア嬢にお話を、と思いまして」
ジェシカとリゼリア様は昨日のショックから立ち直れずに飲み続けたせいで二日酔いになって、起きなかった。私は節度を持って飲んだので二日酔いにはなっていない。お酒に強いアリシア様も同じく。
アリシア様に連れられて朝食の席に座ると、向かいに昨日の青年が座った。ローエン・カドガン伯爵だ。アリシア様は国に帰らなかったのかと尋ねたが、向こうももう同じ国になっているのだからこの表現は正しくない。アリシア様の中ではまだ別の国という認識のようだが。
アリシア様がローエン様に朝食を勧める。アリシア様は自分の皿を差し出していた。そこにはアリシア様が苦手な桃が載っている。もう食べたからと引き気味に断る青年にアリシア様は笑顔で皿を押し付けた。
「デズモンド王子の妹姫が恋人と聞きました」
そう話を切り出すと、ローエン様は皿の中の桃を鬱陶しそうにフォークで突きながら答えた。
「…リビエラ、と言います。…恋人というか、婚約者です」
あ、ちょっと頬緩んだ。アリシア様が面白そうにローエン様を観察している。アリシア様が面白そうにしているのはこれか…
「ローエンはデズモンドの側近だったんだが、私のクーデター前に引き抜いてこちら側に着けていたんだ」
「…その節は大変失礼なことを致しました、マリア嬢」
「その節って、怪我させられた時のことですか?」
ローエンはこくんと頷いて、頭を下げた。…その時に謝ってくれよ。全部終わった後じゃないか。
「ローエンがクーデターに加担したのは単にその婚約者の命を救うため、だったけども。だからクーデターを手伝う見返りに、私はリビエラをローエンへの褒美にすることにしたんだ」
「それはちょっと憧れるようなシチュエーション…愛する人を救うために魂売るっていうアレですね?アリシア様そういうの好きでしょ」
アリシア様はめちゃくちゃ良い顔をした。多分、アリシア様は元々リビエラ殿下を救うつもりは一切なかった。デズモンド王子を本気で憎んでいたし、デズモンド王子からは全てを奪ってやるつもりだったに違いない。生き地獄見せるのが目的だったはず。しかしローエン様の話を聞いて、リビエラ様は生かしておくのも一興と思ったのだろう。それこそ、今のアリシア様の生き甲斐として。それに比較的有能だと言われているローエン様をこのまま殺してしまうより、自分の側で飼う方がよっぽど理にかなっている。
このままリビエラ様を餌にローエン様はアリシア様の良い玩具にされるんだろうなあ…
私は2人が可哀想になって遠い目をした。ついでに眠すぎて一瞬意識が飛んだ。
「私はもう行く。また会おう」
「また来ますね。あらレイモンド様、おはようございます」
アリシア様を迎えに来たレイモンド様は私を無視してアリシア様の手を取りとっとと退場した。…何故無視?色々気になるけどレイモンド様のことだからまともに取り合うとこちらが損する。私は諦めた。代わりに目の前で桃を食している最中のローエン様にまた話題を振った。
「にしても、リビエラとお名前を出すだけで突然表情筋緩みますね」
「…そうですか?自分では表情に乏しいと評していますが」
うん、リビエラって言葉聞かなかったら無表情だよね。ローエン様は言い訳がましく続けた。
「…リビエラは面白い人ですから。…多少笑いたくなるのも仕方ないことかと」
「それでリビエラ殿下はいつこちらに?それともあちらでこれまで通り暮らすのですか」
「まさか。…連れてきますよ。…今は反省中ですので、牢獄に入れてますが」
「入れる必要がありますか?処刑しないならそのままこちらに連れてきた方が」
昨日聞いた話を思い出してローエン様を睨みつける。
「…勿論王族全員処刑が表向きの罰ですから、リビエラもそこにいたという証拠が必要です」
「他に理由があるのでしょう?」
「…そうですね。国を出る前にリビエラに婚約解消すると言われたので、ちょっと頭を冷やしてもらおうかと」
それはいくらなんでも罰が重すぎる…指折り数えて考えるが、どう考えてもリビエラ殿下は1ヶ月近く牢獄にいることになる。私は剣呑な眼差しでローエン様を見た。
「…迎えに行って喜ばせるつもりです。そんな義理もないんですけど、何故でしょうね」
色々歪んでるけど、これは所謂アレだ。アリシア様も好きなやつだ。ミッシェルが隠し持ってる本だ。
「まあ、それは恋ですわね!貴方は無表情なお方かと思っておりましたが、顔に好きだ!と出るくらい単純なのですね」
締まりがないぞ、ローエン様。こんなのアリシア様が放っておけるわけがない。
「でも牢獄に1ヶ月なんて、酷すぎます。普通の令嬢なら…愛想尽かすどころかいつ死んでもおかしくありませんよ」
「…牢獄といっても、毛布は山のように積んでおいたし、ろうそくの火も暖炉も自分で付けられるようにしているから暗くも寒くもないし、食事も好きなものを取っていいのです。…実質自分の部屋とあまり変わりません」
「牢獄、というだけで随分違いますわ」
「…僕の婚約者はそんな繊細な人じゃありませんから」
いやいやいや、それはどう考えてもおかしい!
「…それに、別に好きなわけではありませんよ。…妹みたいな人です。もしくは犬か猫」
「嫌ですわ、恋する男の顔をしていますのに!」
私は何故かアリシア様を思い出して急に面白くなった。アリシア様もレイモンド様にそういう視線を向けるよね。ちょっとしたペット扱い。でもアリシア様は絶対レイモンド様のこと好きだと思うけどなあ。
「私も意に沿わぬ婚約をさせられましてね、でもその方にはあの手この手で教育して好みのタイプにできるほど熱意を向けられませんでしたわ」
私はレオナルドを思い出してちょっと気分が悪くなった。一瞬血迷ってレオナルドを教育してやろうと思ったが、とっても無理だった。…無理だった。
「…ある程度育ってますからね。教育ができるのは…子供の頃くらいでしょう?」
「あら、最近になって教育しようとしていた方のお話とは思えませんわね?…彼女を守りたいと思ったり、婚約解消と言われて傷付くなら、それはローエン様の御心がリビエラ殿下の下にある証拠です」
「…あんな顔しか取り柄がない王女に、僕が?」
「あら!中身も可愛らしいお方ではありませんか。貴方が好きで独占したかっただけですわ。私も我儘で強欲ですからよーくわかります」
リビエラ様と仲良くなれそう…顔しか取り柄が無いと言われているあたり、私がよく言われる言葉と同じだし。
「…貴女と彼女は違います」
ローエン様は冷ややかに言った。
「それで、お話なのですが。…貴方にリビエラのドレスやら何やらを見繕っていただきたいのです。…リビエラには秘密です。…似合うように見繕っていただけますか」
ローエン様は懐からリビエラ殿下の肖像画を取り出した。リビエラ殿下は濃い金髪にデズモンド王子と同じ真っ青な瞳をした美少女だった。肖像画だから三割増しくらいに美人に描かれている可能性もあるのでそのままは受け取らない。肖像画からも滲み出る高慢そうな笑顔をローエン様は愛しそうに見つめた。
うーん。
やるのは構わないけど、牢獄に暫く閉じ込めておくようなド鬼畜にはお仕置きしたい。かといってリビエラ殿下を虐めるような形にはしたくないなあ。
悩んだ末に私は指を3本上げた。
「私の出張費用は高いのです」
全力でぼったくることにした。
ローエン様は一瞬迷ったけれど、直ぐに頷いた。やはり金は惜しまないスタイル。どこかの誰かを彷彿とさせる。教育してじわじわ蝕んでいくあたりとか、金に糸目をつけずに容姿まで自分好みにしていくとことか。
多分仲良くなれると思う…
「ええ…僕とカドガン伯が?」
朝食後、私は同じく城に泊まっていたサミュエルと合流した。ローエン様は直ぐに故郷へ帰っていった。サミュエルにローエン様に似ていると話すと、サミュエルは無茶苦茶嫌な顔をした。
「ローエン様はリビエラ殿下を教育していますし、貴方はルースを教育しています」
「してるけど、僕はあそこまで歪むつもりはないよ…」
「あれは可愛さ余って憎さ百倍ってやつでしょう?」
「典型的な、ね。本人が気付いてないみたいだけど。でも彼はもうちょっと逝ってるね。多分リビエラ殿下が死ねば良いと思ってるよ」
「えっ」
死んだら元も子もないと思うんだけど。
「だって死んだらもう誰のものにもならないでしょ」
「その思考回路は私にはちょっと理解できません」
「カドガン伯は多分だけど、リビエラ殿下に突然振られて頭のネジが何本か飛んだんだろうね。気をつけたほうが良いよ、マリア。ジョシュアもその手のタイプだから」
「…ジョシュア様が?」
「まあジョシュアの場合は君に当たる前に自分がこの世から逃げちゃうタイプに見えるけど」
サミュエルは、ため息まじりに続けた。
「…そうだなあ、確かに似てるかもって思う部分はあるかな。僕だけじゃなくてアリシア様も多分。だからアリシア様はカドガン伯のこと気に入ってるんだよ。自分と重ねて見てるんだと思う」
「アリシア様が?」
「あの人も頭のネジ何本か飛んでるからね。いや何十本か」
「そんなに?!」
「あの人の歪みっぷりは異常。タチが悪いことに、カドガン伯は目に見える形で歪んでるけど、アリシア様の歪みは目には見えないんだ。しかも自分でも気付いていない」
「それだけネジ飛んでたら気付きそうなものですけど…」
「それを感じ取る部分のネジがぶっ飛んだとしか思えないけど。…まあそれくらい神経太くないと女王なんてできないのかもね。それも父親の首刎ねてまで」
そうかもねえ…私は何とも言えない気持ちでアリシア様を想った。
私の周り、よくよく考えたらみんな頭のネジがぶっ飛んでいる気がしないでもない…この国の将来大丈夫かな…
サミュエルは少し仕事をしてから帰るそうなので、一緒には帰れない。私は眠いのでもう帰りたい。私は侍女に馬車の手配をお願いしてふらふらとエントランスに向かい始めた。
「マリア」
「ジョシュアさま!」
ジョシュア様が前から歩いてきた。ジョシュア様も眠そうに目を擦っている。目が合うとジョシュア様は顔を赤らめて視線を逸らした。…か、かわいい!私も一緒に顔が赤くなって視線を逸らす。直視できない!なにこれ!
「…おはよう」
「お、おはようございます…」
ジョシュア様はエスコートする様に腕を差し出した。私は照れながらその腕に掴まる。じょ、ジョシュア様の匂いがする…どうしよう、どうしよう…ジョシュア様も恥ずかしそうに視線を私に移したり、ふいっと背けたりを繰り返していた。
「慣れないといけませんね…」
「そうだな」
私とジョシュア様はいっせーのーで!の合図で顔を合わせた。ジョシュア様は草臥れた顔をしていた。多分私も。
「その様子ではそちらも夜通し話し合いですか?」
「アルフォンスとレイモンドまで来たよ…」
ジョシュア様は嫌そうな顔をした。私とジョシュア様は顔を見合わせてくすくす笑った。
「アルフォンスお兄様には一言文句をつけてやらねばならないのですが」
「ローリエのこと?」
ジョシュア様は察しが良かった。ジョシュア様は眉間に皺を寄せる。
「やめとけ。今は聞く耳持たないから」
「アルフォンスお兄様が?目に入れても痛くないほど可愛がっている妹に言われても何も聞かないと?」
「というか今は放っておいた方が、お互いの精神衛生上良いと思う」
「そういうわけにもいきません!」
「止めても無駄…だよなあ。アルフォンスは今はこっちで執務中」
ジョシュア様はため息を吐き出した。ジョシュア様に連れてもらい、アルフォンスお兄様の執務室に入る。適当にコンコンとノックして入ると、そこにはアルフォンスお兄様と、件のローリエがいた。
いたというか、ローリエは半裸だった。
ローリエのドレスにアルフォンスお兄様が手をかけていた。アルフォンスお兄様は私を見て顔を青くした。ローリエは不快そうに私を睨みつけた。不快なのはこっちー!!!
「ふ…、ふしだらよ!!!!!」
私は回れ右して執務室を出た。
ローリエの肌を見て真っ青になったジョシュア様の腕を掴んでアルフォンスお兄様の執務室から早足で遠ざかる。
色々ショックを受けた私は完全に目が覚めた。アルフォンスお兄様は男だ。しかもわりと最低の部類に入る。執務室で女性を脱がせる男があるかーーーー!!!!
「誤解です!!」
アルフォンスお兄様が走って追いかけてきた。私は振り向いて、アルフォンスお兄様を上から下まで眺める。襟にローリエの淡いピンクの口紅が付いているのを見て、汚いものを見る目になった。
「寧ろ僕は着せようとしていただけで!」
「そもそも執務室で脱がせる紳士があるか!」
「ぐふぅッ」
私は寄ってきたアルフォンスお兄様の腹に拳を容赦なく叩き込んだ。こう見えて腕力は強い。アルフォンスお兄様には及ばないが他の兄達には腕相撲では負けたことがない。アルフォンスお兄様は苦しそうによろめいた。
「流石僕の妹…一撃が重い…」
「そんな場合じゃないでしょう!」
両手で腹を抑えるアルフォンスお兄様の、ガラ空きのお綺麗な顔に張り手。最後に膝で急所を蹴り上げておくのも忘れない。アルフォンスお兄様は廊下に倒れて呻いた。ジョシュア様はしゃがんでアルフォンスお兄様に声をかける。
「おい生きてるか」
「…ぐぅっ…妹に倒、されたなんて、歴史に…記さないでくださいよ…」
「まだそんな口がきけるのね、お兄様」
「もうやめてください!ごめんなさい!」
兄が情けなく叫んだので、私はもう一撃いく予定だった足を引っ込めた。
「妹だからとかじゃなくて、本当に避けられない。避けてはいけないと思ってしまう。ジョシュア、気をつけた方が良いですよ。マリアと喧嘩するとこうなりますから」
「誰かさんと違って執務室なんかで脱がせたりしないから」
「違いますってば」
アルフォンスお兄様はきっぱりと否定して、呻きながら起き上がった。
「僕も好きでこうなったわけでは」
「アルフォンスぅ」
アルフォンスお兄様が何か言おうとした瞬間に、甘ったるい声が割り込んだ。アルフォンスお兄様はぎこちない笑顔で振り返り、身なりをそれなりに整えたローリエに優しく言った。
「ローリエ、まだ背中のボタンがかけれてませんよ」
「アルフォンスがいつまで経ってもかけてくれないんだもの」
「後ろを向いて」
「そうやってまた脱がすつもりでしょ?」
ローリエはきゃっきゃっと嬉しそうに笑った。笑った瞬間に肩に引っ掛けただけのドレスが落ちて胸の際どいところまで見えた。いかん、ジョシュア様が我慢の限界だ。顔色が真っ青になっていくジョシュア様を横目に捉え、私はアルフォンスお兄様をぐいっと押しのけた。
素早くローリエの後ろに回り、真珠でできた豪勢なボタンを留める。ローリエは不愉快そうに身を捩ったが逃さない。慣れた動作でテキパキとローリエの身なりを整えていく。くっ、コルセットつけてない!それどころか下着…!このっ痴女めっ!砂糖菓子のようなふわふわの薄桃色のドレスの裾を叩いて伸ばし、ローリエの背骨をぐっと伸ばさせて終了。
「アルフォンスお兄様、趣味が良いとはとても言えませんね」
「まあ…それがローリエの良いところですから…」
歯切れの悪い言葉とともに、アルフォンスお兄様はローリエに生温い視線を送った。ローリエのほうはそそくさとアルフォンスお兄様の後ろに隠れて私を威嚇する。ジョシュア様はちょっと落ち着いて深呼吸していた。
「アルフォンス、ジョシュア!この人が私を虐めるわ!殺して!」
ジョシュア様の視線が凍てついた。どういう間柄かは良く知らないけれど、ジョシュア様を呼び捨てできる権利があるとはとても思えない。それに、アルフォンスお兄様と私は実の兄妹なのに!仲の良い兄妹なのに!どうして殺してなんてお願いができるのか。
分かっていないのかと思い、私は優しく声をかけた。
「ローリエさん、私とアルフォンスお兄様は兄妹ですから。それにジョシュア様とも」
「友達」
「…友達?」
ジョシュア様がそう言い切ったので私は不信感で一杯になった。思わずイラッとして振り返るとジョシュア様は、「後で」と音を出さずに言った。
「…友達です。なのでそのような物騒なことにはなりません」
「どうかしらね?その強欲さが身を滅ぼすのよ。私には分かるんだから」
これは喧嘩売られてるのよね。アルフォンスお兄様の手前、なるべく喧嘩しないようにと思っていたけれど、これはダメだ。アルフォンスお兄様の趣味が悪すぎる。そしてこの馬鹿娘の知能レベルが低すぎる。
「私はあんたの悪事、ぜーんぶ知ってるんだから!」
後ろ暗いことをした覚えは一切ない。なのに突然喧嘩を吹っかけられて私は完全に頭に血が上った。令嬢らしい柔和な微笑みを浮かべたまま、私はツカツカとローリエに歩み寄って行く。
完全に戦闘モードになった私と、何故か勝ち誇った顔をするローリエの間に、アルフォンスお兄様とジョシュア様が立ちはだかった。私はアルフォンスお兄様を容赦なく突き飛ばしたけれど、ジョシュア様を張り倒すのは忍びなくて、躊躇った。躊躇っている隙にジョシュア様が私の視界を覆うようにぎゅっと抱きしめて、ちょっと幸せになってしまった私は戦闘モードからお花畑モードに移行した。
「ちょっと!ジョシュアに触らないでよ!」
婚約者なんだからいいじゃないの!!
またしても戦闘モードに戻った私を、ジョシュア様がさらに力を込めて抱きしめて沈められる。
「アルフォンスとも仲が悪いくせに、将軍になった途端に擦り寄ってくるなんて卑怯だわ!」
「はいはい、部屋に帰りましょうね」
「レーヴェにも近寄らないでよね!」
レーヴェ?
私は首を傾げた。ローリエの捨て台詞は強烈だったし意味が分からなかったけれど、とにかく私のことを良く思っていないということは伝わった。
ローリエはアルフォンスお兄様に肩を抱かれて無理やり部屋に連れ帰られて行った。
残されたのは、怒り心頭の私と青い顔をしているジョシュア様。抱き合ったまま、不穏な空気が流れた。
ローリエのことも聞きたいけれど、それだけじゃなくて私を友達と言い張ったわけを聞きたい。昨日プロポーズしてくれたところなのに。
ジョシュア様を突き放してエントランスに向かう。私はもう帰る。ジョシュア様が慌てて追いかけてきて、私の馬車に乗り込んだ。私を引っ張り上げて2人向かい合わせで座る。
「…で?」
「どこから聞きたい?」
「あの子は何なのですか」
「ローリエ・アーウィン。ジェシカとは同じ孤児院出身で、2人は親友…だった。2人とも孤児院から売り飛ばされたけど、」
「売り飛ばす?人を売るなんてことは」
人を金銭で売買することは、禁じられている。特に貴族間で多かった売買は、何代か前の王に固く禁じられ、禁を犯せば罰せられる。
「アリシアの代になって真っ先に是正されたよ。…それまでは、ラル・グラント家の管轄だったから手出しできなかったんだ。とにかくそういう事情であの2人は売り飛ばされて別々に。ジェシカは裕福な商人の下女として、ローリエは町医者の下働としてそれぞれ働いていた」
ジョシュア様は溜息をついた。
「…が、ジェシカは決まった未来を変える為にアリシアの元に逃げ込んだ。どうやらローリエの方にもその未来が見えるらしく、その未来を捻じ曲げたジェシカに怒った。ローリエ曰く、アルフォンスは自分の運命の人らしい。ジェシカのほうもそれを知った上で、アルフォンスをローリエに会わせないために画策していたんだが、どういうわけかばったり会ってしまって、今の状態に至る」
「お兄様、あんな小娘にメロメロなのですか?」
「そう見えたか?」
アルフォンスお兄様は、どこか諦めのようなものを見せていた。ジェシカの時のように慈しむような目は見せていない。
「…そうではなかったかもしれません」
「話を聞く限りでは、好きで一緒にいるわけではないようだ。ローリエがマリアを敵視しているのも意味不明だが、親友だったはずのジェシカのことも毛嫌いしているし、リゼリアにも素っ気ない。代わりに俺やレイモンドにはあの態度」
「サミュエルにも愛想振りまいていました」
「…ついでにアリシアにもそうだ」
女性陣が嫌いなのかと思えばそうでもないらしい。権力の問題?
「レーヴェって言ってただろ?あれはアリシアのことだ」
「アリシア様がレーヴェ?ニックネームですか?」
「そのようだ」
私の頭ではどう頑張ってもアリシア様からレーヴェというニックネームは結びつかなかった。レーヴェ…?
「…で、ローリエの知る未来では俺とお前は結婚しない。ローリエは自分の知る未来以外のことが起こることに敏感で、変わったと知ると怒り狂って何をしでかすか分からない」
「なのでお友達と言ったのですね?本心ではありませんね?」
「当たり前だろ!やっと両思いになったのに手放してたまるか!」
ジョシュア様は顔を真っ赤にして力強く言った。心臓が跳ねる。ジョシュア様…やっぱり好き…ちょろい私の機嫌を一瞬で取ったジョシュア様は、立ち上がって私の隣に座りなおした。
「そういえばくっついて大丈夫なのですか?」
「うーん、もうマリアには何でもないみたいだ。その分他の人に過剰に出るようになったけど」
私は身体を斜めに倒してジョシュア様に寄りかかった。確かにローリエに対してあんなにすぐ反応が出るとは思わなかった。
「…ああ、そうだ。暫くは身内にも俺と結婚することは言わないでくれ」
「何故です?」
「フィリスがお前のこと殺すかもしれない」
ありうる…背筋が冷えた。
「昨日言った連中は限られているし、みんな口が固い。お前の方もな。でもどこから漏れるかわからないからまだ秘密にしておけよ」
「わかりました。…くどいようですが確認しますね?私たち婚約したんですよね?」
「そうだ」
騙してるとかそういうの、ないよね…?
「お願いしても良いですか?」
「なに?」
「婚約の証が欲しいです。ジョシュア様の今までの行いを考えると口約束では不安です」
「…………言い訳できねえ。わかった」
ジョシュア様は明後日の方角を見て冷や汗を流した。別に高価なものである必要はないけれど、私のことを想った何かがほしい。私の手の中にはジョシュア様が渡してくれたローズクリスタルがあるけれど、正直これに価値はない。私にとっては、こんなものただの石だ。いっそ売り飛ばして新しいドレスにしたいくらいに、どうでも良い。もっとジョシュア様が私を想ってくれた何かが欲しいのだ。
ジョシュア様はうんうん悩んで、悩んでいる間に私の屋敷に着いた。ジョシュア様は私を送りに来ただけなので、そのまま馬車に揺られて帰っていく。それを見送って屋敷に戻った。




