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マリアとジョシュア

この辺りからスピンオフの「物語は幸せに終わる」「物語は幸せに終わらせる」と絡み始めます。



ショックのあまり、ぼーっとしている間に戦勝祝賀パーティ当日になった。フィリスは相変わらず謹慎させているが、これが気持ち悪いくらいに大人しい。多分何かしらのルートで手紙のやり取りしてるんだろうな…とは思うものの誰もそれを突き止められずにいた。アリシア様に出した手紙も、ジョシュア様に出した手紙も返ってこない。多分ジョシュア様は語り部様にブロックされている。アリシア様のほうは忙しいのだと思う。

情報屋からの返事は芳しくなかった。フィリスに持ち出されたローズクリスタルは、フィリスが雇った使い走りの手によってローズヒルズ領から出てしまったということがわかった以外は何もわからない。それ以上は追えなかった。


「すごく綺麗ですよ!」

「あ、ありがとうお姉様」


当日は、私は私の準備そっちのけでミッシェルの支度を整えた。今日は記念すべきミッシェルのプレローズデビュー。そのために昨日ミッシェルの断髪を行った。…とはいえ、従来の少年っぽい髪型にするのはミッシェルに似合わないから、前下がりに切り揃えた。前面は顎下まであるが、後ろは襟足すらない。ミッシェルはキリッと麗しくなった。

ミッシェルには濃い緑の落ち着いたドレスを着せた。ミッシェルは緊張のあまり無言になってしまっているが、どこに出しても恥ずかしくないくらい綺麗に仕上がっている。エディお兄様もお揃いの衣装で完璧に決まった。エディお兄様は嬉しそうにミッシェルを眺めている。


で、私。

正直気乗りしてない。

何が起こるか分からないおっそろしいパーティに何故行かねばならないのか。…招待状が恨めしい。しかもその招待状、よく見たらパーティの後はみんなで語り明かそうと書いてあった。アリシア様、私のこと寝かさないつもりだ…多分ジョシュア様とのこと、根掘り葉掘り聞きたいんだろうなあ。最近城に行ってないから余計に。

侍女に急かされて準備をして、迎えに来るサミュエルを待った。ミッシェルとお兄様は先に城に向かった。待つつもりは一切ないらしい。そんな殺生な。


「待たせてごめん」

「何故そんなに窶れているんです?」


迎えに現れたサミュエルは先週見たときよりずっと疲れ切っていた。笑顔を保つことすらできないらしい。トレードマークの胡散臭い笑顔が今日は見られない。


「僕は国政に一切関わりを持たないはずなのに、何故隣国の王族処刑の根回しを手伝わされたんだろうね」

「王族処刑…ということは、アリシア様は本当にデズモンド王子のご家族を処刑なさったのですか?」

「まあ大体はね。ちょっと漏らしたみたいだけど」

「仕方ないとはいえ、あまり気分が良い話題ではありませんね」

「主担当はローエン・カドガン伯爵っていう奴なんだけど、これがまた変なやつで…とまあこの話はまた今度にしよう。先にこれ」


サミュエルは私の手を掴んで、サミュエルの手の中の物を握らせた。手を開くとそこには大きな石のついた、指輪。


「ダサっ」

「仕方ないでしょ、時間がなかったんだもの」


ローズクリスタルがこんなダサい指輪になるなんて…子供の玩具じゃないんだから…乱雑にカットされた石からは辛うじて中の青い薔薇らしきものが覗いている…が、これを見て「ローズの婚約指輪だ!」とはならないだろう。というか連想されたくない。


「…この騒動が終わったらこの指輪はルースに差し上げますね」

「え?じゃあもうちょっと真面目に磨かせるよ」


…真面目に磨いてないの?


サミュエルは馬車に乗るなり眠りこけてしまった。私はぼーっと窓の外を見て過ごす。サミュエル、どんだけこき使われたんだろう。




流石に城には殆どの貴族が集結していた。狭い。ミッシェルは私達より随分前に入場していた。だから確認はできていないが、ローズとして堂々と入場してくれたことを願う。エディお兄様が一緒だし大丈夫だろうけど。


「サミュエル、体調が良くないのは分かりますが、入場の時くらいは笑顔で元気よく、背筋を伸ばしてくださいね。私達は婚約しているのですよ」

「君こそ余所見して転けたりしないでよ」

「何年ローズやってると思ってるんですか、もう」


躓いたくらいじゃ転けない強靭な筋肉と精神力なめるなよ。


私とサミュエルは腕を組んで入場した。私は敢えて左手につけたダサい指輪を強調するように見せびらかす。そこかしこで私たちの服装がまさにカップルであることと、指輪から婚約したことを悟り、息を呑んだり拍手したりした。会場は騒然。思惑は思っていたより上手く進んでいる。会場の中程まで行進したところで入り口が騒がしくなった。


「待った!!」


聞き覚えがある野太い声。サミュエルと私が同時に振り返って、2人とも沈黙した。特にサミュエルは草臥れた顔が余計に疲れて見えた。

入り口には、前に無理やり婚約させられた、レオナルド・ラインラルドがいた。あの頃の成金っぽい趣味の悪い服装は見る影もなく、乞食のような擦り切って汚れた服に、伸び放題のヒゲ、脂ぎった髪と肌のザ・転落っぷりが窺えた。貴族達はレオナルドの異貌に関わりたくなさすぎてサッと道を開けた。私とサミュエルもスッと横に引いたが、レオナルドは私の前まで突き進む。

私の前でレオナルドはニイッと笑った。歯が黒い。ついでにレオナルドからは溝のような臭いがした。


「愛しのマリア!」


鳥肌が立った。

ぞわっと背筋が総毛立って、無意識に一歩退く。レオナルドは私の手を無理矢理掴んだ。私は猛烈に手を洗いたくなった。


「結婚を了承してくれてありがとう!これからは手を取り合って2人で我が領を盛り上げていこう!」

「……………これ本気?」


レオナルドが差し出したのは、ワイヤーでぐるぐるに巻かれて申し訳程度に輪を作った、お世辞にも指輪とは言えない代物だった。一切のカットがされていないローズクリスタルが、そのまま。レオナルドの手垢で薄汚れて内包された薔薇すら見え辛い。

フィリスがローズクリスタルを渡したのは、レオナルドだったらしい。私への嫌がらせとしては間違いがないチョイスだ。多分この場に乗り込ませたのもフィリスの計画だろう。


でも負けない。


サミュエルがスッと前に出た。私からもレオナルドの汚い手を払いのける。私もサミュエルも、揃って汚いものを見る目でレオナルドを見下ろした。


「悪いけど、マリアは僕と正式に婚約してる。証拠にほら、ローズクリスタルの指輪をしているでしょう」

「これもローズクリスタルですが?」


レオナルドは心外だと言わんばかりに声を張り上げた。サミュエルとレオナルドが睨み合う。私も何か応戦しようとした矢先に、レイモンド様にエスコートされたアリシア様が入場した。私がレオナルドに絡まれていることに気付いたアリシア様は、私たちの側までやってきてこほんと大げさに咳払いした。


「ふむ。ローズクリスタルが2つか。おかしなことがあるようだな?」

「アリシア様」

「お前が決めれば良い、マリア。家が決めた婚約者が2人。でもお前は1人しかいないのだから、気の合う方を好きに選べ。私はそれを承認しよう」


アリシア様…!貴女は神か、女神か!


「私にはサミュエルしかいません」


一瞬で事態を見切ったアリシア様の神采配で、私は迷わずサミュエルの手を取った。サミュエルは万人受けする微笑みで私の手を握る。当然選ばれなかったレオナルドは顔を真っ赤にして怒鳴る。


「俺という男がいながら浮気していたのか!この売女!卑しい盗人め!俺の領だ!俺の財産だ!返せ!」


浮気していたのかって、元々レオナルドとは何でもなかったし。そもそもあの男爵夫人と浮気していたのはそっちだし。ラインラルド領だって経営センスのないレオナルドでは腐らせるばかりだし、財産なんてほとんどなかったくせに。

まとめて何て言おうかなと考えているうちにアリシア様がレオナルドを睨みつけて低く言った。


「その汚い口を今すぐ閉じろ」


レオナルドはアリシア様の言葉に顔を青くした。


「この場には爵位を持った者しか招待していないが、乞食のお前が何をしている?」

「乞食などでは!」

「鼠は大人しく溝にでも帰れ」


アリシア様はせせら笑った。周りの貴族達も、アリシア様に同調してレオナルドを嗤う。レオナルドは顔を真っ赤にして、苦し紛れに喚く。


「このままじゃ済まさないぞ…!」

「こちらもな」


アリシア様はそれだけ言うと興味を失ったようにくるりと背を向けて視界からレオナルドを追い出した。レイモンド様に耳打ちすると、レイモンド様は頷いて、レオナルドの首根っこを掴んで入り口に戻った。レオナルドは引きずられながら罵詈雑言を並べ立てたが、もはや誰も聞いていない。私はレオナルドに渡されたローズクリスタルの指輪らしきものを握りしめて見送った。


「回収できたね」

「あっさりでしたね」


私とサミュエルが顔を見合わせた。ローズクリスタルはそのままサミュエルのポケットに押し込んでおいた。汚いからもう触りたくない。


「アリシア様、有難うございました」

「助けに入るのが遅かったか?」

「いいえ!丁度良いタイミングでした」

「そうか、よかった」


アリシア様は嬉しそうに微笑んだ。


「手紙、返せなくて悪かった。私も忙しくて。でも何が起きても助けるつもりでいた。許してくれ」

「何を仰いますやら。助けていただけただけで嬉しいのです」

「それとサミュエル、仕事がまだ終わっていない」

「僕の仕事じゃない」


サミュエルは本気の拒否を示した。アリシア様はおかしそうに笑って歩き去る。アリシア様が玉座に座った途端、貴族達はアリシア様に挨拶しようと並び始めた。アリシア様は面倒臭そうに貴族達の相手をしていく。王座についてまだ日の浅いアリシア様は、掌を返してきた貴族達の扱いにほとほと疲れているらしい。

戻ってきたレイモンド様は相変わらずの仏頂面でアリシア様の隣に彫刻のように留まった。


アリシア様は定刻になるとスッと立ち上がって、今回の戦争を貴族たちに滔々と説明した。それを隣で愛しさ全開で眺めるレイモンド様に違和感。レイモンド様、髪が短くなっている。長かった髪をばっさり切って、私くらいの長さにしてしまっている。ただの美形がさらにその美しさを増しただけだった。


「マリア!」

「アルフォンスお兄様」


アリシア様の報告が終わり、また貴族たちがアリシア様に殺到し始めた頃に、見目麗しいプラチナブロンドの青年が私に声をかけた。隣には知らない女性を連れている。


「こちらはローリエです」

「どうぞよろしく。マリア・ローズヒルズ・ラインラルドです」

「ど…、どうも」


私が礼をすると、彼女はぎこちない礼を返した。…どうやら貴族ではなさそうだ。ローリエは私を仄暗く睨みつけた。睨まれる覚えのない私は首を傾げてアルフォンスお兄様を見た。


「ジェシカは?」

「さあ、知りません」


アルフォンスお兄様は渋い顔で言った。これはまずいのでは…?この女性こそがアルフォンスお兄様が最近連れている方とみて間違いなさそうだ。ジェシカはどうなったんだろう。


「ローリエ、こっちはサミュエル・サン・マドックです」

「お会いできて光栄です!」


ローリエは私が挨拶したときよりずっと良い声でサミュエルに手を差し出した。サミュエルはその勢いにちょっと引き気味で握手した。ローリエは頬をぽっと赤らめて恥ずかしそうにアルフォンスお兄様の影に隠れる。


「そんなに見られると、恥ずかしいです」


見てないよ!!危機を察知したサミュエルがスッと私の影に入った。アルフォンスお兄様は全く気付いていないのか、気にしていないのか、とにかくローリエの様子を伺うことなく私に微笑んだ。


「それより婚約おめでとう」

「有難う、お兄様」

「相手がサミュエルなのは趣味悪いと思いますけど」

「喧嘩売るのやめてくれる?お兄様?」


サミュエルがアルフォンスお兄様に言うとアルフォンスお兄様は気持ち悪そうに顔を顰めた。サミュエルも気持ち悪そうにした。サミュエルはわざとらしく私の肩を抱いて微笑む。


「見ての通り仲良しだから」


鳥肌が立った…

サミュエルがそれに気付いて不服そうな顔をしたが、不服なのは私だ。ついでにローリエに射殺されそうな目で睨まれた。これは喧嘩しとくべきか…?私の不穏な気配を察したサミュエルに肩を強く掴まれて我に帰る。今日はそんな場合じゃない。今日のところは!気合いで微笑んでローリエに余裕を見せた。


「リゼリア様、ジェシカ」


私が2人を見つけると、アルフォンスお兄様はそそくさと逃げた。

私とサミュエルは2人に挨拶をしに行く。2人はあまり元気そうには見えなかった。私とサミュエルの姿を見て非常に辛そうな顔をした。


「意図は分かっているつもりだけど、幸せそうなオーラを見せつけないでほしいわ」

「どうなさったのです?」

「私もジェシカも失恋真っ最中よ。エスコートもいないんだから」


ほんとだ…

この場に女性2人じゃ厳しいものもあるだろう。基本的にこういう場にはエスコートを付けて来るものだ。いつもならリゼリア様のエスコートは宰相、ジェシカの相手はアルフォンスお兄様だ。リゼリア様は辛そうに続けた。


「私はただ振られただけだから良いけど、ジェシカはねえ」

「もう別に大丈夫です。なんともありませんし、仕事に生きますから」


ジェシカは青い顔で答えた。視線の先にはアルフォンスお兄様とローリエ嬢。アルフォンスお兄様に限ってそれだけはないと思ってたんだけども、現実は違っていたらしい。


「それじゃあ僕の仕事もやってよ。カドガン伯の案件とか」

「あれには関わりたくないです。アリシア様が面白そうにしてるのが余計に怖い」

「…僕がなんです?」


スッと男の影が割り込んだ。私はびっくりしすぎて腰を抜かしかけた。サミュエルが慌てて私を支えてくれて事無きを得る。ジェシカとリゼリア様は一歩退いてしまった。そしてリゼリア様が抗議する。


「貴方は存在が薄いのだから突然話しかけるのはやめてって毎回言ってるでしょう」

「…失礼しました」

「マリア、彼がローエン・カドガン伯爵だよ。カドガン伯、こちらはマリア・ローズヒルズ・ラインラルド伯爵」


私とローエン様はぎこちなく握手した。ローエン様は鬱陶しそうな黒髪に、光の入らない淀んだ目をした、美青年だった。隣国出身らしく、肌の色は濃い。こんな陰鬱な色彩しか持ってないのに恐ろしく顔が整っているとはどういうことだ。影のある危うい美形って感じ。


「…貴女のお噂は予々。…お願いしたいことがあるのですが」

「お仕事の話ならまた明日でも?」

「…明日もここに?」

「私とサミュエルはここに泊まるように言われていますから」


絶対に寝かせてもらえない。私の不安そうな視線にリゼリア様とジェシカはゆっくり頷いた。頷かないで、お願い。


「…ではまた明日」

「御機嫌よう」


私は礼をしてローエン様を見送った。ジェシカとリゼリア様、それにサミュエルはその背中を見送りながら毒を吐いた。


「あいつのせいで忙しいんだ」

「そうよ、王族は全員処刑の筈なのにわざと1人2人逃すから!偽装するこっちの身にもなってほしいわ」

「皆様ローエン様がお嫌いなのですか?」

「まさか!」


全員揃って首を振って否定した。


「人間性は歪んでるけど、結構話せる人だし、なによりとっても有能よ」

「人間性歪んでるって」

「そのままの意味よ。1ヶ月も貴人の恋人を牢獄に閉じ込めるなんて狂気の沙汰だわ。しかも恋人の家族が1人ずつ死んでいくのを間近で眺めさせるのよ。気が触れてしまってもおかしくないわ!恋人のことなんて何にも考えてないのよ」

「こいびと?牢獄?家族が死ぬ?」

「彼の恋人はね、デズモンドの妹なのよ」

「じゃあ処刑されるのですね」

「そうさせないために私達が徹夜で頑張らされているのよ!」


リゼリア様は激しく毒付いた。

詳しい話を聞けないまま、私に挨拶をしにきた貴族達の相手をすることになり、2人とは別れた。



パーティも終盤に差し掛かると、私とサミュエルは周りをよく観察するようにした。ジョシュア様がいつ出てきてもおかしくないからだ。元々ジョシュア様はパーティに語り部としてこっそり潜むのではなく、招待客として出席する予定だったはず。私とサミュエルが結婚する感じに見せていたから、語り部様も安心してジョシュアをパーティに出席させるはずだ。


「あれだ」


サミュエルは私に囁いて、さりげなく体の向きを変えた。視線の先には、珍しくきっちりとした礼装のジョシュア様がいた。隣には厳格そうなジョシュア様のおじい様が控えていて、私とサミュエルを睨みつけていた。


「守りが固いですね。どうします?」

「このまま恋人のフリ続行」


サミュエルは私の腰を抱いて、壁際に退いた。ジョシュア様を見ると、目が合った。ジョシュア様は傷付いた顔で目を逸らす。


「……これ不味くないですか?」

「僕もそう思う。ジョシュアは僕とマリアが本気で結婚すると思ってるからね」

「サミュエル、離れてください」


私はサミュエルの手を引き離してジョシュア様の所へ行こうとした。しかし語り部様もそれに気付いてさりげなくジョシュア様を誘導して遠ざけていく。このままだとまたジョシュア様が隠されてしまう。


「アリシア様」

「どうした?」


負けてなるものか。私はアリシア様の手を借りることにした。レイモンド様を引き連れて壁際に引っ込んでいたアリシア様の元へ急ぐ。アリシア様は退屈そうにあくびをしていた。


「語り部様の気を引いてください」


アリシア様は語り部様とジョシュア様をちらりと見た。そしてまた退屈そうにあくびを溢しながら言った。


「見返りは」

「お金でも物でも、なんでも」

「そんなものは要らない」


お金も物も、アリシア様は何でも持ってる。

私は当たり前のことに気付いた。アリシア様の真の要求は?…もちろん物ではない。

だとしたら答えはきっと、これからの私とジョシュア様の未来。


「私はジョシュア様に求婚します」


アリシア様は口の端で笑った。心底楽しそうに、美しく微笑んでアリシア様は言う。


「それなら手伝おう。とはいえあの耄碌爺さんには私の権力が通用しないこともあって、私でも話をするのは骨が折れる。あまり長くは留めて置けない」


アリシア様はそう言うとするりと人ごみを通り抜けて語り部様の元へ向かった。私もその後ろを追いかけて、アリシア様が語り部様を捕まえたのを見届けると、私はジョシュア様の手を掴んだ。


「ジョシュア様」

「マリア。婚約、おめでとう」


ジョシュア様は涼しい顔で言った。その目は私の指に向いている。わたしは不恰好な指輪を見られないように手を背中に回した。


「外に行きましょう」


私はさりげなくジョシュア様の背を押した。ジョシュア様は何も言わずに私に着いて、庭まで出てくれた。さりげなく歩いて、王族か許された人物しか立ち入れない庭まで行く。私はもちろんフリーパスだしジョシュア様もそうだ。ここなら誰にも邪魔されない。

東屋まで歩いて、2人でベンチに腰掛けた。


「ジョシュア様、私の手紙は読んでいただけましたか」

「手紙?」


やはり私が送った手紙は語り部様でブロックされたようだ。ジョシュア様は不思議そうに首を傾げた。私は指輪を外してジョシュア様に渡す。ジョシュア様は指輪を受け取って、ぎゅっと握りしめた。


「ローズクリスタルがフィリスに盗まれて、レオナルドに渡っていました」

「フィリスが?」

「ええ。フィリスは気に入らなかったようです。ジョシュア様が私に求婚することが」


ジョシュア様は困ったように目線を芝生に落とす。


「もう遅いでしょうか。私が素直になったら、ジョシュア様は私にプロポーズしてくださる?」

「でもお前、結婚するんだろ」


ジョシュア様はいつものようにいじけて私から目を逸らした。

私はジョシュア様にプロポーズさせるのは、諦めた。だって彼はそういう人だ。絶対に曲げられない。


「貴方のその子供っぽいところも、素直になれないところも、頭を掻く癖も大好き。嬉しそうに笑ってくれた時に垂れる目も、薄い唇も」


ジョシュア様は恥ずかしそうに目線を外した。


「アルフォンスお兄様が、貴方は子供のまま大人になってしまったと言っていましたが、やっと理由が分かりました。貴方の我儘は今まできっと1つも通らなかったのですね。だから直ぐに諦めて、仕方ないと思えるのです」

「俺が子供のまま?我儘?」


エミリアを諦めた時も、どこかあっさりしていた。仕方ないと思えていた。多分、昔から選択肢が無かったのだろう。だから諦めろと言われれば、その選択肢で満足した振りをしてしまう。でも私のことは、諦めてほしくない。


「私のことが好きならそう言ってください。貴方が素直になってさえくれれば、私は貴方の物になります。これから先のことは、一緒に考えましょう?お願い、私のことだけは、諦めないで」


あ、やばい。涙が。

ちょっと涙腺緩んで、でも化粧が崩れないように気合いで止めた。私の中のローズの体裁はまだ揺るがない。でも笑うことはできなかった。私は必死だ。

ジョシュア様は、完璧にフリーズしていた。多分色々考えてはいるのだろうけれど、言葉にならない。


「私はジョシュア様とずっと一緒にいたい。貴方を誰にも渡したくない。たとえ私が貴方のお爺様に嫌われていようと、相応しくなくとも、どんな誹謗中傷を受けようと、私は負けません」


ジョシュア様はゆっくりと私を見た。不安そうに視線を揺らしながら、私に卑屈な表情を向けた。


「はっきり言って俺には強みがない。俺にはお前に贅沢をさせてやることも、お前の隣に立てるほどの美貌もない」

「そんな」

「片やお前の婚約者のサミュエルは、大貴族で大金持ちで滅多にないほどの美形だ。お前は今まで通りかそれ以上の生活ができる。夜会で隣にいるのは誰もが誉めたたえる美男子だ」


私はすーっと涙が引いていくのがわかった。ジョシュア様のあまりの卑屈さにふつふつと怒りが湧く。


「この期に及んで、まだ逃げるおつもりですか?私は短気なのです。もう許しません」


私は一歩ジョシュア様に近付く。怒りの衝動のまま、また一歩近付いて、そのままジョシュア様に詰め寄った。


「言ったでしょう!貴方の外見も内面も含めて私は貴方を愛しているのです!贅沢がしたいとも、貴方が私の隣に立てないとも思っていません…!私が望むのは貴方の隣に私がいること、それだけ」

「マリア」

「ジョシュア様。貴方が笑って頷いてくれれば、それだけで良いのです」


ジョシュア様は目を見開いた。そして、ゆっくりと視線を合わせる。


「俺もマリアと一緒にいたい」


ジョシュア様はゆっくり跪いて、私が渡したローズクリスタルの指輪を差し出した。


「俺と結婚してください」


口角を上げて、ジョシュア様は目を細めた。

好きになった時と寸分違わぬ眩しい笑顔で、ジョシュア様は笑った。


「はい、ジョシュア様!」


私は指輪を受け取って、指にはめた。美しく微笑むつもりが、嬉しさと安心で上手く笑えなかった。ジョシュア様から渡されたというだけで、こんなにも不恰好な指輪が愛しくて、嬉しくて。ジョシュア様がとても愛しい。


私は安心して泣けてきた。我慢していた涙がついにぼろっと溢れる。純粋な嬉し泣きなのだけど、ジョシュア様は慌てて私に遅くなったことを謝り始めた。私はジョシュア様に抱きついてわんわん泣いた。全部許す。許す以外の選択肢がない。



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