二
さて、ここまでの青山の言葉から、彼が幸と何かしらの関係を持っている事は明らかである。
しかし、だからといって佐野が幸の事を青山に伝える意味も義務も義理も利益も無く、佐野が手にいれられる物は意味不明な人間との不安定なパイプラインと、消費される労力だけだ。
また、彼個人として、これ以上訳の分からない人間と関係を結びたくは無い。
それ以前に、まず第一に、一体この青山という男性は幸とどんな間柄であったのだろう?
「まず、あなたが幸とどんな関係なのかを教えてください。それが分からない相手に誰かの情報を話すわけにはいきません。というか、ぶっちゃけ面倒くさいです」
青山はしばし沈黙した。何か考えているのか、話したくないのか、はたまた何を話すのかまとめているのか、佐野には判断がつかない。
「あなたが話さない気であるのなら、こちらは帰るだけです」
佐野が三口ほどミルクティーを飲んだあたりで青山が口を開いた。
「……私と幸は、昔、一緒に、暮らしていました」
「……家族か何かだったんですか?」
「いいえ」
「それじゃあ、恋人か何かだったんですか?」
「いいえ。違います」
家族でも恋人でも無いのに同棲していたとは一体どういうことだろうか? 佐野は数瞬考えたが丁度良い仮定が思いつかなかった。
青山は話を続けた。
「……幸は私を幸せにしようと毎日毎日私に尽してくれました」
「それはまあ、幸せな生活でしたでしょうね」
青山はその言葉にゆっくりと頷く。
「……けれど、私は幸が、私に尽してくれるのを、信じ切る事が、出来なくなってしまいました」
「それは何故ですか?」
ここで青山はコーヒーを一口飲んだ。佐野の疑問に答えるつもりなのだろう。
「……私のために、何でもしようとする幸が、ただの義務といいますか、そのような物で、私に尽していると、思ってしまったんです。あまりにも、あまりにも身勝手ながら」
「幸はあなたが雇った家政婦か何かだったのですか?」
青山は首を左右に振った。
「……いいえ、彼女は、彼女自身の意思、で私に尽そうとしてくれる、存在でした。それでも、だからこそ、私は、そんな彼女が、義務感のようなもので、私に尽していると思ってしまったんです。いえ、思ったのでは無く、確信してしまったんです。そうなると、私は、幸の私への行為に、辛さや苦痛を、感じるようになってしまいました。ある日、私はその事を、幸に言ってしまいました。そして、勢いに乗った私は、彼女には私を、『幸せに出来ない』と言ってしまいました」
もう一度青山はコーヒーを飲み、
「その次の日、幸は居なくなっていました。大体今から三年ほど前の事です」
「それって、あなたが直接幸のところに行って、話せば万事解決なんじゃないですか?」
その言葉に青山は悲しげな眼で首を左右に振った。
「それは、もう、前にやりました。幸は、私の話を、何も聞かず、私の前から、走り去りました。雨が降っていたのに、傘を投げ捨てて、私の目の前から、逃げ出したんです」
佐野はその言葉に心当たりがあった。
「……もしかして十日ぐらい前の雨の日の事ですか?」
「はい」
どうやら、あの雨の日の幸は青山から逃げ出して、何故か佐野の家に訪れたようだ。
いや、〝何故か〟では無いだろう。おそらくその時の幸は佐野幸喜の家以外に逃げ場所を思いつかなかったのだ。出会って二週間程しか経っていない他人に頼るしか思いつかなかったのかもしれない。
その考えに至った瞬間、佐野は自分が目の前に座る男に苛立ちと呼ばれる物を感じている事に初めて気づいた。
「……幸はもう、私の視界に入る事すら、避けようとしています。お願いです。幸の様子を、私に、教えてください。本当に、偶にで、良いんです」
「……幸の様子を聞いてあなたはどうするつもりなんですか? 幸と和解するつもりなんですか?」
再び青山は首を振った。
「……いいえ、ただ、私は幸に、幸せになってもらいたいだけです。幸は、大切な相手でしたから」
佐野は、なら、なおさら青山自身がその言葉を幸に伝えるべきだと思った。
けれど、おそらくこの男はその言葉を聞き入れないだろう。というか、聞き入れる余裕が無いのだろう。
なんとも面倒臭い男だと、佐野は思った。
佐野はしばし考えた。それは青山の事ではなく、ここ最近親しくなった幸の事だ。
佐野幸喜という青年にとって、この訳の分からない男性より、幸のほうがよっぽど比重が重い存在だ。彼女を中心にこの事柄を考えるのは佐野にとっては当たり前の事だ。
そして、しばらくの時間の後、佐野は彼なりの結論を出した。
「……あなたと幸との問題に俺を巻き込んで欲しくない。正直めんどくさい。俺に何の利益も働かない。けれど、分かりました。毎週土曜日の朝、幸が俺を訪ねるまでならあなたに幸の様子を話しましょう」
「……ありがとう、ございます」
青山はとても嬉しそうな表情で頭を下げた。
ミルクティーの最後の一口を飲み終わり、佐野が壁にかけられた時計を見てみると時刻は八時十五分。
「んじゃ、携帯のアドレスを交換したら今日は解散と行きましょう」
さぞ、今の自分の顔はいつもどおりだろう。最後まで苛立ちを隠し通せてしまった自身を、だから佐野はあまり好きには成れなかった。




