23.「この装い」
皇后として迎えられることが宣言されてから、ひと月あまり。
城内は連日、戴冠式の準備に沸き立っている。
庭の木々もすっかり葉を落とし、澄んだ冬の空気が帝都を包み始めている。
戴冠式当日の朝は、これまで経験したどんな朝よりも慌ただしく始まった。
大勢の侍女たちに囲まれ、私は最高級の皇后礼装に身を包まれていく。
白と銀を基調とした豪奢なドレスは、これまで纏ったどんな衣装よりも重く、そして美しい。
裾には繊細な銀糸の刺繍が施され、動くたびにきらきらと光を弾いていた。
「本当に、お美しゅうございます」
グレタが感嘆の声を漏らしながら、丁寧に髪を結い上げていく。
紫がかった銀の髪が、真珠と宝石で飾られた髪飾りによって、いっそう輝きを増していく。
すべての支度が整い、最後に運ばれてきたのは、帝国の宝物として代々受け継がれてきたという冠。
繊細な細工が施された銀の冠には、大きな青い宝石が中央に据えられている。
鏡の前に立った私は、思わず息を呑んだ。
映っているのは、これまで見たことのないほど気品に満ちた自分の姿。
かつて聖女として質素な法衣を纏っていた頃とも、追放された旅の途中の惨めな自分とも、まるで違う。
胸の高鳴りを抑えられないまま、私は自分の姿をじっと見つめ続ける。
緊張と、それを上回る幸福感が、複雑に胸の内で入り混じる。
そこへ、控えめな足音と共に扉が開いた。
「エミア」
振り返ると、彼が戸口に立っている。
戴冠式用の礼装に身を包んだその姿は、これまで見たどんな彼よりも威厳に満ちている。
それでいて、私を見つめる眼差しには、確かな柔らかさが宿っていた。
「どうでしょうか、この装いは」
緊張気味に尋ねる私に、彼は静かに歩み寄ってくる。
背後からそっと腕を回され、鏡越しに視線が重なった。
「誰よりも」
耳元で低く囁かれる声には、これまで聞いたどんな言葉よりも深い想いが込められている。
「一番、美しい」
その一言に、頬がかっと熱くなった。
鏡に映る自分の顔が、みるみる赤く染まっていく。
「あの……ありがとうございます」
震える声で答える私を、彼はそっと抱き寄せる。
背中に感じる確かな温もりに、緊張していた体から、少しずつ力が抜けていった。
「緊張しているのか」
「はい……少し」
正直に答えると、彼は小さく笑った。
彼の、珍しく柔らかな笑み。
「俺が、隣にいる」
その一言に、私は静かに頷く。
これから始まる盛大な式典への不安が、彼の言葉によって、確かな安心感へと変わっていくのを感じていた。
鏡の中で寄り添う二人の姿を見つめながら、私はこれから訪れる新しい人生への期待に、静かに胸を膨らませる。
☆
帝国の中央大聖堂に足を踏み入れた瞬間、私は思わず息を呑む。
天井まで届く荘厳な柱、色鮮やかなステンドグラスから差し込む光。
堂内を埋め尽くすほどの貴族、民衆、そして軍人たちが、一斉にこちらへと視線を向けている。
これほど多くの人々の前に立つのは、聖女として戦場に立っていた頃以来のこと。
隣に立つ彼が、静かに手を差し伸べた。
私はその大きな手をそっと取り、共に祭壇へと続く長い通路を歩み始める。
一歩、また一歩と進むたびに、周囲から静かなどよめきが広がっていく。
皇后候補として現れた私の姿を、誰もが息を呑んで見つめているのだ。
かつて追放され、絶望の淵に立たされていた自分が、今こうして帝国中の視線を一身に集めながら歩いているという事実に、私自身、まだ夢のような心地がしていた。
祭壇の前に辿り着くと、私たちは並んで大司教の前に立つ。
厳かな祈りの言葉が、堂内に朗々と響き渡っていく。
やがて、大司教の手から、彼の手へと冠が受け渡される。
彼は静かに私の方へと向き直ると、両手で丁寧に冠を持ち上げた。
その眼差しには、これまで見たどんな瞬間よりも深い誇らしさと、確かな愛おしさが浮かんでいる。
冠がゆっくりと、私の頭上に降ろされていく。
ひんやりとした重みが額に触れた瞬間、私は思わず目を閉じた。
長い旅路の果てに、ようやく辿り着いたこの瞬間の重みを、全身で噛みしめる。
「これより」
彼の声が、大聖堂全体に高らかに響き渡る。
「エミアを、ガルヴァン帝国の皇后とする」
その宣言と共に、堂内は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
「皇后陛下、万歳!」
「祝福あれ!」
方々から上がる祝福の声に、私は思わず瞳を潤ませる。
かつて聖女として祝福を与える側だった自分が、今はこうして、これほど多くの人々から祝福を受けている。
その喜びは、言葉にできないほど大きなもの。
隣に立つ彼が、そっと私の手を握りしめる。
振り返ると、その瞳には、誇らしさと、深い愛情が確かに滲んでいた。
「ここまで来たな」
低く囁かれたその言葉に、私はこれまでの道のりのすべてが、報われていくのを感じる。
追放の絶望も、森での恐怖も、すべてがこの瞬間のためにあったのだと、そう思えるほどの幸福感が胸いっぱいに広がっていった。
鳴りやまぬ歓声の中、私たちはしっかりと手を取り合ったまま、集まった人々に向かって静かに頭を垂れた。




