17.「縛られるな」
窓の外を見つめ続ける私を、彼はしばらくの間、黙って見守っている。
やがて、大きな腕が背中に回され、そっと引き寄せられる。
抗う間もなく、私は彼の胸に包み込まれていた。
「もう」
耳元で低く響く声には、これまでにない優しさが滲んでいる。
「考える必要はない」
腕の力が、わずかに強まる。
「君は、私のものだ」
その一言には、独占欲というよりも、確かな庇護の想いが込められているように感じられる。
困惑と葛藤を抱え続けていた心が、その言葉によって、少しずつ解きほぐされていく。
「過去に、縛られるな」
彼の声は静かでありながら、揺るぎない強さを持っている。
ゼントロール王国での日々、そこに残してきた民への想い――そのすべてを否定するのではなく、ただ私が過去の呪縛から解放されることを願うような、そんな響き。
「陛下……」
掠れた声で名を呼ぶと、彼はさらに強く私を抱きしめる。
大きな手のひらが、髪の間をゆっくりと辿っていく。
「君の心の傷を、癒やしたい」
その言葉が、静かに繰り返される。
「君の心の傷を、癒やしたい」
同じ言葉を紡ぐたびに、彼の腕にはさらに確かな温もりが宿っていくよう。
まるで、その言葉自体が祈りであるかのように、私の胸の奥深くまで染み渡っていく。
これまで一人で抱え続けてきた葛藤が、彼の腕の中で、少しずつ形を変えていくのを感じる。
過去への未練でも、罪悪感でもない。
ただ、今この瞬間、自分がどれほど大切にされているかという確かな実感だけが、胸を満たしていく。
「……ありがとうございます」
震える声で呟くと、彼は何も答えず、ただ私の頭を撫で続けてくれる。
言葉にならない想いが、その手のひらの温もりを通して、確かに伝わってくる。
しばらくの間、私たちはそのまま静かに抱き合っていた。
窓の外では、帝都の夕暮れが穏やかに広がっている。
複雑だった心が、この人の腕の中で、少しずつ落ち着きを取り戻していくのを、私は確かに感じていた。
過去をどう受け止め、これからどう歩んでいくべきか――その答えは、まだはっきりとは見えない。
それでも、この温もりがある限り、自分は前を向いていけるはずだと、私は密かにそう思い始めていた。




