君は覚えていない
工学部三回生のゼミは、月曜日の2限。
四回生から始まる卒業研究に向け、その準備を進めていくのが三回生のゼミの中心だった。
金本秀平は1限が空いている。
そのため、月曜日は毎週少し早めに大学へ来るようにしていた。
『はるかちゃん、今日困ってたぜ』
そう聞いたのは、先週の月曜日。
本鈴が鳴るギリギリに研究室へ駆け込んできた、同じゼミの友人からだった。
話を聞いて、まず、この大学にもそんなくだらないことをする学生がいるのかと辟易した。
それと同時に、遙のことが気になった。
一人で、不安だっただろうな。
友人が助けたと聞いて、なぜか少しだけ面白くない気持ちもあった。
それでも。
遙が無事なら、それでよかった。
そんなこともあり、今日はいつもより少し早く、校舎の前まで来てみた。
すると——
いた。
遙の姿を見つけて、胸のあたりが少しだけ温かくなる。
「おはよう」
声をかけてみた。
遙の肩が小さく跳ねる。
振り返った彼女は、案の定、怪訝な顔をした。
「お……はようございます」
その反応がおかしくて、思わず笑う。
そういえば、ちゃんと自己紹介をしていなかった。
「工学部三回生の金本秀平です」
「……経営学部一回生の金田遙です……」
その名前なら、とっくに知っている。
「……知ってるよ」
小さくそう返した。
遙が不思議そうな顔をする。
「……え?」
やっぱり。
自分のことは、覚えていないらしい。
「今日は変な奴らいないんだな。よかった」
話題を変えると、遙が何かを思い出したように「あ」と声を漏らした。
先週、友人たちに助けてもらったこと。
自分の名前を、彼らが知っていたこと。
遙は戸惑いながら尋ねてくる。
——俺が話したから。
そう答えると、遙は「へ……!?」と間の抜けた声を出した。
顔まで赤くなっている。
やっぱり、覚えてないか……。
思わず口に出してしまった。
「どういうことですか?」
遙が聞き返す。
そのとき、予鈴が鳴った。
しまった。
遅刻はしたくない主義だ。
「俺、次この校舎でゼミだから。じゃあ、また!」
遙に手を上げ、足早に校舎へ向かった。
研究室に入る。
「お! 秀平ちゃーん。珍しくギリギリじゃん!」
いつもの友人が、すぐに声をかけてきた。
「ちょっと用事があって……」
言いかけたところで、友人がニヤリと笑う。
「先週のことがあったから、はるかちゃん見に行ったんじゃないの?」
「……」
図星だった。
「……あぁ、そうだよ」
秀平は観念した。
「話したの?」
答えずに流す。
けれど友人は構わず続けた。
「覚えてた?」
「……覚えてなさそうだった」
「そりゃあそうでしょ!」
友人は笑いながら、自分の席へ戻っていった。
覚えてなくてもいい。
だったら、これから覚えてもらえばいい。
そんなことを考えていると、教授が少し遅れて研究室へ入ってきた。
後ろには、工学部の四回生が一人。
「先週は、この条件で実験をしました」
四回生の男子学生が、先週行った実験の結果と考察について発表を始める。
教授や三回生から質問が飛び、それに答えながらゼミは進んでいく。
秀平も資料へ目を落とした。
さっきまで遙のことで占められていた頭は、いつの間にか研究へと切り替わっていた。




