消えない言葉
月曜日。
今日は2限から。
講義が行われるのは、大学の敷地内でも一番奥まった場所にある校舎だった。
校舎の入口が見えてくる。
その近くに、一回生らしき男子学生が三人いた。
何やら嫌な笑みを浮かべながら、通り過ぎる女子学生を眺めている。
また一組、女子学生が校舎へ入っていく。
三人は無言でその後ろ姿を目で追った。
そして、女子学生の姿が見えなくなった途端——
「今の子らだったら、どっちもアリだよなー!」
「いや、俺は右の子が好み!」
楽しそうに笑い合う。
どうやら、通りかかる女子学生を勝手に品定めしているらしい。
(……ゲスいことするね)
遙は気にせず、そのまま進もうとした。
でも——
自分があそこを通ったら、何を言われるのか。
なぜか、分かるような気がした。
ふいに。
昔の記憶が蘇る。
保育園の頃。
『はるかちゃんは笑わないから怖い』
小学生の頃。
『はるかちゃんは、とっつきにくいし可愛くない』
中学生の頃。
『ブス』
高校生になる頃には、面と向かって何か言われることはなくなった。
それでも。
一度染みついた言葉は、なかなか消えてくれなかった。
(……あそこ、通りたくない)
足が重くなる。
一歩。
また一歩。
歩幅が小さくなって——
とうとう、足が止まった。
そのときだった。
後ろから、明るい声がした。
「はーるかちゃん! 一緒にいこーぜ!」
「……え?」
振り返る。
知らない男性が二人。
見たところ、遙より年上の学生のようだった。
戸惑う遙に、一人がほんの一瞬だけ目配せをした。
二人は何事もなかったかのように遙の横へ並ぶ。
そのまま、三人の男子学生の間を一緒に通り抜けた。
「俺ら工学部の研究室、ここなんだよねー。暗いっしょ!」
一人が笑いながら言う。
「……工学部?」
遙は思わず二人を見る。
「あ、じゃあ俺らこっちだから。またねー」
二人は、そのまま校舎の奥へ歩いていく。
(工学部……)
あの“秀平”と同じ学部。
(あの人たち、秀平の知り合い……?)
でも。
秀平に気を取られていて、周りにいた友人の顔なんて覚えていない。
それよりも——
(なんで、私の名前知ってるの……?)
分からない。
何も分からない。
ただ。
昔浴びたような言葉を、もう一度聞かずに済んだ。
「あ、あの!」
二人が振り返る。
「ありがとうございます……!」
すると二人は笑って——
秀平と同じように、ひらひらと手を振った。
そして、そのまま去っていった。
遙はしばらく、その場に立っていた。
(……何なんだろう、あの人たち)
不思議だった。
でも。
自分が嫌だと思っていることに、誰かが気づいてくれた。
何も聞かずに。
何も大げさにせずに。
ただ、隣を歩いてくれた。
それだけのことが——
遙の心を、ほんの少し温かくした。




