卒業の日
入社する会社を決めてから、数日後。
遙は机の引き出しから、一枚の名刺を取り出した。
ABCD証券株式会社。
代表取締役 花沢 実。
二年以上前。
情報開発演習Ⅲ、最後の講義の日にもらったものだった。
遙は少し迷ってから、携帯電話を手に取った。
『ご無沙汰しております。
以前、情報開発演習Ⅲを受講していた金田遙です。覚えていらっしゃるでしょうか。』
そこまで打って。
少し考える。
『この度、就職先が決まり、春から経理として働くことになりました。
就職活動をする中で、先生の授業で教えていただいた「人との関わりを大切にすること」が、いつの間にか自分自身の働く上での軸になっていることに気づきました。
先生の授業を受けることができて、本当によかったです。
ありがとうございました。』
送信。
忙しい人だ。
返事なんて来ないかもしれない。
そう思っていた。
けれど、その日の夜。
携帯電話が鳴った。
花沢からだった。
『もちろん覚えています。
いつも前の方で熱心に聞いてくれていた二人ですよね。
就職決定、おめでとうございます。
金田さんが自分なりの答えを見つけられたのなら、僕も講義をした甲斐がありました。
社会人になっても、たくさんの人と関わると思います。
これからも「ありがとう」を大切にしてください。
またいつかお会いしましょう。』
「……」
遙は、少し笑った。
――二人。
やっぱり、先生の中でも。
自分と秀平は、最初から二人だったらしい。
『ありがとうございました。頑張ります。』
そう返信した。
*
それから。
あゆみの就職先が決まり。
少し遅れて、成美の就職先も決まった。
卒業論文。
最後の試験。
大学へ行く回数も、少しずつ減っていった。
そして。
卒業式。
*
鏡の前で、遙は自分の姿を見た。
袴。
綺麗に整えてもらった髪。
いつもより少しだけ華やかなメイク。
今日は、メガネもない。
「……よし」
四年前。
大学デビューなんて必要ない。
そう思っていた自分が、少しだけ懐かしかった。
別に。
あの頃の自分が嫌いになったわけではない。
メガネをかけていた自分も。
化粧なんて必要ないと思っていた自分も。
全部、自分だ。
ただ。
知らなかった自分を、この四年間でたくさん知った。
それだけだった。
*
大学へ着くと、あちこちで写真を撮る学生たちの声が聞こえていた。
「遙ー!」
振り返る。
「あゆみ!」
「成美!」
二人も袴姿だった。
「ちょっと遙! めちゃくちゃ似合ってる!」
「二人も!」
「写真撮ろ!」
三人で並ぶ。
何枚も。
何枚も。
ふざけた写真も撮った。
「……卒業なんだね」
成美がぽつりと言った。
「うん」
急に、寂しくなる。
あゆみが二人を見る。
「就職しても、友達だからね」
「当たり前じゃん」
「……うん」
遙も頷いた。
「友達だよ」
その言葉を口にした瞬間。
四年前の自分を思い出した。
――友達、できた?
あの頃。
二人をそう呼んでいいのかさえ分からなかった。
今は。
迷わない。
三人で抱き合った。
「絶対会おうね」
「会うに決まってる」
「会社の愚痴大会しよう」
「それは絶対する」
泣きながら、三人で笑った。
*
「おーい!」
聞き覚えのある声。
三人で振り返る。
「あ」
「来た」
向こうから歩いてくる三人。
秀平と。
例の二人。
「卒業おめでとー!」
「久しぶり!」
「袴じゃん!」
「卒業式なんだから当たり前でしょ」
久しぶりの、六人。
遙は思わず笑った。
いつからだっただろう。
この六人で昼食を食べることが、当たり前になったのは。
あんなに騒がしかったのに。
大学生活の後半は、それぞれが忙しくなって。
六人全員が揃うことも、いつの間にか少なくなっていた。
「遙ちゃん」
秀平が遙の前に立った。
その手には、花束があった。
「……これ」
差し出される。
「卒業おめでとう」
「……ありがとう」
受け取る。
綺麗な花。
顔を上げると、秀平がじっと遙を見ていた。
「何?」
「いや」
「何?」
「……似合ってる」
「袴?」
「全部」
「……」
後ろから声が飛ぶ。
「はいはい!」
「始まった!」
「卒業式でもそれやる!?」
遙は少しだけ顔を赤くした。
でも。
もう逃げなかった。
「ありがとう」
そう言って笑う。
秀平も笑った。
「写真撮ろうぜ!」
「六人で!」
誰かが近くにいた学生に声をかける。
六人で並んだ。
あゆみ。
成美。
秀平の友人たち。
秀平。
そして、遙。
「撮りますよー!」
カメラへ向かって笑う。
シャッターの音がした。
その瞬間。
遙は思った。
大学に入った頃。
自分がこんなふうに誰かに囲まれて卒業するなんて。
想像したこともなかった。
友達ができた。
好きな人ができた。
知らなかった自分を、たくさん知った。
これから働く場所も、自分で決めた。
四年間。
長かったようで。
あっという間だった。
「もう一枚撮りますよー!」
遙はもう一度、笑った。
今度は。
何も考えなくても、自然に笑えた。




