一歩進んで
月曜日。
大学へ着くと、あゆみと成美は遙の顔を見るなり駆け寄ってきた。
「遙!」
「大丈夫!?」
先週、二人には、ずいぶん心配をかけてしまった。
「うん。もう大丈夫」
「ほんとに?」
「うん」
遙は笑った。
無理に作った笑顔ではない。
二人もそれが分かったのか、顔を見合わせる。
「……よかったぁ」
成美が大きく息を吐いた。
「ほんと心配したんだからね」
「ごめんね」
「金本さんとは?」
「話したよ」
「ちゃんと?」
「うん。ちゃんと」
それだけ答える。
あゆみは遙の顔をじっと見ていたが、やがて小さく笑った。
「なら、いいけど」
「うん。ありがとう」
「……でさ」
成美が遙の顔を覗き込む。
「さっきから気になってたんだけど」
「何?」
「なんで今日、メガネなの?」
「……メガネ?」
「最近コンタクト多かったじゃん」
「ああ」
遙は何でもないことのように答えた。
「秀平に言われたから」
「……」
「……」
二人の動きが止まる。
「は?」
「金本さんに?」
「うん」
「なんて!?」
「大学ではメガネにしててほしいって」
「はあ!?」
あゆみが声を上げた。
「何それ!」
「そんなの言うこと聞くことないよ!」
成美もすぐに加勢する。
「遙がメイクとかコンタクト楽しんでるの知ってるでしょ!?」
「彼氏だからって、そこまで決められることじゃないからね!」
二人の勢いに、遙は目を瞬いた。
「……分かってるよ」
「だったらなんでメガネなの!」
「別に言うこと聞いたわけじゃないよ」
「じゃあ何?」
遙は少し考えてから。
ごく普通のことのように言った。
「秀平、私のメガネ姿も可愛いと思ってるみたいだから」
「……」
「たまにはメガネにしようかなって思っただけ」
「……」
「……」
沈黙。
遙は首を傾げた。
「何?」
あゆみと成美が顔を見合わせる。
そして。
「……ちょっと待って」
「何?」
「今の何?」
「何が?」
「なんでそんな自然に惚気たの!?」
「……惚気?」
「しかも秀平!?」
成美が食いつく。
「え?」
「金本さんじゃなくて、秀平って言った!」
「……」
遙が固まった。
そういえば。
いつからだろう。
自然に、そう呼ぶようになっていた。
「ちょっと待って」
あゆみの目が細くなる。
「先週、私たちと別れたあと何かあった?」
「……」
「遙?」
「何もないよ」
「今の間は何!?」
「何もない」
「嘘!」
「顔赤い!」
「赤くない」
「赤いって!」
二人が左右から遙に詰め寄る。
「何!? 何があったの!?」
「ちゃんと話して!」
「何もないって」
「絶対ある!」
「……ゼミ始まるよ」
遙は二人を置いて、さっさと席へ向かった。
「あ! 逃げた!」
「遙!」
「今回は逃げても無駄だからね!」
後ろから聞こえてくる声を無視して、遙は席に着く。
鞄から教科書を取り出す。
その口元が、少しだけ緩んでいることには。
自分でも気づいていなかった。
やがて教授が教室へ入ってくる。
「はい、始めますよ」
あゆみと成美も渋々席に着いた。
けれど。
二人から向けられる視線は、講義が始まってからもしばらく痛かった。




