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2人だけの初めて

あたたかい。


離れていたのは、たった数日なのに。


ずっとこうしたかったような気がした。


「……遙ちゃん」


「ん?」


「顔、見たい」


少しだけ腕の力が緩む。


顔を上げると、秀平がすぐ近くにいた。


目が合う。


どちらからともなく、少しだけ笑った。


そして。


秀平が遙の頬に触れた。


「……キスしていい?」


付き合ってから、もう何度もしている。


それなのに。


今日は、少し違う気がした。


「……うん」


唇が重なる。


一度離れて。


また重なる。


いつもより、少し長い。


遙は秀平の服を掴んだ。


心臓がうるさい。


秀平にも聞こえてしまいそうだった。


唇が離れる。


けれど、秀平は遙から離れなかった。


額が触れそうな距離で、遙を見る。


「……遙ちゃん」


「……何?」


「今日、どうする?」


「……どうするって?」


「もう遅いから」


時計を見る。


思っていたより、時間が経っていた。


「帰るなら送るよ」


「……」


帰る。


いつもの日曜日なら、それで終わりだった。


日曜日にここへ来て。


一緒にご飯を作って。


本を読んで。


秀平が研究の資料を読んでいる隣で過ごして。


時々キスをして。


夕方になれば、帰る。


それが二人のいつもだった。


でも今日は土曜日。


「……帰らないって言ったら?」


言ってから、自分で驚いた。


秀平も、一瞬黙った。


「……遙ちゃん」


「何?」


「それ、意味分かって言ってる?」


顔が熱くなる。


分かっている。


たぶん。


いや。


ちゃんと、分かっている。


「……分かってる」


秀平は何も言わなかった。


だから余計に恥ずかしくなる。


「……やっぱり今のなし。わかってない」


「待って」


「何?」


「なしにしないで」


「……」


秀平が少し困ったように笑った。


「俺は、いてほしい」


胸が跳ねる。


「でも」


秀平は続けた。


「遙ちゃんが本当にそうしたいなら、ね」


「……」


「今日じゃなくてもいいから」


急かされない。


引き止められもしない。


自分で決めていい。


遙は少しだけ考えた。


それから、携帯電話を鞄から取り出した。


「……ちょっと待って」


「うん」


画面を開く。


母へのメール。


『今日、友達の家に泊まります。明日帰ります。』


そこまで打って。


指が止まった。


友達。


「……」


「どうしたの?」


「なんでもない」


友達ではない。


彼氏だ。


しかも。


彼氏の家に泊まろうとしている。


改めてそう考えた瞬間、顔が一気に熱くなった。


「遙ちゃん?」


「見ないで」


「見てないよ」


「絶対見ないで」


「はいはい」


秀平が笑いながら背中を向ける。


遙はもう一度画面を見る。


『今日、友達の家に泊まります。明日帰ります。』


少しだけ罪悪感。


でも。


送信。


「……送った」


「お母さん?」


「うん」


「なんて?」


「……友達の家に泊まるって」


秀平が振り返った。


「友達」


「……何?」


「俺、友達なんだ」


「お母さんには!」


思わず声を上げる。


秀平が笑った。


「分かってるよ」


「もう……」


恥ずかしい。


さっきまで泣いていたのに。


今は違う意味で、顔が熱い。


「……遙ちゃん」


秀平の声が少しだけ変わった。


「ん?」


「もう一回だけ聞くけど」


「……うん」


「本当に、帰らなくていい?」


遙は秀平を見る。


初めてだから。


怖くないと言えば、嘘になる。


何をどうすればいいのかも分からない。


きっと秀平は知っている。


それを考えると。


少しだけ、胸の奥がちくりとした。


でも。


もう、それでいい。


秀平にとって初めてじゃなくても。


私となら。


また、初めてになる。


「……帰らない」


今度は、ちゃんと言えた。


秀平が遙の頬に触れる。


「分かった」


そして、もう一度唇が重なった。


さっきよりも、ゆっくり。


遙は目を閉じた。


もう。


誰かと比べる必要なんてない。


秀平が過去に誰を好きだったとしても。


どんな時間を過ごしていたとしても。


今、この瞬間。


秀平の腕の中にいるのは、自分だった。


「……秀平」


初めて呼んだときとは違う。


今度は、自分の意思で名前を呼んだ。


「ん?」


「……好き」


「俺も」


その夜。


二人は、また一つ。


二人だけの初めてを重ねた。

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