付き合ってない
月曜日、四限。
「で?」
いつものように。
あゆみと成美が、遙の正面に座っていた。
「……何」
「昨日!」
「どうだったの!?」
「……楽しかったよ」
「それだけ!?」
「何したの!?」
「カフェ行って……」
「うん!」
「本屋行って」
「うんうん!」
「雑貨屋も少し見て」
「それから!?」
「……雨降ってきて」
「雨!」
「傘!」
「例の傘!?」
「……なんで知ってるの」
「前に聞いた!」
二人の勢いに押されながら。
遙は昨日のことを、一つずつ話した。
カフェでケーキを食べたこと。
予定にはなかったのに、そのあとも二人で歩いたこと。
雨が降ってきたこと。
そして、あの日。
自分が秀平に貸した傘に、二人で入ったこと。
「それで?」
「……」
「遙?」
「まだあるでしょ」
「……」
遙は、少し俯いた。
「……キスした」
「……」
二人が止まった。
「……何?」
「……」
「……」
次の瞬間。
「ええええええ!?」
「ちょっ……!」
遙は慌てて二人を制した。
「声大きい!」
「だって!」
「キス!?」
「どっちから!?」
「金本さん」
「どこで!?」
「……傘の下」
「きゃーーーー!」
「だからうるさい!」
周囲の学生がこちらを見る。
遙は顔を赤くして俯いた。
「で!?」
あゆみが身を乗り出す。
「付き合ったの!?」
「……」
「遙?」
「……付き合ってない」
「……え?」
「だから」
遙は少し困ったように眉を寄せた。
「付き合ってない」
「……」
「……」
再び、二人が顔を見合わせた。
「どういうこと?」
「私が聞きたい」
「告白は?」
「されてない」
「好きって言われた?」
「……言われてない」
「でもキスしたの!?」
「……うん」
成美が頭を抱える。
「あの人、何してんの!?」
「でも……」
遙が小さく言った。
「私にもう一度会いたかったって」
「……」
「傘を返すだけなら、あんなに探さないって」
「……」
あゆみと成美が、また顔を見合わせる。
二人には、分かっていた。
それはどう考えても、そういうことだ。
でも、遙は…。
「だから……」
少し迷って。
「私たちって、何なんだろう」
二人は黙った。
「……」
答えるのは、簡単だった。
金本さん、遙のこと好きじゃん。
そう言えばいい。
けれど、あゆみが少し考えてから言った。
「……それさ」
「うん」
「私らが答えることじゃなくない?」
「……え?」
成美も頷く。
「うん。金本さんに聞きなよ」
「……無理」
「なんで!?」
「聞けるわけないでしょ」
「キスはしてそれは聞けないの!?」
「キスは私からしたんじゃない!」
「じゃあ次は遙から聞く番!」
「……嫌」
「頑固!」
二人が笑う。
遙は納得できないまま小さく息を吐いた。
私たちって何なんだろう。
その疑問だけがまた一つ胸の中に残った。
*
それから少しずつ遙の大学生活が変わっていった。
きっかけはメイクだったのかもしれない。
「金田さん、髪型変えた?」
「うん」
「そっちも似合うね」
「……ありがとう」
今までほとんど話したことのなかったゼミ生から声をかけられるようになった。
でも、それだけではなかった。
「金田さん、ここの課題どうした?」
「ここ?」
「そう」
「私はこの式使ったよ」
「あー、なるほど」
話しかけられたら、答える。
それは以前と同じ。
でも、そこからもう一言…。
自分から話すようになった。
「そっちはどうしたの?」
「俺? 俺は——」
会話が、続く。
それだけで今まで知らなかった人のことを少しずつ知るようになった。
ゼミだけではない。
講義で隣になった人。
同じ経営学部の学生。
以前なら話す必要がなければ話さなかった人たち。
「金田さんって、最近雰囲気変わったよね」
「……そう?」
「うん。前より話しやすくなった」
「前は話しにくかった?」
「ちょっと」
「……」
「嘘嘘!」
「今、絶対本音だった」
「ははっ、ごめん!」
つられて遙も笑った。
以前なら、こんなふうに笑わなかったかもしれない。




