これはデート?【前編】
日曜日の朝。
遙は、鏡の前に立っていた。
「……」
もう…何分ここにいるのか分からない。
髪を下ろす。
「……違う」
結ぶ。
「……これも違う」
また下ろす。
散々迷った挙句、鏡台の端に置いていた携帯電話を手に取る。
昨日、家庭教師を終えて帰宅してから、石田あゆみと川田成美に『明日、金本さんとカフェに行くことになった』と報告した。
すると『デートじゃん!!!!』と、メーリングリストが大変なことになった。
『傘を返してもらうだけ』
そう返したら。
『傘返すだけなら大学で返せるだろ!!!』
と言われた。
確かに。
そうなのだ。
だから…
昨日から。
ずっと。
(……デートなのかな)
そればかり考えている。
「……」
遙は鏡を見る。
『絶対編み込み!』
『いやデートなら巻いた方がいいって!』
『待ってやっぱり遙は髪綺麗だから下ろすだけでもいい』
あゆみと成美のアドバイスが脳裏で再生される。
「……」
結局、何が正解なのだろう。
最終的に髪は軽く巻いて下ろした。
メイクも、金曜日より少しだけ丁寧に。
服は…
何度も着替えた末に、普段より少しだけ綺麗めなものを選んだ。
「……よし」
誰に言うでもなく、呟く。
大丈夫。
カフェに行くだけ。
傘を返してもらうだけ。
いつもの四限が。
大学の外になっただけ。
(……いつもの四限とは違うか)
「……」
また、胸がうるさくなった。
待ち合わせは大学から数駅離れた駅。
約束の時間より十五分早く着いた。
「……」
さすがに早すぎた。
遙は駅前の時計を見る。
まだ…来ないに決まってるよね。
当たり前だ。
そう思ったとき。
「遙ちゃん」
「……っ」
一瞬肩が跳ねる。
そしてゆっくりと振り返ると…
そこには金本秀平が立っていた。
「おはよう」
「……おはようございます」
秀平が笑う。
そして。
遙を見る。
「……」
何も言わない。
(……)
また…私、なにか…変??
「……金本さん?」
「ん?」
「……何ですか」
「何が?」
「今、見てたから」
「ああ」
秀平が少し笑った。
「今日、可愛いね」
「……」
言葉が、出なかった。
あまりにもさらりと言うものだから。
「……遙ちゃん?」
「……はい」
「大丈夫?」
「……大丈夫です」
全然。
大丈夫ではない。
金曜日、あれだけ、もう一度言ってほしいと思っていたのに。
いざ言われると、どうしたらいいのか分からない。
「……ありがとうございます」
…やっと、それだけ言った。
「うん」
秀平は何でもないように歩き始める。
「行こっか」
「……はい」
遙はその隣を歩いた。
*
秀平が行きたがっていたカフェは、駅から少し歩いたところにあった。
大きな窓。
白い壁。
店の前にはケーキとドリンクのメニューが立ててあった。
「……ここですか?」
「そう」
秀平の顔が少し嬉しそうになる。
「前から来たかったんだよね」
「本当に甘いもの好きなんですね」
「好きだよ」
少し…遥の胸がドキッと鳴った。
(違う違う…)と心の中で自分を落ち着かせる。
「…意外です」
「なんで?」
「……なんとなく」
「遙ちゃん、俺のことどういう人だと思ってんの」
「工学部の人」
「ざっくりしすぎだろ」
思わず遙が笑う。
店に入るとすぐに席に案内された。
窓際の眺めのよい二人掛けの席だ。
ここのケーキ屋さんはすべてのケーキをワゴンに乗せて実物を見せて選ばせてくれる。
遙たちのテーブルにもワゴンが運ばれてきた。
店員がいまの旬や人気のケーキの説明をする。
「……」
「……」
秀平は真剣に…
ものすごく、真剣にケーキを眺めていた。
「金本さん」
「ん?」
「迷ってます?」
「めちゃくちゃ迷ってる」
「……ふふ」
「何?」
「いえ」
「笑った?」
「笑ってません」
「笑ったでしょ」
「だって」
遙はワゴンに並べられたケーキを見る。
「さっきから首が三往復くらいしてるから」
「どっちも食べたいんだよ」
「どれとどれですか?」
「モンブランとチーズケーキ」
「……じゃあ」
遙が言う。
「私、チーズケーキにします」
「え?」
「半分食べます?」
「いいの?」
「はい」
「じゃあ俺のモンブランも半分あげる」
「……はい」
店員にケーキを注文してから、飲み物も頼んだ。
この店は紅茶も人気らしく、紅茶のみでの来店も珍しくないそうだ。
店員が去るのを見送り、遙はふと考えていた。
(……)
これ。
やっぱり。
デートなのではないだろうか。
*
「うま」
「……そんなに?」
「うまい」
「よかったですね」
「遙ちゃんも食べて」
「はい」
(間接キスとかは気にしないのか…)
平生を装いつつ遙は皿を交換する。
「……美味しい」
「でしょ?」
「金本さんが作ったわけじゃないですよ」
「でも俺が見つけた店だから」
「それはそうですけど」
「じゃあ俺の手柄」
「……はいはい」
また。
笑う。
不思議だった。
大学ではない。
講義もない。
次の授業の時間を気にする必要もない。
それなのに、いつもの四限とあまり変わらない。
秀平が話して。
遙が聞いて。
遙が話して。
秀平が笑う。
ただ…今日は、時間を気にしなくていい。
それが少し嬉しかった。
こんにちは。
名無しのkikoです。
私の知っているケーキ屋にテーブルまで実物を持ってきてくれるケーキ屋さんがあります。
大阪北浜の五感さんと京都北山のマールブランシュです。
目の前にケーキを選べるなんて…と感動したのを今でも覚えています。
関西の方はぜひいってみてくださいね。




