全然分かってない
結局。
六人で。
大学が運営しているカフェへ向かうことになった。
「なんでこうなったんだ……」
秀平が小さく呟く。
「いいじゃん、秀平ちゃん」
「親睦会、親睦会」
「誰と誰のだよ」
秀平の友人二人。
そして。
あゆみと成美。
遙はその横を歩きながら。
先ほど聞いた話を。
ずっと考えていた。
経営学部のシラバス。
一回生の必修。
空き時間。
『情報開発演習Ⅲ』。
そこまでして。
私を。
探していた。
「……金本さん」
「ん?」
秀平が遙を見る。
「……律儀なんですね」
「え?」
秀平が。
目を瞬く。
「傘のこと」
「……傘?」
「返すために」
遙は少し申し訳なさそうに笑った。
「そんなに探してくれてたんですね」
「……」
一瞬。
秀平が止まる。
そして。
その周囲で。
四人の心が。
見事に。
一致した。
(違う!!!!)
「……」
秀平は。
遙を見る。
まったく。
分かっていない。
「……うん」
「……」
「そうだよ」
もう。
そういうことにしておいた。
カフェでは。
意外にも。
秀平と遙の話にはならなかった。
「工学部って三回生でもそんなに授業あるんですか?」
成美が聞く。
「授業っていうか、ゼミと実験が増える」
「実験って毎週?」
「毎週どころか、結果出なかったらずっと」
「えー、無理」
「経営学部は?」
「あたしたちは逆にレポート多いよね」
あゆみが遙を見る。
「うん。プレゼンも多い」
「金田さん、プレゼン得意そう」
秀平の友人が言う。
「……得意ではないです」
「絶対嘘だ」
「ほんとです」
学部が違う。
学年も違う。
普段なら。
交わることのない六人。
それなのに。
話してみると。
意外と面白かった。
実験。
ゼミ。
簿記。
統計学。
研究。
就職。
自分たちが何を勉強していて。
何を面白いと思っているのか。
気づけば。
話はどんどん広がっていた。
そして。
遙が時計を見る。
「あ」
もう。
五限が始まる。
「私、そろそろ行きます」
「もうそんな時間?」
成美も時計を見る。
遙が鞄を持って立ち上がる。
すると。
秀平も立ち上がった。
「途中まで一緒に行くよ」
「え」
「俺も研究棟戻るし」
「……はい」
「おい」
友人の一人が秀平を指差す。
「着いてくんなよ」
「行かねえよ」
「絶対だぞ」
「なんでお前に言われなきゃいけないんだよ」
あゆみと成美も。
意味ありげに。
二人を見る。
「……」
「……」
遙だけが。
よく分かっていなかった。
カフェを出る。
二人で歩く。
少し前まで。
六人で騒がしく話していたから。
急に。
静かになった気がする。
「遙ちゃん」
「はい」
秀平が。
少しだけ歩く速度を緩めた。
「あいつらがさっき言ってたこと」
「……はい」
「あれ、本当だから」
「……」
遙が秀平を見る。
「シラバス見たのも」
「……」
「経営学部の一年の授業調べたのも」
「……」
「友達に聞いたのも」
全部。
本当。
遙の胸が。
じわりと熱くなる。
「……そんなに」
声が小さくなる。
「傘……返したかったんですね」
「……」
秀平は。
遙を見る。
ほんの少し。
目が潤んでいる。
そんなに。
自分が貸した傘を。
覚えていてくれた。
そんなに。
返そうとしてくれていた。
(……いい人だな)
秀平は。
遙の顔を見ながら。
思った。
(……多分)
(全然分かってない)
「遙ちゃん」
「はい?」
「日曜日、空いてない?」
「……日曜日?」
「うん」
遙は頭の中で予定を確認する。
土曜日は家庭教師。
でも。
日曜日は。
「空いてます」
「じゃあ」
秀平が笑う。
「傘、返すよ」
「……」
やっぱり。
傘。
「ありがとうございます」
「それと」
「はい」
「俺、行きたかったカフェあるんだよね」
「……カフェ?」
遙は思い出す。
以前。
四限を一緒に過ごした日。
秀平は言っていた。
甘いものは好きだけど。
男一人でケーキ屋に入るのは。
少し恥ずかしいと。
「ああ」
遙は納得した。
「女の子と一緒なら自然ですもんね」
「……自然?」
秀平が。
微妙な顔をする。
「いいですよ」
「……」
「付き合います」
「……うん」
秀平が笑った。
「じゃあ日曜日」
「はい」
そこで。
五限の講義棟へ向かう道と。
研究棟へ向かう道が分かれる。
「じゃあ」
「はい」
「また連絡する」
「分かりました」
秀平が。
いつものように。
ひらひらと手を振る。
遙も。
小さく手を振った。
そして。
一人になって。
講義棟へ向かう。
数歩。
歩いたところで。
遙の足が。
止まった。
「……」
日曜日。
二人で。
大学の外のカフェ。
傘を返してもらって。
一緒に甘いものを食べる。
「……」
これって。
もしかして。
(……デート?)
どくん。
胸が鳴った。
「……」
遙は。
一気に顔が熱くなるのを感じながら。
五限の講義室へ向かった。




