もっと綺麗になりたい
日曜日。
特に予定はなかった。
目覚ましもかけずに眠っていた遙は、枕元で何度も震える携帯電話の音で目を覚ました。
「……なに……」
まだ眠い。
手探りで携帯電話を取り、メガネもかけずに画面を見る。
ぼやけて。
何も見えない。
遙は仕方なく身体を起こし、枕元のメガネをかけた。
「……え」
メールが。
たくさん届いている。
差出人は——。
あゆみ。
成美。
先日、三人で作ったメーリングリストだった。
『遙!!!』
『起きてる!?』
『昨日あゆみと話したんだけどさ、詳しく話してほしいの!!』
『付き合った!?』
『もう付き合ってるの!?』
『ていうかなんで4限二人で過ごしてるの!?』
『あの腕つかまれてたの何!?』
『何話してたの!?』
「……」
朝から。
うるさい。
メールなのに。
うるさい。
遙はしばらく画面を見つめてから。
返信する。
『付き合ってない。火曜日また話す』
送信。
これで終わるだろう。
そう思って。
もう一度布団へ潜ろうとした。
震えた。
『それじゃ遅い!!!』
「……」
また震える。
『遙、月曜日何受けてるの!?』
「……なんで」
『いいから!!!』
仕方なく。
『2限、プレゼンテーション概論』
すぐに返信。
『3限は!?』
『企業法』
『4限は!?』
『空いてる』
少し間があった。
『じゃあ月曜4限集合』
「……」
何の。
集合なのだろう。
月曜日。
「で?」
4限。
学食の隅のテーブル。
遙の正面に。
あゆみと成美が並んで座っている。
「何があったの?」
「……」
取り調べみたいだ。
「何から話せばいいの」
「金曜日!」
「最初から!」
「3限から!」
「……分かった」
遙は諦めた。
情報開発演習Ⅲが始まる前。
秀平から、なぜ前の週に急に帰ったのかと聞かれたこと。
自分が連絡先を聞いたこと。
「待って」
あゆみが止める。
「遙から聞いたの?」
「……うん」
「連絡先を?」
「うん」
「自分から!?」
「……そんなに驚く?」
「驚くよ!」
成美が大きく頷く。
「成長してる!」
「何目線なの」
それから。
4限。
いつものように二人で飲み物を買ったこと。
例の女性が来たこと。
また逃げようとしたこと。
「腕」
あゆみが言った。
「……何?」
「そこで腕でしょ?」
「……」
「つかまれたでしょ!?」
「……見てたの?」
「見てたよ!」
「なんで?」
「偶然!」
絶対に嘘だ。
「それで!?」
「……引き止められて」
「うん!」
「5限の準備を手伝うって言われて」
「うんうん!」
「……準備なんてなかったから」
「うん?」
「……言った」
「何を?」
「……あの人と金本さんが仲良く話してる隣に、いたくなかったって」
「……」
二人が。
黙った。
「……何」
あゆみと成美が顔を見合わせる。
そして。
「もう来てるよ、それ」
あゆみが言った。
「……何が?」
二人が同時に身を乗り出した。
「脈が!!!!」
「……」
遙は思った。
昨日も。
同じことを聞いた。
——中学生から。
(……恋愛偏差値、同じなのかな)
「それで!?」
「まだあるの!?」
「ある」
「何!?」
あの日。
駐輪場で出会っていたこと。
倒れた自転車を一緒に起こしたこと。
傘を貸していたこと。
だから秀平が以前から遙を知っていたこと。
一つずつ。
話した。
「……」
「……」
二人とも。
今度は何も言わない。
「何?」
成美がゆっくり口を開いた。
「……少女漫画?」
「違う」
「いや少女漫画じゃん」
「現実だから」
「少女漫画より少女漫画してるよ!」
「知らないよ」
そして。
遙は迷った。
これは。
言わなくてもいい気がする。
「……」
「何?」
「まだある顔してる」
「してない」
「してる」
「遙、何?」
「……」
言いたくない。
でも。
言いたい。
「……可愛いって」
「え?」
「……言われた」
「誰に?」
「……金本さん」
「……」
「……」
二人が。
固まった。
数秒後。
「きゃーーーーー!!」
「うるさい!!」
学食中の視線が集まる。
遙は顔を伏せた。
「ちょっと待って!」
「それもう絶対——」
「何でもないから!」
「何でもなくない!」
「だって!」
あゆみが机を叩く。
「遙が他の女の人と話してるの嫌だったって言ったあとでしょ!?」
「……そうだけど」
「それで『可愛い』!?」
「……そうだけど」
「はい!」
「何が、はい、なの」
成美まで興奮している。
「もうさ、遙」
「……何」
「メガネやめよ」
「え?」
「コンタクト」
「……なんで?」
「コンタクトにして、アイメイクしよ」
「待って」
「ヘアアレンジも!」
「待って」
「遙、髪綺麗なんだからもったいないよ!」
「二人とも待って」
あゆみが真剣な顔をする。
「あの女には勝たないといけない」
「……」
遙は眉を寄せた。
「……あのさ」
「何?」
「この前、二人とも言ったよね」
「何を?」
「別にあの人に負けたわけじゃないって」
「言ったね」
「勝ち負けじゃないって」
「言った」
「誰かに勝つためにメイクするんじゃないって」
「言った言った」
「……じゃあ、なんで勝たないといけないの?」
「……」
あゆみと成美が顔を見合わせる。
「それはそれ」
「これはこれ」
「……」
納得できない。
全然。
できない。
「とりあえず明日、コンタクトね」
「持ってない」
「買おう!」
「アイシャドウは?」
「持ってない」
「買おう!」
「ビューラー」
「ない」
「マスカラ」
「ない」
「遙」
「何」
「……今まで何して生きてきたの?」
「勉強」
「強い」
そうして。
その週。
なぜか遙は。
二人につきっきりで。
メイクとヘアアレンジを練習させられることになった。
火曜日。
アイシャドウ。
水曜日。
ビューラーとマスカラ。
木曜日。
髪。
「遙、下向いて!」
「……こう?」
「動かない!」
「怖い」
「ビューラーで死なないから!」
「目に何か近づいてくるのが怖い」
「コンタクト入れられるのに!?」
「それとこれは別」
何度も失敗して。
笑われて。
やり直して。
鏡を見る。
少しずつ。
知らなかった自分が増えていく。
楽しかった。
メイクをすることも。
髪を触ることも。
二人と一緒に。
くだらないことで笑うことも。
あの女性に勝ちたいのかと聞かれれば。
もう。
よく分からなかった。
そもそも。
何をもって勝ちなのかも。
分からない。
それでも。
綺麗にはなりたかった。
もう少しだけ。
今より。
綺麗になってみたかった。
なぜなら。
『可愛いね、遙ちゃんは』
あの言葉を。
何度も思い出してしまうから。
そして。
もう一度。
秀平に。
そう言われたかったから。
こんにちは。
名無しのkikoです。
私が大学生の頃にはLINEなどなく、メールかショートメッセージが主流でした。
大勢でメールを共有したい場合はメーリングリスト(略:メーリス)を作成してみんなでしゃべっていたのです。
懐かしいです。




